上5

「合わせて6人の生徒が失踪した事件で、警察は消えた生徒の行方を追っています。この不可解な事件に、街の人は...」

リモコンのボタンを押し、チャンネルを切り替えた。

「今日は井魔戸の絶品グルメが食べられるお店ということで!....」

征夜が殺したということを隠したいわけじゃなかった。この6人がどんなに善良で普通の高校生で、なぜこの6人がこんな目にあわなきゃいけないのかと、そう報道されそうだったので聞きたくもなかった。

興味もないチャンネルに切り替え、隣の部屋に入っていった。

「征夜!お風呂は先入る?」

「いや、あとでいい。」

征夜はこのニュースが流れること自体はもちろん分かっていた。彼にしてみればむしろ予想よりはるかに遅く、そっちの方がびっくりしている。

最初は殺した翌日には、もうニュースになっているかと思ったのに、1週間以上かかるなんて思わなかった。

それはマスコミ側の都合にもよるものなのか?そこを深く考えてもしょうがない。と。そして先週の出来事を思い出す。


先週の金曜日、俺はまた4人殺した。笹羽高校の人間じゃない。人をいじめたゴミの分際で、受験して別の高校に通ったクズ4人組。ちょうど4人固まって歩いてた。こういうクズに限ってやたら群れたがり、群れると気が強くなる。

やつらは俺になにをしたのか、あのクソ(笹羽)中学の記憶。やつらは覚えてないだろうが、俺ははっきり覚えてるぞ!人の教科書に落書きし、学校に隠し、俺を呼び出しては無理やりな理由つけて痛めつけた!

俺が反抗できねえのをいいことに、調子乗ってエスカレートしていったよな!事実、俺は中2になるまで、いくら地獄のような練習を強いられても微塵も真法武道が強くならないザコだった。

中2から、やっと過酷な目にあったことがほんの少し報われ、強さを得られた。中3になるころには、親父以外の人間には勝てる強さになっていった。、

だが強くなってもあのクソ親父は、俺がいじめに反抗したり、抵抗することすら一切許さなかった!ただ「男なんだから我慢しろ」と!だから中学卒業まで、あんなやつらに奴隷同然に痛めつけられていた。

俺から抵抗の剣を奪った親父もあとで必ず苦しめて殺す。だがまずお前らだ!今までいじめができたこと自体がラッキーだったと、人を苦しめればどうなるかを思い知らせて殺してやる。そんな気持ちだった。

まず氷の剣で一人の両足を切断した!クズの分際で足なんかいらねえ。そしたら残り3人が抵抗したきた。「なにしてんだお前!」と。

そいつらをまず放り投げ、骨をブチ折ってやった!やつらはすぐ俺に気づき、今までのいじめの感覚からか舐め腐った態度をとってやがった。

なおさら殺意が湧いた俺は、一人の耳を削ぎ、鼻を削ぎ、目をえぐって地面に転がした!するとあいつらは汚え口で次々に、

「俺が悪かった」、その次は「いや、というか俺らはいじめるつもりでやってない。お前なに勘違いしてんだ」と。こういう逃げるための言い訳や、狡猾な喋りで、もしかしたら俺が悪いのかと思わせるのだけは上手い。奴らの常套手段だ。

中2のときまではそれで騙せたかもしれんが、今聞くと吐き気がする。人を苦しめておきながら、挙句の果てに俺がいじめられたと思い込んでるだけだあ?ますます殺したくなった。

えぐった目の穴に炎魔法を突っ込み軽く燃やした。ほかの奴らは水魔法に顔を沈め苦しませた後、弱めの雷魔法で感電させた。目ん玉を炎魔法で焼いた!

槍状の氷を作って頭に突き刺した。すると脳のどっかがイカれたのか、よくわからない奇声とともに、体が変な動きをしだし、絶命した。

まだ生きてるほかの奴らには、腹を切り開き、内臓を引きちぎってやった。多分腸とか心臓だったか?ねちゃねちゃしてて柔らかくて気持ち悪いものを引っ張りだしたら、そのまま死にやがった。

まだあと一人が生意気にも生きてたもんだから、そのまま炎で焼いてやった。あの6人のときとは違う、弱めの炎で焼かれながら、長く生かすように。

すべて終わったころには7時間も経っていた。

このやり方であと最低12人は殺さないといけねえ。だが報道されたということは、もう時間が無いのか?そして一番問題なのはあのクズ親父(ジジイ)。クズのお袋含めて11人は殺せるが、正直今の俺は親父を殺すまで強くなったとは言いづらい。

どうすりゃいい?ここで急ピッチで殺しまわって親父だけ残すか?いやそうしたら親父を殺しに行く前に警察に捕まるのがオチ。

時間が欲しい。あの人とも思えねえクズを!嬲り殺すくらいになるまで俺が強くなる時間が欲しい。

今やってる自衛隊格闘技だって微妙だ。実戦で一度も使ってねえし、動きがまだおぼつかないというか、技を体が覚えてない。そもそもこれを習得した程度であいつを殺せるのか?

あいつを殺すにはもっとデカい強さが必要なんだ。その点魔法を教えてもらったことはかなりデカいが、それでもどこまで通用するかは分からない。

1秒が10秒にも感じられるこの空白の時間の中で、征夜は結論を出すまで考えをこねくり回していた。しかしそれは出せることなく翌日を迎えた。


月曜日、井魔戸はどこか緊張感にも似た騒がしさを出すもので、サラリーマンとか同い年くらいの生徒とか、みな急ぎ気味で歩きながら、

「学校行きたくねー」「会社行きたくねー」と口々に言う。その度に征夜は、もう普通とか、常識的な人間とははるか別の世界に生きてるんだなと、そう自覚していた。

朝食を食べ、歯を磨き、顔を洗い、着替える。いつも学校に行くときとほぼ変わらない支度をし、ボクシングジムに行く。

佐舞ともう一人のトレーナーとで2時間稽古をつけていく。

佐舞から見たら、征夜の動きはまだ固かった。それを見て佐舞は思った。

はじめにトレーニングを開始してからずっと思ってたことだけど、動きがド下手というか、飲み込みが思ったより悪い。真法武道全国優勝と聞いてるから、てっきり運動神経がめちゃくちゃいいかと思ったけど全然違った。

運動神経とか飲み込みに関しては、普通どころかそれより下な気がする。はじめたての頃は軍格の基礎の動きもできなかったし、今になってやっと形づいてきたってところ。その進歩ははっきり言ってかなり遅い。

それは真法武道最強にしては、という印象を抜きにしても遅い。そんな子が、真法武道のこととなると急に動きが変わる。突然スイッチが入ったように、きわめて俊敏かつ精密かつ力強い体の動きをするようになる。

驚くほどのアンバランスさ。それは運動のセンスが無いなかで、想像もできないほど過酷な練習を10年はこなして初めて到達できる領域。だと思う。

だがそれは真法武道がよほど好きなのか、よほど誰かに練習を強いられたかのどちらかでないと実現できない。心も体ももたない。

いや、そこまで真法武道が好きだとしたら、この集まりには来てないか。やっぱり誰かに強いられたんだ。かわいそうに。

そして終えたのは午前10時。そんな中息を切らしていたのは佐舞ひとりだけだった。

「いやーアタシも辞めて久しいからさ、2時間の稽古でもクタクタだわー。」

「確かに。また50キロの装備担いで走るか?」

「うわ、思い出させないでよ。絶対やりたくない。」

とトレーナーと佐舞が座りながら話していた。少し離れたところに征夜もいる。

彼は思った。たかだか2時間程度の稽古じゃぬるすぎると。たしかに終わった後は全身が痛いが、体力的には息切れすらしてない。こんなものと同じ内容が続くのであれば、あと10時間は続けられる。

一日でも早くマスターしたい征夜にとって、この中途半端にぬるい練習は逆に不安にさせるだけだった。

「佐舞、これもうちょっと長くできないのか?」と征夜。

「え?いやアタシはこれでクタクタになるし、あんたも、ねえ?」とトレーナーの方を向いて言う。

「俺ももうちょっと長くできると思うけど、俺もほかの仕事あるからこれが限界なんだよな。んじゃ、仕事行ってくるわ。」

「うん、いってらっしゃい。...いやでも、征夜がここまで軍格を練習するとは意外だったなあ。」

「え?なんで。」

「真法武道だけでも十分正統派の武術は身に着けてると思うし、軍格なんていう殺人術わざわざ磨く必要あるのかなと思って。正直ね。こんな技真法武道では使えないでしょ?」

「ああ、...確かに使えないけど、どうしてもこの技を身に着けたいんだよ。」

「どうしてもか...そっか。」

「ああ。」

「うん。わかった。どうしてもマスターしたいというなら、今後私らもメニューを増やす方向で考えるから。それでいい?」

「ああ、頼む。」

「これは熊田から追加徴収かな。」

「熊田って誰だっけ。」と征夜。

「ほらこの前話したじゃん!家出した集まりの子たちの面倒見てる金持ちだって。」

「ああ、あの人か。」

「あ、そういえば聞いて!昨日熊田の件でうちに警察が来たんだよ!」

「警察?」

「そうそう、ほら、この集まりって未成年の中学生高校生が多いでしょ。お金の話とか社会的なことはまだ分かんないから私のとこに聞きに来たって感じ。」

「ん?もしかして熊田のフルネームって熊田ぼたんだったりしないか?」

「おお正解!もしかして征夜のとこにも来た?」

「ああ、来た。そんで、なにを聞かれたんだ?」

「なんて言ったらいいのかな。熊田ってさ、会ってみると40代くらいのおばちゃんでさ、アタシはてっきり資産家か何かと思ったんだ。

どこからそんなお金が湧いてるのかなって。」

「でも警察が言うには、熊田の下で40人働いてて、その給料を吸い上げてるって感じなんだ。」

「どういうことだ?」

「下で働いてるって言い方もおかしいかな。まず、日本全国で働いてるとある40人の男女がいてさ、そいつら全員フリーターみたいに仕事を掛け持ちしてるんだけど、

時間を計算すると休日一切なしで1日20時間働いてることになるんだって。」

「ん?ああ、それで?」

「少なく見積もっても彼らは月60万は稼いでる計算になる。しかも彼らはその50万から必要最低限のお金だけ残して、残った全額をすべて熊田の口座に入れてるの。

しかも住んでるのは超ボロ屋とか事故物件とか激安部屋ばっかり。こんな人が40人いるから、少なくとも熊田には月2000万円入ってくる計算になる。こんな状態が10カ月続いてるんだって。」

「ああ。」

「だから熊田の稼いでる合計額は少なくとも2億。アパート2棟とマンション3部屋くらい買っても十分おつりが出るだろうね。」

「ん?あ、ああ。」

「ああ、ああ!ごめんね!さすがに分かんないよね!大丈夫!私も聞いたとき意味わかんなかったから!

まあ簡単に言うと、熊田はお金の面でヤバいかもしれない人ってことだね。警察が言うには。」

「そうか。」

征夜にとってはどうでもいい話だった。今彼が求めているのは強さと時間だったからだ。だがどれだけ考えても、正道を殺すほどの強くなる方法も、強くなるまでの時間を確保する方法も思いつかない。

「ねえ征夜、真法武道全国大会優勝してるんだよね。」

「ああ。」

「てことは真法めちゃくちゃ上手いよね!全属性使えるとか!」

「ああ、もちろん使えるよ。氷だって、ほら。」

そう言うと征夜はジム全体に氷を隙間なく出現させた。まるでジム一帯が水没した後、その水を凍らせたかのように隙間なく敷き詰めた。

「え!?嘘めちゃくちゃすごいじゃん!これジムの何かに少しでも触れたら無くなるんでしょ!?」

「ああ、だから極限まで削った隙間を入れてる。0.01mm以下の隙間。サンドバッグが少しでも揺れたら終わりだ。」

「ちょっとガチですごいじゃん!全国大会に出てる人みんなこんな精度高いの!?」

「いや、全国大会の選手でもここまではできない。ただ3mmとか2mmは普通にいる。1mmもいるっちゃいる。準々決勝あたりから。」

「ふっ、なんだよー、0.01mm以下の精度出せるのは俺だけってかー?」

「いや、いるよ。数はめちゃくちゃ少ねえけど。」

征夜は真法を褒められても少しも良い気にはならなかった。いや、良い気にならないように必死に押し殺していた。

ここで自分は真法が強いと錯覚し、その後の鍛錬を怠ってしまえば、正道を殺すどころか逆に自分が喰い殺されてしまう。一生正道に屈服し真法武道のため殴られ続ける奴隷にされる。

そんな未来にしたくなければ、気の緩みなんてものは一瞬でも持ってはいけないのだ。

「佐舞は真法どれくらいできるんだ?」

「アタシ?アタシは炎と、雷結構出せるんだ。雷めちゃくちゃ練習してさ!」

「雷?水はできないのか?」

「うん、水すっ飛ばしていきなり雷練習したんだ!というか真法練習したのもこの集まりに参加してから2週間経った頃でさ、初心者だったからもう大変だった!」

「そりゃ大変だろ。雷なんて初心者が手を出すものじゃないんだから。」

「うん、本当に難しかった。でもなんとかそれなりのものを出せるようになったんだ!ナギの指導のおかげだね。」

「ああそっかあいつそっち(真法)もできるのか。」

「ところで征夜、あー、まあちょっと答えづらいとは思うんだけどさ、」

「ん?」

「征夜はなんでこの集まりに参加してるのかなって思って。」

「ああ、そうだな...俺は....、やるべきことがあるからだ。」

「...そっか。」

「お前は?」

「...アタシさ、元自衛官だって最初の時話したよね。上司と揉めて辞めたってさ。」

「ああ、覚えてる。」

「あれさ...、その...、上司にセクハラされ続けたのが理由なんだ。分かる?セクハラって。」

「ああ、テレビで見たことある。」

「3年前...あたしが入りたての18歳の時から、まず3等陸士歓迎会って形で飲み会に参加させられてさ、当然お酒も飲まされた。そして曹長には"佐舞ちゃん、彼氏とかいるの?"とかそんな質問されてさ、それだけで嫌だったんだけど、

今度は"佐舞ちゃん女のくせにタッパでかいね。"とか"タッパデカいくせにおっぱいは普通なんだな。"とか"彼氏できたらどんなプレイしたいの?"とかキモいこと言われてさ。そこからはあんま記憶が無いんだけど、

おっぱい揉まれたってことはたしかに覚えてる。そして気づいたらアタシは女子トイレの便座に座ってた。服はちょっとヨレてて、手もちょっと痛かった。ただ服はだけてなかったし、股も痛くなかったからレイプはされてなかったと思う。

多分おっぱい揉まれたのがエスカレートして、本格的にレイプでもやりかねないって感じになったから怖くなって抵抗して、トイレに逃げてきたんだと思う。自衛隊の訓練とはなんの関係もない地獄をあんな初日から味わってさ!

その曹長は本当に腐ったクズだと思った!だからこれを1曹とか准尉にも報告したのにさ!"それは人事部門に言えよ"って突っぱねられた!んで極限の疲労とストレスの中、這いつくばるような気持ちで人事部門に報告したら、

"調査したけど、そのような事実はありませんでした"だってさ!馬鹿じゃないの!?しかも"どうしても嫌だと言うなら、昇格すれば駐屯地を変えられるかもしれないからそれまで我慢して。"とか言いやがった!

駐屯地が刑務所にしか思えなくなってさ、曹長どころかほかの上司までアタシを執拗に触ったりしてさ!次第には"誘ってんのか?"とか言ってきて馬鹿かと思った!上には絶対逆らうなっていうのが自衛隊の教えなんだから、逆らえるわけないんだよ!

挙句の果てにそいつらは他国の戦争を見てこう言う!"敵国の女をレイプする悪党は理解できねえな"って!どの口が言ってんだ!!アタシがハチキュウ(銃)を持ったとき、的とか敵じゃなく、そいつらに向けて撃ちたいと何度思ったか分からない!

そしてアタシが19で3曹になったとき、レンジャーにならないかって誘いもあったけど、全部断って辞めた!

はあ...、自衛隊...いやどの国にも言えることかもしれない。軍隊とか戦争ってのは、人間を獣に戻す。正しい倫理観なんて働かなくなる。だからアタシも...、本能を否定せず...、獣みたいに生きようって、その日から思ったんだ。」

「......そうか。」

「あ、黙って聞いてくれてありがとね!この話したのナギとあんただけだよ!」

「ああ、なんとなく分かった。」

「そういえば征夜、最近集まりには行ってる?」

「いや、行ってない。」

「なら今日行ってきたら?ほら、これで楽しんできなよ。」

そういって佐舞が出したのは3000円だった。

「え?いいのか?」

「もちろん!練習ばっかもあれだしたまには遊んでもいいんじゃない?」

「俺は別に遊びたいわけじゃ」

"たまには来てもいいんじゃないかって思うんだ。それは征夜が楽しむためじゃなく、みんなを楽しませるためっていうかさ。"

「いや、なんでもない。ありがとな。」

「おう!」

いつも通りコンビニに向かえば、10人ほど集まっている。だが春原、ナギ、佐舞はいない。その10人もどこからともなく流れてきたはぐれ者の中高生で、みんな好き勝手にたむろって喋ってジュースを飲んでる。

「えっと、ええっと...。」

楽しませるってなにをすればいいんだ?まずハンバーガー屋にみんなで行かせるのか?それともゲーセン?そもそもなんて言って行かせるんだ?佐舞とかナギとか春原とかどうやってたっけ。

「あ、キミも一緒に喋るー?」

と向こうから声をかけられた。

「あ、ああ。」

結局言えずじまいだったが、今思えばわざわざハンバーガー屋にゲーセンと場所を変える必要もなかった。多分このまま喋ってるだけでも楽しませたことになるのかもしれない。

「えっと、キミたちも学校嫌いでこっち来た感じ?」と征夜。

「うん、俺さ!親がマジでクソなんだよ!」と小6ほどの少年はそう答える。

「親がクソ?」

「うん。俺の親さ、ずっと宗教やってんだ!俺生まれてからずっとさ、温かい風呂とか入ったことないんだ!風呂を温かくするのは"甘え"とか"弱さ"とか言って、

水だけの冷たい風呂しか入ったことなかった。」

「え?」

「マジだからなこれ!俺ずっと冷たい風呂に入るのがみんな普通だと思ってたのに、みんなは"普通は"温かい風呂に入るとか言って、俺の言ってること嘘だとか言って信じてもらえなかった。

ほかにもいろいろあって、でも親は"これに耐えれば神様が救ってくれる"とずっと言ってた!でもさ!クラスのみんなから先生からも嫌われるしいじめられるし!誰も助けてくれないんだよ!なあ、神様っているのか!?」


神様なんていない。

真面目に部活に取り組んでも苦しめられる。理不尽な校則を真面目に守っても苦しめられる。勇気を出して理不尽に立ち向かっても苦しめられる。

なんでこんなに苦しめられるの?と問いかけても、神様とやらはなにも答えない。助けてと訴えても助けてくれない。だからそもそも神様なんていない。

昼休み、笹岡はそんなことを思いながらひとり時を過ごしていた。

廊下は騒がしい。

「またバトミントン行くー?」

「えーウチちょっとワークで締め切りのやつあるし。」

笹岡は視線をその人間に向ける。目で訴える。助けて、と。

「マジでー?しょうがないなー。じゃあ明日ねー。」

「うん、明日ね。」

助けて。

「玲ー!早くバスケしようぜ!」

「おう!ちょっと待って!」

仙道玲、助けて。

「よし準備できた!行こうぜ!」

玲は一瞬目を合わせるも、すぐに視線を逸らし、走っていった。

もうなんか学校って、刑務所みたいだ。どんなに悪魔みたいに性格の悪い人間でも、それが先輩なら逆らってはならず、先生なら内申点に響くからこれも逆らってはいけない。

校則で靴下の色から髪型から下着の色まで全部厳しく決められて、囚人服みたいな制服と体操着を着て1日を過ごす。苦しもうが誰も助けてくれない。

私がなにをした?なにか罪を犯したか?もしなにか罪を犯してここにいるなら、そっちの方がまだマシだ。こんな地獄にいる理由として納得いくんだから。

義務教育なんてものがあって、中学にはどんなに地獄だろうが"行かないといけない"、転校も許されない。だからもう刑務所じゃなくて強制収容所なんじゃないか。

笹岡はそんなことさえ思っていた。

部活が始まる。まず5キロほど走り、終わったら準備運動と、ドリブル練習。その先の練習に移るためにはまずここまで完璧に終える必要があるが、

笹岡はそのドリブル練習から抜け出せない。それはこの部に入部してからずっと。もう町久の声で「笹岡、もう次の練習に移っていいぞ」と声がかかるまで、ずっとドリブル練習。

いや、笹岡は手を止めた。もうドリブルすらしない。ただボールを持ったまま立ってるだけ。

「あいつなにしてんだ?須沢。」

「え?は?あいつサボってね?」

とヒソヒソと声が聞こえる。だが笹岡は依然立ちつくしたまま。

「笹岡ぁ!お前今なにしてんだあ!」と町久。

「....。」

「なにしてんだって!!」

「今練習してます...。」

「なに!?声が小せえ!!」

「練習してます!」

「嘘つけお前突っ立ったままじゃねえか!!」

「はい。ドリブルします!」

「...なんだあいつ。もういいや、今シュート練習やってるの全員集合!」

部活が終わり、笹岡はカバンを持って帰ろうとしたが、足を止めてまた座った。

「あれ?笹岡どうしたの?」と声をかけたのは須沢。

「いつも帰ろうとすると止めるじゃないですか...。」

「ああ、あれね!いいっていいって!ウチらも昨日やりすぎちゃった!今日はもう帰っていいよ!じゃお先。」

須沢先輩は優しかった。

優しい?なんで優しいって思った?今日は見逃してくれるから?2週間前にも同じこと思ってた気がする。

今考えれば、そうだ。一回いじめをやめたくらいでなにが優しいんだ。そもそも優しければこんなことしない。

須沢先輩もほかの先輩たちも町久先生も、みんな悪い人間なんだと思う。でもその悪い人ってのは、ドラマとか映画で見たようなものと違う。

街を破壊したり、誰かを殺したり。そんなことをしなくても、テレビで見る悪い人というのはずっと悪い性格をしたままだ。

悪人が優しい時である場合、それは誰かを騙そうとするときくらいだ。

現実の、あの人たちはどうだ?100%、24時間ずっと悪い性格というわけではない。ときどき少しだけ優しくなる。それがタチ悪いかもしれない。

正直私も悪い部分はある。内申点のためとはいえ一度ここに入ったのに、なにも上手くならない、何も力になれない、みんなの足を引っ張る。

だから、あの人たちを100%悪人だと断言することはできない。あの人たちはテレビで見るような真っ黒の悪役ではなくグレー。

限りなく黒に近いグレーだから。でもグレーだからってこの地獄を許すのか?私にも悪いところがありましたって、なんの抵抗もせず受け入れるのか?

そんなの学校というプリズンの囚人どころの騒ぎではない。奴隷だ。

そんなことを思いながら帰宅し、自分の部屋に入る。もう親とも話したくない。

なんとか疲労とストレスを押し殺して親に話したところで、「むこうは先輩なんだから上下関係は守れよ。」「俺も、私も、中学の時はそうしてた。」とさもこれが当然の光景であるかのように話し、私の苦しみを真っ向から否定する。

これは普通なんだぞと。もしこれが普通だというなら、笹羽中全員この苦しみを味わってるはずなんだ。でも違う!

先輩たちはもしかしたら1年生のころに苦しんでたかもしれない。なら今の2年は!?1年は!?苦しむどころか苦しませる側にまわってる。学校の苦痛と言うものを一切知らないで、他者のことは平気で痛めつける。

親はこんなことも言う。「今の時代はまだマシだ。」と。「昔は水を飲むのも贅沢で、顧問の目を盗んでそこらへんの水たまりをすするので精いっぱいだった。」、

「部活中に暑さで突然ぶっ倒れて二度と学校に来れなくなったやつもいた。」と。

他と比べてマシだから、このまま耐え続けろって?地獄を見てる人間にかける言葉がそれなの?なんで?もうさ、親も信じられないじゃん!

いや、でも希望があるとすれば、大人になること。テレビも、パパも言ってたけど、真面目に頑張ってる子供は、いつか必ず報われて、いい大人になる。

逆に人をいじめるような不真面目で悪い子供は、近いうちに不幸な目に合う。だから私は雑誌のモデルみたいにいい大人になって、須沢先輩は落ちこぼれて醜くなる。

そうだよね。その未来を信じて頑張ればいいんだよね?ねえ!?


翌日、また学校に行く。火曜日なんだから学校に行くのは当たり前のことなのに、その当たり前のことすら足取りが重い。

笹岡にはもう気力がない。苦しいという感情を通り越してもうすべてがどうでもよくなりかけていた。

その気力を風前の灯火のごとく繋いでいるのは、未来への希望。自分や今までイジめてきた相手が将来どうなるか、そんな希望。

玄関に行けば、須沢と出くわしてしまう。仙道優も一緒だ。

「あれ?笹岡じゃーん。おはよう。」と須沢。

「おはようございます。」

「どうしたの元気ないねー。」

「いや、大丈夫です。」

その程度の会話しかしなかった。

「あいつマジで元気なかったね。」と優。

「ほんとにね、何があったんだろうね。」

その一言を優は鼻で笑う。


「はいこの三角形の斜辺ABですね。今日はー...優!」

「はい、AB=5です。」

「正解!さすが誠珠ですねー!」

「まだ受かってませんよ。」

「そういえば合格発表っていつでしたっけ?」

「明日です。」

優は授業中暇だった。本命の受験がとっくに終わってるのもそうだし、単純に授業のレベルが簡単ということもある。

今は内申点を落とさないよう惰性でノートを書いてるだけだ。

そう、今までの授業も、部活も、優は惰性でやってるだけだった。そこまでの困難に出くわしたことはない。

真法舞踊そのものも惰性でやっていた。もちろん大会で手を抜いたりはしてないが、血眼になって練習したり、死ぬ気で練習したりとか、そこまでの努力とは無縁だった。

そんな優は、周りから見れば紛れもなく優等生、それにプラスして怖いという印象だ。

だが誠珠は、初めて必死に頑張った自負があった。県一番のエリート進学校で、いくら模試でA判定を重ねても不安は拭えなかったからだ。

ただそれ以上に不安なのは、須沢が受かるかどうか。そんな一抹の不安を胸に抱えながら、何気ない一日を過ごし、寝た。


翌日、傘をさすかささないかという微妙な雪がぽつぽつと降る中、優は電車に乗っていた。

駅に降りたところで須沢と合流する。

「おはよう優!今日寒いね!」

「ほんとにね!今日は合格発表見た後笹羽中に戻るんだっけ。」

「うん。だるいよねー。休みにしてくれたらいいのに。」

「確かにね。」

話しながら誠珠高校まで歩き、校門で待機する。

やがて白いボードが運ばれると、集まってきた者たちはみなそのボードに注目していた。注目しつつ、期待と不安の声ががやがやと聞こえる。

「あ、真っ白だけどあれ剥がれる感じか。」と優。

「優!やばいって!受かったら抱き着いてもいい!?」

「落ち着きなって。分かってるよ。」

優はいままで、テレビで何度も見たように、合格発表の度に大声で騒いだり、泣いたりする意味が理解できなかった。

でも今は分かる。好きなことも我慢してまで全力で勉強してきた成果だから!受かろうが落ちようが、たぶん騒ぎ、泣くんだろう。

そしてボードの白面がシールのようにべりべりはがされ、運命の数字があらわになる。

「1749...1749...あ、あった!あった!茜!!あたし受かったよ!」

「1832...1832...あれ?」

「え?どうしたの?」

「優、1832...無いよ...。」

「え!?嘘!?ちょっと待って。」

優が驚きながらも落ち着いて確認する。

「.....あれ?あるじゃん!!」

「え!?ある!?」

「あるよ!ほらよく見てって!!」

「あ、あった...!あった!!受かった!!ウチ受かったああああ!!!」

「キャーーー!!」

二人で抱き着いて跳ねる。一番の願いだった、二人の合格は叶ったのだ。

笹羽中も、今まさにその話題で持ちきりだった。

そんな中で二人が教室に帰ってくる。

「二人ともおかえり!!どうだった!?」

「あたしたちね....二人とも受かりましたーー!!!」

「おおおおおおお!!」

まるで英雄の凱旋かのように、クラス中、いや学年中が祝福した。

そんな声は学校中に響く。いや、正確には声そのものではなく、祝福をするムード。それがどこからか言霊のように学校中を駆け巡る。


それは無論、笹岡のいる教室にも。

「ねえ聞いた?3年生すごい歓声だったらしいじゃん!」

「マジ?じゃあ優先輩と須沢先輩、受かったんだ!あの誠珠に!」

「やばいね!」

受かった.....?受かったって言ったのいま.....?優先輩だけじゃなくて、あの須沢先輩も.....?

なんで?なんで?人をいじめる悪い人間は、必ず落ちぶれてひどい大人になっていくんだよね....?

え?なんで?

と、印刷も落ちかけてるワークをやっていた笹岡は、その噂にひどく動揺していた。

なんで?人をいじめる悪い子供が報われちゃった。じゃあ私がやってるこれはなに?こんなワークして何の意味があるの?

今までの苦しみに意味なんて無かったの?いじめる人間に未来はあって、私はあるかどうかも分からないの?

須沢先輩は輝かしい未来を手に入れて、私はずっと苦しんだまま、今後も苦しめられ続ける...?え...?

笹岡はワークはとっくにやめている。ただ机に突っ伏せている。

突っ伏せてなにを思っているのか?それは今までの人生の意味。小5のころからずっと苦しんでて、それでも耐えて頑張る意味。

そしてこの先ずっと生きていく意味。悪人が輝かしい人生を送って、真面目な人間は報われるかどうかも分からない未来のために苦しみ続ける。

そんな世界で生きる意味。

「次移動教室だったよね。」

「ああ、理科室行こうぜ。」

「小デブ突っ伏せてるけどどうする?」

「いやいいよほっといて行こうぜ。」

教室からは誰もいなくなる。でもどうでもいい。この学校で内申点を取ろうが取れまいが、将来とかいい大人になろうとか全部どうでもいい。

涙が出てくる。これはなんの涙だ?悲しいから?そんなぬるい感情じゃない。悲しみの奥にあるドス黒い嫌な感情。言葉で表現しがたい思いのせいで、涙が出てくる。

いきたくない...。学校に"行きたくない"んじゃない。"生きたくない"。こんなクソみたいな世界の中で、あるか分からない未来を信じて奴隷みたいに苦しむ毎日を送るなら...!

ぽつりと一粒降った雨が、すぐ土砂降りに変わるように、ひとたびその思いが生まれれば、一気に押し寄せてくる。

生きたくない...、生きたくない...、生きたくない。

「生きたくない生きたくない生きたくない生きたくない生きたくない生きたくないいいいい!!生きたくなあああああいいいいいいい!!!」

教室にただ一人。隣のクラスにすら誰もいない。喉を枯らすほどの心からの叫びさえも、誰も聞いちゃくれなかった。

それからは...もうどうでもいい。理科室に遅刻して怒られようが小デブと言われようが部活がきつかろうが先輩のいじめがなかろうがもうどうでもいい。

家に帰って、自分の部屋に入れば、おもむろにノートを出した。まだ使ってない新品のノート。

そこにこう書き連ねる。



私、笹岡富士はずっといじめられてきました。

その主犯格は須沢先輩をはじめとしたバスケ部員たち。

クラスメイトにしても同じことです。私はそいつらに日ごろから小デブ、小デブと言われ続けてきました。

持って生まれた体型と体質をどうしろと言うんですか!?私は、人よりずっと太りやすくて、飲まず食わずでも痩せられない体質だと親や医者から言われてました。

そんな事情を話してもあいつらはヘラヘラ笑って聞きもしませんでした!!人の生まれ持った見た目を笑うなって!道徳で習わなかったんですか!?

心がないんですか!?動物みたいだ!!あとそいつらは私のことをいじられキャラと言います!お前らから勝手に言ってきてなにがいじられなんだ!

バスケ部員からは部活後にもっとひどいいじめを受けました。まず真法をぶつけられました。その次にけられてなぐられました。カバンに土を入れられたこともありました。

でも一番ひどいのは、バスケ部で大事にするべきバスケットボールをぶつけられたことと、宝探しと言って教科書とワークを学校中にかくされたことです!

ワークの3冊は外に捨てられ、どしゃ降りの中、泥水みたいなグラウンドでふにゃふにゃになって汚れてました!いいかげんにしろよ!

私は、ふつうに生きたかっただけなんです。ふつうに、中学、いい高校、いい大学を出て、いい会社に就職して、真面目に働いて暮らす人生を送りたかったんです!

この笹羽中という悪まの学校にじゃまされました!私が死んだあと、呪われろ!!



あとは、あとは、町久先生はなんでいじめを怒るどころか私を怒った!坂戸先生もなにも言わなかった!親はなんにも理解しなかった!仙道玲にも助けを求めたのに無視された!

と思い出す限りの地獄のようなことを全部書き連ね、その全文は3ページにわたった。そしてノートを閉じ、表紙のタイトルにこう書いた。

遺書、と。そうしてそれを机に置いた。


翌日、笹岡はいつも通り学校に向かって歩いていた。その背中にカバンはない。羽のように軽い背中で学校に行くのは新鮮で、ちょっと楽しい気分だった。

囚人服みたいな制服は必要ない。一番お気に入りのコーデで学校に行く。

最近の天気にしては珍しく、空は晴れていて、まっすぐな太陽が笹羽を照らし、笹岡を照らし、背中を押しているようだった。

学校につくと、時間は午前10時30分。みんな授業で静かだった。学校のドアは閉まってたので、外階段から屋上に行く。外階段を使うなんて初めてで、これもワクワクする。

屋上に行くと、それはいい景色だった。3階からの景色も見たことあるが、それとは比にならない。笹羽の住宅街やスーパー、コンビニ、遠くには井魔戸の高いビル群も見える。

そんな明るい景色が視界いっぱいに広がる。悪魔みたいな学校が最後に見せる天使の一面。この学校そのものも黒寄りのグレーだったかもしれない。

柵に足をかける。下を見れば、やっぱり地面と距離があって高い、怖いと感じさせる。

「やっぱ怖いなあ。」

そうつぶやく半面、表情はどこか楽しそうだった。

「じゃあねこの世界。笹羽中のみんな、地獄に落ちてね。」

そう言って体を前に傾ける...。

その刹那だった。

「いや!」

とその体を止めた。

「いや...、違う...、分かった。」

そうつぶやき柵から降りた。

「私が地獄に落とせばいいんだ。」

その目つきには、恨みと諦めが混在していた。

「須澤のカスも、町久のカスも、ほかのカスどももまとめて、生まれたことを後悔させるくらいの地獄に送ってやる!殺してやる!」

そう吐き捨てて階段を下りた。

ダンダンっとボールがバウンドする音、靴ででキュピキュピっと鳴る音が響く体育館。3年たちは体育でバスケをしていた。体育科目の担当の町久、3年2組もそこにいる。

「ちょっと茜ー、手加減してよー。バスケ部が素人相手に本気はさすがにダサくない?」

「えーだって優普通に上手いからさ、本気でやらないとウチが勝てないんだよ。なんでこんな上手いのかな?根本的な運動神経がいいのかな?」

その扉が突然ゴッと開いた。

「町久ああああいるかああああ!?」

そう咆哮した。体育館中がボールのバウンド音だけの静寂な状態になる。

「須沢もいるのか!!なんで平然とバスケしてんだお前は!!本当のバスケってのを見せてやろうかあ!?」

そういっておもむろに落ちていたボールを拾い、須沢に近づく。そして何のためらいもなく、投げた。

「痛った!?はあ!?」

間髪入れずまた近くに落ちているボールを拾い上げ、投げようとする。

だが男子数人が笹岡を押さえつけ、二度も投げつけられることはなかった。

「なに掴んでんだ離せよ!?お前もこうなりたいのかあ!?」

「は!?え!?誰!?あれ?まさか笹岡!?」

すぐ町久も駆けつける。

「なにやってんだお前!!誰だ!!え?笹岡!?」

「ウチも一瞬誰か分かりませんでしたよ!」

そうなるのも無理はない。今の笹岡は完全に私服で、その目つき、表情は怒気にあふれていたからだ。

「町久おまえ人の顔分からないとかなんだ!!」

「誰に向かって口聞いてんだ!?」

「お前に向かって口聞いてんだよ!!お前も殺されたいのかあ!!」

「いい加減にせえやお前!!」

そういって笹岡をぶった。

「殴りやがったなお前!!殺してやる!なあ!!今すぐ殺してやる!!」

だがそれは余計怒りに火をつけるだけだった。要は痛みに慣れ過ぎていて、暴力はもはや抑制にならなかった。

「なんだこいつ頭おかしいのか?とりあえず保護者に連絡入れてくるから、そのまま抑えとけ。」

「はい、分かりました。」

そうしてそのまま駆け足で体育館を出る町久。

「おい待てよお前逃げんのか!?おい!?」

抑えられてはいるが、まだ動こうともがいている。一瞬でも放してしまえばまた暴れるだろう。

その光景を見ていた優はどこかニヤニヤしたような表情を浮かべていた。

「やべえ疲れてきた...!」

「ちょっと代わってくれない?私が抑えるから。」と言ったのは優だった。

「なにニヤニヤしてんだ!?お前も殺されたいのかあ!?」

「おい大丈夫か?またこいつ暴れるぞ。」

「いいから、早く。」

そう言って男子は手を離した。するとすぐさま優に襲いかかり、握った拳で優の腹を思い切り殴った。

だがその感触は、硬かった。筋肉だろうか?せっかく殴ったのに効いてる気がまるでしなかった。優は余計にニコニコしながら、

「良い、良い!それでいい!ねえ、ちょっと外出ようか!」

そういって笹岡の手を掴み、そのまま引きずる。ものすごい力だった。さっきの男子数人に抑えられてるよりも、こっちのほうがはるかに強い力だと感じるほどだった。

「おい!勝手に外に出してどうする気だ!おい!」

体育館を出て廊下に出たかと思えばさらに外に出て、ドアを閉める。そしてやっと手を離した。

「無理やり引きずってごめんね。外出ないと話聞かれちゃうからさ。」

「なんなんだお前ニヤニヤして!!お前馬鹿にしてんのか!?」

「ごめんね。馬鹿にしてないよ。ちょっと話がしたくてさ。」

「お前も私を殴る気か!?」

「殴らないよ。だからお話ししたいだけって言ったじゃん。」

「じゃあなんだ話って!?」

「ふっ。まずさ、キミは本当にすごいよ。称賛に値する!」

そう言ってパチパチパチと、軽い拍手を入れた。

「馬鹿にしてんのか?」

「馬鹿にしてないって。キミがその考えにたどり着いて、行動した。それがもう称賛できるんだよね。」

「は?意味わからない。私がどんな考えにたどり着いたって!?」

「キミさ、いじめられてるでしょ、茜に。いや茜"たち"だね。バスケ部の人間に相当ひどい目にあってるよね。」

「え?茜って須沢のことか。あいつは...!あのクソどもは!必ず殺さなきゃいけないんだよ!」

「なんで、殺すの?口で言ってもダメだったかな?」

「ダメだったに決まってるだろ!先生だろうが親だろうが!勇気を出して本人に直接言おうが!全部ダメだった!!」

「そうだよね。口で言ってもダメだよね。だから暴力でどうにかするしかないよね。」

「どうにかする!?もういじめをどうにかするとかいじめを止めたいとか関係ない!!あのクソどもは同じだけの地獄に叩き落して殺すしかない!!」

「そっか、でもまあ、結果的に暴力使ってるからほとんど一緒かな。」とボソッと吐いた。

「は?一緒って何がだ?」

「あたしもさ、学校とか世の中のルールって、口で言ってもなにも変わらないと思ってるんだよね。思ってるっていうか実際そう。

あなたが痛い目見てるのもそうだけど、そんなクソみたいなルールとか常識を変えるためには、暴力しかないんだ。」

「え?」

「あたしも実際そうやってきた。例えば先輩後輩とかの上下関係。あたしは暴力でねじ曲げて、何歳年上だろうがあたしが何しても咎められない例外という空気を作り出した。」

「へえ。」

「キミは多分、死ぬほど苦しんだんだろうね。苦しんで苦しんで地獄を見て、それでやっとたどり着いた結論が、暴力で全部曲げることだった。

その考えにたどり着いたことが、あたしは嬉しくて嬉しくて、だからさっきまでニヤニヤしてたんだ。」

「あっそ。」

「うん。でもキミは惜しいなあ。考え方は完璧なんだけど。それを実現する力が無いんだよなあ。」

「力?」

「そうだよ。キミはほっとけば茜を殺しに行くんだろうけど、キミじゃ到底できないよ。多分刃物使おうとも。銃でも使えばいけるのかな?」

「は?」

「刃物使って暴れてもさっきみたいに抑えられるのがオチだし、真法に関してもあいつのほうが上だよ。あいつ水真法かじってるもん。」

「へえ。」

「まあ万が一殺したとしても、あたしが必ず報復にいくよ。キミにとってはいじめ主犯のクズだけど、あたしにとっては親友だから。」

「は?何が言いたいの?さっき暴力でねじ曲げることはいいって言ったよね?それで須沢を殺すことはダメなの?」

「ダメ、とは一言も言ってないよ。ダメかどうかにかかわらず、あたしは必ず報復すると言っただけ。だからキミがもし茜を殺したら、その仕返しにきたあたしも殺せばいい。

それが自分を貫き通すってこと。じゃないとあなたは惨たらしく死ぬことになる。」

「そうですか。」

「うん、そうだよ。」

「...私さ、あんたを誤解してたわ。こんなやばいこと思ってると思わなかった。」

「そう?綺麗ごと言うよりマシだと思うけど?」

「でも暴力でなんでもねじ曲げる考え方って。...あ!もしかして学校に私服を着ていったのも、暴力で校則をねじ曲げたかったからってこと!?」

「おお、ほぼ正解。あたしぶっちゃけ私服とかどうでもよくてさ、暴力によってルールとか常識なんてものはいくらでも変わるってことを、証明したかっただけ。」

「へえ、そう。あれだけ苦しんで、苦しんでまで校則が変わらないように戦ったのに、私服とかどうでもよかったんだ....。」

「どうでもいいね。あ、坂戸先生から聞いたよ!私服登校に唯一反対の声を上げたらしいじゃん!いやー勇敢だよね!そのあとなにされたか知んないけどさ!」

「そうか、あんなことのために地獄を見たんだ...。」

「そうだよー?あの後多分死ぬほどいじめられたのかな?"小デブ"とかいって。はは。」

「そう。」

「どうした?キミが苦しんだ元凶の一人がここにいるぞ?どうするの?」

「どうする?いや、いいよ。」

「ん?いいの?」

「うん。あんたはただ私服着てきただけだし、あんたに直接いじめられたわけでも馬鹿にされたわけでもないから。私が殺したいのは小デブと直接言って好き勝手して、心に傷を負わせた連中!

そして真法とかボールで痛めつけて、親に買ってもらったカバンとか教科書とか全部汚したクソバスケ部員たち!須沢!そいつらだ!そもそも周りの生徒とか教師とか!空気が!ちゃんとしていれば!

あんたは私服を着てきた時点でこっぴどく怒られて終わりだった!悪いのは、人にルールを強制させておいて、自分に都合が悪くなればルールを簡単に曲げるそいつらだ!」

「ふーん、そう。」

「あんたにそこまでの恨みはないよ?...でもさあ!...ないけどさあ!」

さらに語気を強めてこう言う。

「なんで助けてくれなかったの!?」

「え?」

「え?じゃない!こうなる前に助けてくれてもよかったじゃん!知ってんでしょ!私がなにされてるか!」

「うん、だいたい知ってるよ。見てるからね実際。」

「ならなんで!!」

「あたしも止めなかったわけじゃない。こっそりいじめをやめてくれるように仕向けたつもり。でもダメだった。」

「こっそり!?直接言ったりは!?」

「え?いや、してない。いや、でも言ったでしょ。茜とは親友だって。暴力で止めることもできないし。しかも茜がいじめしてるってバレたらさ、誠珠の合格取り消しになっちゃうじゃん。だからこれ以上はむり。」

「あんなヤツの合格なんかどうでもいいんだよ!だからなんとかしてよ!」

「キミにとってはどうでもいいかもしれないけどさ、あたしにとっては大事なんだよ。あとあたしにとっては、あんたの方がどうでもいいね。だから無理。」

「なにそれ...。」

「弱者がどうなろうが知ったこっちゃない。やっぱり自分でなんとかするしかないよ。じゃあね。」

そう言って体育館に戻っていく。

「ああ、ちょっと待って忘れてた!」と優。

「は?なに?」

「キミを抑えて連れ出すっていう名目で外に出してたんだった。つまりキミも体育館に戻らないとダメじゃん!」

「今更戻るの?」

「戻るんだよ、ほら。それとも力づくがお好み?」

こうして戻った笹岡。意外にも町久やほかの3年からは何も言われることはなく、ただ親を呼ばれ、笹岡抜きで面談をし、そのまま車で家まで帰された。

親に聞けば、笹岡さんは2週間学校に来ないでくれと、教頭からそう言われたそうだ。

部屋に戻ると、机の上にノートが一冊あった。それは数時間前、自分が遺書と書いて恨み辛みを書きなぐったもの。

遺書には自分の言いたいことを全部書いたつもりだった。でもなんで、これを直接言えなかったんだろう。多分それは、言ったらどうなるか分からないという怖さがあったからだ。

恐怖に負けた末に、自分の大切な命を代償としてまでやろうとしたことは、こんなノートに本音をぶちまけることだけだった。その事実が本当に惨めで、腹が立った。

だから書きなぐったページはむしるように破り捨てた。内容の一部分すら見えないように細かく。


翌朝、平日の金曜日だというのに、目覚まし時計もならない朝だった。午前9時に起きてテレビをつけてみれば、あの大嫌いなニュースとは違う番組をやっていた。

笹岡は考える。この学校に行かなくていい2週間は、夏休みのように自堕落にしていい2週間じゃない。須沢たちを改めて殺しに行くのか、仙道優の言った通り暴力的に強くなるしかないのか。

あるいはこの生き地獄の苦しみから逃げるために、もう一度屋上から惨めに飛び降りるのか。それを決定する2週間だから。

家でいくら考えたところで答えなんか見つからない。だからもっと、場所を変えればもしかしたら...。

夕方、自転車にまたがり、曇天の下、水たまりが残る道を1時間こぐ。そうして着いたのは、井魔戸だった。一人でここに来たのは初めてかもしれない。

財布に2000円も入れてきた。いざとなればゲーセンで時間を潰せるし、外食だってできる。

時刻は午後5時だというのに、日も沈んですっかり暗い。そんななかなにか答えが見つかることを信じてこぎ続けると、広場を見つけた。

広場には、おそらく中学生、年上の高校生、そして社会人と幅広い若者が各々集まって喋っている。しかもその喋ってる感じ、空気は、学校のそれとは微妙に違う。

「今日も学校まじで地獄だったー。声が小さいって先輩に怒鳴られて頭ぶたれた。」

「ウチの親もさー、ウチのこと汚いとか出来損ないとか今日も言ってきたー。」

その光景にただただ突っ立っている。するとまた一人の少女が、その中に入っていく。

「みんな、肉まん買ってきたよー。ん?」

その少女は後ろにいる笹岡に気づく。そして近づき、

「大丈夫?あなたも入る?」

「う、うん...。あの...、ここってなんなんですか?」

「ここはね、家とか学校とかで居場所がない人たちの"集まり"。」

「居場所がない?」

「うん。分かりやすく言うと、理不尽に虐げられてる人たち。普通に生きたかったのに、なんの理由もなく地獄を見ている人たち。そういう人たちがここで喋ったり、ゲームしたりご飯食べたりしてる。

最近はこの広場で集まることが多くなってさ、おかげでこの時間になると30人以上は集まるようになったんだ。」

「地獄を見てる人たちか...、そっか。」

「うん。キミも、多分そんな感じだよね。」

「え?わかるの?私なにも言ってないよ。」

「うん、なんとなくわかるよ。本当にずっとつらかったんだよね...。」

「う、うん。」

「でも大丈夫だから。ここはあなたを虐げようとかいじめようとか、そんな人は一人もいないから。」

「うん。」

「とりあえず肉まん食べる?みんなで一緒に話そ?」

「うん....。」

「名前は、なんて言うの?」

「笹岡...。」

「...笹岡か。うん!わかった!教えてくれてありがとね。」

そう言って少女は笹岡の背中を優しくさすった。

「みんな、この子も入れてくれる?」

「うん、もちろん!そういえば肉まんは食べなくていいの?ナギ。」

「うん、私はいいや。みんなで食べて。」

少女はナギと呼ばれていた。

「あの、ナギ"さん"って言うんでしたっけ。」

「ナギでいいよ。ここは上下関係一切ないから。」

「じゃあナギ、この集まりってお酒飲んでいいの?」

「お酒?ダメだよ!未成年はお酒もたばこもダメ!大人でも集まってるときはタバコ吸っちゃダメ!」

「でも飲んでる人いるよ?」

「え?どこ?あ!春原!ビールそれ!?」

「やっべ。」

「お酒ダメって言ったでしょ!」

「はいはいわかったわかった。」

集まりの一人が口を開く。

「キミさ、どこから来たの?」

「笹羽から。」

「うわー遠いねー。自転車だと1時間くらいかかるのかな?」

「うん、それくらい。あのさ。」

「うん?」

「ここって、なんでも話していいの?なにを話しても、聞いてくれるの?」

「うん。なんでもってわけじゃないけど、集まりの人を傷つけること意外は、ちゃんとみんな聞くよ。」

「じゃあさ、じゃあさ!聞いてほしいんだけど...」

笹岡は喋り続けた。今まで起こった理不尽なこと。いじめ、綺麗ごとによる苦しみ、頑張っても報われない不幸。それを紙に書き出したのではなく、初めて口から吐き出した。

集まりの人たちは嫌な顔一つせず、すべて聞いてなにも否定せず受け入れた。そこに安い説教や綺麗ごとは一切入ってこなかった。

ナギの言った通り、ここには自分と同じような地獄を見ている人間が集まっている。勇気を出して吐いた本音を綺麗ごとで否定し、説教で返される苦しみを理解してるからこそ、

それをしないのだろう。私が喋ってる間にも、人がぽつぽつと集まってくる。それは私と同じ気配を持っている人たちだと、なんとなくわかる。井魔戸という大都市は、そんな人を引き寄せてしまう

魔力があるらしいと、そんなことを思っていた。

笹岡の今まで生きてきた学校生活が地獄だったとすれば、ここは天国と言えるだろうか?いや天国ほどの幸せは無いにしろ、これこそが普通の世界だと思わせるくらいには居心地が良かった。

でもなにか、その人たちとは相容れない部分もあると感じていた。ここの人間はただ話すだけ、ただ愚痴るだけ。恨みつらみを吐き、励まされ、自分はやっぱり正しいんだと、そういう気分になり帰る。

そして多分明日も来る。同じように愚痴を引っさげて、この集まりに褒めて励ましてもらう。それは励ましあいと言えば聞こえはいいが、心の傷を舐めあってるだけだ。一時的に逃げて終わりなんだ。

無論それが悪いとは言わない。ただ、殺すか自殺するか自分が強くなるかという選択を迫られている笹岡にとって、ここはやはり微妙に合わない。笹岡はどうするべきか、ここはその答えを出しちゃくれないし、

判断材料にもなりはしない...。


ナギが家に帰ると、征夜がいた。

「ただいま、征夜。」

「ああ、おかえり。」

征夜は月曜日からずっと考えていた。時間を稼ぐ方法か、力を手に入れる方法。そしてすぐに復讐を実行するのかどうか。考えども考えども答えは出てこなかった。

結局征夜の行動は、"何もしない"ということだった。ただただ日々のルーティンを過ごし、軍隊格闘技と魔法の練習と基礎トレーニングと勉強に日々を費やしただけった。

ただ、いつ警察が来るかもわからない状況で、何もしないでここまで過ごせているのは運がいいことかもしれない。

「征夜、勉強してる?」

「ああ、現代文。」

「現代文良いね!本を読むのはいいことだよ!」

「そういえばさ、ナギ。」

「ん?」

「ナギって漢字でどう書くんだ?」

「漢字?漢字かあ。ちょっと借りるね。」

そういって征夜のペンとノートを借りる。

「そうだなあ。漆山 𣷓(なぎ)っと...。これだね。」

「珍しい名前だな。」

「そう?」

「じゃあさ、熊田ぼたんってどう書くんだ?」

「熊田はねー。熊田 牡丹(ぼたん)っと、これ。」

「やっぱ珍しい名前だぜこれ。」

「うん!確かに。」

「...あれ?そういえばさ。」

「うん。」

「ナギは熊田って知ってたのか?」

「うん、そうだよ。」

「じゃあ"警察に対して"、熊田なんて知らないと言っただけか。」

「うん。そうだね。」

征夜はそれ以上は聞かなかった。単純に熊田という人物に興味なんてなかったからだ。


翌日、佐舞に誘われ、征夜はまた集まりに顔を出す。土曜ということと、集まりやすい広場と言うことも相まって、今日は50人ほどの人間が集まっていた。

「おーすごい集まってんじゃん今日も!やっぱ場所変えた甲斐あったね征夜!」と佐舞。

「ああ。そうだな。佐舞なに飲んでんだ?」

「ウォッカ。」

「そうか。」

「あ、そういえば聞いて征夜!昨日またアタシのところに警察が来てさ、熊田のことについてまた聞かれたよ!」

「また?」

「うん!アタシなんも知らないっつってんのに。でさ、今度は熊田の素性について分かったことがあったんだと。」

「素性?」

「うん、熊田はさ、天涯孤独の人間なんだって。」

「天涯孤独ってなに?」

「血縁関係のある人間が一切いない人間。まあ親とか子供とか親戚すらいない人間のことだね。」

「へえ。」

「熊田だけじゃない。働いたお金のほとんどを熊田の口座に送金してる人間もすべて、天涯孤独。」

「そうか。まあこの集まりの中じゃそういう人は少なくないだろ。」

「そうだね。実際熊田自身がそういう経験をしたからこそ、金銭面でアタシたちを支えてるかもしれない。でもその下で働く40人は特にかわいそうだよ。

血縁関係なんてないから誰も頼れない。そんな中で一日20時間苦しい仕事に耐え続け、休みも無し。

しかも稼いだお金は必要最低限以外は熊田に吸い取られる。この必要最低限というのもかなり厳しいもので、家賃、携帯代、携帯充電のための電気代だけ。

だから多分ごはんも食べられないし、洗濯もトイレも水を飲むことすらできない。部屋はずっと真っ暗。本当に奴隷同然の生活を強いられてる。」

「そんな金をかき集めて俺らを支えてるってことかじゃあ?」

「そういうことになると思う。」

生き地獄にいる人間を救うために別の人間を地獄に堕とす。これが良いのか悪いのかをジャッジできる人間はいない。

少なくとも征夜にとっては、これには何も言うことができなかった。征夜の目的はあくまで自分を地獄に突き落とした人間への復讐であり、

同じような地獄に落ちている人たちを救う余裕がない。だからこの救い方はダメだとか、どう救うのが最善かなんて口出す資格はない。

「佐舞ー、今日ヨーヨー持ってきた?」

「おう!またやるか!ちょっと待ってね。」

征夜は思った。自分は春原、佐舞、ナギのように、この集まりの中心のような存在にはなれないと。

この3人のうち誰かがいることで、この集まりの風紀は保たれているんだと感じる。ポイ捨て、未成年の飲酒、喫煙、それ以上の犯罪行為、すべて許さないという風土が保たれている。

いや、多分その3人以上に支えているのは、熊田という人間だろう。

「なあ佐舞、そういえばここきてどれくらい経つんだ?」と征夜。

「アタシ?あたしは半年。ナギも同じくらい。春原は4月あたりだっけな確か。」

「熊田は?」

「熊田はそうだなー。1年ぎり経ってないくらいだね。入ってきたのは2月だって言ってたから。」

「そもそもこの集まりっていつからあるんだろうな。」

「去年の9月くらいだったと思うぜ!」そう集まりの一人が言ってきた。

「え?そうなのか。」

「おう、人数は今と違って少なかったけどさ。あと昔はみんな素行が悪かったよ。」

「悪いって例えば?」

「万引きだったり覚せい剤に手を出したり、売春する人もいた。あとは元暴力団の人から変な仕事を依頼されてる人もいた。

でも熊田が来てから、そこらへんは改善されたんだ。」

「元暴力団?」

「おう、5年前まで、この街には鷲山興行って暴力団があったんだ。資金難で潰れたけど。そこの元構成員たちはラーメン屋とか解体工で働いてて、

"副業"で銃の売買とか偽名簿の作成とか死体処理とか、ヤバい仕事に手を出してる。そういう噂だ。」

「征夜、ちょっといい?」と佐舞。

「ん?どうした。」

「征夜、明日は集まりには来ないほうがいいかもしれない。」

「ん?そうか?ちなみになんで?」

「明日って日曜日でしょ?日曜日でこの広場になるとめちゃくちゃ混むんだよ。それはこの集まり以外の人たちも含めて。」

「ああ、そうか。分かった。じゃあ明日はいいや。でも集まり自体はやるんだろ?」

「うん、私も行かないけど、春原は行くって言ってた。それじゃよろしくね。」

「あいよ。」


日曜日、征夜はいつも通りのトレーニングルーティンをこなす。今日は佐舞との練習もなかったため、比較的暇だった。

いっそこのタイミングで殺しに行くか、佐舞の忠告を無視して集まりに顔を出すか、そんなことも考えていた。

そんな暇な時間に風穴をあけたのは午後7時。きっかけは一本のメールだった。

"征夜!いま集まりがヤバい!!すぐ俺のとこまで来てくれマーケットモール3階のトイレにいる!いいか広場には絶対近づくな!"

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