第18話 この戦果は良い経験となる

「ったく、サクッと騙されてりゃいいものを。

 手間かけさせてくれやがる……」


また性格が変わったようになり、乱雑な口調になった瑚柳はそう言って、

懐から何かの錠剤が詰められている瓶を懐から取り出した。

その瓶を蓋を開け、中に入っていた錠剤を優男は私達に見せつける。


「超レアアイテム〈ドーピング剤〉だ。

 これを飲めば通常の肉体能力を遥かに超える力を持つことが出来る……。

 こいつを使った後は馬鹿みたいにキツイ筋肉痛みたいな痛みのせいで、

 一日中動けなくなっちまうから使いたくはなかったんだが……

 てめぇらをぶっ倒すためには仕方ねぇ!」

 

そして、瑚柳は錠剤を自らの口へと運び始めた。


────まずい!!


私は男の手を止めさせようと、全速力で男に向かって切りかかった。

私が切りかかったのと同時くらいに笠羽ちゃんが

私の横で水鉄砲を優男に向けて発射しているのが見えた。

しかし、そのどれもが一足遅く、服薬を止める事は出来ず、

瑚柳に〈ドーピング剤〉を飲まれてしまう。


私の剣と水弾が当たる前に、薬を飲み終えた瑚柳は

持っていた木の棒を凄まじい速さで振るい、

水弾を霧散させ、私の剣を棒で弾いた。


「なっ……!?」


まさか、私の攻撃だけならまだしも、

笠羽ちゃんの攻撃すら防いでみせるなんて……!


明らかに先程までの能力値ではない。

まさに、"ドーピング"は成功してしまったようだ。

瑚柳の肉体は逞しくなるどころかさっきと何も変わっていないが、

その姿を見ているとヒリヒリとして全身が総毛だってくる。

生物として一段階強くなってしまったのだと、否応なしにわかってしまう。


「ははぁっ! 軽いなぁ! 

 さっきまでの重さが嘘みたいだぞ!?

 怪力女!! さぁて、今度はこっちの番だよなぁ!!?」

「っ!?」


瑚柳は弾かれて体制を崩していた私に、

棒を振りかぶりながら、真っすぐ突っ込んできた。

速い! さっきまでの動きとはまるで違う! 

超特急で私のもとまでやってきた男は

私の肩に目掛けて木の棒を振り下ろしてくる。

何とか剣でそれを防ぐが、振り下ろされた棒の勢いは激しく、

その勢いのせいで身体が吹っ飛ばされてしまう。


飛ばされた勢いのまま近くの木にぶつかった私に、

男はまた同じように突っ込んでくる。

避けられないと悟った私は男が来る前に何とか体制を立て直し、

男の攻撃を真正面から受ける。


重い……! なんて重い一撃だ。

さっきまでの斬り合いで受けたものとは比べ物にならない。

たった二合切り合っただけで手が痺れてきた。


男は続けざまに何回も棒を私に対して振り下ろしてきた。

それを私はどうにか捌き続けるが、重すぎる連撃は私の心と身体を蝕んでいく。

まだ数秒しか立ってない筈なのに、

手は痺れすぎて剣が持てなくなってきてるし、息が切れ始めてきた。

このままだと負ける!


「っ! 離れろぉ!!」

「! おっと」


私は隙を見計らい男の腹に向かって蹴りを繰り出すが、

既の所で後ろに下がられ避けられてしまう。

避ける動きもこれまた速く、ステータスの差が否応にもわかってしまい、

私のこれまで積み重ねてきた小さい自信を打ち砕いてくる。


──こんな奴、どうやって倒すの?


「危ない危ない。女のくせに足癖が悪いなぁ。

 もっとお淑やかにしたらどうだ?」

「……生憎、エスコートしてくる相手が気にいらなくてね。

 思わず素が出ちゃうのよ」

「ふははっ。これはまいったなぁ~。

 パートナーに嫌われてしまったみたいだ」


楽しそうに男は笑う。

……このまま世間話をして薬の効果が切れるのを持つのも良いかもしれない。

しかし、それを許してくれるほど、こいつは甘くはないだろう。


私は笠羽ちゃんをチラリと見る。

笠羽ちゃんは男に〈水鉄砲〉を構えている状態で待機している。

そうだ。私には笠羽ちゃんがいる。彼女の手をどうにか借りれれば……。


「ま、お前に嫌われようがどうでもいいけどな。

 さてさて、薬の効果が切れないうちに、

 さっさと決めさせてもらうぜ? 化け物女」

「えっ……!?」


捨て台詞を吐いた後、男は木の棒の先端に埋め込まれている宝石を押し込んだ。

そして、徐々に姿が見えなくなっていき、目の前から男は消えてしまう。

まさか透明化!? あの状態でも出来るの!?


そ、そんな……!

只でさえ手に負えない程強くなってるのに、

透明になった状態で攻撃されたら……!


「きゃあああ!!」

「っ!? 笠羽ちゃん!?」


どこからかパリンという音が響く。

私は音の方に振り返り、何が起こったのかを見る。

どうやら男は笠羽ちゃんに標的を移していたようだ。

男の攻撃を食らった笠羽ちゃんは地面に倒れこんで動かなくなっている。

バリアがあるから怪我はしてないだろうが、

痛々しい様子を見ると甚く心配になってしまう。


これ以上笠羽ちゃんを攻撃される訳にはいかない。

そう思い、私が笠羽ちゃんに近づこうと動き出した所で、

男の動きが変わったのが見えた。

以前よりも大きく浮く地面の葉と、より深く刻まれた足跡がそれを示していて、

標的が入れ替わっているのを教えてくる。


「──嘘」


私に、向かって来てる。


まさか、さっき笠羽ちゃんに標的を移したのは、

私が笠羽ちゃんを守ろうとして動くのを誘う為?

不用心に近づいた私を迎撃する為に張った罠だったの?


「くっ……!」


罠だと悟った私は男の襲撃に備えようと、

足を止めて強襲に備えようとする──が、そこで思い留まる。


違う、駄目だ。

もうあいつのステータスは私を超えているんだ。

こんな風に守りに徹していてはあっという間にジリ貧になって負けてしまう。

そんな弱腰では勝機は見いだせない。


ならば、相手が自分を罠に嵌めたとほくそ笑んでいる、

このタイミングこそが攻め時だ。

透明であっても動きの癖というのは変わらない。

いくら動きが速くとも、ここに来ると分かっているのであれば──!


私は止めかけた足をさらに加速させて男に迫る。

目の前で木の葉が舞う勢いが弱くなった。

男は私の行動に意表を突かれている。


……よし、ここだ!!


私は逸る心のままに逆袈裟斬りを繰り出した。

私の剣を振る速さを見て、男は自分の方が速いと判断したのだろう。

男は力を乗せやすい上段からの振り下ろしを繰り出してきた。

だが、振り下ろしてきたのは分かっていても、

どこを狙って振り下ろしてきたのかはわからない。


しかし、そんな事はどうでもいい。



"そこ"にいるのだと。

私の目の前に立っているのだと──分かっているのだから。



「──!? な、なにっ!?」


私は剣を振るうのを止め、男の攻撃を甘んじてその身で受けた。


男が狙っていたのは剣を持っていた私の右肩だった。

パリンという音と共に、激しい衝撃が走る。

私がいきなり戦意を無くしたような動きをした事で、

男は驚愕し、思考が一瞬止まった。


それを察した私は持っていた剣をわざと地面に落とし、

私の肩に押し付けられた杖を両手で掴んだ。

そして、杖を握ったまま、

男の腹があると思われる位置に向かって、渾身の力を込めて蹴り付けた。


「がはぁっ!!?」


わたしが繰り出したキックは、

運よく男のみぞおちに当たったようで、強い衝撃を受けた男は杖から手を放し、

地面に滑り込むように激しく転がった──と、証明するかのように

地面には男の背中で抉られた跡がくっきりと刻まれた。


私は素早く転がった杖を拾っていると、見えなかった男の姿が見えて始めた。

どうやら杖を手放した事で透明効果が失われたようだ。

起こった事についていけていない様子の男は、

地面に仰向けになって茫然としている。


「な、何が……っ!?」


しかし、直ぐに状況を理解したのか、

男は勢いよく立ち上がって私に対し距離を取り始めた。

透明化に必須だったであろう杖はもう私の手の中だが、

こいつとのステータスの差は覆せない。

不利である状況は依然として変わっておらず、

このまま接近しても杖を奪い返されるかもしれない。


どうすれば──?


「……うあぁっ!?」

「えっ!?」


そう悩んでいた私の目の前で、

距離を取っていた男の背中に水の玉がぶつかり、パリンという音が鳴り響いた。


何が起こったのかと、水玉が飛んできた先を見てみれば、

そこではいつの間にか立ち上がっていた笠羽ちゃんが〈水鉄砲〉を構えていた。

どうやら、私が蹴り飛ばしたとほぼ同時に、

笠羽ちゃんは男に向かって〈水鉄砲〉を撃ちこんでいたらしい。

これで、男のバリアは残り一つだ。


「ナイス! 笠羽ちゃん!」

「っ……!! 調子に乗るなクソガキぃいいいい!!」

「くっ、こ! 来ないでください!」


怒りに任せて突っ込んでくる男に対して、

笠羽ちゃんは怯えているように〈水鉄砲〉から水弾を何発か発射するが、

眼鏡男はその全てを避けてしまう。

みるみるうちに互いの距離が縮まっていく最中、笠羽ちゃんは私の方をチラリと見る。

酷く冷静なその視線を受けた私は笠羽ちゃんの"意図"を悟った。


────あれは、囮だ。

私に攻撃させる為に、笠羽ちゃんは自分を撒き餌に使ったんだ。


「うあああ!! 隙ありぃいい!!!」

「!?」


彼女の作戦を理解した私は大声で叫びつつ、

持っていた杖を小汚くなった男の背中に向かって投げつけた。

私の声に反応した男は迫りくる杖を身体を大きくひねる事で、間一髪避けた。


「ふぅ……はっ!」


私からの攻撃を避けられた男は安堵した様子だったが、

あっという間に顔が真っ青になる。

男のすぐ目の前にはもう、笠羽ちゃんが撃ち込んでいた水弾が迫っていたからだ。


「うわぁあああ!!」


眼前にあった水弾を避ける事が出来なかった男はその顔面をびっしょりと濡らした後、

一際大きいパリンという音と共に、灰色の煙に包まれて消えていった。

そして、騒がしかった戦場はあっという間に静まり返る。



────勝ったのよね?



「……やりましたね。佐藤さん」

「……あ」


とてつもない強敵だったというのに、余りにもあっけなく消えてしまうので、

私は本当に倒したのかと不安になってしまっていたが、

聞こえてきた笠羽ちゃんの声で確信を持てた。


そして、お礼を言おうと私は笠羽ちゃんの方を向いたが、その表情は暗かった。


……きっと、あいつから言われたことを引きずっているのだろう。

気にする必要なんてないのに、優しい子だ。

私は彼女を元気づけようと、なるべく明るい口調で返事を返す。


「そうよね! 勝ったのよね、私達!」

「……はい。脱落した時の音と煙が出てましたし、間違いないです」

「はぁ~よかったぁ。ほんと危ない所だったわ。

 私はあと一回、攻撃受けたら脱落しちゃうし」

「そう、ですよね……後一回だけですよね。佐藤さんは……」

「うん。だからもっと慎重にいかないと駄目よね。

 あぁでも、私の事は気にしないでいいからね? 

 笠羽ちゃんは自分の事を心配してくれれば……」

「佐藤さんは」


そこまで話して言葉を切った笠羽ちゃんは、

持っていた〈水鉄砲〉をゆっくりと私に向けて、こう言ってきた。



「────私が裏切らないとは考えないんですか?」


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