第六死 小栖立 奈々視点②

あれから…あの化け物が私たちのもとに現れてから…みんなはバラバラになって逃げ、私があの化け物の標的になってしまった。


「はぁ…はぁ…はあ」


必死に逃げて逃げて…とにかくあの化け物から離れたい一心で走り続けた。それでも化け物は巨大な分歩くのも早く追いつかれるのも時間の問題だった。


「グォォォォウ!」

「あッ!!」


足が…


足を木の根っこで躓き、立ち上がるのに時間がかかったせいで気づいたときには私の逃げ場はもうどこにもなかった。


・・・・


私の家は片親で母親が女手一つで私のことを育ててきてくれた。


過去に、私は元父親に襲われかけたことがある。当時私は13歳だった。そしてそれが原因で元父親は捕まり、母は離婚もした。


それからというもの私は男に対して嫌悪感を抱くようになった。それは時が経つにつれてますます酷くなっていき、学級委員長としての立場もあるので表面上では隠すようにはしていたけど、その嫌悪感だけはいくら経っても拭いきれなかった。


私はそんな自分自身に嫌気がさす。母親一人に苦労をかけている自分に…


・・・・


「グォォォォォ!!」


死にたくないよ…まだ生きていたいよ…


誰かッ…


「誰か…助けてッ…」


「ズドォォォォン!!」


突如として目の前で激しく砂埃が舞う。その中から聞こえてきた声はどこか既視感のある声だった。


「ほら…やっぱり死ねない。」


砂埃が晴れ見えたそれは小さい子どものような背丈をしていた。だけどやっぱりその後ろ姿や声といい、どこかで聞いたことがあるような既視感を私は覚えていた。


そんな子どもは突然、一言、二言、何かを言うと両腕を大きく広げ出す。その時私は気づいてしまった…


「まさか…私を守ろうと…」


あんなに小さな子どもが…自分よりも年上の私を助ける為に…


やがて少年に向かって棍棒が振り下ろされるところだった。とっさに私は彼を突き飛ばす。


「ダメッ!!」

「なッ」


突き飛ばされた少年は困惑している様子だったが、私が怪我をしていないかを聞くと少年はただ『大丈夫です。』とだけ答えた。


「よかった…」


せめて、この子だけでも…私は覚悟を決めゆっくりと立ち上がった。 


だけど


私の横を通り過ぎていく影が一つ…


それを見て私は「どうして…」としか言葉が出てこなかった。少年は私の言葉が聞こえたのか、前を見続けたまま


「下がってて…」

「どうしてッどうして私なんかの為にそこまで…」


どうして他人の為にそこまで体を張ることができるのだろう。そして少年は振り向きざまに一言…


「君を助けたいから。」


その瞬間私は既視感の正体に気づいた。そうだ…彼は…


先程から不思議だった事がある。彼もまた男なのに私は彼に触れても平気…それどころか安心感さえ覚えていた。


この気持ちは何なのだろう…


―しかしその答えは出ぬままさらなる絶望が彼女を襲う。


「グチャ…」

「え…」


嫌な音が聞こえた。まるで…まるで何かを潰すような音が…


見ると彼は…物語くんは巨大な化け物に棍棒で潰されていた。化け物がこっちに向かって来ているけどそれはもはや気にならない。


(物語くんッ!!助けないと…!!)


そのことだけで頭がいっぱいだった。


だけど物語くんは…立ち上がった。


「まだ…死ねない…」

「グォォォォォ!!」


再び彼は潰される。何度も何度も何度も何度も…


「…もう…やめて…」


さっきまでの死の恐怖はもはや微塵もなく、ただ物語くんが傷つくのだけが私には耐えられなかった。


それでも彼は立ち上がる。もういっそ私のことなんて見捨ててほしかった。


何度潰されようとその度に彼は立ち上がる。まるでなんとでもないように。


「……ッ」


嗚咽が漏れそうになる。こんなときに何もできない自分に腹が立つ。


やがて化け物が逃げていくと私は一目散に彼の下へと駆け出した。


「物語くんッ」



同じクラスのはずなのに私は彼のことをこのとき初めてまともに見たと思う。


一言で言えば彼は…壊れていた。


「なんで…どうしてこんなッ…」


そして私を見て、あろうことか『大丈夫…?』と自分のことよりも先に他人の心配をしていた。


「大丈夫って…まずは自分の心配をしてよッ…私よりもあなたのほうが!」


あちこち折れていてこの状態で生きていられる方が不思議なくらいの大怪我だ…


「あぁ、僕なら大丈夫です。僕は死ねないから。」

「死ねないって…」


すると彼はいきなり自分の腕をもう片方の手で折り、笑顔でなんともないと言わんばかりに私に見せてきた。


「何してるの!!!」


彼にもうこれ以上傷ついてほしくない…その一心で彼を叱る。


だけど彼には届かなかった…それどころか直ったところを笑顔で見せてくる始末。


「でも…治るっていっても、痛いものは痛いでしょ…?」

「あーいや、最初のうちは痛かったり苦しかったりで転げ回ったりしてたんですけど何回もやってるうちに慣れてきて今では痛みは感じないんですよね。」

「…ッ」


私は固まった。なんて声をかけたらいいかわからなかったのだ。


だけど…だけどきっと今ここで誰かが彼の心を癒やさないと、きっと彼はまた同じことを繰り返しそのたびに傷ついていくんだろう。


これは私のわがままだけど彼を癒す誰かは他の誰でもない私がいい。


これから彼が何をしようが私だけは彼の味方であり続けよう。彼の拠り所であり続けよう。



そして私は彼に抱きつく。


「ちょっ…え?!」

「もういいの…もういいのよ…これからは私があなたのことを守る。いえ…必ず守ってみせるから!」




「それと…助けてくれてありがとう!」

「ど、どういたしまして…?」


いつの日にか彼の心の傷が癒えるように…





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