上6
全力疾走でモールまで走る。といってもモールと広場は割と近い位置にあるため、意図的に広場を避けるルートを走る。だがその広場に近づいただけでも、イレギュラーな事態が起こったのは分かった。
広場中が赤く光っている。それはパトカーの光。一台どころじゃない。多分10台以上。
「やめてってば!やめてってえ!!」
そう言って警察に無理やり引きずられているのが一人。
「離してってば!あんなとこに帰りたくないって言ってんじゃん!!」
そういって無理やりパトカーに載せられる者が一人。
「お前どこまで迷惑かけりゃ気が済むんだ!!」
と言いながら殴る親らしき人。
「こんなところにいないでちゃんと親の元に帰りなさい。どんなことされたか知らないけど親はちゃんときみのこと愛してるんだから。」
そう綺麗ごとを吐いて連れ出そうとする人が者が一人、と異様な光景。
怒りで飛び出しそうになるその気持ちを抑えてその光景をスルーし、春原のいると言っていたトイレに行く。すると、いた。
「よお、征夜悪いな。携帯の充電が切れそうだったから、今の状況は直接話そうと思ってよ。」
「ああ、俺もさっき見たわ。広場にパトカーが何台も停まってて、あと悲鳴も聞こえた。」
「そうだ。俺らが喋ってるときに突然パトカーが何台も来て、サツが降りてきたらすぐに出入口を柵で封鎖しやがった!
逃げ遅れた人間はパトカーと柵で囲まれて、親元に引き渡される。一斉補導だ!!」
「一斉補導ってお前らはなんも悪いことしてねえよな!何の罪もないお前らを犯罪者みたいにパトカーで連れ去っていいんかよ!」
「知らねえよ!多分あっちも補導という形で、自分らが正しいと思ってやってる!」
「なんで今になってこんなことやってんだ。」
「この日曜日の午後7時ってのは、一番嫌らしいタイミングなんだよ。この時間は一般人が少なくなるけど、集まりの子たちはどんどん増えていく。
だから周りの人間に気を使わずみんなで遊べる反面、警察からしたら集まりを一網打尽にできる上に、一般人とキッチリ見分けはつく。ある意味ベストタイミングなんだよ。」
「つまり誰かが警察に情報を渡した?いやそもそも集まりの人間はわいろがあるから、捜索願なんて出されようが探されもしないはずじゃ...。」
征夜が佐舞から聞いた話によれば、熊田という人物が佐舞を仲介し、知り合いの警察官にわいろを渡すことで見逃してもらえるということだ。
「そう、そのわいろの効果が切れちまった、あるいはわいろそのものが途絶えたってことだ!」
「...どうすりゃいいんだこれ。」
「とりあえず逃げれたやつらはアパートには入れってメールしといた。熊田が管理してるアパートだ!ただ逃げれなかったやつはどうやっても無理だ!
たとえ熊田のアパートに普段から住んでるやつであっても、警察に捕まればアパートじゃなく、親が住んでる家に帰らされる!征夜もわかってるよな!あいつらの親がどんなにクズか!」
「ああ、もちろんわかってるわ。」
「でも今はそれ以上できることはねえ!ただそれとは別に、なんで急に警察が動いたのか、悪いのは誰かってことも調べないといけねえ!」
「そうか。ちなみに春原は誰が悪いと思ってんだ?」
「多分、わいろを受け取ってる警察の人間!実際わいろを受け取ってるにもかかわらず、このタイミングで裏切って一斉補導ってのは十分考えられる!」
「佐舞とか熊田はどうだ?わいろにはこの二人も関わってるよな。」
「いや、その線はねえ。たしかに熊田が急にわいろを渡さなくなったからこうなった可能性もあるにはあるが、あいつはそもそも金に一切困ってねえ。わざわざわいろを打ち切る理由がねえんだ。
佐舞は...、いや、あいつは裏切ってねえと信じたい。あいつ俺が加わる前からここにいるんだ。親とか学校から地獄を見せられてきた子供たちを俺よりも見てきてるはずだ。その上でなお裏切るとか人間のすることじゃねえよ。
ただ、もし裏切ってたとしたらうまみはある。熊田から渡されたわいろを佐舞がせき止めて、そっくりそのままもらうということもできるわ。」
「春原、俺やっぱり佐舞が怪しいと思うわ。昨日集まりのときに佐舞から言われたんだよ。明日は集まりに来ないほうがいいってな。」
「集まりに来ないほうがいい?なんで。」
「日曜日で超混みだからだとよ。」
「ふーん。たしかに今日に限らず、日曜日は集まりの人間だけじゃなく、一般人も含めて超混みなことは事実だわ。これはちょっと何とも言えないな。」
「佐舞は今日こうなることを知ってて俺に警告してきた可能性は?」
「それもなんとも言えねえ。そもそもここでいくら誰が悪いか推理したところで決めつけにしかならねえ。証拠が出てくるのが一番手っ取り早いんだけど、ねえよな。そんなの。」
「ねえよ。」
「くっそ。...あ、待てよ。いいこと思いついたぞ。」
「ん?」
「征夜、佐舞は今日こうなることを知ってた可能性があるんだよな?」
「ああ。」
「なら、俺が佐舞にメールを送る。"いま大勢集まってて楽しいぞー、お前も来るかー?"ってな。このメールを見て佐舞はこう思う。
佐舞がシロなら、"混んでそうだけど楽しそうだし来てみるかー"と。クロなら"いまごろ警察の一斉補導が入ってるはずなのに、おかしいな"と。そして俺の誘いに半分乗った形で、広場に来る。必ず現場がどうなってるか確認するはずだ。
そのタイミングで、俺か征夜がとっ捕まえて直接聞くか尾行するかして、黒か白か確信できる証拠を、なんとか掴むんだ。」
「おお、いいアイデアじゃねえかそれ。よし。やってみるわ。」
「おう!頼む!」
「あとちょっと確認してえんだけどさ。」と征夜。
「どうした?」
「佐舞がクロだったらどうすんだ?」
「殺す。」
「は?」
「冗談だよ。」
「このタイミングで冗談言うか普通?」
「まあ実際、ぶっ殺してやりてえよ?俺としちゃ。今までこの集まりの人たちが、親や学校に苦しめられ、ひでえときには自殺まで追い込まれたとか聞いてるはずなのに、その上で親元に帰そうとしてるとか殺したくなるだろ。
あいつらの悲惨な生き地獄、それでもなんとかもがいてきた人生を全部冒涜した!これからあいつらに待ってるのは、また生き地獄、いやそれ以上の地獄か?再び親に虐待され、ひでえときは加減されずそのまま無抵抗に殺される。
あるいは自殺する。多分あいつらのうち何人かはそうやって死ぬぞ、マジで。それに釣り合うなんざ、同じ死しかねえだろ。」
「...ああ、本当にな。俺もそう思うぜ。」
「あと征夜、気をつけろよ。」
「警察にか?」
「それもあるけど、佐舞もだ。あいつ魔法使えるぞ。一応かち合ったときのために戦い方教えておくわ。....」
こうして征夜と春原は二手に分かれて見張る。現場から程よく離れた位置。あの広場でなにかが起こってると、そう感づけるギリギリの位置。
そして、佐舞は来た。征夜のほうに。
広場の光景で何かを感づいたように、振り返ってスタスタと戻っていく。
このチャンスを見逃せまいと、征夜も一定の距離を置きながら尾行する。
そして佐舞が入っていったのは、いつものボクシングジムだった。
午後7時半、ジムには人っ子一人いないが、鍵もかかっていない。その扉を開けて中に入るや否や、どこかに電話を掛けた。
「もしもし?ごめんねこんな時間に!アタシさっき広場確認していったらさ、"やっぱり"一斉補導入ってた!いやヤバいよパトカーの数!やっぱりあんたの情報通りだった!
...うん、そうそう。なんか熊田もさ、警察にずっと調べられててさ、もうお金の出どころもヤバいしここらが潮時かなって思って!うん、銃?あれ?うん、あれも移動させる。
てかとっとと売りたいよねあれ。あの人となかなか連絡とれなくてさ、売ったら300万くらいになるんじゃないの?あれ。...うん!もう井魔戸も用ないからさ、離れるよ。
同棲?うん!考えとく!じゃあね!大好きだよー!はーい。」
ジムのドアがバンっと開く。
「びっくりした!なんだ征夜か。どうしたのー?ジムに忘れ物でもした?」
「なにとぼけてんだ...?」
「ん?」
「裏切ったなお前...!!」
「...そうか、全部聞いてたのか...。」
「聞いてたに決まってんだろうが!!熊田からもらったわいろパクったよなあ!それで広場があんなことになってんだろうが!!」
「なにその言い方!全部アタシのせいって言いたいわけ!」
「当たり前だろうがクズが!お前が裏切ったせいでこうなってんだろうが!」
「んだとこのガキ!」
そう言って佐舞の手から炎が浮かび上がる。その炎にはしっかりと熱気を感じる。
「ああそうか、やる気かよ!」
征夜の周りからは逆の温度が発せられる。氷のつぶてが征夜も周りに浮かぶ。
「へえ、あんたも魔法使えるんだっけ。そうだよね。そうじゃなきゃ。アタシと戦うってんなら、殺す気で来いよ。」
「言われなくても殺す気だわボケ!!」
「はっ!そうかい!ねえ征夜知ってる?魔法で殺すとさあ、証拠ってなにも残んないんだよね。」
「ああ、...知ってるよお!!」
格闘技のジムが戦場と化す。
征夜は氷のつぶてを佐舞に向けて発射する。そのつぶて一つ一つはガラス片のように殺傷力がある。
佐舞はすかさず炎で防御する。そのつぶては炎の中で溶けるが、溶かしきれないものはそのまま炎を貫通し、佐舞に襲い掛かる。
「....!」
しかし弾道がそれて佐舞には当たらず。
すかさず炎を消し、視界を確保。そして佐舞は風の魔法を使う。
その風をそのまま当てようという魂胆はない。足元から風を出し、その体は見事に浮く。
「知ってる?風の魔法ってこういう使い方できるんだよお!!」
風の流れを変え、その風量を自分の出せる限界まで強くする。
そして佐舞は、文字通り飛んだ。天井すれすれを飛び回り、空中から牙をむく。
空中から蹴りを放つがガードされ、クリーンヒットには至らない。
風の向きを変えさらに蹴りを落とすがこれもかわされる。
そして征夜はいったん距離を取る。そのとき、春原の言葉を思い出していた。
"いいか、魔法と魔法との戦いはなにが起こるか分からねえ。基本的には真法武道の戦い方でもいいと思うが、ただゼロ距離は一番ヤバい!ゼロ距離で格闘戦を仕掛けようとするな!
締め技を仕掛けようとした瞬間、相手の体から炎が出て即死、もしくは雷が出て即死とか考えられる!とにかく相手がなにをしてこようが、かわせる距離を保つんだ!"
その教え通り、征夜は接近戦を極力避ける。遠距離から氷片をどんどん射出するが、飛び回る佐舞に当たらない。
そして佐舞はまた接近戦を仕掛ける。空中から征夜の首を掴もうとする。体に炎を一瞬まとわせて。しかしそれもかわされる。
すかさず征夜の背後にまわり、その腰を掴もうとする。これまた体に雷をまとわせて。しかし征夜はなにも焦ることなく、振り向きざまに強烈に蹴り上げた。
その蹴りは佐舞の脇腹にもろに当たり、その勢いで5メートル吹っ飛び壁に激突する。
「痛ってえ...!」
人を容易く吹っ飛ばすキックの衝撃に驚きながらも、今度は走って距離を詰め、地に足をついた接近戦を仕掛ける。またしても体に雷を這わせて。
首を掴もうとする。しかしその手が首に届くより早く、征夜のカウンター気味のパンチがもろに顔ど真ん中にヒットし、その衝撃で空中で一回転し地面に激突する。
"やばいな、パンチキックの衝撃でカンフー映画みたいに人を吹っ飛ばすのかよコイツ。"
そんなことを思いながら即座に立ち上がり、同じように雷をまとわせて接近戦を仕掛けようとするが、ここである疑問符が浮かび上がる。
"なんでアタシの魔法の雷に当たってるはずなのに、こいつは感電死しないんだ?"と。
実際、接近戦の際にいくらか当たっている。佐舞の攻撃だろうが征夜の攻撃だろうが、征夜の体が佐舞に触れた時点で雷にも触れることになる。そこで感電する。
なぜそうならないのか、その答えはすぐに分かった。征夜も雷の膜をまとわせているからだ。
佐舞の雷はその膜で止まり、地面へと受け流されていた。
今度は逆に征夜から佐舞に近づいていく。春原の忠告を完全に無視して接近戦を自分から仕掛けに行く。
征夜自身はもうわかっていた。佐舞の魔法の攻撃方法は、せいぜい風で飛び回り、素人に毛が生えた炎と、低質な雷をぶつけてくるだけだと。
魔法で何をされるか分からないという条件は、佐舞とて同じである。むしろ真法の熟練度の圧倒的差を考えれば、魔法やゼロ距離に気を付けるべきなのは佐舞のほうだと、
そのことにお互いが気づいていた。
まるで攻守が後退したかのように、征夜が近づき、佐舞は逃げ回る。距離を取りながら炎や雷を撃っていくが、征夜になに一つ通じない。
逆に征夜は、らちが明かないと判断したのか、佐舞の周囲に氷の壁をつくり逃げ道を潰した。彼が近づいてくる。
だが佐舞はむしろ、この状況にこそ勝機を見出していた。魔法の心配はいったん無視して、純粋な格闘戦であればまだ勝ち目はあると。
征夜が魔法を使わないことを祈り、集中する。
そして間合いが詰まり、征夜が右のパンチを打ってきたところをかわしながら目つきを入れる。だがそれはかわされ、逆に続けざまに撃ってきた左のパンチをもろに喰らい、
直後征夜からも目つきが飛んでくる。それをなんとか払いのけ、金的を打つ。だがそれを間合いでかわされ、逆に征夜のローキックがもろに入る。一発で足の感覚がなくなる。
そして流れるように後頭部を蹴りに入る征夜。反射的に頭の向きと位置をずらし、その蹴りは側頭部に当たった。しかしその桁違いの衝撃で倒れてしまう。
痛みに耐え、すぐに起き上がろうとするが足が動かない。もう立てない、殺されると悟った佐舞だったが、征夜は興味なさそうにこちらを見てるだけだった。
「はあ...、はあ...、どうしたの?殺すんじゃないの?」
「まだ殺さねえよ。というかはじめは、軍隊格闘技をマスターしてるし魔法も使えるからお前だから、こっちも殺す気で行かないとやられると思ったけど、実際やったらそうでもなかったわ。」
「はあ、アタシが弱かったと?」
「強くはなかったよ。興味がなくなるくらいにはな。」
「傷つくこと言ってくれんじゃん。」
実際、征夜を追い詰めたと思えたのは最初だけで、そのあとは魔法どころか、徒手空拳でさえも相手にされてなかった。ローキックも頭部への蹴りも、最初の時よりずっと手加減されていた。
本気を出すに値しない相手だと、そう認識されてしまった。
「ところでさ...、征夜...。」
「あ?」
「広場がああなったのとアタシが熊田からわいろパクったのなんの関係があるの?」
「何言ってんだ?お前がいままで警察の知り合いに渡してた金を、今回は渡さずにパクった。わいろが警察にわたってないから一斉補導が入ってんだろうが。」
「...ん?...ああ、そうか。アタシが今までわいろを警察に渡してると思ってんのか。」
「前からそう言ってきただろ。」
「いや...、ちょっと違う。...説明がめんどくさいな...。まず大前提として、アタシは確かに熊田からの金をわいろと称してパクってる。それは認める。
でもさ、そもそもパクったのって今回だけじゃないんだ。いや、そもそもアタシは一度たりとも警察の知り合いなんかにお金は渡してない。」
「あ?」
「全部、パクってきたんだ。要はアタシは最初から、わいろを渡す気なんて無かった。わいろを渡すという名目で熊田から金を預かり、その金をパクり続けてきた。ずっと。」
「あ?」
「ちなみに警察の知り合いがいるというのは嘘じゃないよ。正確にはアタシの彼氏が警察官でさ、警察がいつどういう捜査をするかっていう情報は入ってくる。ただそいつは下っ端だし、わいろを渡してどうこうできるような立場の人間じゃない。
そもそもキミらに向けて出されてる捜索願もさ、言ってしまえばそこまでの効果は無いんだ。"探します"って言って探すフリだけして終わり。実際、彼氏からの情報通り、警察は本腰を入れて家出の子供たちを探す気なんて無かった。
アタシはそれを把握したうえで、熊田に交渉を持ちかけた。"わいろを渡す代わりに捜索をストップできる"と。もちろんわいろを渡そうが渡すまいが捜索なんてするわけないんだから、アタシは遠慮なくそのお金をパクらせてもらった。
あんたたちは、アタシが直接裏切ったように見えるかもしれないけど、実際アタシは最初から、"なにもしてない"。熊田には恨まれるだろうけど、集まりの害になるようなことはなにもしてない。
今回の一斉補導も、警察が今更気合入れただけで、その情報ももちろんアタシに流れてきた。だから、あんたにはちゃんと忠告しておこうかなって。」
「ああ、...そうか...そうかよ...。嘘じゃねえんだな、それは。」
「嘘じゃない。決して。」
「そうか....、でもよ...、お前がわいろでどうにかするっつったから、みんな安心してた部分はあるんじゃねえのか?」
「安心?」
「ああ、みんなここに集まって居座るとき、"もし捜索願が来たらどうしよう"、"もし親や警察が探しに来たらどうしよう"と警戒してたはずだ。お前が"わいろでどうにかするから大丈夫"と言って、その警戒を解いたんだ。
あいつらが今も警戒したままでいれば、今回の一斉補導だってすぐ気づいて逃げることもできただろうが。」
「いや、どうだろ。わいろの話が無ければ子供たちは逃げれた"かもしれない"っていうだけで、実際はどうなるか分かんないよ。」
「ふん。」
「で、どうすんの?アタシを殺すの?」
「その前に一つ聞いていいか。なんでそこまで金を手に入れようとした?別に生活に困ってるわけじゃねえんだろ?」
「言ったでしょ、本能に逆らわず、獣のように生きるって。金を持って贅沢したいのも本能だし、あんたがムカついたから魔法出したのも本能だよ。」
「本能で、嫌だと感じたり、ムカついたら殺すか?」
「いや、本当に殺したいほどムカついた奴は、殺す。べつにちょっとムカついただけで殺しまでしない。たださっきのは、いや、殺す気だったな。
本気で殺す気でいかないとこっちがやられるって思ったのは、アタシのほうかもしれない。」
「そうかよ。」
「で、どうすんの?殺すの?」
「もういいよ。次井魔戸で見かけたら殺す。消えるんだったらとっとと消えろ。」
「わかったわかった。」
「あ、ちょっと待て。さっき銃があるって言ってたよな、電話で。」
「え?さあ、そんなこと言ったっけ。」
「嘘つけどっかにあるだろ。多分このジムの中か?」
「あーわかったわかった!出すからちょっと待って!」
そうして佐舞が持ってきたのは、自動小銃と弾倉。傷も汚れ一つもついていない。
「なんだこれ?拳銃じゃねえな。」
「うん、自動小銃っていう部類だね。自衛隊も使ってる銃の種類になる。」
「自衛隊でこの銃使ってんのか?」
「いや違う、今自衛隊で使ってんのはハチキュウっていうやつ。これとは全然違う。」
「じゃあこれなんだ?やたらデコボコがあるし穴も空いてんな。」
「穴は多分ガス抜きと排水用だと思うけど...デコボコは分かんない。」
「自衛隊言うとでなんていう名前なんだよこれ。」
「よく分かんないんだよ。」
「分かんないってなんだよ。」
「これさ、実は自衛隊で近い未来採用されるかもしれない銃のプロトタイプなんだ。採用されるのは10年後か20年後になるのかな、分かんないけど。」
「なんでそれがここに?」
「盗んできた。」
「え?」
「自衛隊に対して恨みはあれど感謝は無いからね。腹いせと、高く売れるだろうと思って、辞めるときにこっそり盗んできた。部品一つなくしただけで晩まで探す自衛隊で、
プロトタイプの自動小銃と弾倉6個も消えたとか大問題になってるよ多分。まあ盗まれたとは思って無さそうだけど。」
「そうか。それ、くれね?」
「え?」
「それ欲しいんだけど。」
「2回も言わなくていい。え?これ欲しいの?売るの?」
「...使う。」
「マジか...。そうか...、うーん.....、よし分かった!あげるよ。」
「そうか、ありがとな。」
「ところで使い方分かる?これ?」
「まあ大体わかる。水鉄砲とかゲームで銃使ってるからな。」
「え?」
「ええっと、あれだろ、この引き金引けばいいんだろ?」
「え?え?ちょっと待って。そのレベル?」
「そのレベルもなにも引き金引けばとりあえず弾は撃てるだろ。」
「ぜんぜん違うよもう!ちょっと待って!レクチャーするからこれ持って。」
「え?おう。」
「持ち方はこう、そして左手はこう!」
「おう...。」
「弾倉を入れる!槓桿を引く!ここをア(安全)からタ(単発)に入れる!」
「おう...。レは?」
「レ(連射)はいい!素人がレなんて入れても当たらん!そしてここで引き金を引く!これで撃てる!」
「おう...、分かった。」
「あとはこれ押して弾倉を入れ替えるってことだけ覚えて!せめてこの動作をスムーズにできるようになってから撃ってくれ!銃が泣くぞ!」
「...わかったよ。」
「あとこのバッグもあげるから。必ずここに入れて持ってって。」
「わかった。」
「よし、それじゃ、私も行くわ。」
「歩けんのか?」
「うん、まだ痛いけど、ギリギリ歩ける。」
「そうか。佐舞、俺の軍隊格闘技はどうだった?」
「完全な軍隊格闘技ってわけじゃないけど、技自体はちゃんとできてるしいいと思うよ。さっきのキミのスタイルは、純粋な真法武道に軍隊格闘技の残虐な技も取り入れたオリジナルスタイルになってたね。征夜らしくていいんじゃないの?」
「そうか。...ありがとな。今まで。熊田の件は別だけど。」
「うん、だから消えるって。じゃあね征夜。風邪ひくなよ?」
「おう、じゃあな。」
佐舞は一切振り向かず、冷たく、静かに去っていった。
そしてまた、別の問題に直面する。今後集まりはどうなるのか。警察や親に引き戻された彼らに、救いとか希望なんてあるのか?
とりあえず春原に電話をしようと思ったが、春原の携帯の充電がもうないもんだから、どうすればいいかを悩んでいた。
そのとき、電話がかかってきた。春原からだ。
「もしもし、征夜?」
「おお、春原!充電大丈夫なのか?」
「ああ、ちょっとだけならなんとかな。どうだ?佐舞見つかったか?」
「...いや、いなかった。」
「そうか...。こっちにも来なかったわ。...てことはあいつ引っかからなかったのかよ!」
「...ああ、多分な。」
「クッソが!だったらあいつもう井魔戸から消えてるだろ!クソ!逃げやがってあのクズ!!」
「春原、どうする?」
「警察も危ねえし、さすがに撤退だ。帰るしかねえ。」
「わかった。」
こうして帰る途中、征夜は思った。結局集まりの逃げ遅れた人間を誰一人救うことはできなかったのか。いや俺の目的はあくまで復讐だ。他者を気に掛ける余裕はない。と。
助けることができず、かといって完全に薄情にもなれず、中途半端に気にしている。だがその中途半端さは、自身の後悔や無力さを自覚し、嫌な気持ちを残すだけで、なにもプラスに働かない。
佐舞からもらったこのバッグと、中身の銃がずっしりして、やけに気になる。これで本当にバレないのか、警察からなにか聞かれれば一発アウト。よしんばこれで家に帰ったとしても、ナギにバレるか...?
そうして家に帰る。
「おかえり。」
「ああ。」
「みんなから聞いたよ。広場、結構大変だったらしいね。」
「ああ。」
「集まりの人たちは、多分散り散りになっちゃったか。もう集まること自体が難しくなるかな。」
「あとさ、ナギ。佐舞も、井魔戸から消えた。」
「佐舞も?」
「ああ。」
「そっか、佐舞はさ、私と同じ時期に入ってきたんだ。そのときは、獣のような目だった。怒っているような目。私は聞いたんだ。なんでこの集まりに入ってきたの?ってさ。」
「ああ。」
「"やるべきことがあるから"って、そう答えたんだ。」
「......そうか。」
そのとき、ふと警察のことがよぎった。はじめに6人殺してからもう2週間以上経ってる。だが最初の熊田の件以来、ここに警察が来たことは一度もない。
テレビのニュースを見てもまだ失踪事件扱い。死んでるかもわからないからまだ捜査が止まってるってことなのか?
いずれにせよ、いつ警察がこの部屋にやってきて逮捕しに来るか分からない。こんな不安を抱えたままであと11人を殺し、クソ親父をも殺せるのか?
いい加減、この不安は拭わなければ支障が出る。少なくとも全員殺しきるまで、警察は干渉しないし逮捕もしないという確証が欲しい。
くっそ、佐舞が消える前に笹羽高校の殺しの捜査がどこまで進んでんのか聞くべきだった。
どうする?この家にいるといずれバレるか?一つの場所にとどまらず、住む場所を転々とした方がいいのか?
佐舞は警察の下っ端とつながっていた。だが熊田と警察の接点は一つもなかった。熊田に警察の状況なんて聞いても答えられるわけがねえ。
「......や。」
熊田からわいろを追加で渡せば、もしかしたらどうにかできるか。いや、ダメだ。そもそもわいろなんてものは存在しなかった。ただただ熊田から佐舞に金が流れただけだった。
今更わいろなんて言い出しても、断られる可能性は当然ある。だとしたら、どうすりゃいい?
「征夜?」
「え!?...うん、ああ、どうした?」
「大丈夫?なにか考え事?」
「いや、何でもない。大丈夫だ。」
「そっか。征夜、ごはん食べてないよね。食べよ?」
「あ、ああ。」
征夜はずっしりしたカバンを置く。ナギはカバンのことは何も聞かない。いや、征夜が帰ってきたそのときから、このやけに大きいカバンは目に入ってるはずなのに、一切聞かなかった。
征夜は気づいていた。はじめて人を殺したあの夜と同じだ。バレてないんじゃない。聞かないんだ。
これから12人も殺そうが、同じように聞かないだけかもしれない。だから、ナギにバレるかもという心配はしなくていいのか。でも、それは悩みごとの種が一つ消えたに過ぎない。
だから...一番問題なのは警察だ。どうすればいいんだ!?どうすりゃいいんだろうなマジで!
「征夜!」
「ん?」
「食べよ?ごはん。」
「あ、ああ。悪い。」
「征夜、ずっとなにか悩んでる?」
「いや、なんでもない。そうだな、食べよう。」
「征夜...、悩んでるならさ、私でよければ、聞かせてくれないかな。」
「ん?」
ナギ、なんでわざわざ俺の真ん前に立つんだ?なんでじっと俺を見てる?
「集まりの子たちが話したように。ね。私思ったんだ。そういえばさ、征夜からはまだそういう悩みとか、どんな過去を生きてきたとか、そういう話は一度も聞いたことないなと思って。
征夜のそれは、すごい深刻な悩みだと思うんだ。だから、私も一緒に考えて、力になりたい。」
その言葉に、腹が立った。たとえそれがナギであっても。俺の一番深いところに、やすやすと首突っ込もうとしてる。悩み?そんな程度で済むものか!?
「これは悩みなんかで済むものじゃねえぞ...!」
「ああ、ごめんね征夜!わかってるよ!大丈夫だよ。どんなことでも、私は否定しないし、協力するよ。」
「本当か?これを否定したり、裏切ったりしたら、いくらお前でもなにするかわからねえぞ?」
「もちろん、いいよ。そのときは私を殺しても。...そうだよね...征夜はさ、地獄を見てきたんだよね。」
そうだよナギ、飽きるほど地獄を見てきたよ。
「ああ!俺はお前には想像もできない地獄を味わってるぞ!俺だけが!この俺だけがあ!!神様に愛されず、疫病神には愛され、ありったけの不幸と生き地獄を味わってきた!!」
俺だけ、じゃないだろ。
「俺だけ味わってきたって最初は、思ったけどよ!でも違った!この集まりの中は、俺が想像もしなかったような地獄!それこそ犯罪行為すら味わわされてるのに見放されてる人たち!俺と違ってなんの力も持てず、
ただ苦しめられ続けるしかない人たち!そんなやつらが大勢いた!俺を超えた地獄を味わってる人間なんて、大勢いたんだ!それは、わかった!」
でも俺は...
「でも俺は!俺はあ!!やらなきゃいけねえんだよ!」
ダメだ!言うな!
「俺は、やるべきことを、やらなきゃいけねえ。やすやすと首突っ込むな。」
「うん、話してくれてありがとう!ごめんね。私も、もちろん軽く考えてるわけじゃないよ。征夜の話をすべて聞いて、協力して、それで私が死んだり、地獄に堕とされたとしても、いいよ。」
「へえ、いいのかよ。」
「うん、征夜、私もさ、この集まりに半年くらいいるから、生き地獄を味わった人間はいっぱい見てきたんだ。だから、その人たちの力に少しでもなれるなら命なんていくらでもかけるよ。
だから征夜。キミが思ってるそれを言葉にして、口から出せないかな。すごい深刻そうに見えるんだ。」
そのまっすぐな目。ナギが言ってることは、決して綺麗ごとなんかじゃない。それはよくわかる。ナギは口だけじゃない。地獄の境遇の人たちの話を聞き、場合によっては俺と同じように別の家に住ませる。
多分、俺だけじゃなく、アパートに住んでる全員分のごはんをつくり、全員分の挨拶にまわって、全員と正面から向き合ってきたんだ。
そもそもだ。俺が初めて人を殺したあの日、確実にバレていた。その気なら、とっくに警察に駆け込んでるはずだ。それもしなかった。もう...バレているなら、隠す必要すらないんじゃないのか?
「ナギ、なあ、俺さ、人を、ああっと...。」
「うん。」
もういい、言え!言うんだ!どうせバレてる。それを直接話すか話さないかの違いだけだ!
「人を、人を!殺してんだ!10人も!」
「うん。」
「でも俺はまだ殺さねえといけねえ!俺を地獄に突き落として散々苦しめた連中!挙げればキリがないが、俺を苦しめたクズどもが少なくとも12人はいる!!そいつらは今ものうのうと生きてる!!俺を地獄に追いやったことを忘れて!!」
「うん。」
「だからぶっ殺す!!ぶっ殺してやる!!この世に生まれたことを後悔するぐらい苦しめて、嬲り殺しにしてやるわあ!!」
「うんうん!そっか!ありがとう!そうなんだね。大丈夫、大丈夫!ありがとう、本当に。」
「はあ、直接言ったのは、お前がはじめてだよ。ナギ。」
「うん、嬉しいよ!征夜がこんなに何も隠さず話してくれるなんて!」
「ああ。ナギ、そのうえで頼みがある。俺が残りの12人を殺すまでの間、警察をどうにかできないかな。」
「うん、警察か。わかった。なんとかできるか、考えてみるよ。」
「いいのか?なあ、なんとかできそうか?例えばいま警察に来られたら一発アウトなんだが。」
「大丈夫だよ。なんとかできる。場合によっては熊田のお金も使うよ。」
「そうか。」
「というよりも、熊田に直接協力してもらったほうが確実な気がする。熊田はこの件を知ったところで警察にも誰にも言ったりは決してしないからさ、熊田にもこの話していいかな。」
「ええ?まあ、そうだな。一番手っ取り早いのは多分熊田からのわいろだもんな。いいぜ。誰にも言わないなら。」
「わかった。」
なにか、背負っていた重りがすっと落ちて軽くなった気分だった。いざ話すだけでここまで解決まで近づくのか。
だからといってこの話を誰彼構わず言うつもりはないが。
いや、あと一つ、引っかかってどうしようもない重りが残ってる。楽になりたいというなら、この重りも外さなきゃいけない。ただしそれは、とても勇気がいることだ。
「なあ!あとさ、ナギ!」
「どうしたの?」
「あのさ、いや、ああっと...。」
「大丈夫だよ。なんでも。さっきみたいに、言ってごらん?」
「ああ!じゃあ!今のうちに言っておきたい!」
「うん!」
「好きだ!ナギ!本当に、ナギのことが!どうしようもなく、好きなんだよ!」
「...!うん、そっか。」
「これも本当に、今まで、どうしようもなく引っかかっていた気持ちだ!声にして出したかった!だから...。」
「うん!ありがとう征夜!考えとくね!」
返事はどちらでもなかった。ただ征夜が心の引っかかりを吐き出した、という事実だけが残った。征夜にとって、これが一番よかった。
征夜の目から涙がほろほろ零れてくる。それはいままで経験してきた、恐怖、痛み、惨めさからくる涙とはまるで別のものだ。
「ぅ....。ああ!...こっちこそ、ぅぐ...、ありがとう。ナギ。」
「うん!よし、それじゃごはん食べよ!はい!いただきます!」
「ああ、いただきます。」
征夜は告白したのだ。初めて誰かに、自分の内なるすべてを。
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