第13話 網にかかった魚はどちらでしょう

「え? やめてくれた……? た、た、頼むよぉ! 

 俺結構いいアイテム持ってるんだよ! 見逃してくれよぉ!!?」


その言葉に惹かれてしまった私が剣でつっつくのをやめると、

男は地べたに這いつくばったまま、私に顔を向け涙目で懇願し出した。


────ガチャアイテムを貰える。


これは非常に大きい利益だ。

なにせガチャアイテムというのは、この世界の秩序を破壊する程の

影響力と魅力がある代物なのだから。


アイテムによっては、このイベントの優勝金額である

100万程度じゃ利かない物だってザラだろうし、

人間という生物を飛躍的に進化させる事が出来る〈成長玉〉なんて、

一体どれ程の価値があるのだろうか?


そういう宝石や金塊と言い換えて差し支えないものを、

ここで見逃すだけで貰えるというのだ。

非常に魅力的な提案である事は間違いない。


ただ……見逃すという選択肢はまず有り得ない。

例え見逃したとして、この人が生き残っていたら、

確実にまた私達の敵になって帰ってくる。

それに、この人は私達の作戦を一度見てしまっている。

私達を警戒されるのは勿論、作戦が失敗に終わり、

不利になる可能性も充分考えられる。


そもそも、本当にアイテムを貰えるのかも怪しい。

十中八九アイテムを渡すふりをして、私達を油断させ隙を突こうという算段だろう。

どう考えてもこの提案は罠だ……でも、アイテムを貰えるというのは……うーん……。


「──佐藤さん」

「あっ、笠羽ちゃん。えっと……」


私がどうしようかと迷っていると、

何故か薄っすらと笑みを浮かべた笠羽ちゃんが駆け寄ってきた。


……しまった。ここで提案を受けるデメリットが大きすぎる以上、

さっさと彼を脱落させてしまうべきだった。

きっとチームとして、彼女に不信感を与えてしまっただろう。


申し訳ないことをしてしまったと思い、

私が謝ろうとする前に笠羽ちゃんは思いがけない事を言い出した。


「貰いましょうよ。アイテム」

「はっ!?」

「ほ、ほんとかよ!? ひひっ、やったぜ! 言ってみるもんだなぁ」


こんな見え見えの罠に引っ掛かろうとするの!?


私は自分がさっきまで悩んでいたのを棚に上げ、

笠羽ちゃんを驚愕の表情でぐるりと振り返った。

しかし、当の本人はいつもの笑顔のままだ……何を考えている顔なんだろうか。


「では、佐藤さん。剣をこの人の首に押し当ててくれますか?

 お兄さんは何もせずじっとしてて下さいね。

 わたしがお兄さんの懐を探って、アイテムを貰いますから」

「えっ」

「えっ」


私と名前も知らない男がその強奪とも言える提案に声を合わせて驚く。

そして、笠羽ちゃんは私の耳元に顔を近づけてこう言った。


「アイテムを貰った後は一度逃がしますけど、

 その後に私が〈水鉄砲〉でこの人の背中を打ち抜きますので。

 安心して任せて下さい♪」


────慈悲は無い。


私は笠羽ちゃんの指示に従って、

攻撃判定にはならないようにゆっくりと男の首に剣を押し当てた。

私に剣を当てられた男は一瞬だけ震えた後、悔しそうに私達を見た。

……この様子からするに、やっぱり罠だったみたいね。


「くっ、ち、畜生……!」

「ちくしょう? なんで畜生なんですかぁ?

 お兄さんから持ち出してきた提案じゃないですかぁ。

 さぁ、アイテムがある所ってどこです? 

 こっちは嫁入り前の女の子なんでぇ、無駄に身体を触らせないで下さいねー」

「お、お前……」


そう言いながら、笠羽ちゃんは男の上着のポケットを探り出した。

お、鬼や……この子……。


笠羽ちゃんが無情に男のアイテムを探しているのを見ていると、

ふと、何処かから、摺り足でゆっくりと近づいてくる音が、

微かに聞こえてくるのに気が付いた。


その音が聞こえる方向を私がチラリと見ようとした、その瞬間。


音が急激に大きくなり、

気付いた時には私の横腹には斧が突き刺さっていた。


「──なっ!?」

「……!! 佐藤さんっ!?」


凶刃を受けた私はその場から吹き飛ばされ、木にぶつかりへたり込んだ。

それにより、あのバリアが割れた音が聞こえてきた。


強い衝撃を感じはするものの、運営バリアのおかげで痛みも傷もない。

本来であれば重傷を負っている攻撃を受けた筈なのに、

全くの無傷であるという感覚は……味わう側になってみると、どうにもおかしな感覚だ。


そんな脳がバクりそうな奇妙な感覚を味わった私は一瞬だけ惚けてしまったが、

すぐハッとなり、私が吹っ飛ばされた原因を確認する。


そして、私がさっきまで居た場所にはごてごてした籠手をはめ、

禍々しい形状の斧を持っているビール腹の中年男が立っていた。

また太ってる……私を襲ってくる人間は太ってないといけないのか。


「──ぐひひっ!!」

「……!」


私が余計なことを考えていると、ビール腹の男は私に追撃を加えようとはせず、

今度は笠羽ちゃんに向かって斧を振り下ろそうとし始めた。

私はそれを止める為に笠羽ちゃんの所まで駆け寄ろうとしたが、

もう斧の切っ先は笠羽ちゃんに迫っている。


このままでは間に合わない!


「っ!! くらえええええ!!」


私は駆け出した勢いのままジャンプし、空中で槍投げをするかように振り被って、

ありったけの力を込めて剣を男へと投げつけた。


「!? ぐおおおおっ!!?」


砲弾の如く放たれた私の剣は、

斧が笠羽ちゃんの顔に振り下ろされる直前に、男の後頭部へと突き刺さった。

私が全力で投げた剣の威力は凄まじいもので、

それを食らった男は頭を起点に空中で一回転し、

勢いのままガリガリと地面を耕していき、うつ伏せに倒れた。


……どうにか間に合った。私は安堵して息を吐く。

攻撃のせいで人間が回転しようがもう心配はしない。

大丈夫なのは自分自身で証明されているし、これでおあいこだ。


これでバリアは残り二回分、笠羽ちゃんを守るためにも、

より一層気を付けないとね。


笠羽ちゃんを守れた事で調子をよくした私は男に向かって、

かっこつけながら皮肉たっぷりにこう言った。



「──相手はこっちよ。伊達男」


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