第22話 次の夢の為に、次の次の夢の為に


────私の為、か。


そう言ってくれた笠羽ちゃんは真剣な表情をしながら、

どことなく怖がっているように見えた。


話をするだけでそんな顔になってしまうくらい、

これから聞く話は暗く苦しいものなのだろう。

そして、それはきっと、これからの私の人生に暗雲が立ち込めているのを示唆するものの筈。

そもそも、あの運営がイベント一回だけで満足するなんて考えにくいし、

今から聞くことになる話は、これからも"ああいう事"が続きますよといった内容だと思う。


……正直気が重い。出来れば聞きたくはない。

しかし、覚悟を持って約束通り私と会ってくれた

笠羽ちゃんの思いを踏みにじるわけにもいかない。


私も覚悟を決めよう。

どうせこの子の覚悟と比べたら、ちっぽけな覚悟でしかない。


「……わかったわ。話を聞かせてくれる?」

「はい。ではまず、私の素性から話しますね。

 私はあのガチャ運営が催した"事前イベント"での優勝者です」

「事前イベント? それってあの不幸押し付け眼鏡と話してたあれ?」

「不幸押し付け眼鏡……まぁ、そうですね。

 あの時に話していた"権利"が貰えるイベントが、丁度一年前くらいにあって、

 私とあの人はその事前イベントの参加者だったんです」

「……どんなイベントだったの?」


あの険悪な関係から察するに、

事前イベントとやらは間違いなく楽しいものではなかった筈だ。

聞いていいのか一瞬不安になったが、

それを話すために笠羽ちゃんは来たのだと思い直し、

私は敢えてその心配を無視して尋ねた。


質問された笠羽ちゃんはどこか悲しそうに笑みを浮かべた後、

淡々とした口調で話し始めた。


「事前イベントは世界中で行われていたようで、

 私が参加したのは日本の関東地区で行われたイベントでした。

 イベント内容は事前には知らされず、

 ただ優勝すれば"権利"が貰えるとだけ知らされました。

 そして、イベントは四部構成で進められたのですが……

 そのどれもが悪趣味かつ陰湿で、酷いものでしたね……」

「た、例えば?」

「例えば第一部では、『襲ってくる怪物を殺した数を競い合え』って内容でした」

「うわ……悪趣味。やっぱり碌なイベントじゃなかったみたいね」


っていうか、怪物って……運営はそういうのも作り出せるの?

ホント、何でもありっていうか、良心がないっていうか……。


「はい。本当にそうでした。

 イベントに参加した人達は参加後に途中退場する事も出来ず、

 その怪物達に襲われ、第一部時点で半数以上が脱落していきました。

 でも、このイベントの恐ろしい所は脱落した時なんです」

「……? ど、どういう……」

「事前イベントでは佐藤さんが参加した第一イベントのように、

 参加者の身体を守ってくれる謎のバリアなんてものはなく、

 攻撃を受けたら、当たり前のように怪我をするんです。

 そして致命傷を受けてしまったら……その人は"死にます"」

「……えっ?」


今、聞こえたのは本当の事なんだろうか。

人が死んでいた? 死人が出たって事? ただのイベントで?


「じょ、冗談よね? あんな性悪な運営だからって、

 いくらなんでも超えちゃいけないラインってものが」

「……少なくとも、私からすればあの人達は死んだも同然です。

 あのイベントが行われている最中はずっと、

 常に血があちこちで飛び交っていて、

 棄権すると何度叫んでも聞き入れて貰えず、

 無情な惨劇が繰り広げられていました。

 ……今でも時々夢に見ます。わたしのせいで死んでいった人達が、

 『裏切者』って泣き叫びながら腕を掴んでくる夢を」


笠羽ちゃんの顔はとても冗談を言っているようには見えなかった。

薄く笑っているのに全く楽しそうでもなく、

嘘だって切り捨てるには余りにも重い、悲しげで何かを諦めたような顔をしていた。


……いやでも、待って。

笠羽ちゃんは今、"私からすれば死んだも同然"って言ってた?


「……笠羽ちゃん、悪いけどはっきり聞かせて。

 そのイベントでは事実として人は死んだの? それとも死んでないの?」

「…………本当に死んだ訳ではありません。

 ですが、死んだも同然です。あのイベントで脱落した人達は……。

 ガーパイス株式会社のイベントスタッフとして、

 "新しい人生"を送らされる羽目になりますから」


──アルバイトさせられるって事?


「多分、今佐藤さんが想像してるものとは大分違います。

 スタッフって言っても実際に会社に雇用している訳ではないですし、

 給料だって貰えません。

 そして、脱落した参加者達はイベント終了後に別に何も変わらず、

 元通りにいつもの生活を営んでいるように見えますが、

 実はそこに元の人格とは別の人格が植えつけられているんです」

「は……? な、何? それ……」

「人手が要らない時は元の人格通りに振舞いつつ、

 いざ、イベントで人手が必要になった時は強制的に駆り出され、

 イベントを円滑に進める為の別人格に、元の人格から変えられて、

 佐藤さんのような優秀な人の障害になるよう、

 チェスの駒みたいに働かされるんです。

 現に第一イベントでも、その人達は参加者として働かされてました」

「…………冗談でしょ?」


信じたくない話にも程がある。

というより、話が突飛すぎてついていけない。

別人格が植えつけられるだの、駒にされるだの、わけがわからない。


一体この子は何を言ってるんだ?

そんな事が仮に本当に出来るとして、やっていいわけがない。

人格を変えられてしまったら、それは殺されるのと一緒じゃない。

同じ人間として絶対にやってはいけない事……なのに。


「信じられないとは思いますが……これは本当の話です。

 何故ならわたしは、この話をガチャ運営の社長から直接聞きましたからね」

「社長から……? ど、どういう経緯で?」

「わたしが優勝して、"権利"を手渡して来た時にそう聞きました。

 その時に色んな事を聞きましたが──本当に酷い奴でしたよ。

 人を道具や資源としか見てない、最低のクズって感じでした」


軽蔑しきった目で、笠羽ちゃんは吐き捨てるようにそう言った。

あれを主催した会社の社長から聞いたとなると、信憑性はあるだろう。

参加者に軽蔑されるような嘘をつく理由があるとも思えないし。


……というより、何故素直にそう言ったんだろう。

適当に美辞麗句を並べて誤魔化すという選択肢は無かったのだろうか?

まさか、わざと嫌われようとしてたり……いや、そんな事して意味なんてないか。


「あ! っていうか、じゃあ私達が戦った中にもその人達がいたの!? 

 もしかしてあの眼鏡がそうなの!?」

「いえ、あの人は……ちょっとややこしいんですけど、

 事前イベントを勝ち上がった上位陣は人格の矯正は行われずに、

 自分の意志で、次のイベントに協力するかしないかを選べる様になるんです。

 そしてあの人はその上位陣の中に入っていましたから、

 自分の意志でああいう風に動いていた筈です」

「えぇ……また、気になる嫌な情報が増えた……じゃ、じゃあ、誰が?」

「佐藤さんが最初に戦ったあのおじさんと、

 斧を舐めまわしてたおじさんがその人達でしたね」


あぁ……あの人達かぁ……。

言われてみれば納得かもしれない。

あからさまに悪役然とした人間だったからなぁ……。


人格を変えられて操られてたと聞いたら、途端にあの人達が可哀そうになって来た。

自由意志も何もなく、歪んだ価値観と思想を持った人間に改造されるなんて……

罪人に与える刑罰よりも惨い仕打ちに思える。

一体あの人達が何をしたっていうんだ。


「……あの社長は駒にした人達を〈枯葉〉って呼んでました。

 イベントに参加する人の"良い肥料"になるからって意味で、

 そう名前を付けたそうです。酷い呼び名ですよね」

「……本当に最低ね」

「そして、上位にランクインした人達は〈造花〉と呼んでました。

 自分達が見定め造り上げた美しい存在だから……らしいです。

 だから、一位だったわたしは造花の中でも一番美しいって褒められましたよ。

 全く嬉しくなかったですけどね」

「はは……私が笠羽ちゃんの立場でも絶対嬉しくないわ」


私だったら言われた瞬間にぶん殴ってると思う。

人を舐めてるにも程があるでしょ……。


「話を戻しますね。事前イベントは参加した時から途中離脱は許されず、

 イベントを勝ち上がるしか生き残る方法はありませんでした。

 そして、わたしは自分が生き残る為に、自分の願いを叶える為に、

 イベントで優勝するまで人を騙して奪って、

 殺し続けて……”権利”を勝ち取ったんです」

「……そう、なの」


そう話している笠羽ちゃんはちっとも嬉しそうではない。

込み上げてきているであろう感情を抑えながらも、

事実を説明するだけの機械のように淡々と話をし続けていた。


「それで……その、権利って……何なの?

 笠羽ちゃんは何が欲しくて、イベントに参加してしまったの?」

「私が欲しかったものである、"権利"とは──"運営が出来る範囲で、

 何でも一つだけ好きな願いを叶えて貰える"というものです」

「……はいっ?」


え? 皆、そんな胡散臭すぎる誘い文句に釣られたの?

いくらなんでも怪しすぎる。

笠羽ちゃんって、意外とそういうのに引っかかる子だったりするの……?


「あはは……まぁ、そういうリアクションになっちゃいますよね。

 わたしもこれだけ聞いてたら、絶対に信用してなかったと思います。

 でも……信憑性は結構あったんですよ」

「信憑性って?」


私がそう質問した後、笠羽ちゃんは少し悩んだような表情を見せた。

そして、気持ちを落ち着けるかのように

注文していたコーヒーをゆっくりと一口飲み、改めて語り出す。


「わたしが事前イベントがあると知ったのは、

 そのイベントへの招待状が机の上に置いてあったからなんですけど、

 それって──わたしの環境だと絶対に有り得ない事だったんですよ」

「ご両親はお祭りとか騒がしいのが嫌いだったの?」

「…………いいえ、寧ろ両親はそういうの好きそうでした。

 あの親が嫌いだったのは、"わたし"がそういう遊びをしようとする事です」

「……え?」

「あの親は、わたしを"老後を楽に暮らす為の道具"として育てていたんです。

 わたしにいっぱい勉強させて、立派な職業について貰ってお金を稼いで貰って、

 早く養って貰うんだって、口癖のように言ってました。

 だから、物心ついた時から睡眠時間以外はずっと勉強させられてて、

 当然遊び道具なんて勿論持ってませんでしたし、

 それどころかわたしの部屋には机と椅子と勉強道具しかありませんでした。

 だから、招待状なんて遊びに行く為の物が堂々と机の上にあるなんて……

 絶対にありえなかったんです」


機械的な口調から聞く話にしては余りに衝撃的な内容だ。

さっき聞いたイベントの話と同じくらい酷い。

子供を、ATMみたいに使う為に生んだ? 

虐待──いやそれよりももっと邪悪で恐ろしい行為だ。

そんな人間が存在してるなんて……思いたくない。


何なんだ? その人達も運営に操られておかしくなってしまったのか?

いや、笠羽ちゃんの話を聞く限り運営は私がガチャを引き始めたあの日より、

ずっと前から第一イベントの開催準備をしていた。

だから、その準備段階として笠羽ちゃんの両親をおかしくして……?


あぁもう、頭がこんがらがってきた。

感情的に理解したくない事が多すぎる。

人間を家畜かなんかだと思ってるの?

命をなんだと思って────


「あの、佐藤さん。大丈夫ですか?」

「え? あ、あぁ、ごめん」


気が付けば私は頭を抱えて顔にしわを寄せていたようだった。

こんな格好になるのも当然と言えば当然だったのだが、

笠羽ちゃんだって辛い立場の筈だ。

聞き手としてもう少し気を使わないと。


「あ、あはは。大丈夫よ。

 ちょっと笠羽ちゃんの両親をどうやって懲らしめようかって考えてただけだから」

「えぇっ!? い、いえ、それについては間に合ってるので大丈夫ですよ!?」

「はは……って、ん? 間に合ってるって?」

「あっ、先に言ってしまいましたね。私が"権利"で願ったのは……

 『私の両親から生まれなかったことにして欲しい』っていう願いだったんです。

 だから、佐藤さんが何かする必要なんてないんですよ」



────今日の私、口が塞がってない時間の方が長いんじゃなかろうか……。


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