上3

少し嫌なことを思い出した帰り道。時刻は午後6時半。友達と別れ、一人で帰途につく。

「ただいまー」と家に帰ると、

「おかえり、優姉。」という言葉が返ってくる。征夜は相変わらず、今朝からいない。

「ちなみに征兄はまだ帰ってきてないよ。」

「分かってるよ。」

「そういえば優ー、誠珠合格の記念旅行、どこ行きたい?」

そう口を開いたのは母、愛美。

「まだ決まってないー。てかそもそも結果がまだ分かんないじゃん。」

「あんたなら100%合格できるでしょ。模試もオールA判定なんだし。」

「優姉俺海外行きたい!」

「じゃあ玲がそう言うならあたしも海外で良いかな。」

「ちょっと玲、どこ行くかはあくまで優が決めることなんだから。」

「うい。」

時計は、まだ6時38分。


午後6時38分、征夜は"魔法"の練習を終えようとしていた。

「すごい!すごいよ征夜!この短時間で魔法をマスターしちゃうなんてさ!」

「え?うん、ああ。...ああいや、でもまだマスターしたとは言い難い。これはまだ基礎ができただけだと思う。

まだ魔法にしきれてない部分も全然あるし、真法みたいに極めるにはもう少し時間かかるな。」

「そっか。でも征夜ならすぐできるようになると思うよ!」

「う、うん、ああ、そうだな。」

ナギのその言葉に、征夜は少し戸惑った。

その戸惑いに特に理由はない。ここまでたくさん褒められると、戸惑う。

ナギは井魔戸の集まりのなかで、そういう人間は数多く見てきた。

生まれてからほとんど褒められたことのない人間は、一度の褒め言葉で往々にして衝撃的な反応を見せる。

それは極度に自分に自信を持ったり、褒めた人間に極度に神格化したり、極度に尽くそうとする。

あるいは自分を騙そうとしてるんじゃないかと、勘ぐる。そもそも褒め言葉に対してなんと返したらいいか分からない。

そういった考えが渦巻き、それが戸惑いとして行動に出てくる。

「大丈夫だよ!自信を持とう!」

「....ああ。」

「そういえばナギ、もう6時40分だ。帰ろうぜ。」

「征夜、どこに帰るの?」

そうだ、帰る場所なんて捨てた。あんなクソ親のところに自分からノコノコ帰ろうなんて二度と思わない。

「いや、そうだよな。悪い、俺どっかで寝るわ。最悪ここで寝てもいいな。」

「ダメだよ征夜!ここで寝たら汚いし風邪ひくよ!とりあえず私についてきて!」

「え?」

これから数多くの人間をぶっ殺そうって決めている。今更上等な寝床なんて必要ない。

征夜のそんな思いに反し、連れてこられたのはとあるマンションの4階。

その403号室の鍵が、ナギによって開かれた。

ごく普通のマンションだ。部屋は2部屋。普通と違うところは、部屋に誰もいないこと。親がいない。

「ナギ、ここに一人で暮らしてんのか?」

「うん、まあね。」

征夜はその玄関で立ち止まる。

「あ、もちろん上がっていいよ。井魔戸にいる間、ここは好きに使っていいから。」

「いいのか?俺だけ。」

「俺だけって?」

「井魔戸にはほかにも帰る場所の無い人間は大勢いたはずだが、そいつらはどこに住んでんだ?」

「彼らも、征夜と同じ感じ。こことは別のアパートの一室に住まわせてる。でも、彼らから家賃を取ったりしてないよ。

ごはんも毎日冷蔵庫に入れてある。今回はたまたまアパートに空きがなかったから、私のマンションに直接って感じだね。」

一人暮らしは初めてだ。だから正直ナギの言ってる社会的なことは、言ってる意味が実感できなかった。

言ってる言葉の意味は分かる。だが現実的にイメージできない、そんな感覚。

「待ってて、今ご飯作るから。」

「え。いいのか?」

「うん、もちろん!」

同い年、あるいは少し年下の女子がご飯を作ってくれるとは不思議な感覚だった。

嬉しい。うれしい?ダメだ。その"甘え"は必ず弱さになる。それは地獄へ戻す道。

正直この井魔戸に来た時から、飯は残飯を漁り、毎日地べたで寝るくらいの覚悟はしてた。

こんなマンションの一室でぬくぬくと過ごすなんて思ってもみなかった。

甘えを許さないからと言って、断るのは違う。ここに住ませてくれるのも、飯を作ってくれるのも、

それを真っ向から断ればナギへの裏切りになる。だからせめて、意思だけは修羅になるんだ。

「できたよー。はいどうぞ。」

出されたのは野菜炒め。

「はい手を合わせて、いただきます!」

「いただきます。」

一口食べると味は...素材の味がした。そのままの味だ。特別うまくもまずくもなかった。

味で言えば、今まで食べた母親の料理のほうがおいしいと思う。

でもなぜか、こっちの料理のほうが"いい"と感じた。なぜか、こっちのものを食べると"うれしい"と感じてしまう。

涙が出そうになる。いやダメだ!この感情は絶対に持っちゃいけないものだから。

その感情は涙ごとぐっと抑えた。

修羅の道を歩み、苦しめた人間を全員殺すと決意したときに限って、甘ったるい状況になってしまう。

いっそ井魔戸に家出した後もずっと苦しめられていれば、こっちも気兼ねなく殺せるのに。

これもこれで不幸かもしれないと思った。

「征夜、テレビ見ないの?」

「ああ、いい。」

「そっか。」

ああ、そうだ。今日この時間は心霊番組やってるんだっけ。

今頃あの家のテレビも心霊番組流してるはずだ。どうせ玲とか優は、"征兄怖いんだろー?"とか言ってくるな。

まあ関係ねえ。そんな想像すら甘えだ。

征夜はさらに考えを続ける。

幽霊なんているのか。そもそも死ぬってなんだ?死ぬとどんな感覚なんだ?俺はクズどもを殺しまわって、

これで警察に捕まれば確実に死刑になる。死ぬとは、人間、いや生物において最も計り知れない感覚、

計り知れない痛みを伴うんだろう。だからこそクズどもへの報復にふさわしいんだ。

だが死んでそのあとは?天国に行くか?地獄に送られるか。そもそも"あの世"という世界が存在するのか?

死んだあと幽霊になってこの世をさまようとかそういった言葉は心霊番組でよく聞く。

いじめで自殺した人間は復讐心で幽霊となり、いじめてくれた人間の前に現れ、呪い殺す。

あるいは何者かに殺された人間が幽霊となり、殺した犯人の目の前に現れ、あの世に引きずり込む。

とよくテレビでは言われている。これが正しければ、俺がクズをぶっ殺したとき、その後そいつらは幽霊になって

俺を呪い殺してくる。いや、そもそも幽霊というものが存在するならば、人をいじめた人間なんてとっくに死んでる。

いじめにしろ殺人にしろ、その犯人がのうのうと生きてる世界なんだから、幽霊なんていやしない。

そして多分あの世も天国地獄もない。あるのは多分"無"だと思う。

俺は無になってもいい。だからクズどもには無になってもらう。あの世で裁けないし地獄に送れないのならば、この世で地獄を味わわせ苦しませ、

全員無にする!

「征夜、お風呂沸いたから入ってね。」

「え、ああ。」

そして午後10時30分。

「征夜、寝よう。」

ナギは布団を敷いた。布団は二つ、密着するように隣同士に二つ。枕も隣同士。

「え?ちょっこれは。」と征夜。

「ん?なに?」

「いやっちょっと、これはダメだ。離してくれ。」

そういって征夜は自分の布団をどかし、l布団と布団の間に空間を作った。

「ん?まあいいや。じゃあお休み征夜。」

「え?もう寝るのか?」

「夜更かししようとしてたの?ダメだよ。ちゃんと寝よう、征夜。」

そういってナギは電気を消した。


「征夜、ごはんだよ!」

「ああ!」

野菜炒めが出てきた。

「征夜、おいしい?」

「うん!おいしい!ナギの作るごはんならなんでもおいしいよ!」

「本当に?ありがとう征夜!」

ナギは朗らかな笑顔を見せた。

「ナギ。」

「うん?」

「本当に、ありがとな。ごはん作ってくれて、お風呂入れてくれて、一緒に寝てくれて。」

「え、うん。もちろん。私、征夜のためならなんだってするよ。」

征夜は涙があふれてきた。

「うん、うん。なあナギ。」

「なに?」

「俺、ナギとずっと一緒にいたい。ナギとこうしてずっと暮らしたい!ずっと...!」

「え?」

「ナギ、好きだ。大好きだ!本当に。はじめて、はじめてこの感情になったから、ナギ...!」

ナギが口を開く。

「征夜!起きて!朝だよ!」


「え。」

ハッと目を開けて、時計を見ると朝7時だった。

「......。」

涙が出ていた。それを手で拭った。

「どうしたの?なんか変な夢でも見た?」

「うん、まあ。」

「征夜、夢ってのはさ、その人の深層心理が現れてるって言われてんだ。

だからもし怖い夢でも見たら、心の奥底でなにかに怖がってるかもしれないよね。」

「うん、まあ、そうなのかな。」

そしてまた素材の味だけの朝飯を食べた。


今日は土曜日だ。本来なら武道部で学校に行かないといけないが、今更なんの関係もない。

井魔戸の町はどうだろうか。朝は変わらないが、9時を過ぎたあたりから、繁華街の土日らしい

活気あふれる様相に変わっていくのだろう。

「ナギ、今日の魔法の練習は?」

「今日はちょっと無理だね。場所がない。土日だとあの駐車場も満車になるんだよね。」

「そうか。」

「私、これから"集まり"の他の子たちも起こしてくるからね。」

「ああ。」

これから暇な土日が始まる。征夜はさっそく外でトレーニングを始めた。


「優姉、起きて。」

その声が聞こえ目を覚ます。

時間は7時40分。

「あぶなっあたし目覚ましかけ忘れてた。」

「俺がいなかったら危なかったね。」

「よく言うよ。」

優と玲は下に降りる。リビングにいたのは母、愛美と父、正道。

「優、今日部活9時からだっけ。」と正道。

「うん。9時から5時までだね。」

「そっか、じゃあ夕飯までには帰ってこれそうだな。」

「え、どっか食べに行くの!」

「おうよ、焼肉行こうかと思ってさ。」

「おお焼肉!」と玲。

「ちょうど俺肉食いたくなったし、優も肉食ってスタミナつけないと!」

「ところで玲は今日なんか予定あるか?」

「俺?なんもねえよ?友達みんな部活行くし、めちゃくちゃ暇だからゲームしようと思ってたけど。」

「ゲームはほどほどにしたほうがいいぜ。そうだ、俺と一緒に笹羽の公共体育館でテニスでもやるか?」

「いいねそれ。」

そんな会話を尻目に、優は学校に向かった。

途中、舞踊部のいつもの友達も捕まえて、みんなで学校に行く。

だが今日は珍しく、同級生でバスケ部の、須沢茜しか捕まらなかった。

「茜、昨日の心霊番組見た?」

「あ、うちあれ見てない。どうだった?」

「いやめっちゃ怖かったよあれ。玲とかチャンネル変えようとしてたし。」

「そういやさ、優。誠珠の合格発表っていつだっけ。」

「12月15日あたりじゃなかったっけ確か。」

「なんだまだ先じゃん。優、ウチ受かると思う?」

「受かるでしょ大丈夫だって」

「そうだよね。ウチどうしても優と一緒のとこ行きたいから。」

「わかってるわかってる。大丈夫だって。」

そうして学校についた二人。ほかの部員たちも集まり、優も舞踊部の練習を開始する。

団体の部の一斉練習のあと、個人練習に移行する。優も通しで舞い踊る。

「優!笑顔笑顔!」

顧問の坂戸がそう言うと、優は笑顔を見せる。笑顔を意識して踊る。

「なんか最近笑顔がぎこちないんだよなあ。今までこんなことなかったんだけど。」

と不満げに漏らす坂戸。

基本的に真法舞踊は笑顔も大事である。いくら踊りや真法がうまくとも、仏頂面で踊られては、審査員の評価は低い。

ただそれは課題曲にもよる。シリアスな曲を選択したならば、あえて笑顔で踊らないというのも正解である。

「優、筋肉、筋肉!」

本来舞踊に使わない力強い筋肉が浮き出てくる。これは優が真法舞踊を始めてからずっと言われている弱点である。

細く、しなやかな筋肉で踊るのが見栄えとしても理想である。力んでしまわないようにちょうどいい塩梅で脱力する必要がある。

優は体質のせいなのか、どうしても力を出し過ぎてしまう。

そして練習の途中、

「ちょっと優、いい?」と呼び出したのは坂戸。

「どうしました?」

「優、今年のウィンターコンクールの課題曲、まだ提出してなかったよね。」

「ああ、すいません、今出します。」

「うん。」

そうして優は用紙を提出する。

「ん?この曲、いつもの優とはテイストが違うみたいだけど?」

「いや、これでいいんです。いつもみたいな曲はどうも気分じゃないんで。」

「そう、分かった。」

そうして昼休み、部員たちは別の教室に移り、ご飯を食べる。

その教室に向かう途中で、体育館を横切るそのとき。

「おい笹岡あ!!お前これいつになったら出来んだあ!!」

そんな怒号が聞こえた。

「町久また笹岡にキレてるよー。」

「うるさいから早くいこ。」

今日体育館で練習してるのはバスケ部だった。


2年1組バスケ部女子、笹岡富士。

バスケ部全員の視線は、笹岡に向いていた。怒りとか恨みとか、そういう視線。

「これ誰かミスしたら連帯責任で20周って言ったよな!約束通り全員で20周!」

「はい!」

そういって部員たちは元気いっぱいにやる気を出して走り出す。

「いっちにーさんしー!!にーにっさんしー!!」

元気よく掛け声を出しながら、全員で走る。

無論笹岡も声を出す。

「いっちにーさんしー!!にーにっさんしー!!」と。

すると同じ掛け声が部員全員から返ってくる。

部員全員の素晴らしい連帯感。誰も笹岡を責めたりしない。

「声がちいせえ!」

「はい!」

午前の練習はとっくに終わってるくらいの疲労の中、体育館20周はこたえた。

吐き気がする。もう走れない。時間の流れが本当に遅い。

そして笹岡はペースを下げて歩きかける。

「おい笹岡あ!!お前のせいでみんな走ってんのになに歩いてんだ!馬鹿!!」

そうして笹岡は動かない体に鞭打って走る。

そうして走りこみは終わった。

「笹岡お前レイアップもまともにできねえんか!!お前ひとりで先輩にも迷惑かけてんだぞ!!」

走り終えた笹岡はもう吐きそうだった。

「......。」

「謝りもしねえんかお前!!」

吐きそうな口を押えてこう言う。

「すいませんでした。」

「こういうやつがいるからウチは地区大会止まりなんかな。」

「........はい?」

と思わず小声でつぶやいた笹岡。幸か不幸かその声は町久に届きすらしない。

「もういいわ。じゃあこれから飯!40分後に再開!いいな!」

「はい!」

そうして部員たちは別教室に移動する。笹岡以外はそそくさと教室に向かう。

部員たちが食べてる中、あとから教室に入ってきた笹岡。

彼らの目線は冷たく、笹岡一人に向かう。

「あ、"小デブ"だ。」

まるで今日初めて会ったかのように、そしてからかっているかのようにそう言ったのは、須沢茜。

「よう!小デブ!」

「今日はいっぱい走ってダイエットできてよかったな。まさか自分がダイエットするために俺たちも走らせたのか?」

「あははははは。」

付き合っても無駄だとばかりに、笹岡は黙って離れた席に座り、弁当箱を開く。

「何食うの?小デブ。」

そう言って近づいてきたのは須沢。そうして笹岡の弁当箱を勝手に開いた。

「あ、おいしそうじゃーん。」

と、そういって弁当箱をとった。

「誰か弁当忘れた人いるー?」

「あ、俺忘れました。」と1年の佐藤が手を上げる。

「佐藤、これ食べていいよ。」

「マジすか!あざす!」

「お礼ならコイツに言いなって。コイツ痩せたいからご飯いらないって。」

「あざーす!笹岡センパイ。」

「お母さんもかわいそうだね。せっかく作ってもらったご飯を食べたくないって。」

そうして笹岡の机には何もなくなった。

黙りこくる笹岡に対し、他の部員たちは楽し気な声で喋っていた。

昼休み残り35分、長く感じる35分の中、笹岡は考えていた。

やっぱり、もう100回くらいは思ったことだけど、部活中の部員たちは、みんな綺麗事と嘘で塗り固めてる。

「全員で20周!」と言われたとき、部員たちは全員「はい!」と元気よく答えた。

それは部員たちに拒否権はないから。

「いっちにーさんしー!」とやる気元気いっぱいに掛け声を出して走った。

そうしないと町久先生に怒られるから。

町久先生は、私がここに入部したときから、

「バスケはチームワークと声が大事だ!」「もっと元気出せや!元気のねえチームは勝てねえぞ!」

と大声で言った。

だからみんなどんな理不尽な指示にもやる気を出した。"町久先生の前"では誰も私を責めたりしなかった。

それが先生の理想のバスケ部だから。部員たちは仮面をかぶってその理想のバスケ部を演じてるだけだ。

仮面を外せばみんなその本性を現すんだ。

「おい佐藤好き嫌いすんなよー。」

「えーでもこれ食うと吐きそうになるんですよー。」

と遠くから須沢と佐藤の声が聞こえる。

そして須沢が笹岡の席まで、弁当箱を手に持ってくる。

「はい、小デブ。佐藤のやつブロッコリーとピーマン嫌いだって。よかったねまだ食べれるところがあって。

ちゃんと残さず食べてね。」

そういって返された弁当箱の中には、ピーマンとブロッコリーだけが残っていた。

笹岡は細々とそれを食べた。

そして午後の練習が始まった。

「はい、午後は朝言った通り1対1やるからな!前言った通り緩急意識しろよ!」

「はい!」

「手本魅せるから、笹岡、ボール持て。」

「え、はい。」

「いいか、笹岡がオフェンスやるから、よく見とけ。」

笹岡と町久の1対1が始まった。

笹岡が突っ込むが、あっけなく町久に取られた。

「なんだおいさすがに論外だなこれは。」

「......。」

「いいか、これは悪い例だからな!これはもう論外だから!」

「あはははは。」

部員の笑いが少し漏れる。

「じゃあ交代、須沢、オフェンス。」

「はい。」

須沢は見事に町久をくぐり抜けた。

「そう!これ!これが大事だから!」

「じゃあこれ意識してやれよ!笹岡は、いつも通り基礎のドリブル練習だな!」

これが笹岡の日常だった。いつまで経っても基礎の練習から抜け出せない。もう2年生どころか、後輩の1年生にまで差が開いている。

お腹がすいた。だが部活は終わらない。終了まであと3時間。それがえらい長く感じる。

それでもなんとか耐えた。これ以上やったら死ぬかもしれないと、そう思いながら、生きながらえる気でやった。

そうして、地獄のような部活の時間は終わった。

「きょうつけ!礼!ありがとうございました!」

やっと終わった。やっと帰れる。

「ああ、優、まだ舞踊部終わってないのかー。」

と、須沢の声が聞こえた。

そう言った須沢を横切って帰ろうとすると、

「おいどこ行くの?まだ帰れないよ。」

そういってカバンを持って無理やり引き留めた。

「今日はどこにしよっかなー。」

「いつもの場所でいいんじゃね?」

「オッケー。そうしよ。」

そうして連れてこられたのは更衣室。そこに笹岡と、須沢をはじめとした部員男女10人ほど、3年、2年どころか1年までいる。

「んじゃ最初は真法10連発いきますか!」

「いや、今日コイツのせいで俺らまで走らされたしさー、罰として20連発でよくね?」

「オッケーじゃあ20連発!歯ぁ食いしばれよ小デブ!」

「いーち!」

そう、これも笹岡の日常。彼らは真法舞踊部でも武道部でもないが、真法自体は大体の人間が出せる。

練られてない真法ではあるが、無抵抗の人間にはこれでも十分痛い。

「あれ?茜ちゃん真法うまくなった?」

「まあちょっとねー。ほら、2か月前まで真法舞踊の授業あったでしょ。あれからうち真法ガチで練習してたんだよねー。」

「えー嘘ー。茜ちゃん真法の才能あるよー!」

「本当?ウチも高校から優と舞踊部入ろっかなー。」

そんな会話をしながら、真法は笹岡にガツガツぶつけられていく。須沢は、こんなところ優に見られたらマズいと思いながら。

「須沢先輩、もう舞踊部終わったんじゃないですか?」

「あ、確かに。それじゃウチもう行くわ。あと頼んだよ。」

ひたすら痛めつけられる笹岡を尻目に、駆け足気味で優たちと合流した。

そしてみんなと喋りながら帰り、須沢もその流れで家に帰ろうとする。

「茜、もうちょっと喋らない?」

「?いいよ。」

珍しく優に呼び止められる。そうして二人だけで話す。

「茜、もし茜が誠珠受かったらさ、」

「うん。」

「あたしと一緒に真法舞踊部入らない?」

「え!?」

「ほら、茜って意外に真法の才能あるでしょ。誠珠はそこまで舞踊の強豪校でもないし、どうかなと思って。」

「え。もちろんいいよ!ていうかうちもさっきその話してたんだよ!」

「そうなんだ。じゃああとは結果待ちだね。」

「うん、そうだね!」

「あ、そうだあとさー茜。」

「うん。」

「真法何連発の刑って知ってる?」

「...え?」

「なんか気に食わないやつとか、部活で足引っ張ってる人間を痛めつける方法らしいんだけど。」

「え?なにそれ?知らないよ!」

「だよね。これはれっきとしたイジメ。茜が知ってるわけないもんね。」

「うん、当たり前じゃん!いじめはさすがによくないよ!」

「うん、ならいいんだ。じゃあね茜。」

「うん、じゃあね。」

優は自分でも分かっている。まさに優自身もそれをやっているということ。

そして、須沢もバスケ部でやっているということ。

実際に笹岡がされている現場を何度か見てるし、その動機も知ってる。


家に帰ってきた優。彼女もまた、自分の部屋に行き、携帯をパカパカしながら考えていた。

須沢は、1年前の相田と愛伊奈のいじめ、そして現在の佐分田のいじめにも関わっていない。

あの笹岡のいじめさえなければ、潔白の人間だ。

1年前あたしは、相田をいじめた愛伊奈というクズを生き地獄に突き落とし、あの世に葬った。

相田がいじめられていて、それを誰にも止められなかったという状況を、暴力でねじ曲げてみせた。

でも茜にそれはできない。

愛伊奈は、表面上は友達の付き合いに見えただろうが、所詮ハイエナだ。クラスや部活内での地位が欲しいためにあたしに媚びる寄生虫だ。

でも茜は違う!心からの友達だから。あんな荒療治はできるわけない。

かといって、いじめを茜がしているとバレれば、誠珠に合格したとしても白紙になる。

だから、こうして釘を刺して、茜自身がやめてくれることを祈るしかない。こんな遠回しの忠告に毛ほどの効果もないと思うけど。

笹岡、もしあんたがいじめを告発したとしても、たぶん誰も信じちゃくれない。笹岡のされたことはいじめじゃないということにされるのがオチ。

それでもバレるようなことがあれば、今度はあたしが止めに行く。あんたのいじめを"なかったこと"にさせてやる。

そうしないと、茜が誠珠に行けないから。

クズだろう?あんたをいじめてる連中も、それをひた隠しにしようとするあたしも、周りの教師たちも!

それがまかり通るんだよ!それが嫌だって言うのなら...、あんたがいじめを止めたい、復讐したい、いじめる側に回りたいというのなら!

暴力で歪めてみろ!

バスケ部の連中も町久も茜もみんな暴力で屈服させてみろ!もちろん茜にそんなことをすればあたしは必ず報復に行く。

でもそのときはあたしも暴力で屈服させてみろ!

あんたにとって学校は地獄かもしれないけど、それがこのクソみたいな地獄を止めるってことだよ!世の中結局暴力だ!戦うしかないんだ!


そんな優の思いとは裏腹に、笹岡の日常に変化はない。幸か不幸か、笹岡は自宅での家族関係は悪くなかった。

だから休みの日は追いつめられることはない。日曜日はちょうど、他校との対外試合。笹岡は戦力外通告の如く、試合の日は休みになっていた。

だが問題は月曜日。笹岡は、日曜日の夜になってから、本当に学校に行きたくないという思いが強まった。

しかし明日行きたくないと言えば、子供も大人も、みな口をそろえてこう言う。

「誰だって月曜日は憂鬱だ。」

「みんな仕事や学校には行きたくない。それでも我慢して行ってるんだ。」と。

彼女自身も嫌というほど聞いた。だが笹岡にしてみれば、そんなセリフは吐き気を催すきれいごとだ。何の意味にもならない自己満の説教だ。

彼女は思った。その"みんな"というのは、私くらい苦しんでいるのか?と。

"みんな"は私のように、毎日のように学校で怒られてるのか?名前ではなく小デブと呼ばれてるのか?真法を毎日のようにぶつけられてるのか!?

そんなことを思いながら、明日は嵐が来るとか隕石が落ちるとかで学校そのものが無くならないかなと思いながら、寝た。


目覚ましの音でたたき起こされる朝。外は晴れだった。

毎日毎日、無味無臭の朝のニュース番組が耳障りだ。"ミリオンラフ"とか心霊番組を見たほうが全然マシだ。

いつも通り準備して、家を出る。

歩いてる途中に思い出されるのは負の記憶。それはついおとといの話ではあるが。

嫌な出来事というのは、実際に直面してみると、その場では案外精神的に苦しまないと思うことがたまにある。

だがいざ時間が経ったり、家に帰ってふと考えると、なぜかその嫌な出来事が鮮明に、しかもしっかりと負の感情を沸き立たせるように思い出させてしまう。

それは恐怖、トラウマ、怒り、恨み、なんであのとき抵抗しなかったんだという自分への後悔。

もう事が済んでどうしようもない時期に限って、そんなことが起きる。


この笹羽中学校という門を抜けた瞬間から、私の地獄は始まってると、笹岡は意識していた。

実際、玄関で靴を脱ぎ、げた箱に入れ、内履きに履き替えるこの瞬間から、

「おはよう、小デブ。」

と言われたのだから。

今日は全校集会がある。だから体育館に集合する。そして歌いたくもない校歌を無理やり歌わされる。


実りはぐくむ笹羽 空を見上げて

雲より降りし彤和 枯れ地を作りたり

真法を使いし彼らは 災厄を討ちて

豊かな地の我が母校 笹羽中学


広い笹羽の地よ 彤和はもういない

真法を使いし仲間と 友情をはぐくもう

この地に生まれ生きる 若葉たちよ

ともに歌い学ぼう 笹羽中学


聞きたくもない歌だ。特に2番の歌詞なんて聞いてるだけで腹が立つ。

仲間、友情、真法、笹羽の地。それらすべてに苦しめられ、地獄に突き落とされてる人間がいるというのに。

綺麗事で塗りたくってその現実を誤魔化そうとする。あまつさえそれを全員に強制的に歌わせる。

笹羽中の生徒が元気よく歌えば、それだけで世間一般の目は誤魔化せるんだろう。

笹羽中は"普通の学校"だと、一般人の大人はそう思うんだろう。いや、こんな校歌を歌わせることによって、私も含めて、生き地獄を見ている生徒たちでさえも、

この学校は普通の学校だと思ってしまうかもしれない。こういうのを洗脳っていうのか?

体育座りをしながら、笹岡はそんな考えをしていた。

そんな中校長がステージに上がり、つらつらと話し始める。

「みなさんおはようございます!今日も元気がいいですねえ。校歌も元気よく歌ってくれました!

何回も話してると思うんですけど、私はこの校歌の歌詞が大好きでねえ。歌詞にある彤和(とうわ)という疫病神を、

人々が協力して真法を使って倒す!というお話なんですね。図書館にも"笹羽伝説"という本があるのでぜひ読んでみてください。

ところで、もうすぐ12月になりますが...」

そのあとも話を続ける。その話のほとんどを、笹岡は聞き逃していた。笹岡だけじゃない、生徒のみんなも。それほど耳にタコができるくらい聞いた話だった。

そして朝礼が終わり、3年から教室に戻る。

そのとき3年のほうを見て、どうしても須沢茜が視界に入ってしまう。ひとたび見ると、恐怖と憎しみが湧いてくる。

そしていつも須沢と喋ってるのが仙道優。特に関わりがあるわけじゃないけどとにかく怖い。背も大きいし顔も整ってる。えもいわれぬ威圧感を感じる。

そして教室に戻り、授業に入る。彼女は思う。

教室の居心地は悪い。悪いに決まってる。

クラスの大半が私のことを小デブと呼んでいる。ずっとそう呼ばれ続けているが、相変わらず慣れない。こんなもの慣れるわけがない。

大半というのは、クラスの中で上下関係が生まれてるから。ヒエラルキーと言うのか?

心底気持ち悪い。会社でも何でもない、歳も同じだというのに、なぜ偉い人間と蔑まれる人間の差が出来上がる?

私がして許されないことが、そのヒエラルキーの上の人間は平然と許される。逆もまた然り。

3年生とかの"先輩"に限っても同じ話だ。小学校まで学年の上下にかかわらず、みんなタメ口で接していたのに、中学に上がった途端、歳が1つ上というだけで敬語だ。

しかも先輩の言うことは逆らうな?よくこれで"普通の学校"と言えたな!


笹岡の思いを嘲るかのように、現実は彼女を突き落とす。真面目に勉強してるのに蔑まれ、昼休みは行き場をなくし、昼休みが終わればまた蔑まれる。

特に地獄というべきはバスケ部だろう。吐き気を催すまで走らされ、ことあるごとに練習の"悪い例"として晒される。顧問の町久の許可がなければ水も飲めない。

部活が終われば先輩たちの真法を受ける。それは学校のポスターに貼られている"いじめ見逃し0運動!"に思い切り反する。

だがそんな標語は口先だけのカスだと言わんばかりに、平気で無視される。気づけば彼女は、そのポスターごと恨んでいた。

こんなカスみたいな綺麗事ポスターを貼って善人ぶってんじゃねえよと。

なんで抵抗しないのかと、何も理解できない周りの人間に限ってそう言う。

部活で死ぬほど走らされ、どんな行動するにも全力疾走。それが毎日のように起こる中で、どうして抵抗できる体力が残っていると言える?

とにかく体力を回復させようと、心も体もそれだけに集中する。動きたくても体も脳もまともに動いちゃくれない。

そんな"隙"をつくかのように、"先輩たち"は地獄に突き落とす。

「それじゃ舞踊部終わるからもう帰るね。あとよろしく。」

そういって須沢はその場を離れて帰っていった。

「俺らだけでやる?」

「いやもう飽きたからいいや。ほら、もう帰っていいぞ小デブ。」

「ラッキーじゃん小デブ。よかったな先輩が優しくて。早く帰れよ。」

このときは今日は本当にラッキーだと思った。先輩はやっぱり優しいんだと思った。


駆け足で優たちに合流する須沢。

いつも通りみんなで話をしながら帰っていた。

「そういえばさ、優。」

「うん?」

「お兄さんは帰ってきたの?」

「ああ、まだ帰ってきてないよ。」

「ええ?大丈夫なの?」

「大丈夫だよ多分、今頃誰かの家に泊ってるのかな。」

「お兄さん、ヤンキーだったりしない?」

「そんなんじゃないよ大丈夫だって!それよりさ茜...」

周りの人間は心配していた。それは玲も同じ。心から心配していた。

優が家に帰ると玲がいた。そして母、愛実も。

「え、まだ来てないんですか?」

「はい、はい」

と愛見の電話が聞こえる。

「ただいま。」

「おかえり、優姉。」

「征兄は...いないよね。」

「いないよ。大丈夫すぐ帰ってくるって!」

「そうだね。」

「優姉、今日ミリオンラフあるぜ。」

「あ、そうじゃん。」

「今日ヒデカワ出るぞ。"なんでだよおおお"ってやつ。」

「ああ、あれね。あの"いじられキャラ"ね。」

「てかもうすぐ始まるじゃん!」

「いや、あたし宿題やるから。悪いね。」

「え?おう。」

そして自分の部屋に行き、時計を見ると午後7時ちょうど。

優はまた携帯をパカパカしながら考える。


"100万の笑いをお届けするミリオンラフ!今日のおバカなチャレンジャーはこいつらだ!"

「征夜!ミリオンラフ始まったよ!」

「ああ、そうか。」

気のない返事をする。

「征夜、お笑い嫌い?」

「嫌いじゃないけど、俺は遊びに井魔戸に来てるわけじゃない。笑いも、楽しさも必要ない。」

「そっか。」

「悪いな、ナギ。」

征夜の"魔法"の練習は順調だった。少なくとも本人は、魔法が体に染みついていくのを確かに実感していた。

もう魔法だけで人を殺せる。確実に殺せる。だがもう少しだ。もう少し練り上げれば、即死ではなく、上手く加減してなぶり殺し

もできる。そうなれば、俺が今まで無抵抗に与えられてきた苦痛がどんなもんか、あのクソどもに味わわせることができる。

「征夜、ご飯食べよ。」

「ああ。」

「はい!いただきます!」

ご飯を食べて、風呂に入って、寝る。合間合間の暇な時間はテレビとかチラシとか見ながら、学校の勉強もしながら潰した。

もう学校も家も行かないのになんで勉強道具を律儀に持ってきたんだと自分でも不思議がったが、暇つぶしのためだと自身を納得させた。

寝ている間に思い出されるのは、やはり負の記憶。今まではこの記憶が"トラウマ"となり苦しめられていたが、今は違う。

怒り、恨み、躊躇なく復讐で嬲り殺すための心の糧となる。

その記憶の中では、征夜は笹羽中の生活の中で苦しめられていた。勉強では教師に罵られ、武道部で好成績を出そうが大して褒められず報われず、

一番最悪なのは一方的に罵られ、暴力を受けたこと。教師に言おうが一切認めなかったが、あれはれっきとしたいじめだ。

なぜあのとき俺はなんの抵抗も報復もしなかったのか。それはあのクソ親父に首根っこを掴まされ身動きが取れなかったから。

それともう一つ、武道部、帰ってきてからあのクズによる"練習"。毎日毎日疲労困憊でろくに寝れない状況の中で、

抵抗しよう、報復しようという判断ができるほど頭が回らなかったし、報復できる体力も残されてなかった。体も脳みそも疲労困憊で、

あの場では全く動かなかったんだと今になれば思う。でも今は違う!体力も判断力も全開で、精神的な躊躇もなくなっている。

そんな万全の"最強"が笹羽に戻ったらどうなるか骨の髄まで教えてやる!


翌日、征夜は特に何の変哲もないルーティンを繰り返す。井魔戸に来てからの最近のルーティンというのは、まず朝起きて、準備が終わったら体力トレーニング、

そして一日中魔法の練習。ナギは他の"集まり"に顔を出す都合もあるから毎回いるというわけではないが、それでも一人で自主練、イメトレをしていた。

この日をもって魔法をほぼ使いこなせていると実感した征夜は、復讐の決行日を明日と決めた。


そして翌日となった。征夜にとっては待ちに待ったというべきか。はじめて、はじめて人殺しをする日。

ナギは日常のように淡々と朝ごはんを作っている。征夜自身、独特な緊張感は感じていたし、その緊張感は外からでもなぜか感じられた。

「征夜、なんかするの?」

「ああ、"なんか"する。」

「そっか。」

ナギはそれ以上聞いてこなかった。

決行時間は午後7時と決めていた。

笹羽中には、高校進学にあたって独特な伝統があった。笹羽中を卒業する生徒は、年末の学力テストで及第点さえ達すれば、笹羽高校にエスカレーター式に上がることができる。

これを逆手に取れば、わざわざ受験をして別の高校に進学する少数の生徒さえ把握できていれば、残りは全員笹羽高校に進学しているということになり、狙って殺すのは容易だということ。

笹羽高校において、部活をやっている人間の下校時間はだいたい7時かそれ以降だと征夜は把握していた。

征夜は支度をする。普段部活で使っているバッグにものを入れる。それは体操着ではなく凶器。買ってきた包丁、ナイフ、トンカチ、ペンチ。

魔法だけでも十分殺せる自信はあったが、万が一魔法が機能しなくなった時に備えて、また少しでも多く苦しめ、痛めつけるために入れた。

午後5時になると、征夜は自転車で笹羽に行き、とある空き倉庫の前で停めた。そう、征夜はまさにこの空き倉庫に恨みのある生徒を拉致し、嬲り殺しにするつもりだった。

空き倉庫と言っても近くに他人の家が一応ある。だがそこは空き家。それどころか周辺のボロ家も空き家だ。この倉庫で泣こうが喚こうが誰も構いやしないということを、

他ならぬ征夜が知っていた。彼はこの倉庫を見ると、この場所自体への嫌な思いも湧いてくる。

中学まで、俺はあの真法武道部のカスどもに、帰り道毎回ここに連れてこられ暴力を振るわれた。いくら助けを求めようが誰も来やしなかった。

この場所はちょうどあのカスどもの帰り道の導線上にある。笹岡高校に行こうが帰り道のルートは同じで、必ずここを通ってくる。

俺がやられた分以上の苦しみを味わわせ生き地獄に突き落として嬲り殺しにしてやる!

そんな思いだった。

遠くから声が聞こえてくる。聞き覚えのある声。散々口汚く罵られた耳障りな声。

6人が歩いてきた。仲良く喋りながら。その6人こそ、征夜の言うカスどもだった。

人をあれだけ苦しませておきながら、全く気にしてない様子で談笑する彼らを見て、ますます殺したくなった。

征夜の顔は憎しみに歪んでいる。そして6人に向かって走り出した。手には氷の棒切れを持っている。

「おい後ろ!」

6人の誰かがそう言ったころには、すでに征夜は振りかぶっていた。

そして氷の棒を頭にフルスイングする。ガンッ!という鈍い音が鳴り、6人とも滑るように吹っ飛ぶ。氷の棒は砕けた。

「はあ!?なんだよ!!」

「どの面下げて歩いてんだお前らあああああ!!!」

そんな大声とともに手に持ったナイフを倒れた一人の顔に突き刺した。

最初は顔のど真ん中、鼻を突き刺し、また振りかぶって両目、頬、口とグチャグチャと突き刺した。

「死ねや!なあ!カスどもがあああああ!!!」

「頭おかしいんかコイツ!誰だよお前!!」

隣の立ち上がった人間にすぐさま締め技をかける。ものの2秒で片足が折れる。

「ああああああああ!!」足からの強烈な激痛に悲鳴が上がる。

「頭おかしいのはてめえらだろうが!!おい!!なあ!!」

「おい何考えてんだお前!!」

「あ、分かったぞお前征夜だろ!!何考えてんだてめえカス!!」

「こっちのセリフだわボケが!!!地獄に落ちろやクズどもがあ!!!」

6人のうち一人が真法を全力で放つ。それはいとも簡単に弾かれる。

逆に征夜がお返しと言わんばかりに真法をありったけぶっ放しぶつけた。

「ああああああああああ!!」

「おめえ征夜調子乗んなや!!!」

「おめえが調子乗ってんだろうがや!!!」

そういってその足を片手で掴んで逆さにし、そのまま頭からコンクリートに叩きつけた。

ゴシャッという音とともに、頭が半分くらいえぐれた。

「おいまだ終わってねえだろうが!」

そういって6人全員の手足をへし折った。二人ほどうんともすんとも言わなかったが。

まだうるさい4人を抱えて倉庫に放り投げる。

「今更なに噛みついてきてんだボケお前!」と一人。

「田中と斎藤殺したんか!?俺らのことも殺すのか!?やってみろやオイ!!」ともう一人

「なになに逆恨み?あ、俺らにいじめられてきたから今更復讐に来ましたーってか?ネチっこすぎるだろお前!」とさらにもう一人。

「あはははははははははは!!」

「どこが逆恨みなんだオイ!!なあ!!!!」と征夜。

そういってトンカチを取り出し、一人の目に横殴りで振るった。

「ああ!はあ!あえ!?」

目玉がひしゃげて明後日の方向を向いた。

続けざまに指も叩き、逆方向にへし折れた。

「あああああ!!」

「なあおいやめろって。な?俺らただ遊びでやってただけじゃんか。お前も楽しんでだろ?なに大げさになってんだよ。」

「そうだよ、なんでちょっと"いじってただけ"なのに人殺しまでしてんのお前。」

「"いじってた"だけだああああ!!?」

手に持ってたトンカチでその顔を殴った。

「なんだいじってただけって!!なあ!!?遊びでやってたのはおめえらだけだろうがやゴミクズがおい!!!なあ!!!!」

ひたすら殴った。顔が顔とも言えないほどべこべこになり、頭を殴れば殴ったところが大きくへこみ、血と"白いもの"が飛び散った。

「また殺したなお前!!たかだか"いじり"程度で頭おかしいんか人殺し!!」

「おめえら二度と喋んなや!!おめえら人とも思ってねえわ!!二度と息すんなあ!!!」

そう言って征夜は大きな炎を放った。それは魔法の炎だ。

3人が反射的に水の真法で防御するが、ジュワッという音とともに水蒸気を出すものの、炎は全く止まらない。

「あああああ熱いいいいいいい!!熱いいいいい!!」

「征夜ああああああ!!殺したるううう!!許さねえええええ!!」

「助けてええ征夜あああ俺が悪いからああああ!!!」

「オイどうした!!ああ!?殺してみろやっつったよな!?お望み通り殺してやったぞ!!ゴミが二度と喋んなや!!

おいどうした!?俺は頭おかしいんだっけか!?頭おかしいんならどこがおかしいか言ってみろや!!頭おかしいのはお前らだろうが!!おい生ゴミが!!言い返してみろや!!

言い返せねえんだろ!?なにが"いじり"だって?なあ!?じゃあこれもいじりだわ!!笑えや!!なあ!!笑いもんにしたるわ!!!」

焦げた焼死体に向かって恨みを叫び続けた。その人型の焦げカスはうんともすんとも言わず、征夜の声だけが倉庫の中に響いた。



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