第3話 育みと別れ

それからのユカリは、私に対して積極的になった。


連絡先の交換もしてあるせいか学校でもスマホが着信を告げるようになり、私が慌て


る場面も多くなった。


教師の間で飲み会があった日、私が国語教諭の女性と学校から居酒屋へ向かう途


中、彼女は私のスマホを何度も鳴らした。


20分ほどの間に20件の着信履歴が残っていた。


私はそれが何故か嬉しくてしょうがなかった。


ユカリが愛おしく、飲み会を店の前でドタキャンした。


勇んで彼女の元に向かったが、当然、彼女の自宅に行くことなどできず、今度は私が


彼女に電話を入れた。


ユカリは大人がする様な駆け引きをしてこなかった。


私の電話に彼女は直ぐに答える。


「先生、何故電話に出てくれないの?私が嫌いになったの?」


言い訳も出来ず、答えられずにいると


「先生、今から逢って。私、不安なの。今すぐに。」


その時、私は彼女の自宅近くにいた。


それを告げると、ユカリは、家から私の元に走って来た。


そして、私の身体に飛び込むように抱きついた。


私服の彼女はとても子供に思えた。


私はその時、未成年者を肌で感じた。


躊躇う気持ちが強かった。


しかし、二人は寄り添いながら私のマンションに吸い込まれた。


そしてとうとう一線を越える行為をしてしまった・・・






”Teacher, I've been thinking about you all time since then, and I can't concentrate on my studies. sorry. I want to be with you much longer. I want to live in the teacher's apartment together. Good, sir. ”


「先生、あれからずっと先生のことを考えていて勉強に集中できないの。 ごめんなさい。 もっと長く一緒にいたいの。 先生のマンションに一緒に住みたい。 いいよね、先生。 」


次の日に届いたユカリからのメールに私は我を失った。


一緒に暮らしたいと願う彼女の願望は私自身のそれと同じだった。


"Okay, I'll pick you up tomorrow so get ready. I've been with you since after school."


「分かった、明日迎えに行くから準備してね。放課後からずっと一緒だよ」


”I love you sir”


「愛しています、先生」


今思うと、その時のメールは、私達の終わりの始まりだった様にも思える。


そんな事が、許される筈もない事は、当然分かっていなければならない事だったの


だ。







私の人生は、何時も不幸なことばかり。


生まれたときに母が亡くなりました。


子供を産めないほど癌が進行していたにも関わらず、好きな人のためではなく、自分


の遺伝子をこの世に残す為、国会議員の妾となり私を産み、数日で進行がんの為に息


を引き取ったのです。


父親であるべき議員の男は私を施設に預け認知もしませんでした。


私は施設で育ち、小学校、中学まで行きました。


「高校に行きたい」


そう施設長の男に頼むと言うことを聞けばお金を出すといいました。


それは、男の前で裸になることでした。


私は躊躇い高校を諦めるといいましたが、施設長の男は今までの恩返しに裸を見せろ


としつこく言ってきます。それでも私は断固拒否し、中学の卒業式が終わってすぐ、


施設から逃走したのです。


自分を守ってくれるのは自分だけだ、その時はそう思って生きてきました。


でも、あの人に出会って私は世の中に幸せというものがあることを知りました。


無償の愛などこの世にはないと信じていた私に、彼は、命を私に託してくれました。


自分の身など全く考えず私のために尽くしてくれる。


「私のような人間にすべてを捧げてくれた英語教師の彼。」


何時しか二人は付き合うようになりました。


彼には裸で愛し合う事も許せました。


きっと、互いに寂しさを背負っていたのだと思います。


彼はいつも下を向いていました。


「どうして?」


と聞いても、人の顔が怖いだけだよ、と答えるだけでした。


後で真実を知ったのですが、彼は教え子と交際し、教師の座を追われたことがあると


悲しそうに言ってました。


私はそんな彼に対して、慰めてあげようと思いました。


何時も彼のそばにいてあげようと思いました。


そんな彼との恋愛関係が私の最後の幸せだと思ってました。


彼はその時、失業中でした。


教師を首になり塾講師の仕事に就こうとネットとハローワークを使って探していまし


た。


一駅離れた小中高向け塾講師に採用されたのは私の妊娠がわかった日です。


彼の子供を宿したのです。


再就職のお祝いと妊娠両方のお祝いの日に彼は30円しか持っていませんでした。


それも私から渡された食材費の余り。


私は思い切って、貯金をすべて下ろし、彼が初出勤する前の日まで近場旅行を提案し


ました。


それだけの価値ある出来事だと思ってのことでした。


客室露天風呂付きの旅館でずっと彼に抱かれて3泊を過ごすと、もう離れられないと


感じました。


彼はいつも優しかった。


私の我儘を全部受け止めてくれました。


お腹が大きくなってきて身動きするにも思うようにならなくなると、歯痒さでイライ


ラして彼に辛く当たることがありました。


彼は私に言い返すこともなく


「ごめんね。僕が悪いんだ。」


というのが口癖でした。


私はそれでも彼に辛く当たり続けました。


「妊娠なんてしなきゃよかった。」


彼に貴方のせいで辛いのだと言ってしまいました。


その時、私の中に何か気持ちの塊が出来るのを感じました。


それが何だったのか?


私には分かりませんでした。


「出て行ってよ。」


そう彼に激しく言うと


「本当にごめんね。」


そう言って彼は出て行きました。


そして、彼はもう帰ってきませんでした。


ただ、私の我儘だけの為に…。

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