第九死 約束

「助けてくんない?」


彼女がそう言った途端後ろからもう一つの気配が猛スピードでこちらへと向かってきていた。


やがてそれは姿形がはっきりと見える所まで来て…


「あれは…」


それは一見すると狼のようだった。だが明らかに違うのがその大きさだ。全長二、三メートルはある巨大な体で、牙だけが異様に発達していた。


「おいおい…!」


まさか彼女は…助けてって…


「これを僕にどうにかしてって事なのかぁ!?」

「グルルルル」


あ…これ終わったやつだ。僕死んだな。


「いや…まてよ…?あの大きな牙で噛み砕かれたら流石に僕の体再生できないんじゃないか…?」

「グルルルルル」


周りに人(小栖立さん)は……いないな!


「今度こそ…」


そう思い一歩踏み出す。だが、狼はそんな僕を無視して女の子の方へと走っていく。


「ちょッとぉ!なんでこっちに!?」

「なんでそっちに!?」


慌てて僕も狼を追いかけるが、そのスピードはとてつもなく、追いつけない。


「餌はあっちよ!あっち!!」

「グルルルル」


そして狼は今にも女の子に飛びかかろうとしている。


「グァァァァ!!」

「ひィィィィィィッ!!」


なぜ彼女ばかり狙われるのか…よく見てみると膝から血を流している。狼はその匂いをたどって追いかけているのだ。


そのことにいち早く気づいた真は、そこら辺にあった石を拾い、自分の腕に叩きつけた。



もちろん腕は折れて血だらけだ。そんな腕を上に掲げ、狼がこっちに来るように血の匂いをふりまく。


「グルァ?」


―釣れた―


その瞬間狼は再び猛スピードで僕の方へと走って来る。そして気づいたときには目の前にいて、僕の腕に噛みついてきた。


地面に血がポタポタと滴り落ちる。


やがてその腕は噛み切られ、狼にそのまま飲み込まれた。


「な、なにしてんのッ!?」


その一部始終を見ていた彼女は狼の後ろで驚きの声を上げていた。だけどその声に反応した狼が再び女の子を狙い始める。


「きゃぁぁぁぁ!!こっちじゃない!!そっちそっち!!餌はそっちだって!?」

「ッおい!化け物!!餌はこっちだぞ!!」


残ったもう一つの腕を木に思い切り叩きつける。だが狼の狙いはすでに女の子の方へと移っているようで…


「グルァァァァ!!」

「ヒィィィィィィ!?」


食われる!そう思った瞬間、人が出てきて狼に蹴りを叩き込んだ。


「物語くんッ!」

「小栖立さん…」


そう狼に蹴りを入れた人物の正体は小栖立さんだった。


「ッ!」


小栖立さんは僕をひと目見て息を呑む。


「腕が…ッ」


それからものすごくうろたえた様子で僕に近づいてきた。


「何でまたあなたはそんな大怪我を!!」

「問題ないです。どうせ治るので。それに痛みも感じませんし。」

「…ッ」


僕がそう言うと何故か小栖立さんはゆっくりと立ち上がる。その時の表情はどんな表情だったか、僕には見えなかった。 


そして蹴りを入れられてから、何とか立ち上がろうとしていた狼に歩を進め、その巨体に拳を叩き込んだ。


「グォァァァア?!!」

「お前…お前が…お前がやったのか。お前が!!」


その場に狼の悲鳴が木霊する。


「うわぁ…」


女の子は完全に引いていた。


だけど僕は…


「なんで…」


意味がわからなかった。


いや…正確には違う。頭ではわかっているのに理解ができない。なぜ僕のために怒るのか。なぜ僕に対してあそこまで過保護になるのかが…


なんでなんでなんで…なんで…




―いい?真。自分のことを大切に思ってくれる人がいたなら、あなたもその人のことを大切にしてあげなさい。私との約束よ!―



僕は…俺は…



「「…」」


次の瞬間、僕の意識はぷつりと途絶えた。





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