第19話 今は等身大の戦士でも


「……どうして?」

「どうして、って……」


笠羽ちゃんに銃を向けられ、私は内心では少し動揺していた。

でも、そうしたのは私が信じてくれる理由がわからないからだろう。

だから、敢えて私に銃口を向けて、本音を聞き出そうとしている。

それを察せた私は、敢えて何事もなかったかのように聞き返したのだった。


そんな私を見て、動揺している笠羽ちゃんが声を荒げる。


「……わかってますよね? わたしにとっては

 今、この状況は絶好のチャンスなんです。

 佐藤さんのバリアが残り一回になっているのに対して、

 私のバリアは残り二回。

 そして、この距離なら佐藤さんの攻撃を一回貰ったとしても、

 もう一回分のバリアで私の攻撃を当てる事が出来る状況……

 なのに、佐藤さんは全くわたしを警戒してない。

 こっちこそ"どうして"ですよ。あんな話を聞いた後なのに、

 なんで、そんなに平然としてるんですか!?」


笠羽ちゃんは銃を構えつつ、私に改めて問いかけてくる。

確かに笠羽ちゃんの立場からすれば、

このタイミングで私を切ろうとした方が

一位を狙えるような気がするだろう。

しかし、笠羽ちゃんがそんな浅い考えで行動する筈がない。


「でも、笠羽ちゃんはこうも思ってるんじゃない?

 他の参加者がまだ生存している可能性があるのに、

 今この人を裏切って、勝ち目を潰すわけにはいかないって」

「──!」


珍しく図星みたいだ。

目をまんまると丸くして笠羽ちゃんは驚いていた。

この子のこういう反応はギャップがあって可愛いなぁ。


「それと、もしかしたら私に攻撃を与えられずに、

 自分が二回攻撃を受けて脱落させられる可能性もあるし、

 裏切ろうとするデメリットの方が大きいとも考えてるんじゃないの?」

「…………」


そこまで私が言った所で、笠羽ちゃんは溜息をつき、

諦めたように笑い銃を下ろしてくれた。


「やっぱり、佐藤さんは賢いですね……正解ですよ」

「ふふっ、笠羽ちゃんに褒められるなんて光栄ね。嬉しいわ」

「嬉しい……ですか?」

「えぇ。優しくて、頭が良くて、頼もしくて、

 それでいて可愛い女子高生に褒められる経験なんて、

 誰もが欲しがるものだと思うけど?」

「あははっ……そういうものですかね」


笠羽ちゃんは私の冗談に笑った後、

申し訳なさそうな顔になってしまった。

そして、震えたか細い声で私に質問してくる。


「……本当にいいんですか?

 こんなに信用できない相棒もいないと思いますけど」

「いいのよ。あの時も言ったけど、

 貴方が気にする必要ない事だと思うもの。

 詳しく事情を聞いたって、多分、私の意見は変わらないわ」

「…………どうして、そこまでわたしを信じてくれるんですか?」


当然の疑問だろう。

ついさっきまで全くの赤の他人同士だったのだから。

だから、聞かれるとは思ってはいたけど……。


「……酷い理由なんだけどね」


恥ずかしさと申し訳なさで口が重い。

嘘も方便なのだからと、綺麗な理由を並べたい。

でも、きっとこの子は私の嘘なんてすぐに見抜いてしまう。


だから、私は自分の心中を正直に語る。

それが、例え彼女の気持ちに応えられない理由でも。


「……私はさ。このイベントが本当に怖かったのよ。

 人に襲われるイベントなんかに強制参加させられて、

 当たり前だけど凄く怖かったし、

 頑張ろうって意気込んでた時も、本当は空元気だった。

 初めて襲われた時は何とかなってたけど、

 ずっと私一人で戦ってたら、きっとどこかで心が折れてたと思う」

 

今思えば、あの豚男に襲われたのは寧ろラッキーだったかもしれない。

あんな馬鹿みたいに敵らしい”敵”だったから、

私は恐怖よりも怒りを覚えて、どうにか戦う事が出来ていた。


でも、敵に何処からか襲われる恐怖感と不安感に駆られて、

誰一人として仲間がいない状況が続いていたら、私は多分耐えられなかった。

イベントをなんとか終えれたとしても、

結局はそれがトラウマになって、家から出れなくなっていたと思う。


でも、私は仲間に恵まれた。


「だけど、私には笠羽ちゃんがいてくれた。

 あなたの優しさと頼もしさに、怖がってた私の心は救われたの。

 私が勘違いで責めてしまった時も笑って受け止めてくれたし、

 私の能力を信じてくれて、励ましてもくれた。

 貴方の作戦と指示があったから私は全力を出せたし、

 こんな怖いイベントを勝ち残ることが出来た。

 貴方の笑顔と声を聞くたびに心が軽くなって、

 一人じゃないんだって教えてくれた。

 ……笠羽ちゃんがいてくれたから、私はここまで頑張れたの」


何より心の支えになってくれたのが嬉しかった。

化け物みたいに強い私を理解してくれる上に、

助けにもなってくれる仲間なんて絶対に得難い存在だ。

……大の大人が高校生に縋るなんて、情けなさすぎる話だけど。


「だからこそ、私は貴方を助けたい。

 私を助けてくれた貴方に少しでも恩返しして、

 これからも私を助けてくれる様に頑張りたい。

 これがあなたを信用する……ううん、信用したい理由よ」


本当にかっこ悪い理由だ。

これが未成年の模範となるべき大人の言う事だろうか。


要は自分が安心したいから、仲間でいてくれと言っているだけだ。

この子のためにも、もっと綺麗な理由で

在りたかったけれど……これが、私の本心だ。

この子には偽ることは出来ない。


「……辛い理由ですね」

「……ごめんね。こんなみっともない理由で」


私の謝罪に対して、笠羽ちゃんは首を横に振った。

そして、少し涙ぐんだ目で私を見つめ、こう言ってくれた。


「いえ、充分……佐藤さんはカッコいいですよ」

「……!」


かっこいい……か。

そんな言葉を、そんな顔で言ってくれる様な話じゃなかったのにな。

そう思ったが、笠羽ちゃんの顔を見ていたら、

とても否定する気には成れなかった。


「ありがとね、笠羽ちゃん。そう言ってくれて」

「いえ、わたしの方こそ、信じてくれてありがとうございます。

 わたし……佐藤さんがパートナーで良かった」

「えっ!? あ、ありがとう。わ、私もそう思ってるわ」

「ふふっ、嬉しいです。……本当に」

「あー……さて! これからどうしようか?

 まだ作戦続行? それとも別の作戦にする?」


私は気恥ずかしさを払拭しようと話題を切り替えようとする。

それに合わせてくれた笠羽ちゃんは顎に手を添えつつ考え始めた。


「そうですね。ここは……作戦を切り替える云々より、

 一度偵察に行った方がいいかもしれません」

「偵察?」

「はい。森エリアにいた参加者の殆どをあいつが脱落させているのなら、

 ここには既にわたし達ぐらいしかいなくなってると思います。

 それにもう結構な時間が経ってますし、

 イベント参加者はかなりの人数がいなくなった筈。

 周囲の警戒をしながら一度森から出て見て、

 広場とかの場所に人がいるかどうか確認して見てみましょう。

 それでわかると思います」

「成程、確かにそうね。いってみましょう」







それから私達は森エリアから抜け出し、

広場や休憩所などの様々な場所を細かく観察した。

だだっ広い自然公園を一周するまで探し回ったが、

一向に他の参加者を見つける事は出来なかった。


その後、一先ず森に戻った私達はこの状況を整理することにした。


「うーん、このだだっ広い公園を一周してまで探したのに、

 全然見つからなかったわね。どうしてかしら?」

「そうですね……これだけ時間を掛けて探しても、

 他の参加者は現れませんでしたし……きっと残りのイベント参加者は

 わたし達だけになっているんでしょうね」

「えっ!? それならもう終わって……あ、いや、そうだったわね……」


私達しか残っていないのなら、

もうイベントは終わってるだろうと言いかけたが、

元々このイベントは最後の一人になるまで戦えというルールだ。

元々私達は敵同士。イベントを終わらせる為には、

私達のどちらかが脱落しないといけない。


「でも、笠羽ちゃん。本当に残りの参加者は私達だけなの?

 正直色んな事が出来るガチャアイテムがあるんだし、

 そうだと決めつけるにはまだ早いような気がするんだけど……?」


確かに私達は非常細かくこの自然公園を模索したが、

この公園はかなりの広さがある。

そのせいで探している時に生き残りの参加者と

すれ違っているという事もありえなくはない。

それに〈敵感知アプリ〉を逃れた上で、

隙を伺って潜伏してる敵がいる可能性だってある。

だというのに何故、笠羽ちゃんは断定出来るのだろう。


そう疑問に思った私が質問すると、

笠羽ちゃんは苦虫を嚙み潰したような顔つきになってこう言った。


「…………その理由なんですが、

 佐藤さんには辛い事実を言ってしまう事になると思います」

「……えっ!?」

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