上7

朝だ。忌々しい月曜日の朝。窓から寒さが通り抜け、それを防ぐように布団にしがみつく。

普通ならここで我慢してでも起きなければいけないだろう。だが今の笹岡にとっては違う。ただそれでも甘えてだらけてしまうのが嫌なので、一応目覚まし時計は毎晩かけてある、

この三日間、井魔戸にもかなり行ってきたのに、まだ答えは出せずにいた。それは自殺するか、殺すか、強くなるかの究極の選択。

笹岡は思った。この3日間、決断するための材料も得られなかった。いや、場所を変えさえすればなにか決断するキーが得られると、安直に考えていただけかもしれない。

じっくり考えるという意味では、そこが学校でも家でも井魔戸でも同じことだ。命をかけてその行動をしても後悔はないと、己を納得させる心の戦いなんだ。

そういう意味では、今納得できるのはやはり復讐だ。

殺人事件はよくニュースになり、ドラマでも何度も見ている。ただ決まって殺人犯はクズだと、どんな理由でも殺人だけはしちゃいけないと、そう言われてる。

実際、犯罪なのだから。犯罪者になるという意味ではクズなんだろう。殺人鬼はクズなんだろう。

なら、私を自殺まで追い込んだやつらはなんだ?人を一人殺してるぞ?自殺と言う方向で。いや、結果的に生きてるのだから殺人未遂か?どちらでもいい。

バスケ部で起こったことは、れっきとした暴行罪で、器物破損罪で、監禁罪だ。犯罪がダメだというのなら、なぜこれを許す?

それでこっちが殺したとなったら、私だけ殺人罪で、クズの犯罪者と言われるのか?なんだそれ。

人の命が大事だから奪っちゃいけないなんて綺麗ごと吐くなら、私の命は大事じゃないのか?違うだろう。

そうだ。人の死に釣り合うものは、人の死しかない。あいつらに味わわされた屈辱と痛みの毎日は頭の中にこびりつき、それはとてつもない怒りと憎悪を生む。

なぜあのとき"殺してやる"という発想が出なかったんだろう。今思えば、あんな奴ら殺されて当然なんだ。

私が地獄の目にあってるとき、発するべき言葉は"助けて"でも"やめて"でもない。"殺してやる"だったかもしれない。

ただ、あいつらはグレーなんだ。ときどき、優しかった。いや、今思えばそのグレーさが、私の殺意を都合よく解いていたんだ。

どんなに1%ほどの優しさがあったとしても、奴らをグレーだと思っちゃいけなかった。やつらがが実際グレーだとしても、心の中で黒にするんだ!この学校もなにもかも、

グレーじゃない!黒なんだ!だから殺すんだ!そう思って初めて、己の殺意が揺らぐことはなく、中途半端な反抗で終わることもなく、まっすぐ殺しに行くことができる。

心の躊躇いを捨て去ることができたとしても、殺意だけで人は殺せない。鋼の殺意を身に着けたら、次は力だ。仙道優の言った通り、刃物を持とうが反撃されるんだとしたら、やはり力をつけなければいけない。

力なんて、どうやってつければいい?空手かなにかを学ぶのか?この2週間足らずで?そんなことできない。学ぶほどの時間もお金もない。

いっそ真法を出すみたいに、人を殺す力も手から出せるようになれればいいのに。


火曜日。相変わらずの寒さと曇り空。窓から漏れる寒さと陰鬱な空気は、布団から出る気力を徹底的に奪うものだ。

「玲!起きて!まだ冬休みじゃないよ!」優はそう言って玲の体をゆする。

「えー、冬休みいつからだっけ?」

「明後日だって!ほら起きる!」

「もーいいじゃん。冬休みまで休みてえ。ダルい、寒すぎる。」

「ダメだって!はやく起きないとあたしと一緒に登校することになるよ!恥ずかしいでしょ。」

「うーん、びみょー。」

「微妙ってなに...。早く起きる!」

そうしていつも通り登校する優。そしていつも日常。友達たちと何気ない会話の中で、とある噂を切り出される。

「ねえそういえば知ってる?先週の木曜日の話だけどさ、2年生の笹岡って女子が屋上から飛び降りようとしたって話。」

「笹岡?」と優。

「ああ、笹岡か!え?あいつ自殺しようとしてたの!?」と須沢。

「うん、そうらしい。木曜日って言ったらさ、私服着た2年生が体育館で暴れてたでしょ?あの子が笹岡っていうんだっけ。」

「うん、そうそう。ウチさー、よくわからないけど急に襲われてさー、めっちゃ痛かった!」

「ねえヤバかったよね。そういえば笹岡ってさ、たしか須沢ちゃんと同じバスケ部だったよね!笹岡になんかしたとか?」

「してないしてない!まああいつ何考えてるかわかんないしさ、ウチが理不尽に襲われたんだよ。」

「へえ、理不尽ねえ。」と優。

「まあでも、自殺しようとしてたとはねえ。さすがにダメだよね自殺は。やっぱり生きててほしいよ。生きてたら必ず良いことあるんだから。」と須沢。

「ふーん。」

「ちなみに"豚"がもし自殺しようとしたらどう思う?優?」

「豚?あはは!あいつは別にどっちでもいいでしょ!いや、どちらかと言えば死んでほしいかな!汚いし。」

「あははははは!確かに。」

優は思った。茜は笹岡に対して、生きてほしい、生きてたら必ず良いことがあるからと言った。なんの意図があってそう言った?

いじめを隠したいからそう言ったのか?だとしたらまだいい。

自分は綺麗な性格の人間だというイメージを持たせたくて言ったのか?だとしたら気持ち悪い。

それとも本当に生きてほしいと思って言ったのか?生きてたら必ず笹岡にも良いことがあると、本気で思ってそう言ったのならもっと気持ち悪い。

いじめをしている人間が、この期に及んで自分は綺麗な人間だとか、自殺なんかしちゃいけない生きてほしいとか、そんなことを思う資格はない。

いっそ笹岡は目障りだから死んでほしいと、思えばいい。言えばいい。茜のいじめはあたし含めみんな隠蔽に協力するから。愛伊奈もほかの人間もそうだが、人をいじめといて善人ぶるのが気持ち悪い。

もっとも、世の中結局暴力で書き変わるのだから、どんなに気持ち悪かろうが強者こそが善人を名乗る資格があると、言ってしまえばそれまでだけど。

そうしてとりあえず勉強し、みんなと喋り、佐分田を呼び出していじめ、部活で踊り、そして帰る。

「じゃあね優!また明日ー!」

「うん、じゃあねー。」

午後6時40分だ。外はもう寒いし暗いし、さっさと帰ろうと思った。

友達と別れてから家に帰るまでの少しの距離。その道に一人の人影があった。

優は一瞬ゾッとした。不審者と思ったからだ。

改めてその人物を見ていれば、そいつは赤の他人でないことはすぐわかった。そう、忘れるわけがない。

「よお。優。」

「征兄...?」

その復讐鬼は闇に紛れて立っていた。

「あの家に帰るつもりなんかねえ。ちょっと離れたところに移動してもいいか。」

「うん、いいよ。」

そうして少し歩く。その間は無言だった。

「まあ、このくらいでいいか。それで、本題なんだが。」

「うん。」

「俺は...もう二度とお前や玲に会えないかもしれない。」

「え?どういうこと?」

「これから二度とあの家に戻れないから、物理的に会えないというのもそうだし、なにより俺がいつ死ぬか分からないような状況になったからっていうのもある。」

「いつ死ぬか分からない状況?」

「ああ。」

「まあ、なんとなくわかるよ。殺したんだよね。笹羽高校の6人を。」

「ああ。それだけじゃない。少し前に、さらに4人殺してる。そして、これからあと12人も殺しにいかないといけない。」

「だから警察に捕まったら死刑になると。」

「ああ、俺の一番の懸念はそこだった。死ぬのはとっくに覚悟している。だがあと12人を殺しきる前に捕まって死刑になる、そんな結末は嫌だった。

だから、警察のお偉いさんと取引をしたんだ。殺しに関する決定的な証拠が見つからない限り、俺が何人殺そうが追わない。その代わり、俺がどんなに死にそうになろうが法的に守ることは一切しないと。

だからこれからは死刑どころか、その場で野垂れ死んだり、急に誰かに殺されるなんてことが起こりうる。そうなる前に一回は会っておきたかった。」

「そうか。なら、玲呼んでこよっか?玲にも会いたいでしょ?」

「いや、無理だ。もし玲も偶然外にいるというなら会いたかった。でもいま家にいるだろ。親父と一緒に。呼びにいったら親父にバレる。ここに俺がいることが。」

「そっか。やっぱり無理か。」

「ああ。あとさ、どうしても伝えなきゃいけないことがもう一つあるんだ。」

「なに?遺言?」

「違う、言葉じゃない。魔法だ。」

「真法?いまさら?」

「違うんだ。俺らが普段武道とか舞踊に使うような真法じゃない。悪魔の魔で魔法だ。見せかけのエレメントではなく、本物の自然の力を発揮できる。」

「どういうこと?」

「例えばこんな風に。」

そういって征夜は魔法の炎をコンクリートの地面から出した。その熱は冬の焚火のように温かく、真っ暗な闇夜を照らす。

「噓でしょ?これ本物の炎を出したって言うの!?」

「ああ、触ってみるか?」

「嫌だよやけどする。」

「あとは氷だって、ほら。」

そう言って氷でオオカミのオブジェを一匹作る。わざわざ見せつけるように手のひらの上で。

それを優に投げて渡す。

「触れる...触っても消えないし冷たい...!真法を出すみたいにできるってこと!?こんなこと。」

「ああ。お前ならすぐ使いこなせるようになるはずだ。」

「それで、やり方は?」

「簡単だ。例えば真法のように炎を出す。このときに、それが真法の炎なのか魔法の炎なのかしっかり頭の中で区別して出す。自分の炎は見せかけなんかじゃない、本当に焼き尽くす炎だって。」

「区別か。じゃあいくよ。よいしょっ。」

試しに手から出してみたが、温度は感じられない。

「あれ?いつもと変わんない。」

「え?」

「触ると....痛っ!やっぱ真法だ。」

「あれ?ああ、そうか。風だ。」

「風?」

「ああ、風の魔法って言ってな、これが魔法における基礎中の基礎になるんだ。これを忘れてた。」

「へえ、魔法だと風も出せるようになるんだ。」

「やりかたは簡単だ。まず頭の中で高いところから落ちるか、つまづいて転んだ時に手を出すイメージで、そのイメージのまま手から魔法を放つ。

こんなふうに。」

征夜は手のひらを突き出し、強風を出した。その風は優の髪とコートをなびかせる。

「すごい、本物の風だ。...えっと、高いところから落ちるイメージでいいんだっけ?よいしょっ。...あれ?」

なにも出ない。

「え?出ないか?」

「うん、出ない。」

「おかしいな。俺でもすぐ出せたんだけど。ほい。」

「やっぱり征兄は出てくるね。...あれ?やっぱ出ない。」

「え?なんで?炎以外のエレメントもダメか?」

「水とか雷とか氷?真法か魔法か区別して出せばいいんでしょ、簡単じゃん。よいしょ。」

だが優から出したものはいずれも、触ると痛いし、消える。やはり真法だ。

「え?意味が分かんねえ。」

「これあんたの教え方が悪いんじゃないのー?」

「んなわけねえだろ。そんな難しいもんじゃないはずなんだけどな...。」

「まあいいよ。実際出せるってことはわかったから。まあ練習すれば出せるようになるっしょ。」

「ああ、そうだな。」

「そんじゃ征兄、あたしもそろそろ帰るね。」

「ああ。」

「征兄、あのさ、今日この1回限りとは言わないでさ、隙があれば、あたしとか玲に会えないかな。父ちゃん母ちゃんにさえ会わなければいいんでしょ?」

「まあな、ただ俺もこの先いつ死ぬかわかんないし、そんなこと滅多に出来なくないか。」

「出来たら、でいいよ。」

「ああ。出来たらな。」

「あとは?なにか玲に伝えたいことでもある?」

「......いや、やっぱ玲はいい。なにも伝えなくてもいいし会わないでおく。ここでお前と会ったことも玲には言わないでくれ。」

「そう?わかった。」

「それじゃあな、優。」

「うん、じゃあね。」

そういって征夜は闇へと歩き消えていった。


水曜日、それは冬休み前の最後の登校日で、高揚する者、結局部活で学校来るから同じじゃんと話をする者、宿題に不安を持つ者とその反応は様々だった。

優は家に帰ると、すぐに部屋に行く。そして、手から氷真法で獅子のオブジェを作りながら、思い出していた。

「なんで助けてくれなかったの!?なんで直接言わなかったの!?」

笹岡からそんな言葉を聞いたとき、正直、動揺した。直接言う、なんて発想が頭から抜け落ちていた。なぜだろう。

口で言ったところでいじめなんか止まるわけない。だから暴力で圧するしかなく、その方法は茜にはとても使えない。

でもよく考えてみれば、言うべきだったかもしれない。言ってもどうにもならないというのは、あくまで赤の他人、第三者が言った場合の話であって、

あたしが茜に言う場合であれば、違ったかもしれない。「茜がいじめてること知ってるよ。やめよ?」と言ったら止まったかもしれない。

お前が言うなと言われればその通りだけど。まあ、そのことに気づいたときにはもう遅い。二人は殺し合いすら辞さない関係になっちゃった。

もう修復もできない。まあ殺し合いになったところで、笹岡は100パー負けるんだけど。


木曜日、優は部活で変わらず学校に行き、玲は友達の家に遊びに行った。ごく平凡な休日としての一日。

金曜日、クリスマスイブ。相変わらず優は部活だった。

学校周りを走りながら、舞踊部の部員と話す。

「なんでクリスマスイブも部活あるんだよ。ダルすぎ。」と優。

「はあ、はあ、ほんとにね。ウチどっか井魔戸にでも行きたかったのに。」

「えーでも今日の井魔戸どこも超混みじゃない?」

「まあ確かにね。カップルとか大勢いるよ。これ見よがしにみんなイチャイチャしちゃってさ。」

「ふっそうだね。」

「そういえば優ちゃん、彼氏いるの?」

「え?いや、いないよ。」

「えーそうなんだ!優ちゃん背も大きいしかわいいし、てっきりいるかと思った。」

「え?あ、いや、だからいないって!」

「照れんなよー。」

「照れてねえよ!」

「じゃあさ、優ちゃん、好きな人はいる?」

「恋バナか。好きな人....ね....。」

「いるでしょ。」

「具体的には言わないよ。ただ、タイプは言おうかな。」

「えー!なにそれ聞きたい!」

「声でかい!...ええっとね。なにから言おっかな。まず、かわいい人。」

「うんうん。」

「そして、明るい人。」

「うんうん。」

「そして、いざというとき、あたしの心の支えになってくれる人。」

「へえ、そうなんだ。ちなみに、この学校にはいる?」

「この学校?...そうだな、まあ、いるよね。」

「キャー!いいねそれ!」

「いいねってなんだよ。ほら、早く走るよ!」

そうして家に帰ってきたのは午後5時のことだった。そして午後7時、夕食。

「おお!今年もやべえ!!」と玲。

テーブルの上には大きいローストチキンにグラタンにサラダなど、豪華な食事が並んでた。

クリスマスのそれは毎年恒例だった。

「父ちゃん今年もあれやってよ!」

「おうもちろん!」

そう言って正道が出したのは氷の真法。真法で作られた小さい氷の粒たちは、まるで雪のようにしんしんとリビング中に降っている。

リビングにいる誰かに当たればもちろん痛みを伴うが、そうならないように当たる寸前で消している。

「やっぱこれがねえとクリスマスイブって言えねえよな!」

「まあこんなことできるのうちだけだって。あんま変な動きするなよ?去年みたいに当たるぞ。」

「おう、分かってるって。いやいっそ、俺の不規則な動きにどこまで対応できるのかっていうゲームするか?」

「おいやめとけって。いや面白そうだけど、あとにしようぜ。あと。」

「また真法の使い方を一つ開発しちゃったわー。これ革命的じゃね?」

「真法俺頼みのくせによく言うよ。」

そうして食べ終わり、ケーキもテーブルの上に置かれる。

「はい!お待ちかねのケーキだよ!ちゃんとロウソクもある!」と愛美。

「よし準備万端!そんじゃ恒例のあれやるか!」

ケーキに火がつく。

「よし!それじゃ玲!今年はどれだと思う?あんまり体近づけんなよ?温度でわかっちゃうから。」

「わかってるって!」

玲はろうそくの火をじっと見る。その火の根元を凝視する。

「...分かった!よしこれだ!」

「ほう、なんでだ?」

「これのほうが微妙に浮いてる!いや違うか?いや、やっぱ浮いてる!だからこれだ!」

「それがファイナルアンサーってことだな!よし、いけ!」

「おうよ!」

フーっと息を吹けば火はどんどん消える。その中に、どうしても消えない火があった。真法の火。それは玲が選んだ場所と反対側に。

「え!?」

「あはははは!残念だな!」

「おいマジかよ!去年はいけたのに!」

「調子乗ったなあ!ちなみに今年は、優だ!」

「あははははは!もう全然違うとこ選んだときから笑いこらえるのに必死だった!マジでバカだなって思って!」と優。

「おいマジで死ねよ!今年最悪の日だわ!」

「最後に最悪の思い出作れてよかったねえ。それじゃ上のチョコ、いっただっきまーす!」

優も玲も思った。征夜がいればもっと楽しかったんだろうな、と。


「征夜、メリークリスマス!」

そういってナギが帰ってきた。

「え?ナギ、どこ行ってたんだ?」

「ケーキ買いに行ってた。」

「マジか、わざわざ。」

「うん!今日ってクリスマスらしいじゃん!クリスマスといったらケーキでお祝いするらしいじゃん!だから買ってきた!」

「まあ、正確には今日はクリスマスイブなんだけどな。まあ細かいことはいい。俺はいいから、ナギ、食べてくれ。」

「え?征夜はケーキ食べないの?」

「殺人鬼がケーキなんて上等なもの食べる資格ないだろ。だからいい。」

「もう!なんでそういうこと言うの!ケーキなんて誰が食べてもいいんだよ!」

「いや、でもいいのかよ。」

「うん、それにさ、これは征夜だけが良い思いをするためじゃない。前言ったよね。集まりに行くのは、征夜が楽しむためじゃなく、周りを楽しませるためだって。

それと同じだよ。せっかく私が買ってきたんだからさ、私のためにも、食べてほしいな。」

「そうか、わかった。じゃあ食べようかな。あ、その前に、ろうそくあるか?」

「え?あるよ。一応。」

「そうか。じゃあ、ちょっと借りるぞ。これを全部指して。ナギ、ちょっと後ろ向いててくれね?」

「え?うん、わかった。」

「火をつけるが、火は...まあ、魔法でいっか。よし!いいよ。」

「うん、征夜、これは?」

「まあ、うちの恒例っていうかさ。毎年、家族みんなでこれやってたんだ。ルールは簡単で、この火の中に真法の火が一つあるから、それを当てるだけ。誰が真法の火を入れるかは、毎年変わるんだ。」

「へえ、じゃあ、これにしようかな。」

「よしこれだな、消してみ。」

フーっと消すと、一つズレたところの火が消えなかった。

「あー惜しい!こっちだったな!」

「ええ、そうなんだ。全然見分けつかないね。コツとかあるの?」

「ああ、コツは、根元を見ることだ。真法はどこかに触れると消えるから、ろうそくに触れないように火を出す必要がある。そのせいで、ろうそくと火の間に空間ができて、浮いてるように見える。」

「へえ、そうなんだ。」

「ああ、昔から、優とクソ親父は、その空間がほとんど見えないくらい真法の精度が高かった。俺も今ではできるようになったけど、中1まではめちゃくちゃ火が浮いてた。すぐ玲に見破られてたな。」

「優?玲?」

「ああ、いや、俺の妹と弟なんだ。」

「へえ、征夜、兄弟がいたんだ。」

「ああ。」

「こんな話、デリケートかもしれないけどさ、兄弟とは仲良かった?あ、嫌だったらごめんね!嫌な思い出とかあるかもしれないから。」

「いや、兄弟だけは、仲良かった。嫌なことなんて全然なかった。ナギやほかの集まりの人と出会うまで、俺が心の底から信用できたのは、兄弟だけだった。」

「そうなんだ。」

「うん、あ、それじゃケーキ食おうか!上のチョコ貰うぜ!」


そして土曜日も、イブの香りがまだ残ってるような一日だった。


日曜日、笹岡はまだ考えていた。心の整理はつき、やはり復讐で須沢筆頭の加害者たちを殺すと結論づけていた。殺しへのためらいは捨てた。

心はすっかり殺人鬼だ。だがどうしても足りないものがひとつ。それは力だ。いくらためらいを捨てても、心持ちだけで殺すことができるのかと言われれば、

正直難しいと思った。勢いとはいえ、あの体育館で怒りと憎しみに満ち溢れて襲ったのに、すぐ抑えられた。

優の言った通り、刃物を持って行ったところで同じことになるだけだ。だとしたら、本当に、どうすれば。

爆弾か?毒ガスか?そんなものどうやって手に入れればいい、どうやって仕掛ければいい。

どうやって力を手に入れるか。どうやって殺すか。そして今までされてきたことへの恨み、殺意。そればかり考えてる。

学校を休んでいる間も負の記憶というのは呼び起こされる。何を言っても無駄だった。真面目に頑張ってきても理不尽に地獄を見た。

助けを求めても誰も助けちゃくれなかった。人を苦しめる悪魔が善人面して説教をしていた。学校中の空気という存在は、私に圧力をかけ、その存在は校則よりも法律よりも常識よりも優先された。

それを思い出すたびに、殺したくなった。人間だけじゃない。理不尽とか空気とかいう概念そのもの、人間が作り上げた常識も体制も全部殺したくなった。

口でどうにかできないなら、力で。そう、暴力で。

仙道優の言ったことは、なにも間違っていなかった。あのとき私はヤバい考えとか言ったけど、綺麗ごとを吐かず、誰よりも現実を見ていた。

正しいからルールが作られるんじゃない。正しいだからルールが変わるんじゃない。力を持つ者がルールを作り、ルールを変え、ときには空気という名の圧力でルールを無視する。

いままで私が生き地獄にあったのも、何を言っても受け入れられなかったのも、真面目に頑張ってもなにも報われなかったのも、私が正しくないからじゃない、私が、弱かったからだ。

......いや、だったら、いじめられてもしょうがなかったのか?散々いじめた須沢たちは力を持ってたから、いじめは正しかったってことか?

私が苦しみながら生きてきた14年の人生は、ただ私が弱かったからだと、そう結論付けて切り捨てるのか?それこそ今までの人生がなんの意味もなかったということになるじゃないか。

学校の誰からも否定された私の人生も、私の存在そのものも、私自身が否定してしまったら何も残らなくなる。

正しさを否定し、力を肯定すれば、私だけじゃない、井魔戸の集まりのように今苦しんでる人間も、過去に苦しんで死んでいった人間も、これから生まれて苦しむかもしれない人間も、

すべての人生が無駄になる。人が、人じゃなくなる。だから、この世界の不条理も、空気も常識も、ちゃんと向き合って、正しさで、なにもかも変えなきゃいけない。

それは、正直、私じゃできない。わかってる。私がいくら口で正しさを説いても変えられない。でも、ほかの誰かなら、仙道優のように力を行使せず、復讐にとらわれることもなく、

常識や空気と真正面から向き合い、変えられる強さを持つ人間が、代わりに正しさを説けば、変えられる。

そこまでの器を持つ人間に、私は出会ったことがない。だから直接伝えることができない。その人間に、この正しさが渡る、そんな一縷の望みを信じて、手段を変えて伝える。

より目立つように、より誰かに衝撃的に伝えて、かつなにも伝え漏れのないようにしなければいけない。

その方法は.....分かった。あのノートだ。

机に置かれていた"遺書"と書かれたノート。ビリビリに破れたページを飛ばし、新しいページに書き連ねる。



このノートを見てくださってる人へ

まずは、見てくださってありがとうございます。これから私の言葉を見てくださってくれる方に感謝しています。

死人に口なし、という言葉はありますが、死者でもこうして言葉は伝えられます。ですがどうか怖がらず見てください。

私は、人生の中で、様々な苦しみ、理不尽に直面してきました。それは人から直接苦しめられたと言うのもありますし、

人が作り上げた体制とかルールとか空気、そういうものにも苦しめられてきました。

私の場合は、まず体型をバカにされました。体型は、その人が持って生まれた体の性質です。どんなに頑張っても変えられない性質もあります。

それをバカにしないでください。

そして私は、部活では足手まといでした。そのせいで部員にいじめられました。しかし顧問は言いました。真面目に続ける人間を評価すると。

どうか、真面目に続ける人間を認めてください。誰しも、言ったことは、ちゃんと守ってください。実力で人をいじめるくらいなら、実力主義だと、最初からそう言ってください。

空気というもので、人を追い詰めず、正しさを決めず、また常識を変えないでください。人間ひとりひとりが、自分の正しさを、意思を、持ってください。

内申点というもので、生徒の未来を、生徒の行動を、縛らないでください。生徒は、先生の奴隷ではありません。子供は、大人の奴隷ではありません。後輩は、先輩の奴隷ではありません。

力で、正しさをねじ曲げないでください。力でねじ曲げたルールは、それ以上の力でしか変えられなくなります。ルールを手に入れるために、誰もが争います。

そこにもう正しさは存在しません。勝ち負けしか存在しません。

真法を、人をいじめるために使わないでください。真法は、誰かを傷つけるためにあるものじゃなく、誰かを服従させるためにあるものでもありません。

真法は、人の役に立つためにあると思います。人生を彩るためにあるものだと思います。触れたら消えて、人に当たると痛いだけの意味のないものに見えるかもしれませんが、

必ず何かの役に立つはずです。

最後に、パパ、ママ、そして神様なんていう存在がもしいれば、この命と、もう一つの命が、真法のように痛みを伴い儚く消えることを許してください。その二つの命とこのノートが、

誰かの心に残り、この正しさに意味をもたらし、それで世界をも変えられる誰かが現れることを、祈ってます。


ごめん、最後に、死ぬ前だから一個くらい書いても怒られないよね。

私、昔からファッションモデルになりたかった。美しい大人の世界を想像していた。でも今は違う。私は、神様になりたい。世界中の何十億人の人々を一人残らず見続けて、

幸せを運び、不幸を吹き飛ばす。そんな神様になりたい。



「.....うぅ、.....ぅぐ.....ぅぅ、うう.....、うううう.....。」

その顔は涙であふれていた。こぼれた涙がノートににじまないようにするのが精いっぱいだった。

なんの涙なんだろう。死ぬのが怖いとか、未来が欲しいとか、そんな恐怖や渇望は捨てたはずなのに、涙が出てくる。

「生きたかった...、生きたかった....、生きたい、生きたい....死にたくない....生きたい.....生きたい......。」

死ぬのが怖かった。死ぬとどうなるんだろうという不安と恐怖が押し寄せるし、このまま生きてたらもしかしたら幸せになれたかもしれない未来を想像し、

生き続けたいとも思った。今まで命を捨てようと行動することができたのは、その恐怖を麻痺させるほどの怒り、憎しみ、絶望を宿していたからだ。

今やそれも消え、純粋に死の恐怖と向き合い、その上でもう一つの命とともに、死ななければいけない。

これが笹岡の選択だった。


月曜日、時間は正午。最近にしては珍しく晴れ模様だった。

世間や笹羽中のムードは、もう年末という感じになっている。来年の抱負や新年会やら忘年会、大晦日や正月の特番など、話題はそんなものだった。

だが笹岡には当てはまらない。笹岡は来年に至れない。それを思いながら、体操服を着て、学校に向かう。

この一日だけだ。この一日にすべてを賭ける。長引かせればまた一生、無意味な地獄を味わう。笹岡も、同じ境遇を持つほかの人間も。

他人の命すら犠牲にするというのに、凶器一つ持ってきていない。なぜか。それは強さで上回ろうとしてないから。

意志、覚悟、そういった心の強さがあれば、強者にも勝てると、仙道優にだって勝てると、そう証明するためでもある。

頼れるのは自身の体と、心と、熱を持たない真法の炎だけだ。

学校は冬休み、部活動だけが動くなか、笹岡は校舎に入っていった。そして階段を上がり、3階へ。

笹岡の行先は一つだった。それは3年2組。そこに一人、座っていた。笹岡の言うもう一つの命が、そこにあった。須沢だ。ワークをやっている。

笹岡は分かっていた。須沢は優と一緒に帰るために、真法舞踊部の練習が終わるまで自分の席に座ってることが多々あった。

普段は笹岡をいじめて時間を潰しているが、いじめる気分じゃなかったり、そもそも笹岡がいない日はたいてい教室にいるのだ。

その扉が突如ガラッと開く。

「ん?...笹岡?」と驚く。

笹岡はまっすぐ須沢を見ている。顔を見るだけで恐怖や憎しみを感じてしまうが、必死に抑える。復讐に来たわけではない。

「どうした小デブ?謹慎中なのにわざわざここ来て!また宝探ししたい?」

「......。」

「てかお前、ウチにボールぶつけてくれたじゃん!謝らないの?」

「......。」

「謝らないかって聞いてんでしょ!なにも言えないのかこのキチガイ!!」

笹岡にとってすごい剣幕だった。だがひるむことなく、須沢のほうへ歩きながらこう返す。

「須沢、私はあんたを殺しに来た。タダで死ねとは言わない。私もあの世までついていく。」

「はあ?なに言ってんのこいつ。てか須沢"先輩"でしょ!敬語も使えないのか!?」

「あんたに敬語を使う気はない。後輩は、先輩の奴隷なんかじゃない。」

「はあ?馬鹿なの?」

須沢からある程度距離を離したところに立つ。目線は須沢をまっすぐに見ている。

「てかいまウチを殺すって言った?ねえ!」

「言ったよ。あんたを殺す。」

「ああ、そうかい逆恨みかい!2週間前から全然反省してないんだねお前!いいよ!なら殺せば!?どうせお前だけ死ぬから!」

笹岡は両手から炎真法を手から打つ。それは須沢にヒットする。

「痛った!真法かよ!」

すかさず次の炎真法も打とうとする笹岡だが、須沢のほうが早い。須沢の手から放った炎、笹岡はギリギリでかわす。

らちが明かないと判断したのか、須沢は笹岡に接近し、接近戦を仕掛ける。笹岡も逃げることなく受ける。

須沢は笹岡の顔面を殴りかかる。すかさずガードをしようとするが間に合わず、顔から鈍い音と痛みが走る。

しかし痛がることなく笹岡もパンチを返す。それは須沢の顔面にあたる。

「効いてないぞどうした!?」

ダメージが入った気配はなく、すぐ笹岡の顔面に殴り返しに来る。笹岡はとっさにガード。また間に合わず。

またもろにくらい、たまらず距離を取る、そしてまた炎真法を繰り出す。

須沢は今度は避けようともせず、その炎を打ち消してみせた。水真法だ。

笹岡は集中して、再び炎を打つ。これも水真法で止められてしまうが、完全には止めきれない。

止められなかった炎は小さな火となって散らばり、そこに当たって痛みが走る。

「痛っ...ああもうめんどくさい!」

そうつぶやいた須沢は、また笹岡に近づきパンチを繰り出す。

今度はガードが間に合うが、その両腕を掴まれる。

そしてガードを無理やりこじ開け、顔を正面から力強く蹴られる。

強烈な痛みと耳鳴りに襲われる笹岡だが、ひるむことなく蹴りを返す。

それは避けられ、同じように須沢から顔面への蹴り。掴まれたままの笹岡にはかわせず、とっさに顔を動かすももろにくらう。

また痛みが走る。さっき鼻も蹴られたせいか鼻血も出てきた。

「うああああああああ!!」

なんとか叫びながら、掴まれてる腕を振り払おうとするが、なかなか離れない。

すぐに須沢の蹴りがとぶ。今度は腹に直撃し、体制が前のめりになる。

一方的かと言わんばかりに、続けざまに蹴りを腹にとばす。これももろにくらう。、

「うぐっ!」

悶えて倒れそうになる。だがギリギリのところで踏ん張り、手を離そうとする。

だが相変わらず離れない。

笹岡は逆に、腕を後ろにひっこめる。

掴んでいた須沢はバランスを崩し、前のめりの体勢になったところで笹岡が顔めがけて頭突きを放つ。

それは須沢の首にヒットする。

「かっ!..,..かぁっ!....」

たまらず手を離し、距離を取る須沢。

「かぁ、かぁ、ああもう、変なところに当たった!」

すかさず笹岡は走って追いかけてパンチを繰り出す。

それはかわされ、須沢が足をひっかける。それに引っかかり笹岡は走った勢いのまま転倒する。反射的に床に手を付ける...。

だが体が変な動きをした。前に転ぶ勢いが急ブレーキがかかったように殺され、前のめりに床めがけて転倒する勢いに反発するかのように、体がふわっと逆向きに浮いて、立っていた。

「え?」

そう思ったのも束の間、須沢のパンチが顔めがけてとんでくる。

そのパンチは顎に当たり、笹岡は力が抜けたように仰向けに倒れる。

「おお、すごい!ボクシングでいうダウンってやつ?」

しかし笹岡はすぐに立ち上がろうとする。

「おとなしくしてろって!」

腹を踏みつけられる。何回も踏みつけられる。

「ぐぅ、ぐふぅっ...。」

腹を抱えて倒れたまま悶えてしまう。痛みには耐えられる。だが体が、意志とは無関係に悶えるように動いてしまう。

「なんだデブのくせに腹で痛がるのか。」

そんな笹岡を、須沢は立ったまま見下す。

「あーあ。あんだけ大口叩いたのにみっともない。弱すぎでしょ。バスケも弱ければ喧嘩も弱いんだね。お前。」

なんとか立とうとする。が、須沢がその顔を足で踏みつけ抑える。

「無理して立たなくていいって。もうどうやってもウチに勝てないんだから。」

「うぐっ....、まだ、...まだだぁ....。」

「あのね、さっきお前だけ死ぬって言ったけど、ウチはお前を殺す気なんかないの。往生際悪いからお前が勝手に死ぬわけで。

このままおとなしくしてれば殺さないっての。特別にね。」

笹岡は一瞬動揺した。しかし、過去にもこの一瞬の優しさに惑わされ続けた経験と、二度と甘えず戦うという意思の強さが、それを跳ね返した。

「私が生きるのも生きないのも関係ない!お前だけは必ず!ここで死ぬ!」

「あははなにそのセリフかっこいー!じゃあほら!やってみれば!」

須沢が足を離した。

「はあっ...、うああああああ!」

極限の中で、笹岡は思った。なんで、なんでこんなに無力なんだろう。なんで真法の炎は役に立たないんだろう。

触れたら消える紛い物の炎とか、本当になんの意味がある?燃やせ!燃やせよ!須沢も私も!触れるもの全部焼き尽くしてしまえ!

私の人生をすべて終わらせるんだ!不幸だらけの人生なら、最後くらい奇跡を起こして燃やしてくれよ!

そう思いながら手のひらを須沢に向けて、炎を放った。こんなまっすぐに炎を飛ばして、当たるわけがなかった。

それはひらりとかわされ、天井にあたる。

その炎は、消えなかった。メラメラパチパチと聞こえ、薄ら寒い教室に温かみを与え、赤く燃えていた。

「え?」

その炎を見ていたのは笹岡一人だった。そのとき湧いた予感を確信に変えるべく、立ち上がった。

立ち上がって、周囲に炎をばら撒いた。その炎は机に床に壁にプリントにと燃えさかり、黒く焦がしながら燃え広がっていく。

それは紛うことなき本物の炎...。奇跡は、起きた。

教室が徐々に燃えていく。その光景を見て、須沢も驚愕する。

「はあ?なんで燃えてんの!?おい笹岡!お前なにした!?」

「.....。」

「わかった放火か!お前ライターかマッチかなんか使って火をつけたな!」

この炎を使えば殺せるか?いや違う、復讐のために殺しに来たんじゃない。

「....いい、どうでもいい。」

「はあ!?」

「私の人生も、お前の人生も、この教室とともに絶える。跡形もなく、されど華々しく、燃やし尽くそう。」

「馬鹿かお前!?」

笹岡は再び炎を放つ。須沢はとっさに避けた。炎への恐怖心からか、水真法で防御という行動はしなかった。

しかし何度避けても、避けた先の壁に、窓に、黒板に燃えていく。その意味に、須沢はようやく気付いた。

「おいまさか...笹岡お前!!」

炎をひたすら避ける、という行動は意味をなさなかった。その炎こそ教室を燃やすのだから。

いまこの空間において、笹岡自身が炎だ。そこに気づかない限り、自分の首を絞め続けるだけだ。


笹岡中の敷地内は部活中だった。冬休みで晴天のなか、久しぶりに外で練習できる絶好の機会とばかりに、みなグラウンドにコートに外周にと練習をしていた。

幸か不幸か、校内には誰もいなかった。それが、発見を少し遅らせていた。

どこから気づいたのか、真法舞踊部の一人が、坂戸に駆けつけてくる。

「先生!やばいです!3年の教室がめちゃくちゃ燃えてます!」

「え!?嘘!?火事!?3年何組の教室?」

「2組です!!」

「え!?嘘でしょ!?」と誰よりも驚愕したのは優だった。

すぐに校舎に向かって走ろうとする。だが、

「優!!行かないで!あなたの教室が心配だとしても絶対行かないこと!いいね!」

「でも先生!茜がヤバい!」

「え?人いるの!?でもあなたは行かないで!いい!?」

「...はい。」

しかし教室の様子を外からでも確認しておきたいと思った優は、その教室が見える場所に向かう。

その場所はすでに一定の野次馬が集まっていた。そこに紛れて、ただ見届けるしかない。

「茜....。」


「ゲホッ!ゲホ!」

燃え盛る教室の中、須沢は炎の熱さとは別のことに苦しめられ始める。それは煙だ。

直接炎に触れてなくとも、喉を焼かれる感覚があり、とても苦しい。頭が痛い。この空気を吸いたくない。

それは笹岡も同じだった。その苦しいという感覚に慣れているかどうかの違いだけだ。

耐えきれず須沢は窓を開けた。その瞬間だった。後ろから笹岡がとびつき、体が前のめりになり、窓から外に飛び出した。そう、3階のこの教室の窓から外に投げ出された。


火事現場の窓から二人の生徒が落ちていく。

「嘘!?」と優が言ったところで遅かった。


頭から落ちていく。笹岡は須沢に強くしがみついている。落ちる間ずっと。須沢がなにか言ってるが、聞こえない。この落ちる間、すべてがスローに見える。そんな止まったような時のなか、膨大な量の記憶が突然頭の中に流れてきた。

どれも嫌な記憶ばかりだった。おそらく脳が本能的に、自分の今までの記憶を総動員して、生き残る方法でも探しているんだろうか。そんなことしても無駄なのに。

笹岡はこの世に別れを告げた。....バイバイ。


ズシャアっと、鈍い音が聞こえた。血と骨が飛び散り、生徒にも少し付いた。空から二人の生徒が降ってきて、二人とも死んだ。その光景がパニックを生む。

「うわあ!え!?やばいって!!」

「死んだ!?え!?誰が死んだ!?」

「ちょっと待って頭が完全に弾けてるって!!」

その騒ぎの中で、優は立ち尽くしていた。死んだ二人の正体は、直接見ずとも分かっていた。須沢茜ともう一人は、笹岡富士だということを。

優は目を逸らす。そして現実から目を逸らす。もしかしたら別の二人なんじゃないかと。

その考えは、ほかでもない優の心が阻んだ。逃げるな...!逃げるな...!目を逸らすな...!見ろ...!見ろ!!

見るんだ、見るんだ。野次馬の中にも隙間があって、わざわざ最前列まで行かなくても見ることができる。見ようと思ったのなら、すぐに見える位置にいたんだ。

その骸は、そうだ。茜と、笹岡だ。

...笹岡、おかしいだろ、これは。

死ぬなら一人で死ねよ!茜を殺すならお前が生きて殺せよ!なんでどっちもできないんだよ!

あの言葉が頭にひびく。

「なんで助けてくれなかったの!?」

そうだ、あたしは、助けなかった。もし「いじめはやめて」と茜に直接言う優しさ、この二人の死を食い止める"力"。どちらかがあれば、こんなことになってなかった。

世の中結局は暴力。死ぬやつは弱者。ならこれはなんだ?あたしには生き抜く力も、なんならこの死を食い止める力も十分あった。なんでこうなった?

力の使い方を間違えていたからか?それが引き起こした結果なのか?いずれにせよ、見るんだ、よく見ろ。力ですべてが上書きされることが現実なら、これも現実だ!

泣くな、泣く資格はない。この期に及んで善人ぶるな気持ち悪い。死ぬやつは弱者で、虐げられて当然なんだ。だから、目の前の骸を虐げればいい。その死体に向かって唾を吐けばいい。

だから、見ろ!見ろ!...見ろ!!!

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