第17話 この良心を引き出したのは功績ですね

「ふふふ……本当に久しぶりだよねぇ、笠羽さん。

 あれから君の人生は幸せになったかな?

 いや、なったに決まってるよね?

 なんてったって君は、人を踏み台にして自分の幸福だけを叶えたんだから。

 そうなってないとおかしい。そうだろう?」

「…………」


笠羽ちゃんは瑚柳を複雑そうな顔で見つめていた。

その目は睨んでいるようで、哀れんでいるようで、

酷く様々な感情が入り混じっている様に見えた。

瑚柳はそんな目を特に気に掛ける様子もなく、

煽るようにメガネをくいっと上げ、笠羽ちゃんを見下ろすように嗤っていた。


「そんなに睨まないでくれないか。

 恨む権利はこっちにあるだろう?

 あのイベントで君が皆の"権利"を奪ったせいで、

 私の人生は勿論、参加者全員の人生が犠牲になったんだから。

 こちらの方が恨むのが筋だろうに、ねぇ?」


──あのイベント?


イベントといえば、たった今、私が参加させられているものがそうだが……

まさか、これの前に開催されていたイベントがあった?

だとしたら、瑚柳と笠羽ちゃんはそのイベントの──?


「……そうかもしれません。

 ですが、あれに参加してた皆さん全員が私と同じ境遇で、

 勝ち上がって生き残る事を目指していました。

 私の代わりに貴方が勝ち上がっていたとしても、

 他の誰かだったとしても、結果は同じだった筈です……」

「ふふふ、そうだね。

 確かに今、僕らが人生のどん底にいるのは、

 あの糞運営が優勝者にしか"権利"を与えなかったせいだ。

 でもね。君が"権利"を奪った事に変わりはない。

 君が皆を踏み台にした事に、何の変わりもないんだよ」

「……違い、ます。わたしは、正当な報酬として……」

「奪ったんだよ!!! お前はぁっ!!!」

「っ!?」

 

穏やかに話していた瑚柳は一変し、優しそうな顔を鬼の様な形相へと変え、

突如大声で笠羽ちゃんを責め立て始めた。


「君が私にあの時、"権利"を譲ってくれていれば!! 

 私の妻は死ななかった!! 生きていてくれていたんだ!!

 それなのに! 君の! 君の身勝手で"権利"を奪ったから!! 

 彼女は……彼女はっ!!」

「…………あれに参加した人達は皆、

 負けたらそういう悲しい結末になると分かっていた筈です。

 だって"権利"はあれに勝ち上がった一人だけが貰えるものだった。

 だから、わたしだって努力して……」

「っ、何を言ってるんだ!?

 お、お前は……私に申し訳ないと思わないのか?

 お前が自分だけ助かろうとしたから!

 私は"権利"を使えなくて、私の妻は死んだんだぞ!?

 お前が殺したんだ!! 私の妻は!! お前が殺した!!!

 他の奴らだってそうだ!! お前が一人だけ勝ち残ったから全員が不幸になった!! 

 お前だけが幸せになった!! 私達を不幸にして!! お前だけが!!!」

「…………」


──この男はさっきから、一体何の話をしているの?


参加したイベントって何なの? 

笠羽ちゃんとこの男はそのイベントで何をしたの?

運営が用意したっていう、"権利"って何?


わけがわからないが、男の必死な訴えは私の心を揺さ振ってくる。

私が仲間として組んだこの子は、大勢の人を犠牲に

自分だけ幸せになった極悪人なんじゃないのかと思わせてくる。

この子は私も不幸にするつもりではないのかと、疑心暗鬼にさせようとしている。


「何が努力した、だ!!! お前は鬼か悪魔か!? 

 頑張っていたなら人を踏み台にして幸せになってもいいのか!? いいわけがない!!

 お前に人の心はないのか!? 誰かを不幸にして心が痛まないのかっ!!?」

「……それ……は……」


笠羽ちゃんは瑚柳の言葉に言い返そうともせず、唇を噛んでただ黙ってしまった。


私は彼女がこうも口ごもり、言い返せない事があるとは予想してなかった。

こんな事を言われても、きっと冷静かつ的確に反論して、

相手を言い負かすのだろうと漠然と思っていた。


でも、それが出来ない……いや、"しない"のは。

多分、瑚柳が言う事には少なからず、

確かな真実が含まれているからなのだろう。


「少しでも悪いと思っているのなら謝れよ!!

 地べたに額をこすりつけて謝罪しろ!!

 自分なんかが幸せになってごめんなさいって言うんだ!!!

 今すぐに!!!」

「…………わかりました。それで、貴方の気が済むのなら」

「な、なにっ!?」


男は笠羽ちゃんにそう言っておきながら、

いざ笠羽ちゃんがその指示に従うと判りやすく動揺した。

恐らく彼女が言い返してくると考えていて、

このまま討論を通じて私の不信感を煽れる事を期待していたのだろう。


けれど、笠羽ちゃんは謝罪する事を受け入れた。

彼の目の前で土下座をし、誠意を見せると言った。


そして、笠羽ちゃんが地に膝をつけて、頭を下げようとした。

瑚柳は自分の作戦は外れたものの、笠羽ちゃんの謝罪を見れるのは嬉しかったのか、

顔を歪ませてほくそ笑んでいた。



────もう、見てられない。



「…………佐藤さん?」


私は土下座しようとしていた笠羽ちゃんは肩に手を置いた。

手を置かれた笠羽ちゃんが不思議そうに私を見てくる。

私は笠羽ちゃんを見つめ返し、聞きたいことを尋ねる事にした。


「な、どうして止めるんだ!? やっとこいつは罪を認めようと!」

「……笠羽ちゃん。私は貴方達の事象は全く知らない。

 誰が悪いのかもさっぱり分かってない。

 でも、それでも一つだけ、貴方に聞いてもいい?」

「おい! 聞いているのか!」


私は聞こえてくる男の声を無視して、笠羽ちゃんの目を真っ直ぐに見据える。

笠羽ちゃんの綺麗な目に私が写っているのが見える。

きっと、私がそうなっている様に、彼女の目にも彼女が写っているのだろう。


そして、私は一つの質問を投げ掛けた。


「──笠羽ちゃんは私を信じてくれる?」


私の質問を聞いて、笠羽ちゃんは大きく目を見開いた。

そして、悲しみと虚しさが入り交ざったような顔で「はい」と答えてくれた。


……あぁ、良かった。

聞きたかった返事が聞けた私は、瑚柳の方へと振り返った。


「あの、ちょっといいですか?」

「!? な、なんだっ!? い、今の今まで無視してたくせして!?」

「あぁ、すいません。この子と大事な話をしてたので、つい」

「つ、つい!? わ、私の話はそんなノリで流せる話じゃなかっただろうが!?

 私はこの女狐に妻を……!!?」

「えぇ、きっとそうなんでしょうね。

 でも、私にとっては貴方より、私の相棒の方が大事なんです。

 だから、もうその話は止めてくれませんか?」

「は、はぁぁあ!!?」

「…………佐藤さん」


瑚柳は目が飛び出そうな程に驚愕し、森に響き渡る程の音量で叫んだ。

私の選択を心底信じられない様子だ。

笠羽ちゃんも驚きながらも不思議そうにしている。


──この男の言ってる事が、本当か嘘かどうかはまだわからない。


でも、断片的な話の内容から察するに、

笠羽ちゃんは"あのイベント"という、このイベントの様な催しに参加して優勝し、

"権利"という賞品で自分の願いを叶えた。

その結果として、この男や他の参加者の願いが叶えられなくなり、

多くの不幸が生まれたという事なのだろう。


そして、その不幸に対して、笠羽ちゃんはずっと責任を感じていた。

だから、瑚柳の言葉に嘘をつき、否定して言い返す事が出来ず、

私を疑心暗鬼にさせる話を止める事が出来なかった。

ずっと辛そうに話を聞く事しか、出来なかったんだ。


だから、あくまで結果的にだけど、

この男の妻を殺してしまった事も、

大勢の人を不幸にしてしまったのもまた事実なのだろう。



────でも、そうだったとしても。

私にはこの子に責任があるとは思えない。



責められるべきはそんな悲劇を生み出す原因を作った奴らだからだ。

参加しただけで、優勝しただけで、この子が責められる謂れはない。

他の参加者だって条件は同じなら、他の誰だって優勝者を責められはしない。


あくまで一部の事実としてだが、確かにこの男は

笠羽ちゃんの行いによって不幸になり、悲しい思いをしたのだろう。

……でも、それをこの子に。

笠羽ちゃんに全ての責任を擦り付けるなんて理不尽にも程がある。

自分だって同じ事をしようとしていたくせに、

いい大人がこんな年端もいかない娘にやっていい事じゃない。

こいつのやってる事はただの八つ当たりだ。


そもそも、この瑚柳は出会い頭に笠羽ちゃんじゃなくて、私に攻撃してきている。

そこまで憎い相手なら先にそっちに向けて、

怒りを込めたその一撃を食らわそうとしてくるのが道理だろう。


それなのに私に対して攻撃してきたというのは、

未知である私の能力を警戒し、真っ先に潰そうと考えていたに違いない。


それなのに攻撃が通じなかったからこそ、

こんな下手な弁舌を振るい、私と笠羽ちゃんの仲間関係を壊して、

人数不利を覆そうとしていたのだろう。



───鬼はお前だろ。この鬼畜眼鏡が。



「お、お前は! 私の話を聞いてなかったのか!? こいつは私達を!」

「いえ、しっかり聞いてました。聞いた上で、

 この子が背負う必要のない話だと判断したので、

 止めてくださいと言ったんです」

「な、なにを馬鹿な!?」

「ほら、笠羽ちゃん。立って?」

「は、はい」


私は笠羽ちゃんの腕を引き、身体を真っすぐ立たせて、優しく微笑みかける。

笠羽ちゃんは私の笑顔を見て、最初はとても、とても驚いた様子だった。

けれど、どうやら私の気持ちを察してくれたようで、嬉しそうに微笑んでくれた。


──やっぱり、この子にはこういう顔が似合ってる。


「おい!! 俺の話を聞けよ!!! どうして無視できるんだ!?

 お前もそいつみたいに人の心がないのか!?」

「自分の事ばっかり言ってますけど、

 貴方もこの子の立場になって考えてくれませんか?

 きっと今以上に人の心を理解出来ると思いますけどね?」

「な、何言ってんだ! そんなわけないだろう!」

「……だったら」


私は〈衛種剣モラスチュール〉の剣先を

瑚柳の顔に突き付け、こう言い放った。



「力尽くで理解して貰うわ」



言っても無駄なら仕方ない。

私の相棒を悲しくさせるその口はもう、閉じてもらおう。


まさか、イベントが始める前にはガタガタ震えて怖がってた私が、

こんな風にものを言うなんて想像もしてなかった。


でも、この駄目な大人が悪い。

自分の不幸に押し潰されそうだからと、

情けなく子供にその不幸を押し付けてくる性根が悪い。

はっきりいって嫌いだ。この男は心底腹が立つ。


そう言われた優男は一瞬だけ傷ついたような顔をしたが、

吹っ切れたように悍ましい笑顔を私に返した。


「……あぁ、ったくよぉ……今度の金魚の糞は少しは頭が働くんだな。

 全くやりづらいったらないぜ。クソ共が」



────本当に嫌な奴だ、こいつ。


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