第12話 虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですね

笠羽ちゃんと仲間になった後、

私達は──いや、殆ど笠羽ちゃんの立案だが──

このイベントを優勝する為の作戦を立てた。


作戦は至ってシンプル。見敵必殺だ。


まず、森を歩きながら笠羽ちゃんの敵感知アプリで敵を索敵し、

索敵した敵を待ち伏せし、充分に距離が近づいた所で、私が素早く襲撃する。

襲撃後、笠羽ちゃんの〈水鉄砲〉で敵を遊撃して貰い、

体制を整えさせないまま、そのままの勢いで

敵を三回攻撃して仕留めるというのが作戦の概要だ。


「敵の攻撃手段が不明な状態で戦闘するとなると、明らかに勝率は下がりますし、

 相手に何もさせないまま一気に叩く方が、確実に相手を倒しやすいです。

 それにイベント参加者は殆どの人が戦闘に関しては素人な筈ですから、

 突然の襲撃に対応できる程の能力を持っている可能性は凄く低いと思います。

 この状況においてベストと言える作戦じゃないでしょうか?」


と、笠羽ちゃんは少し神妙な顔つきになって、そう説明してくれた。


聞く限り、実に直接的で理にかなった作戦ではある。

ただ、この作戦は私が前衛を務めて矢面に立ち、

敵を襲撃しなければならないという大きなリスクがある。

失敗した場合、私が窮地に立たされる事になるのは間違いない。


はっきり言って一番槍を務めるというのも不安だが、

それ以上に、失敗して笠羽ちゃんの迷惑になりたくないのがある。

本当に、この作戦で大丈夫なんだろうか……?


「……笠羽ちゃん、その、自信がないから聞くんだけど、

 もし私が失敗した場合はどうするの?」

「そんな心配はいりませんよ。

 佐藤さんのスピードなら、まず対応できる人はいない筈です。

 相手が行動を起こす前に攻撃すれば、

 いくら強力なアイテムを持っていようが関係ないですからね」

「それはそうかもだけど……そもそもの話、

 私が敵に攻撃を当てられない可能性だってあるでしょ?

 ここは最初にやってた、世間話で敵を釣る作戦を続けた方がいいんじゃ……?」

「うーん、実はさっきの作戦って、この作戦よりも確実性がないんですよね。

 あの作戦を取った理由は佐藤さんにわかりやすくわたしの実力を示す為で、

 敵の実力が高かったり、強力なアイテムを持っていた場合、

 わたしが攻撃を受ける可能性が高く、結構危険のある作戦だったんですよ。

 でも、佐藤さんがそちらの方が良いとおっしゃるのなら……」

「い、いやいや! 危険があったんだったらもうしなくていいわよ!

 私が失敗しちゃうかもって心配があっただけだから……!」

「そうですか? えへへ、ありがとうございます。

 佐藤さんはお優しいんですね♪」


か、可愛い……。

まるでアイドルのように完成された笑顔だ。

気を抜くと何でもOKって答えてしまいそう……。


「わたしとしては佐藤さんが失敗するようには思えないのですが、

 もし失敗したとしても、微力ながら

 わたしが出来る限りリカバリーを図るつもりです。

 ですが、佐藤さんのご心配はもっともな事だとは思いますし、

 お時間を取ってもよろしければ、別の作戦を考えますが──」

「う……」

 

自分の作戦をただ怖いからと否定されたのに、

笠羽ちゃんは不満そうな様子を一切見せず、そう言ってくれた。

私は高校生に気を遣わせた罪悪感と、自分への情けなさに胸が締め付けられた。


だ、駄目だ……これ以上、この子に迷惑を掛けられない。

大の大人が子供に勇気を示せず、何を仲間などと語れるだろう。

それに私にはあの頼もしい"知識"もついている。

あれに頼るのもまた凄く怖いけど、仲間の役に立てるのなら……!


「だ、大丈夫よ! 笠羽ちゃん! その作戦でいきましょう!」

「えっ? い、いいんですか?」

「うん! ここは年上の私が頑張るべきだと思うし、やってやるわよ!

 だから、あ、安心して任せて!」


カラ元気でそう言って、私は腕を曲げて力こぶを作って見せる。

実際に力こぶは出来てないけれども、相当な腕力を持っているのは確かだ。

きっと、少しは頼もしくあれるだろう。


「っ、ありがとうございます! えへへ、期待させて頂きますね?」

「うん! 任せといて!」







そうして、立てた作戦通りに私達は行動を開始した。

まずは森から出ないように歩きながら、敵を索敵し始める。


ここは自然公園なので、森らしく木々や茂みがある場所ばかりだが、

公園なので休憩できるスペースや水のみ場など、開けた場所も多い。

私達の作戦は自分達に敵が接近するまでの間、

敵に気付かれ難い環境を構築を用意する事が重要になってくる。

だから、姿を隠しやすいこの森エリアを抜けるのは出来る限り避けたい。


しかし、この森エリアに近づく参加者は殆どの人間がこの環境下で、

自分が優位に立てるという自信があり、敢えてここを戦場に選んでいる筈。

それはつまり、この環境を有効活用出来るアイテムを持っているという事になる。

笠羽ちゃんのように敵の位置を把握出来るアイテムや、

姿を隠せるアイテムを所有している可能性がある。


ならば、そのアイテムを使わせる前に速攻で倒せばいい。

もし、敵が待ち伏せしている私達を発見出来ていても、

その場合は身構えたり、緊張していたりと何かしらの動きを見せる筈。

そういった"予兆"が敵に見られたら、一旦敵と距離を取り、

敵がどう動くかを観察し、怯えているなら追撃を、

冷静に待ち構えていたり、追い始めたら撤退と判断する予定だ。


ただ、それでもやはりガチャアイテムというものは

何でもありな代物である以上、これも完璧な作戦というわけではない。

なので、臨機応変な対応も求められる事も覚悟しておくべきだ。


……と、笠羽ちゃんは言っていた。

ここまで細かく作戦を立てられるのも驚きだが、

こうして敵を一緒に待ち構えている間も、彼女は全く緊張していない。

それがまた、私の目を驚きで見開かせてくる。


やはり、この子は戦いに慣れているようだ。

一体、何者なんだろうか……?


「佐藤さん。アプリで敵を感知しました。25m先、南東方向です」

「! わかったわ」


笠羽ちゃんの報告を聞き、私は敵の視界に入らないように木に隠れ、

敵が来ているという方向をじっくりと確認する。

その場で息を潜めてじっと待っていると、少しづつ人影が見えてきた。


「13……12……11……」


笠羽ちゃんがどのくらい敵が近づいて来ているかを小さい声で数えてくれる。

手筈では5メートルまで、敵が接近したら襲撃するとなっている。


そうして現れた人間は中肉中背の男だった。

男の両手には何処かの民族が使っていそうな槍が握られており、

その槍の逆輪辺りには色が奇抜で大きな羽飾りが装飾されていた。


男はおどおどしながらも、かなり慎重に森を探索している様子だが、

あのガチャアイテムとらしき槍にどんな能力が備わっているかと思うと、

とても油断出来ず、心臓がバクバクして仕方なくなる。


ううっ……緊張する……。


「8……7……6……」


も、もうそこまで来てるの? 

くっ……覚悟を決めろ、私!


「ふぅう~……」

「──5メートル。今です」


その言葉を皮切りに、私は全速力で敵のもとまで駆け出した。

土の地面が抉れた感触を靴から感じながら、一気に敵の眼前まで接近する。

予想よりもずっと早く、敵のもとまで辿り着けた。


──これなら!


「!? なっ、なん……!? おぼぉ!」


敵である男が驚いている内に、

私は持っていた剣を男の頭に目掛け、真っすぐ振り下ろした。

攻撃を食らった男からパリンと音が鳴り、

叩かれた衝撃によって男は身体を地面に叩きつけられる。

怪我はしないからと、なるべく反撃されないように頭を狙ったが、

これは流石にやり過ぎたかも……。


心配になり追撃が出来ず、少しの間地面に突っ伏したままの男を見守っていると、

男はゆっくりと懐に手を伸ばして、何かを取り出そうとし始めた。


まずい! アイテムを取り出すつもりだ!

男の狙いを阻止しようと、私は急いで背中を2回突っついた。


「うっ! おっ!」


その攻撃を受けた男から、またガラスが割れたような音が聞こえ、

灰色の靄に覆われた後、男は消えた。

……どうやら上手くいったようだ。


「……や、やりましたね! 佐藤さん!」


笠羽ちゃんがそう言いながら私に駆け寄ってくる。

なんとか笠羽ちゃんの援護なしに作戦を成功させる事が出来たし、

少しは名誉挽回出来たのではないだろうか。

私はその僅かながらの達成感に顔を綻ばせて答える。


「えぇ。上手くいって良かったわ。これも笠羽ちゃんの作戦のおかげね」

「何言ってるんですか! 佐藤さんがあいつを手際よく倒してくれたからですよ!

 実際、わたしは何もしてませんでしたし」

「いやいや、笠羽ちゃんの作戦があったからこそよ!

 ホント、笠羽ちゃんが仲間で良かったわ」

「ふふっ。私も佐藤さんが仲間で良かったです。

 さぁ、この調子でガンガンいきましょう!」

「えぇ!」







それから敵2人に接敵して、私達は作戦通りに敵を倒した。


倒した二人とも私の突進に手も足も出てなかった。

一人だけ10メートルくらいの距離で気付かれてしまったので、

仕方なく気付かれた瞬間に襲撃したのだが、

私のスピードが速すぎるのか、接近している事に相手が気が付いても、

相手は驚くばかりで私を迎撃しようとはしてこなかった。


──いや、"してこなかった"のではなく、"出来なかった"のだろう。


もしこれからの敵も似たような実力だとしたら、

かなり私達は有利な立場にいる事になる。

ガチャアイテムなんて奇想天外な道具を持っていても、

結局使えなければ何の意味もないのだから。


そもそも、このイベントの参加者は訓練なんて受けた事のない普通の人達だ。

だから、いきなり剣を握った奴に迫られて反応するのは難しいし、

攻撃されたら驚きで体が硬直し、何も出来なくなってしまう。

考えてみれば当然の事だった。


笠羽ちゃんの支援を受ける事もなく、

面白いくらいにこの作戦は上手くハマっている。

作戦の実行前まではある程度の自信と不安感があったのだが、

今では逆に強すぎて不正を疑われないかと心配になる程、

私には余裕が生まれていた。


「笠羽ちゃん……! 私達って、実は相当強いんじゃない?」

「…………」

「……ん? 笠羽ちゃん?」

「──ハッ! あっ、は、はい、そうですね。

 正直、チートだと言われてもしょうがない強さだと思います。

 自分の位置は丸裸にされる上に、車みたいなスピードで

 突進してくる人がいるチームなんて、わたしが敵だったら運営に通報してます」

「……私、車なの?」

「はい。何となくですけど、時速80kmは出てるんじゃないですかね?」

「うわぁ……引くわぁ」

「いやいや、自分の事ですよ……佐藤さん」


AGL+10を手に入れた時に街中を走り回った時は、

軽いジョギング程度の感覚で自転車並みの速度だったから、

もしかしたらとは思ってはいたけど、まさかそんな速さになっていたとは……。


帰宅部だった高校生の私に聞かせたらどんな反応を……

うん、そんな次元じゃないわね。普通に人間出せるスピードじゃないし。


「何にせよこの調子でいけば一位、二位になれるのは間違いなさそうですね。

 どんどん片付けていきましょう! ……あ、また敵が近づいてますよ」

「よし、じゃあ準備しましょうか」


4回目ともなると最初の緊張感は大分薄れている。

敵をいつものように引き付け、笠羽ちゃんのカウントを聞いてタイミングを測る。


「7……6──今です」


敵に急接近し、頭を狙い攻撃のテンプレートだ。

相手である瘦せ型の男はまた驚くだけで何も出来ず、

私の剣を頭から無慈悲に食らい、地面に叩き落される。


「ごぁっ!!? うっ!?」


間髪入れず、一回目の突っつきを入れて、二回目と決めようとした時。

男が情けない声で叫んできた内容に、思わず手を止めてしまった。



「ま、待ってくれぇ!! アイテム!! アイテムあげるから許してぇえ!!」


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