第4話 お客様のご意見、ご感想をお待ちしております

「はぁ……本当に大変だったわ……」


私は昨日の事を思い出しながらカバンを拾った。


携帯はポケットに入れてたので、電子決済もあるし、お金の心配はそこまでなかった。

しかし、家の鍵はカバンの中にしまっていて、

電車の定期も財布も、またその中にあったので私は家に帰る事が出来なかった。


もう何処かで泊まるしか選択肢がなかったので、

仕方なくネットカフェで一泊する事にしたのだが、

あいにく私はネットカフェで泊った経験は無かった為に勝手がわからなかった。

慣れない作業で眠くなる目を擦りながらもなんとか手続きを終わらせ、

やっとの思いで寝床に辿り着き、いざ眠りにつこうと部屋に入ったのだが、

私は隣人というのが如何に眠りにつく上で大切なのかを知らなかった。


右からは怪物のようないびきが鳴り、

左からはFPSゲーマーの怒号が轟く拷問部屋が、私の寝床だったのだ。


更にいつもと場所で寝るのは自分にはきついものがあって、

なんとか眠れたのは深夜三時頃だった。


お陰で目覚めは最悪だし、普通に体調が悪い。

なんで今日が水曜なのよ……せめて金曜にして欲しかった……。


「シャワーは浴びれたけど、やっぱり湯船につかりたかったなぁ……」


余計な出費を強いられる原因となったガチャを横目で睨む。

今日は流石に引く気はなれなかった私はさっさと会社へと行く事にした。







昼休み。会社の休憩室で私がコンビニで適当に買ったパンを食べていると、

私と同時期にこの会社に入った高田さんが私の隣の席に座って話し掛けてきた。


「お疲れ様です~佐藤さん。今日のニュースって見ました?」

「……あー、昨日は色々あって見てないのよね。何か面白いやつでもあったの?」


高田さんとはプライベートの付き合いはないが、

休憩時間が合えば二人で上司と仕事の愚痴を話し合っている仲だ。


おっとりして柔らかい話し方をする彼女と話していると、

ささくれだった心が少し癒される感じがする。

それにしても、彼女がニュースの話をしてきたのは珍しい気がする。


「それがですね~。なんと銀行強盗を

 高校生が撃退したってニュースなんですよ~」

「へぇー! 凄いわねその子!

 銀行強盗かぁ……このご時世に珍しいわねぇ」

「ですよね~。でも、一番効かないのは、

 高校生が強盗さんを止めたって話ですよね~。

 しかも、その高校生。なんでか犯人確保の時、

 全身タイツを着てる上に、仮面も被ってたそうなんですよ~。

 意味わかめですよね~」

「いや、意味わかめもこのご時世じゃ珍しいわよ。

 それにしても全身タイツと仮面って、

 なんでそんなもの……あっ」


高田さんの話を聞いて私は勘付いてしまった。


そう、その話に出てくる銀行強盗も高校生も、

恐らく私と同じように──ガチャを引いたのだと。


きっと、その銀行強盗はガチャでアイテムを手に入れた時、

こんな凄いものを手に入れた自分なら、

どんな事でもやれると気が増長してしまったのだろう。

だから、安易に犯罪に手を染め、銀行を襲撃するという暴挙に出てしまった。


そして、その犯行現場に居合わせた高校生はきっと、

強盗を止める事が能力が身に付くようになるアイテム──

つまり、ここでいう所の"全身タイツと仮面"を装備して、

強盗を撃退した……というのが事のあらましなのだろう。


……いや、何で上脱いだ?


「どうしました? あ、もしかして、

 タイツを着てた理由わかっちゃったりしました~?」

「えっ? あー……ただ目立ちたかったのかなぁって

 思ったんだけど、当たりだったりする?」

「残念~。ハズレです~。

 その高校生が言うには"正義を執行する為に必要であって、

 趣味で着てるわけではない"って事らしいですよ~。

 でも、私は佐藤さんの言った理由の方が、

 それっぽい気はしますね~」

「……確かに言い訳っぽく聞こえるわねー。あはは……」


やっぱりガチャアイテムっぽいなぁ……。


「因みに銀行強盗の言い分とかはあったりする?」

「あ、銀行強盗は"強くなった自分ならいけると思った。

 まさか自分以外に強い奴がいるとは思わなかった"らしいですよ~。

 この銀行強盗って40代のおじさんらしいんですけど、

 40代でこの発言はおかしいですよね~」


高田さんはクスクスと笑っているが、

自分は苦笑いしか出てこなかった。

先日、大はしゃぎで歩行者道を走りまわった二十代の子供が私です。


それにしてもまさか、自分以外にも

ガチャを引ける人間がいるなんて……。

どのくらい引ける人間がいるのか不明だが、

この様子だと少なくとも高田さんは引いてなさそうだ。

全人類が対象なのか。それとも選ばれた人間が引けるのか。


選ばれるとして基準はなんなのか……それはわからないが、

もし私が引ける人間に同じ権利を持っていると知られた時、

きっと良い事にはならないだろう。


私が有用なアイテムを持っていたら奪おうとするかもしれないし、

もしかすると、私自身が有用なアイテムとして扱われるかもしれない。

何せ今の自分はジョギング感覚で自転車並みに走れるのだ。

こんな人間は多分いないし、研究対象として欲しがる人間もいそうだ。


まぁ、ネガティブに考えすぎな気もするけど……

今のところはガチャが引ける事は誰かに言わない方が良さそうかな。


「そうですよね~。いい歳して可哀そうな人ですよね~。

 あ、可哀そうと言えばあの新人さんが専務に……」


高田さんはニュースの話を切り上げ、いつも通りの話題を喋り出す。

私はそれに話を合わせながら、自分の今後について考えていた。







少し日が経ち、日曜日の朝。

私はガチャで引いたアイテムを自分の部屋で見ていた。


といっても、視界に入っているアイテムは二つしかない。

自分の身が心配になった私はあの日以降ガチャを

一日一回ではなく、二回引く事にした。

本当はもっと引きたいがそんなお金はないし、

一日二千円の出費だって、大した給料を貰えてない私には痛い。

そもそも一日一回だって、本当はやめた方がいいくらいだ。


なけなしの金で引けたのは、殆どが成長玉だったが、

そんな中でも一つだけ、種類の違うアイテムが出たのだけど……

出てきたのはまさかのダブり、〈衛種剣モラスチュール〉(笑)だった。

つらい。


今、自分が所有していると言えるアイテムはこの剣だけだ。

全身タイツ高校生ならぬ、全身タイツOLにはなれそうにない。

なる気もないけど。


……あの日から、私はネットで、

他にガチャを引いた人がいるか調べて始めた。

そして、思っていたよりも沢山の人が

ガチャを引いている事がわかった。


多種多様なアイテムを年齢、人種問わず、

世界中の人が引いているみたいで、

とんでもない勢いで水を発射出来る水鉄砲。

三、四メートルまでジャンプ出来るようになる靴。

呪文を唱えると火が出る本など……本当に様々なアイテムがあるようだ。


でも、〈成長玉〉──ステータスUPアイテムを引いたと

言っている人はあまりいない。

あのアイテムのレア度は数値が高い程上がるみたいだが、

そもそも〈成長玉〉を引ける事自体が珍しいのかもしれない。


っていうか、話すべきではないと思っていた情報が、

こうもネット上でゴロゴロ転がっているのを見ると、

自分が心配していたのが凄く馬鹿馬鹿しくなってくる。

まぁ、こんな物を手に入れられたら自慢したくもなるのはわかるけどね……。


そして、色々と調べていくと銀行強盗以外にも、

ガチャを引いた人間が引き起こしたと思われる事件が、

世界中でいくつも起こっていた事がわかった。


宝石店、銀行、コンビニに至るまで、

様々な場所で犯行が行われていたらしい。

そういうニュースはこの四日間で何度も報道されており、

強盗だけでなく、暴行や誘拐といった犯罪のニュースもあった。

しかし、いずれの事件も犯人は一日も経たずに警察に捕まっている。

ガチャアイテムを使用したと思われる犯人はその全員が、

どんなアイテムを使用していようと犯行に失敗し、

皆等しく檻に閉じ込められたと報じられているようだ。


────妙な話だ。


どの犯人も何らかのガチャアイテムを所持もしくは使用している筈だ。

当然、普通の人間では対処するのは難しいだろう。

いや、それどころか普通の犯罪だって、

こんな速さで解決なんて出来ない筈だ。


だが、現に警察は犯人を確保出来ている。

一体何故そう簡単に犯人を捕まえられるのだろう?



その答えは犯人が確保した時の映像にあった──


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