第16話 怖気づいて、小賢しい男だ
間一髪、何者かの攻撃を防いだ私は後ろへと下がった。
周りを確認するが、びっくりしてる笠羽ちゃん以外は誰もいない。
……やはり、敵の姿は見えない。
これは確実に"透明になれるアイテム"を使っている。
しかも、どうやら私達が居る位置を看破できるアイテムまで持ってるらしい。
そして、攻撃を防いだ時に感じたあの膂力──!
また、私に何かが迫る。
危機感を感じた位置で私は剣を構え、衝撃を剣で受ける。
この感覚……棒や杖といった硬く細長い形状のもので殴られている様に感じる。
少なくとも遠距離からの攻撃ではない。
何でそれがわかるのかはわからないが、多分あの存在しない筈の記憶のせいだろう。
……っていうか、見えない攻撃を防げてるって何?
見えていた筈のおっさんの急襲は防げなかったのに。
強い衝撃を受けたから謎に覚醒したとか?
そんなサ〇ヤ人みたいな事ある?
──いいや、違う。見えないわけではない。
何者かが私に接近した時、
地面を踏み込んだ時に刻まれる足跡の向きを見れば、
姿が見えずともどこからくるかの予測は容易い。
更に迫ってくる敵の影までは消えていない上に、
枯葉が地面によく落ちているこの場所ならば、
敵が迫った際に散らばっている枯葉達がその勢いでふわりと浮かぶ。
つまり、先程までのように油断せず、注意深くそういった"隙"を見ていれば、
自ずと攻撃を防ぐことが出来る……という訳だ──
…………いやいやいや、無茶でしょ。
なんだその理論。出来るわけないでしょそんなもん。
こうして自分で考えておきながらおかしいと思うのは、
やはり……この思考が私自身によるものではなく、
いつの間にか植え付けられた"知識"だからなのだろう。
……あぁ、駄目だ。今、気にしていても動きが鈍くなるだけだ。
とにかく対処出来るんだから、よく観察しろ。
そして、隙を狙って反撃するんだ!
私は"知識"の指示通りに葉っぱと地面を観察し、襲撃に備える。
それを良く見ていると敵は私ではなく、
笠羽ちゃんに標的を変更してる事に気が付いた。
「笠羽ちゃん! そっちにいってる!!」
「!」
私の警告を聞いた笠羽ちゃんは、見えない敵の攻撃に対応する為か、
後ろの方向に走って、敵から距離を取ろうとする。
しかし、見えない敵の動きは速い。
笠羽ちゃんの足の速さでは全く逃げられそうになく、
どんどん距離を詰められていっていた。
これではいずれ攻撃されると悟った私は完全に接近される前に、
笠羽ちゃんの前まで急いで移動し、敵の攻撃を防いだ。
「……っ」
重い一撃がまた私の剣にぶつかり、剣戟の音が鳴る。
〈成長玉〉でATKが上がっていたから良かったものの、
昔の私がこれを受けたら思うと、背筋がゾッとする。
「笠羽ちゃん! 私の後ろに!」
「は、はい!」
間髪入れず、敵の猛攻が続く。
先程までのヒットアンドアウェイといった戦法は取らずに、
ひたすらに私に向かって何度も攻撃を加えようとしてくる。
頭、肩、腹と、しっかりと狙いを定めてる、規則的な軌道だ。
やっぱりこの透明人間、戦い慣れてる……!
私はそれを全て剣で防ぎ、鉄と木がぶつかる音が何度も激しく響いた。
どうして防げてるのかは自分でもよく分かってないが、
ここに攻撃が来ると、焦りながらも予測出来てしまう。
棒が風を切る音や感覚から? 殺気から?
何となくそんな感じがするが、はっきりとはしない。
どうして私は不可視の攻撃をいなす事が出来てるのだろう。
私の中にある知識と経験の元になったのが剣の達人だったとして、
こんな戦術まで対応出来るものなのだろうか?
まるで意味がわからない……いや、達人の事なんてよく知らないけど。
ただ、どうにも不可視の攻撃を防ぎ続けるというのは
とても集中力と忍耐力がいる作業のようで、
私の体力は瞬く間に無くなっていき、段々と息が荒くなってきた。
しかし、相手も疲れているのは同じだったようで、
どこからかぜぇぜぇと、男の酷く荒い息遣いが聞こえ始めていた。
その疲れ方から鑑みるに、どうやら私の方がまだ余力がありそうだ。
このまま守りに徹していれば、相手の体力が尽きる方が速い筈。
体力が尽きた瞬間、敵はその場から動けなくなるだろう。
そこを叩けば……勝てる。
この時点で反撃に転じて攻めても良いが、ここは堅実に──
そう思っていたのも束の間。
敵は攻撃するのを止め、私からある程度距離を取った後、
一体どういう訳か、ついさっきまで消していた姿を徐々に見せ始めてきた。
……まさか、透明化を解いた? でも、なんでそんな事を?
見えてきた敵の姿は一言でいえば優男だった。
今までの男達とは打って変わって、シワも汚れもない服を着ていて清潔感があり、
臭くもない上に髪もキマってるし、眼鏡を掛けた顔も整っている。
はっきりいってこのイベント中に出会った男の中では、
一番カッコいい部類なのは間違いないだろう。
しかし、私達と戦った証拠として、
服と額にはびっしょりと汗が滲んでいるし、
その手には凶器である変わった形の木の棒が握られている。
なので、全く魅力は感じないし、感じるのは敵意だけだ。
その敵意丸出しの優男はポケットから
ハンカチを取り出して汗を拭い、私ににっこりと微笑みかけた。
……この状況でやられても、気持ち悪いだけなんだけど。
「……あ、ぁ……」
「──っ?」
ふと、笠羽ちゃんを見れば、彼女は酷く狼狽えていて、
まるで目の前の男に怯えているかのように驚いていた。
いつも無慈悲なまでに冷静なこの子が、こんな顔をするなんて。
この男は一体……!?
「初めましてお姉さん。僕は瑚柳 怜(こやなぎ れい)。
いやはや、強いね貴方は。まさか、僕の攻撃をこんなにも完璧に防ぐとは。
ここまで強い人間がいるなんて予想だにしてなかったよ」
「……? ど、どうも……」
笠羽ちゃんの急変に私が身を硬くして構えていると、
男は世間話でもするかのように私に喋り掛けてきた。
……何か探ろうとしてる? それとも時間稼ぎ?
しかし、それなら透明化している状態でしても良かった筈。
だとしたら、こいつは何を企んで──?
「実に魅力的な人だ。貴方と組んでいる人は相当な幸せ者だね。
お名前を聞いてもいいかな? 是非君の事を教えて貰いたいんだ」
「え? いやです」
「ははは、これは手厳しいな。
でも、戦って僕の強さは理解しただろう?
僕は君にとって最高のパートナーになれると思うんだ。
そこの"女狐"とは違って……ね?」
「……っ!」
「……女狐?」
優しそうでありながらもねっとりとした声色で、
瑚柳と名乗った男は笠羽ちゃんを横目で睨みながらそう言った。
そうじゃないかとは勘付いていたが、
やはりこの男と笠羽ちゃんは知り合いらしい。
それも、かなり険悪な仲の。
しかし、こいつはこの子を、女狐と蔑んだのか。
私の相棒を人を誑かす女だと呼んだのか……。
「ふふふ……本当に久しぶりだよねぇ、笠羽さん?
どうやら君の新しい相棒……いや、違うか。
今回、仕入れた"奴隷"は随分と君の役に立ってるみたいだね?」
「あんた……何を言ってるの?」
「そう、貴方は知らないだろう。
この女狐が山程の人間を騙し狂わせた事を。
常に死と恐怖と不幸を齎した極悪人だという事を、ね」
「……は?」
その言葉に私は唖然となり、思わず笠羽ちゃんに振り返った。
こっ酷く罵倒された笠羽ちゃんは言い返す様子もなく、
ただ苦しそうに胸を押さえ、悲しそうな表情を浮かべていた。
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