くたびれマチコさんはガチャを引いて楽になりたい

しろざとう

第1話 仕事で疲れたのであれば、ガチャを引いてみませんか?

「はぁ……今日も疲れた……」


会社からの帰り道で独り言と共にため息をつく。

ただでさえ少ないであろう幸せが逃げて行ってしまうかもしれないというのに、

気が付くとそうしてしまっている。


私があの会社に勤めてもう何年になるだろう?

入った時はこんなにきつい職場とは思ってなかった。

仕事内容自体は簡単なものなんだけど、予定外の作業が起こりまくるのがきつすぎる。


なぜ他の部署がやらかして増やした仕事をこっちがやらないといけないんだ?

あっちが片付けるべきなのに、それを簡単に引き受けるあの馬鹿上司は本当にふざけてる。

しかも、そのせいで仕事が遅れたら遅れたで怒鳴ってくるし。

毎回毎回、そんな事が毎週のように起きているから堪ったものじゃない……。


おかげで肌も荒れ放題だ。おでこのニキビは取れてもまた出てくるし、

せっかくも土日も疲れて旅行にもいけやしない。

せめてもの抗いで時々銭湯に行ってるけど……

『毎週の楽しみが銭湯って、二十代の女にしては枯れた趣味だな』って、

上司からからかわれたし、もっと何かこう有意義な事がしたいんだけどなぁ……

大抵動画見てダラダラしてたら休日終わるんだよね。


──まぁでも、今日はいつもより幸せじゃないだろうか。

帰り道に寄ってもいつでも売り切れている人気スイーツ店のお菓子を買えたのだ。

人気スイーツだけあって高いけど、日々のストレスからの解放されるなら安い対価だ。


あぁ早く食べたい……。


待ち受ける甘い癒しに想いを馳せてしまい、一瞬だけ目を閉じてしまう。

そして目を開けた瞬間、私の目の前には



ガチャがあった。



「……え?」



────駄菓子屋やデパートとかによくある、ガチャガチャの筐体が目の前にあった。


いや、というよりそれしかない。

さっきまで私の周りには沢山の人が行き来していた筈なのに人ひとりいない。

東京の特有の高層ビルや沢山の高い建物が並んだ風景はそのままに、

私だけ切り取られたみたいだった。


「どういう事……? 何かのドッキリとか……!?」


辺りを見渡してみるも起こった現象は変わらない。

一瞬のうちに騒がしかった都会の景色は静寂に包まれて消えてしまった。


ここには私とガチャしかいなくなってしまった。


そのガチャも奇妙なものだった。

ガチャ筐体の形態としては本当に昔ながらのガチャといった感じで、

その赤色の筐体の中央にはクリアケースがあり、その下には銀色のハンドルがついている。


けれど、大きさは自動販売機程もある上、本来硬貨を入れる筈の口は"お札投入口"になっている。

また、クリアケースの中にはガチャのカプセルがぎっしりと入っているが、

そこにはおもちゃが入っているわけではなく、様々な色をした光がゆらゆらと中を飛んでいた。

そして、クリアケースの正面は、どうしてか一枚の液晶パネルになっており、

そこに表示されていたのは安っぽいソシャゲのようなガチャ画面だった。


そこには剣や槍といったファンタジー的な武器。

ビジネススーツや水鉄砲といった現代の道具といった、

様々なジャンルの景品がキラキラの背景を背に表示されていて、

画面の中央辺りにはパチンコ店の電子看板のような派手な演出で、

【一回1000円!!!】と表示されていた。


おかしな空間に連れてこられて最初は困惑していたが、

そんな妙ちくりんなガチャ画面を暫く唖然と眺めていると、

パニックになりかけていた心が少しづつ落ち着いてきた。


「……はぁ」


思わずため息をついてしまった。

一体なんなんだろうかこのガチャは?

景品の統一性がないのは然ることながら、

スーツや水鉄砲とかこんな所で買いたくはないし、

そもそも剣とか槍とか現実で手に入れられたら犯罪だろう。

誰が用意したのかは知らないが、とにかく怪しいガチャなのは確かだ。


しかし、こんなガチャと二人きりにさせたって事は、

この空間を創り出した人間は『ガチャを引いてくれ!』と切に願っているのだろう。

だって、こんな不思議空間のど真ん中に、

投入金額を激しく主張した広告を流す筐体があるのだ。

それは明らかに"そういう意図"だ。


……でも、このガチャは一体どういう意図で置いてるの?

このガチャを引かせることで製作者に何の得が?

というより、こんな非科学的な現象を引き起こせる人物……いや、そもそも人なのだろうか? 

そいつが、私なんかにそうさせる理由って何?


────何も、分からなかった。


余りにも動機が見えてこない現状に、私は急に恐ろしくなった。

このガチャを引くのは自分が想像してるよりも危ない事なのかもしれない。


私は何か恐ろしい実験に付き合わされているのでは?

引いた瞬間からここに一生閉じ込められるのでは?


……いや、もう既に。

私は、ここに閉じ込められているのでは──?


「……っ! で、出なきゃ!! ──ヘブッ!!」


恐怖に駆られ、歩いてきた道を戻ろうとする。

しかし、一、二メートル走った所で、柔らく弾力がある見えない壁にぶつかり転んだ。

もう閉じ込められていた。その事実に私は愕然となり震える。何なのよ……これ?



デデン!!



「ひっ!?」


突如私の後ろから軽快なSEが聞こえた。音の発生源はあのガチャからだ。

恐る恐るガチャの方へと振り向く。


すると液晶の文字は【一回1000円!!!】ではなく──

【一回引けば脱出可能!!!】と、変わっていた。

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