第5話 強くなる理由は場所や個人を選ばず、重要なものです
それが解る映像はいくつかネットやニュースで報道されていた。
そして、その中でも一番わかりやすかったのは、
とあるコンビニ強盗を警察官が捕まえた時の映像だった。
強盗が持っていたガチャアイテムは、
人を眠らせる煙を噴出させられる拳銃だった。
その強盗は店員が客の対応しているタイミングで、
銃を使って店員と客を眠らせ、レジの金を盗んで逃走しようとしていた。
しかし、店から逃げようとしていた犯人の前には、
いつの間にか警察官が立っていた。
犯人は驚きながらも、警察官に向かって発砲しようとするが、
引き金が引かれる前に警察官は犯人の背後に回り込んでいた。
その後、あっという間に銃を奪い、
犯人を抑え込んで手錠を嵌めた所で、映像は終わっていた。
映像に登場していた警察官は、
犯人が犯行に及んだ時にはどこにもなかった。
なのに、まるで瞬間移動でもしたかのように、
本当にいきなりそこに現れていた。
合成映像か、映像が飛んだだけじゃないのかという意見も、
ネットでは少数散見されたが、
犯人の驚き様と映像の自然さを鑑みるに、
本物だろうという意見の方が多かった。
そもそも、警察官が取った一連の動きは
普通の人間が出来るものではなかった。
犯人の後ろに回り込んだ時の動きは
まさに早送りでもしたかのような速さだったし、
銃を奪った時の速さだって尋常じゃない。
極めつけは"手錠"だ。警察官に抑え込まれた犯人は
それまで闘牛みたくもがいて暴れていたのに、
手錠を嵌められた瞬間、嘘みたいに静かになっていた。
……映像が作り物でないという証拠はない。
けれど、この映像はテレビ局が挙って真実だと報じていて、
既に世界中に発信されているし、映像で登場した警察も犯人も、
実在の人物であると解っているらしい。
信じるには充分な証拠となる筈だ。
そして、この映像を信じるのであれば、
出る答えは一つだろう。
────警察はガチャアイテムを使用し、犯人を捕縛した。
その答えを持って推測するに。
あの警察が犯人の前に急に現れる事が出来たのは、
何らかのガチャアイテムを使って移動したからで、
あの犯人捕縛時に見せた異次元の動きは、
ステータスUPアイテムで身体能力を向上させたからで、
あの犯人に嵌めた手錠は、相手を沈静化させられる
ガチャアイテムだったからなのだろう。
……何故、警察はガチャアイテムを所有しているのだろうか?
所有しているのであれば、あのガチャは国が意図的に
設置したものだという事なのだろうか?
しかし、わざわざ犯罪件数を増やして、
自国の不安定化を図るメリットなどない筈。
では、なぜ警察がアイテム所持しているのだろう?
ネットではガチャを設置したのは別世界からやってきた生物、
または宇宙からの侵略者によって国が乗っ取られているからだとか。
この世界は元々ゲームみたいな世界で、
それが表面化し始めてきたからではないかとか。
そもそもあの警察官は国が創り出した人造人間で、
試験を兼ねて出動させていたのではとか……色々言われている。
だけど、そんな推論なんて私にはどうでもいい。
重要なのは、変わってしまった世界の中で、
私という個人がどう生きればいいかだ。
もし、私がガチャアイテムを持った人間に襲われた時、
通報すれば例の頼もしい警察が助けてくれるのだろう。
それに私は〈成長玉〉によって、ある程度対処出来る能力は備わっている。
襲われたとしても危険性は確実に低い筈だ。
でも、その時の私が犯人を怖がってしまい、何も出来なかったら?
頼みの警察が来る前に……殺されでもしたら?
────怖い。
ガチャを始めて引いた時とは違う、
不確定な未来からくる恐怖が私を懊悩とさせる。
確かにガチャは暮らしを豊かにし、
全く新しい娯楽として楽しめる物ではあったし、
私自身もその恩恵を受けさせては貰っていた。
けれど、世界中にいる人間が全員善人ではない以上、
その不安はどうしてもついて回ってくる。
そんな世の中で生き抜く為に、
どうにかしてこの恐怖を払拭しなくてはならない。
家族や友人に相談しようかとも思ったが、
話した所で解決出来るような問題でもないし、
私はステータスUPアイテムによって、
普通の人とは違う身体能力を身に着けている。
今日になるまで、ずっとガチャから〈成長玉〉を引いていたから、
きっともう、それは明確な差となってしまっているだろう。
もし変わってしまった自分の事を話した時、
果たして皆は私の味方でいてくれるのだろうか?
もしかしたら化け物だと認識されてしまい、
もう私と関わらないようにするんじゃないかと、
悪い方に考えてしまって、どうしても話す事が出来なかった。
──だから、私は私自身を守る為、
剣と護身術の特訓を始めようと決めた。
付け焼刃だとしても経験さえ積んでいれば、
いずれ役立つ事があるだろうし、
特訓をしたという経験自体が、
心の安定剤になるかもしれないと思ったからだ。
便利な時代になったもので、
動画サイトを探ればそういう動画はいくらでも見つかるので、
もう既に参考用の動画は用意してある。
そして、特訓していても怪しまれない様、
あまり人目が付かなそう場所は調べてある。
これからそこに行って鍛錬を始めるつもりだ。
……問題は、この〈衛種剣モラスチュール〉とかいう剣をどう持っていくかだ。
この剣を手に入れているからこそ、
護身術として剣を学ぼうと思ったのだが、
こんな鉄の剣を日常的に持ってるわけにもいかない。
いざ護身用にと腰にでも差していたら、
頼れる警察が怒れる警察になる事は間違いなしだ。
しかしながら、これからの世界で身を守れるものといったら、
ガチャから出たアイテムになるだろう。
だから、バレたら捕まるとしても、
自分が持っているアイテムくらいは使える様になった方がいい。
それで、この剣を如何にして外に持っていくかだが……
剣なんてものを運ぶからには全体を覆い隠せる上に、
怪しまれない容器が必要だった。
私が所持しているもので、
隠ぺいになんとか使えそうなのはキャリーケースくらいだった。
三泊四日の旅行に行った時に買った、馬鹿でかいやつで、
ハッキリ言って使いたくはないが、他に使えそうなものがないから仕方ない。
因みにガチャ空間から剣を家に持って帰った時もこれを使っていた。
……普段使いに丁度いい、手頃な防犯グッズでも
ガチャから出てくれれば良いんだけどなぁ。
刃は潰してあるとガチャの説明では書いてあったが、
抜き身の剣をそのままケースに入れるのは危険だと思ったので、
厳重にバスタオルを巻いて剣を入れ、
まだ充分に空いているスペースに、必要そうなものを何個か入れた。
特訓するという事で汗をかくだろうし、運動着で行きたいのだが、
そんな格好でキャリーケースを転がすのは違和感があると思うので、
普段着に見える事を前提条件に、運動しても問題ないラフな格好で行くことにした。
暫く着ていないTシャツとショートパンツだ。
汗をかいてシミになっても、捨てていいやつをセレクトしている。
準備万端となった私はキャリーケースを持って外に出た。
ゴロゴロ……ゴロゴロ……
歩く度、キャリーケースが耳障りな音を立てる。
前は重く感じていたこれも、今となっては軽いものだ。
ただ、軽くなっていても、ケースを転がしている時の振動と、
怪しまれていないかと、疑心暗鬼になってしまうせいで、何だか疲れを感じ始めてきた。
「はぁ……ゴロゴロうるさー」
こんな事を今日からずっとやらないといけないのだろうか?
私は先行きが不安になり、溜息をついた。
目的地である、大規模な自然公園に辿り着いた。
ここの奥まった場所なら、誰かが来る可能性は低い筈だ。
私は早速、キャリーケースから剣に巻き付けていた
バスタオルを外し、刃を空気に晒して取り出す。
……やっぱり綺麗な剣だ。こうも綺麗だと、ぜひ本物を見たくなってくる。
「……っと。見とれてる場合じゃないわね」
私は気を取り直し、持ってきたクリップ式の
スマホスタンドにスマホをつけ、木の枝に固定する。
そして、事前に用意していた剣の振り方のレクチャー動画を再生した。
全編英語だから、解説者がなんて言ってるのかよくわからないけど、
まぁ振り方さえ分かればいいだろう。
「えっと……こうかな」
動画の振り方を真似しながら、剣を振ってみる。
思ったよりも出来ている気がする。
もう一度振ってみる。
……いい感じな気がする。
そうして、何度か繰り返し素振りしている内に、
自然と剣を振る速度が上がっていく。
そこで、何故か自分の中で言い知れぬ楽しさと、
"懐かしさ"が広がっている事に気が付いた。
当然だが、ただのOLである私には剣を振った経験なんてない。
そんな感情を抱くのはおかしい。
けれど、剣を振れば振るほどに、その感情は自分の中で大きくなっていき、
安心感すら覚えて始めた。
辺りに剣が風を切る音が響いている。
ちょっと前まではか弱い女性であった筈の
自分が出している音とは思えない、鋭い音だ。
不気味で奇妙な感覚に襲われながらも、
私は矛盾した感情のままに剣を振り続けた。
そうしてどのくらい経っただろうか。
体力も尽きる気配がなく、大して疲れないままに訓練を続けていたが、
ふと、私は何故か"この雑な剣術"を本当に学ぶべきなのかと、
疑問に思ってしまった。
私は剣筋を試すため、目の前に落ちていた
太さ5cm程の木の枝を拾い、地面に突き立てた。
そして、先程まで鍛錬していた剣筋を意識し、
その枝に向かって剣を思い切り縦に振った。
振った剣が木に当たった瞬間、けたたましい音が辺りに響く。
そして、目の前で起きた結果を見て、
私は思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。
「はは……マジかぁ……」
────分厚くて重かった筈の木の枝は、
私の目の前で半分になり、千切れ飛んでいた。
ただ、私はこの結果をある程度予想していた。
実は私のATK値はここ何日かガチャを引いた結果、もう+16まで上がっているのだ。
そのせいで、捻ったドアノブに手の跡を残してしまったり、
握っていたマグカップにヒビが入ったりと、
度々そういう現実味のない事はやってしまっている。
……学んだ剣術が正しく、満足いくものであるのかと、
試したくて軽はずみにやった事だったが、その結果がこれだ。
日常生活での事もそうだけど、こういうのを目の当たりにすると、
自分が化け物になってきていると否が応でも思ってしまう。
私が怪力ゴリラに変貌を遂げてしまったのも気になる事だが、
それよりも今、本当に気になっているのは、
私が動画で学ぼうとした剣術に対して下している評価と思考だった。
──やはり、この剣術は素人が考えたものだ。学ぶ価値はない。
何かを鮮やかに切断するのには、それなりの技術がいるものだ。
今使っているのは刃を潰した剣ではあるが、
それでも、自分の技量ならばここまで杜撰な結果にはならなかった。
こんなものを学んで、腕が鈍くなっても困る。
さぁ、いつもの剣を振ろう──
そんな考えを、ただのOLである筈の"私"が思い浮かべていた。
「……剣は、やめておこう……」
私はなるべく何も考えないようにして。
キャリーケースに衛種剣モラスチュールを封印した。
──じゃあ、次だ。
今度は護身術の特訓をしよう。
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