第6話 あぁ、やはり素晴らしい幸運だ

護身術として学ぶものは柔術を選んだ。

剣と同じ様に、動画を見てやり方を学んでから、その動きを練習する。


そうして何度も動画を巻き戻したりして練習していたのだが──

三十分も経たないうちに、どうしてかさっき封印ばかりの剣を取り出したくなった。


剣を使いたい。

剣を振りたいと、どうしてもそう思ってしまう。

ついに、私はその衝動を抑えられなくなり、

衛種剣モラスチュールをケースから取り出して再び振り始めた。

やはりしっくりくる。自分には柔術ではなく、剣が合っていると肌で感じる。


何故だかは全く分からない。

けれど、確かにそう感じてしまった。

それはまるで、自分の知らない記憶が有るかのようで──知らない感情の筈だった。

しばらく剣を振り続けたが、ついに私はその奇妙な感覚が気持ち悪くなってしまい、

剣を振るのをやめ、無造作に剣を地面に置いた。


そこら辺の木によりかかり、一息つく。

スマホを見てみると、もう時刻は十二時を過ぎていた。

ここに来たのは九時くらいだった筈だが、もう三時間もやっていたのかと我ながら驚く。


「……っ」


さっきまでの感覚を思い出す。


あれは一体何なんだろうか?

自分ではない誰かの記憶を……"知識"を懐かしんでいるかのような感覚だった。


それにその感覚に身を任せるままに剣を振っていた時、

私の素振りは動画で学んでいた剣の振り方ではなく、

その"馴染みのある剣の振り方"へと変わっていた。

だが、そうやって剣を振っていても、

"私"にはその体験の新鮮さを感じられるし、身体で学んでいると感じる。


当たり前だ。

自分は剣術なんて学んだことなんてない、しがないOLなのだから。

しかしそれでも、学んでいるという感覚と同時にこうも感じるのだ。



────思い出している、と。



これは……私が振っていたこの剣術は……知識と経験を以て、再現した"誰かの技"だ。

私はその技を”思い出して”自分の身体に覚えさせ、馴染ませている。


意味が分からない。

何故、私にそんなものがあるのだろう?

いや、そもそもあったとして……暫くしてこなかった車の運転の仕方を、

思い出す時みたいな感覚に陥るというのは明らかにおかしい。

いったい、私の体に何が起こったのだろうか。


……〈成長玉〉の副次効果?

それともこの剣に隠された効果とか?

でも、ガチャアイテムには隠された効果があるなんて話、

ネットやニュースでは見たことがない。


私が知らないこの知識は、一体何処から得たものなの?

どうして剣を振ると身体に馴染む様な感覚に陥ってしまうの?


「……わけわかんない……」


私は木に体を預けて、ずるずると土の地面に座り込んで頭を抱えた。


日々の暮らしを楽にする為に、変わってしまった世の中への恐怖を乗り越える為に、

私は考えなしに〈成長玉〉を使って、強くなり過ぎてしまった。

何かしらの身を守れる道具をガチャから引けていれば違ったかもしれないが、

私は身体を強くする以外のアイテムは剣しか引けなかった。


そのせいで私は、"私"を強くするしかないと思ってしまった。

化け物対策として化け物になる事はなかったのに、

私はそういう手段を選んでしまった。


結果、日常生活を送るのも儘ならなくなってしまった。

自分を安心させようとしたのに逆に自分が怖くなるなんて。

何とも笑える話だ。


その上で、この不可解で身に覚えのない"知識と経験"まで現れた。

こんなの、頭も抱えたくなる。


……ガチャを引いていれば、

少しずつ憂鬱な日常が明るくなると考えてたのに。

どうしてこうなってしまったんだろう。


「──っ」


抱えた手に溢れる髪の毛をぐしゃりと、握ってしまう。

別に出かけたくもなかったのに外に出るからと、

時間をかけて整えた髪が乱れてしまう。

それでも私はそのままその場からじっとして動けなかった。




鬱屈とした気持ちのまま動かないでいると、

周りの音がやけに鮮明に聞こえてくる。

鳥のさえずり、木の揺れる音、虫の鳴き声、近づいてくる誰かの笑い声……。


────笑い声?


「……誰かこっちに来てる!?」


マズいと思った私は、急いで地面に置きっぱなしだった剣と、

スマホスタンドを急いでキャリーケースに入れてから持ち運び、

気付かれないように反対方向と逃げ込んで、木の裏に隠れた。


その間も話し声と足音はどんどんこっちに近付いていて、

間一髪私が隠れ切った所でその誰かはやってきた。


どうやら普通に散歩を楽しんでいるだけだったらしく、

その人達は私が散らかした木の残骸には気に留めず、

仲間内で談笑しながら、私から通り過ぎて行った。


私は彼らが充分に離れるまで、その場で待機した。

そうして声も聞こえなくなった頃に、

私は漸く安堵し、重々しく溜息をついた。


「……はぁ~、焦ったぁ……」


もし、あの人達に見られていたら危なかった。

ガチャアイテムを持っていると知られていたら、

きっと、私の剣を奪おうとするだろう。

ひょっとすると、私が〈成長玉〉を使っていると知られたら、

最悪の場合、私は攫われて何処かの研究所に──


────いや、待って。

私、悪い方向に考え過ぎじゃない?


私は思考が酷くネガティブになっている事に気が付いた。

例えガチャの事を知っていても、

そのアイテムを奪おうとするのが普通というわけではない。

っていうか普通に犯罪だし、やろうとする方がおかしい。


実際に見つかっても、挨拶と数回の言葉のやり取りだけで終わるだろう。

まぁ、こんな剣持ってるのも犯罪かもしれないけど、

そもそもガチャの事を知らない可能性だってあるし、

なんかの演劇の練習とかと思われるかもしれない。


……ここ最近は、不安さを掻き立てるニュースばかりを見ていたから、

そんな風に極端な思考に陥っていたのかもしれない……。


確かに警戒は必要だと思う。

けれど、そればかりでは誰も信じられなくなる。

信じられなくなって、味方になってくれるかもしれない人達も

拒絶してしまってたら、私の周りからは誰もいなくなってしまう。


「……このままじゃ駄目ね」


こんな精神状態で生活していたら、

いずれ私はおかしくなってしまうかもしれない。

誰か自分と同じような人を見つけるか、

勇気を出して、信頼できる家族や友人に相談してみるべきだ。

悩みを共有できる仲間を作る事が出来れば、

この不安定な精神状態を改善出来るかもしれない。


秘密を話すのは危険だと思うし、

不安だけど……今のままいるかはマシだろう。


「ふぅー……よし」


長く息を吐いて気持ちを整えて心を固め、

まずは家族に相談しようとした、その時だった。



「──え?」



いつの間にか、鳥のさえずりや、木々のざわめきといった

あの自然溢れる音はが何処からも聞こえなくなっていた。

この独特の静けさと違和感は覚えがある。

これは……もしかして……ガチャ空間?


しかし、目の前にはガチャはない。木々があるだけだ。

一体どうなってるの……?



テッテケッテテッテー



頭に疑問符を浮かべていると、チープで軽快な音楽が頭上から聞こえてきた。

上を見ていると、空高くにおかしな物体があるのが見えた。

それは、あのガチャの筐体を中心にして、

四つのメガホンが前後左右それぞれについている物体だった。

そのどれもが巨大で、ガチャもメガホンも何百メートルもありそうな程に大きい。


あんな馬鹿でかい鉄の塊をどう作ったのかも、

どうやって浮かせているのかもわからなかったが、

製作者だけは嫌でも思い当ってしまう。


そう、こんな奇天烈な物を作れるのは────


『参加者の皆様、こんにちは。私達は株式会社ガーパイスです』


──やっぱり、そうだ。


その会社名はよく知っている。

最初の……ガチャ引くことが怖かったあの時に、

私は震えながらその会社に問い合わせしたんだから。


そして、この声も同じだ。

あの時に聴いた電話担当者と同じ声だ。

その声が、ガチャについてる四つのメガホンを通して、

こちらに何かを伝えようとしていた。



『これより第一イベント "バトルロイヤル"を開始させて頂きます』


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