第2話 ご質問はいつでもお受けしております

私はあれからこの空間で出来る事を試した。


まず、家族や友人、挙句会社にまで連絡してみたが、

電波が通っていないと言われ、一切繋がらなかった。

ここは東京都内の歩道なのだから当然、電波が通っていないなんてまずありえない。


こんな場所にいるのだし、この結果は少し予想はしてたけど……結構堪える。

助けては貰えずとも、せめて励ましの一言くらいは欲しかった。


次にぶつかった見えない壁について調べてみた。

身体をぶつけてみたり、手で押したりしたが、

まるで動く気配はないし壊れそうもない。

見えない壁は四方に配置されていて、出られそうな隙間もなかった。

上空や地面も確認したかったが、周りに足場になるものはないし、

ここの地面はコンクリートなので、掘って出られる筈もない。


そして、最後にこの奇妙なガチャを調べた……が、分かった事といえば、

このガチャ筐体の液晶画面は【一回千円!!!】と【一回引けば脱出可能!!!】の

二つの広告切り替わるだけで、他の広告はない事。

ガチャのクリアケースはアクリル板のような見た目と違い、指で叩けば鉄板のような音が鳴る事。

電源ケーブルが存在しない為、どんな動力で動いているかわからないという事くらいだった。


ケーブルがない事を発見した時は、びっくりして腰を抜かしそうになった。

まぁ、こんな不思議空間を作れる奴が、わざわざ電力を使うのもおかしいかも知れない。


役に立ちそうな情報はないか……と諦めていた所、

ガチャの筐体の側面にこれを提供していると思われる会社の電話番号が記載されている事に気づいた。

私を監禁してくれた、傍迷惑な会社の名前は"株式会社ガーパイス"というらしい。


取り合えずその電話番号が繋がるか試した所、なんと繋がった。


私はその事に非常に驚いた。

今まで他の電話番号は繋がらなかったのにそこだけ繋がったというのもあるが、

こんな怪しいものに書いてあった電話番号が繋がる筈がないと思っていなかったからだ。


パニック寸前の精神状態ではあったが、疑問や不安に思っていた事を出来る限り質問した。

電話に出た担当者は憎々しいくらいに淡々とした口調で質問に答えてくれた。



私がした質疑応答は以下の通りだ。



「このガチャは一体何なんですか?」

「お客様の目の前に設置されているガチャガチャは一般的なものとは違い、

 ガチャに入っている商品はお客様一人一人によって内容が異なります。

 ガチャを引いた時にお客様のニーズの沿った商品が選定され、

 お客様のもとに提供されるようになっております。

 つまりこのガチャは、お客様である佐藤 真知子様の人生をより豊かにする為の商品という事です」



「どんな商品が出るんですか?」

「お客様ごとによって出る商品、弊社にて"アイテム"と呼称しているものは、

 ガチャを引くお客様ごとに異なりますので、具体的にお答えすることは出来かねますが、

  例えば、仮にお客様が仕事で疲れていらっしゃる場合、

 その事象を解決出来るアイテムが提供されるようになっております」



「このガチャを引くことによって引き起こされる副作用のようなものはありますか?」

「お客様の身体に悪影響を及ぼす事は全くございません。安心してガチャをお引き下さい」



「本当にガチャを引かなければここから出れませんか?」

「大変申し訳ございません。お客様は弊社にとって非常に重要なお客様であると認定させて頂いた為、

 誠に勝手ながらガチャ引くまでその空間から出ることを制限致しました。

 お客様には大変ご迷惑をお掛けしたお詫びとして、

 佐藤 真知子様限定で、1回目のガチャを無料で提供させて頂きます。

 何卒弊社のガチャのご利用をお願い致します」



「何故、私の名前を知っているのですか?」

「誠に勝手ながら、ガチャを引く権利を持っているお客様は、

 例外なく弊社にて事前調査を実施させて頂いている為、佐藤様のお名前を存じておりました。

 お客様のプライバシーを損なってしまう形となってしまい、大変申し訳ございません」



──大体こんな感じの会話だったと思う。思い返してみても余りに一方的な説明だ。


……納得できない。はっきり言って理不尽だ。

一回目のガチャが無料だとか言われたが、

そもそもこっちは引きたくなんてないのだから、無意味なサービスだ。

こっちの機嫌を損ねるものでしかない。


不満と怒りが込み上げてくる。

これ程理不尽な目にはあった事が────


──いや、何度かあるな。

人手不足で12日間連続出勤を許容せざる負えなくなったり、

予定されていた業務が突然なくなって派遣切りにあった時もある。


派遣切りの時は本当に酷かったなぁ。

ギチギチに詰められたスケジュールの中で作業に必要な免許を自費で取得させられ、

その会社の業務内容を覚えさせられたと思ったら、

現場会社との連携不足で予定されていた作業が進められなくなってしまい、

当時派遣社員だった私はその他大勢の仲間達と共に首を切られて……って、

そんな昔の事はどうでもいいか。


…………やっぱりここから出るには、ガチャを引くしかないのだろう。

しかし、何が起きるのか不明瞭であるのは全く変わっていない。


当然、不気味さと不安さは残る。


だけど、引かなければここから出ることが出来ないと、

超常現象を任意で発生させられる存在から御達しが来ているのだ。

もう、ここは覚悟を決めるしかない。


「───ふぅっー……よしっ!」


息を深く吐いた後に頬を二回叩き、

覚悟を決めた私はゆっくりとガチャに近づいて、

勢いよくハンドルを回した。


ガチャの液晶画面の表示が切り替わり、

可愛らしいキャラクター達がドラムロールしている演出へと変わる。

ドゥルルル、ジャーンというどこか聞き覚えがある音と共に、

ガチャの供給口から何の変哲もなさそうなガチャガチャのカプセルが出てきた。


それは駄菓子屋やデパートでよく見た"あれ"だ。

ガチャ筐体に入っているカプセルはもっと大きいものだったが、

これは大きさも形も一般的なものに見える。

カプセルの中を見てみると、これまた駄菓子屋で売っている

スーパーボールのような見た目をした丸い球体の物質が入っていた。


一体なんだと思った所で、ガチャからパンパカパーンと軽快な音が聞こえてきた。


その音に釣られて液晶画面を見ると、

どうやらそこにはガチャから出てきた商品の説明が書かれているようだった。



【R(レア) 成長玉 ATK+3】

成長玉はステータスUPアイテムです。

ステータスUPアイテムはお客様の身体能力を高めるアイテムとなります。

使用するとアイテム名に記載されている各ステータス値の横にある数値分、

お客様のステータス値(身体能力)を上昇致します。

ATKの場合、お客様の物理攻撃力と腕力が増強されます。



「……うっわぁ、なんなのそれ……」


まるでゲームキャラクターの育成アイテムだ。如何にも胡散臭い。


一先ず私は筐体からカプセルを拾い、中に入ってあるスーパーボールを観察してみた。

本当に見た目は駄菓子屋とかでよく見たことがある、ただのスーパーボールだ。

大きさは掌に収まるくらいで材質もゴムで出来ている様な感じに見える。


本当にこんなものにそんな力があるのだろうか

いや、そもそもどうやって使えというのか。


「まさか食べろって言うんじゃ───」


そうぼやきながらカプセルを恐る恐る開いたその瞬間、

中に入っていたスーパーボールが突如淡く光りだした。


「えっ!? な、なに!?」


驚いて尻もちをついた私がカプセルを手放そうとする前に、

光りだした〈成長玉〉は浮遊し、私の身体へ入っていった。

不可解な物質が勝手に身体に入った事象に半狂乱になりながら、

身体に異変がないか確認するが、見た所何も変わりはない。


その事に一旦安堵し、手元にある空っぽになったカプセルを見る。

だが、もう中には何も入っていなかった。


言い知れない恐怖が押し寄せてくる。

本当に大丈夫だろうか?

私は何か、取り返しの付かない事をしてしまったのでは……?


後悔と不安が募っていき、私はそんな思いをさせたガチャを見上げる。

何事もなかったかのようにガチャの液晶画面はまたあの「一回1000円!!!」という広告に戻っていた。

こちらの心労を少しも省みない軽薄さに、感じていた恐怖は段々と怒りへと変わっていった。


「……っ、何様のつもり……!!」


その怒りのままガチャを蹴りつけようをしたが、今自分がヒールを履いている事を思い出す。

見た目と違い頑丈そうだったし、こんなものを力一杯に蹴ったらヒールが折れてしまうかもしれない。

そうなったら私は苦労を共にした友を不要に殺してしまう上に、

自分の足で帰宅出来なくなってしまい、高いタクシー代を払わなくてはならなくなるだろう。


その場合に感じる絶望とストレスは計り知れない。

そんな事態は避けたい……いや絶対に避けなければならない。


───いや、こんな非科学的な仕打ち受けてるのに現実感凄いな……。


「……はぁ、もう帰ろ」


私はなんだか馬鹿馬鹿しくなり、

蹴りつける為に構えていた足を地面に下し、溜息をついた。


もうガチャは引いたのだ。

あの拉致監禁をプロセスにお客様に徒労を売りつける犯罪会社の言う通りなら、

きっとこの空間から出れるようになってるだろう。

泣きたくなる気持ちをなんとか切り替え、

帰る為に買ったスイーツが入ったビニール袋とカバンを持ち上げた。


そこで違和感に気づく。


「……重く、ない?」


謎空間に囚われる前に比べて明らかに荷物が軽くなっている。

特にこのバックは通勤時いつも重いと感じながら使っていた愛用のバックだ。

だから、決して気のせいじゃなく、間違いなく軽い。

どうして軽くなったか、考えられる原因はただ一つ。あのスーパーボールだ。



───あの〈成長玉〉 ATK+3だ。



「ま、まさか本当に……」


不意にガチャの販売会社の担当者とのやり取りを思いだした。


"貴方様の人生をより豊かにする為の商品が、弊社のガチャとなります"


もしかすると本当にその通りかもしれない。

ほんの少しだけ、私は未来に期待してしまった。



それが……余りにも浅はかな考えだったとわかるのは、もう少し後の事だった。



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