第4話 塊
“Teacher, I’m going shopping now, what would you like for dinner?”
「先生、今から買い物に行くけど、夕飯は何が良い?」
彼女はお嬢様だと思っていた私は、意外に家庭的な彼女の振る舞いに魅了されていった「料理の腕は母親譲り」だと彼女は自慢気に笑って答えた。学校帰りに夕食の買い物をするのが彼女の日課となり、必ず私にメニュー選択のメッセージを送ってきた。
"Why don't you make Yukari's favorite menu? She'll eat whatever you make."
「ユカリの好きなメニューを作ればいいよ? きみが作ったものなら何でも食べるから。」
私が彼女に申し訳なくそう送ると彼女は
”That's no good! I'm making it with a lot of love for you, teacher."
「そんなの駄目よ! 先生への愛情を込めて作ってるんだから。」
そう送り返してきた。マンションに帰ってくると本当にユカリは真剣な顔で料理に取り組んだ。私には彼女が女子高生だと思えないほど家庭的な美味しい料理に舌鼓を打つ毎日だった。
そんな彼女ももうこの世にはいない。あの日、あの場所で待ち合わせをしていなければ、私があの場所を指定していなければ、それは起きることはなかったのだ・・・
高校の卒業式が一週間後に迫っていた。私は極度に仕事が忙しくなっていた。毎日、卒業生に対する雑務を担当し、在校生の成績チェックに追われる。彼女も卒業生の一人。
"Shall we have a wedding after graduation?"
「卒業したら結婚式を挙げようか?」
彼女が高校を卒業すれば世間的にも大人同士と呼べる。そう私は思った。
"No, I won't reply unless you're right in front of me!"
「いや、目の前じゃないと返事しない!」
そして私は彼女のメッセージ通り、彼女の愁いをおびた目をを見つめて結婚を申し込んだ。
彼女は顔を赤らませながら「これから、一生、私をお願いします」と言った。
彼が出ていったのは私の我儘の為だとわかっている。私が悪いとも思っている。分かっていたが何故か彼が許せない気持ちが膨らんできた。「私はあなたの子供を身籠っているのに。私は妊婦で動けないのに。一体どこで何をしているの?何故私を守ってくれないの?」私の中にある塊は、憎悪を吸収して前よりも固く大きなものに感じた。
「きっと他の女のところね。」吐いて出た私の言葉が私の感情を逆撫でする。
「彼奴は私を裏切ったんだわ。」イライラと逆撫でされた感情で意識は飛び、包丁を持ってアパートを出ていた。身重な身体なのに、妙に身体が軽い気がした。歩いていると、スーツを着た一人の女性が颯爽とした姿で私の方に向かって歩いて来た。その女性になにか思ったわけではない。ただ、その人が女性であることだけが認識出来た。擦れ違う寸前に、気付かれない位置に包丁を隠し、その刃を彼女の腹部に向けた。女性は真っ直ぐ前を見据えていたせいかその事に気付いてはいなかった。私は1度目線に入らない位置に包丁を隠し直した。私は衝動的に、彼女の背後に回ると背中を一刺しした。「い、痛ぁーぃ!」彼女の呻き声は出だしの一語だけ大きかったが、あとの声は蚊の鳴くような声だった。そして、前屈みになった彼女の背中から心臓付近にもう一度包丁を入れた。
崩れ去る身体に馬乗りになって包丁を逆手に持ち替えて頭部から臀部までを記憶にないくらい突き刺した。そんな行為の最中にも、この道には人通りもなく周囲の建物は放棄されたビルばかり。気の済むまでその女を刺した私は、誰にも気付かれずに部屋に戻っていた。
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