上1

征夜は行きたくもない学校に向かう。自転車で片道20キロ。風は向かい風で前に進まない。スピードが出ない。

学校に行きたくないのか、それとも家にいたくないのか。征夜にはどちらなのか決められなかった。

眠さはない。自転車に乗ってる間は。だが授業になった途端恐ろしい睡魔に襲われるのだろう。

それは耐える耐えれないの話ではない。例えば何らかの病気で突然失神したとき、それは"失神するな、耐えろと"言える話なのか?

それと同じことだ。だが教師どもはそれが"寝る"という行為だけで、不真面目だと非難する。

そもそも毎日8時間以上寝れるわけではない。あのクソみたいな"練習"のおかげで睡眠時間も削られる。

一日3時間しか寝ないということは世間一般から見て不真面目なことだ。ヤンキーのすることだ。

だがヤンキーの一日3時間しか寝ないというのは、せいぜい夜遊びやゲームで夜更かししてそうなったということ。

俺の要因とは全く別物。なのにだ、教師どもはそれを全く同じ原因として一概に決めつけ非難する。殴る。

自分たちは"正義"で、不真面目なヤンキーが悪いんだと決めつけそういうことをする。

こういうのを、大義名分というのか?

今の今まで、この虐待みてえな練習を教師に言ってきた。小学校、中学校、高校とすべて。

だが教師の反応はいたってこうだ。

「何言ってんの。そんな練習お父さんがするわけないでしょ。」と。

よしんば

「一応両親に確認を取ります」とか言った上で、

電話で、もしくは3者面談という形で直接クソ親父か母親に確認する。

「こんな練習を強いられてるって征夜君本人が言ってるんですけど。」と。

当然二人とも否定する。笑顔を張り付けて明るく。

「まさかそんなわけありませんよー、ごめんなさいねうちの子たまに変なこと言うみたいでご迷惑をおかけしてしまって。」と。

教師も本当に馬鹿だ。虐待している本人に対して「あなたは虐待してますか?」と聞いて、「はい、虐待してます」と返ってくると思うか?


そんな考えが征夜の中を張り巡らせる。自転車で登校してる間ずっと。

そうして学校につき、教室のドアを開ける。

「おはよう!"最強"。」

「あ?」

「ああ?」

その最強というニュアンスに、褒める意思は一切感じられない。からかってるだけだ。

まるで最強という肩書が幼稚であるかのように。


そして今日も寝る、叩かれる、怒られる、からかわれる、これの繰り返し。これが毎日の学校生活のすべて。

いや、すべてではない。たまに、たまにだが褒められる。それは問題を答えられたとき、

武道部で試合に勝ったとき褒められる。からかってるやつだってちょびっと談笑したことがある。

だから、学校生活のすべてが虐げられてる毎日だと断言することはできない。

家でも、24時間虐げられ続けていると断言できない。たまにだが親父にも褒められる。それはあの"練習"の

ときも、誕生日のときにも、どこか高そうなケーキ屋の、高いショートケーキを買ってきてくれた。

だから...一概には...言えないのか?一概には

「征夜あ!!」

体がビクッとなった。

時間は午前9時40分、2限、地理。

クラスメイトの視線はすべて征夜に向けられている。

「さっきからなにボーっとしてんの?」

「ぼーっとしてるくらい余裕あるならさっき言ったこと分かるわよね。」

「チリってなにが盛ん?」

「チリ?...バナナ?」

「ぎゃははははははは!!」

「バナナなわけないでしょ。ぶどうねぶどう。置いてかれても知らないからね。」


授業に集中する、そう、授業に集中することで、いったんは考えずに済む。

考えずに済むのが良いかどうかはさておき、今日はその方向で切り抜ける。

そうして、長い一日を切り抜けた。やりきった。今日は武道部が休みだから、下校の時間だ。

征夜はまた自転車をこぎながらまた考え事をしていた。

一日一日というのは本当に長い。よくドラマや映画なんかでは、軽々しくあれから何年後とか使う。5年後、10年後だったりと。

だがその5年10年という年月が、どれほど途方もなく長いのか。例えば俺の5年は、クソ小学校卒業、クソ中学卒業、そして今に至る長さ。

最低あと2年はこの地獄から逃げられないと思うと反吐が出る。その2年はどれだけはてしなく長いのか。

確かにこの長さで、自分を取り巻く場所、環境と言ったらいいのか。それは変わっていると言えば変わっている。

少しだけ仲良くなる新しい友達、新しいカス人間、新しい担任。

だが本質的なところが何も変わってない!結局どんなときでもどんな場所だろうが、カス親父の"練習"は続き、そのせいで寝不足にもなり、

教師に怒られ、ときには叩かれ、クラスのカスどもにからかわれる。それが変わらない!

なにが"最強"だ!その最強でなにが報われた?最強ならすべての障害障壁を跳ね返す。

俺をからかうようなカスは睨んだだけで黙らせる。最強とはそうあるべきだ。

そうしたことは何回かあった。はじめてやったのは中2のとき。

ようやく実力がついたというときに、悪口言うカスに対して真法をぶつけてやった。ありったけ。

だがそれがクラス中で大問題になり、クソ担任によってクソ親にまで連絡された。

あの夜のクソ親父のやったことは一生忘れない。

俺がやった100倍もの真法をひたすらぶつけてきて、無条件に殴られ続けた。しまいにゃ井戸に放り投げて蓋までされた。

本気で全員殺してやりたいと思ったあの夜は、忘れない。


家に帰って手を洗ってすぐ寝る。そして起きたのは午後10時。

リビングに行ってすぐ夕飯を食べて風呂に入る。だが父親の姿は見当たらない。事故って死んでくれりゃいいのに。

だが玲の姿もいない。珍しいことだ。

そう言いながら階段を上がると、玲の部屋から、優が出てきた。

「え?なんでお前が?」

「よお、征兄、いま眠くない?」

「なにするんだ?」

「夜更かし」

そうして電気をつけて、ゲーム機を起動した。

「親父と玲はどこいった?」

「父ちゃんは仕事で明日まで帰ってこない。玲は友達んちでお泊り。」

「ああそうか。」

「ところでキミ、これで私に勝てる?」

「闘龍3か。だいぶやってなかったな。」

「だが夜更かしさせたこと後悔させるくらいボコボコにしてやる」

"K.O" 負けたのは征夜。

「あれ?口ほどにもないねー。」

「くっそ。」

不思議と敗北感はなかった。負けたからイラつくとか、そういうことも一切なかった。

「なあ、優。」

「ん?」

「もし、もしだ。もし殺したいほど憎いヤツがいたとき。...目の前にいたとき、優はどうする。」

「...。ふ、なにそれ。分かった闘龍で負けたから私が嫌いなんでしょ。」

「そうじゃねえよ。」

「ふ、そうだね。私だったら...、殺すよ。いじめ抜いて、自殺まで追い込む。...でもそれは、格下にしか通用しないよ。」

「...そうか。」

「よし、そんじゃ第二ラウンドいくかー!」

結局寝たのは午後2時だった。


そしてまた学校に行く。向かい風が自転車の邪魔をする。スピードを出させない。いつまで経っても追い風なんて来ない。

そしてまた考え事をしていた。

昨日、いや今日の優とのゲームは楽しかった。あれがあるから、もう少し学校とか"練習"とか耐えようかなという気持ちに一瞬だけ

されてしまう。だが今までもその気持ちで何回も何十回も踏みにじられてきた。

テレビではこう言う。人生山あり谷あり、波乱万丈と。だが山あり谷ありの一般的なイメージとしては、7割がいい出来事、3割が悪い出来事

となるはずだ。波乱万丈も同じ。だが俺は悪い出来事が9割、いいことが1割の割合だ。いやいい出来事1%の割合か。

暇な人生より波乱万丈の人生のほうがいいとか、テレビで言われているところの"一般人"の考えが理解できない。

地獄を送ったことが無いからそんな甘いことが言える。そんな"一般人"と俺の人生を交換したら、そいつは不幸に耐えきれず自殺するだろうよ。

そうして学校につく。教室のドアを開けて椅子に座る。

1限の授業は数学。今日は眠気がない。授業中に一切寝ることもない。

「お、征夜今日は寝ないで授業受けれてるじゃん。感心。」

「じゃ、この問題分かるか征夜。」

「外接円の半径R...4ですか?」

「そう、正解!やればできんじゃーん!そう、ここは正弦定理でまず...」

そうだ、頑張ればこんないいことだってある。だから...だからいいのか?このままでも...?

1パーにも満たない幸せ。これのためにいつ終わるのかもわからない地獄をこの先もずっと?

チャイムが鳴る。

「おし、じゃあここまで!春原!」

「....起立。」

「礼。」

「ありがとうございました!」

教室が一気に騒がしくなる。

トイレに行こうと席を立ち、廊下に出る。そして誰かにぶつかった。

「ああ、悪い。」

ぶつかったのは春原渋太郎(はるばらしぶたろう)。そして取り巻きが3~4人。

入学当時から思っていたが、ヤンキーで不真面目な男だ。

「おいちょっと待てよ。」

「え?」

予想外の返答に戸惑う征夜。

「1限のときから思ってたけど、なにジロジロ見てんだよ。」

「見てねえよ」

「見てただろ?」

見てたのか?いや正確には今日の1限とかじゃなく、毎日ことあるごとにチラチラ見てた気がする。

遅刻常連、成績は一切なし。学校も昼頃にはバックレる不真面目野郎。

俺もことあるごとにこいつと同類に扱われてきた。真面目に精いっぱい授業受けてるつもりなのに。それが腹立って見てしまっているかもしれない。

「いいって春原落ち着けって。」

取り巻きの一人がなだめる。

「いいか?一回ならまだしも、次変な目で見たら承知せんからな。」と春原。

「もう行こうぜ。」

取り巻きがそう言うと、教室に戻っていった。

しかし今日は珍しく、全体的に勉強の調子が良かった。眠気がないのもあるのだろうか。

特にこれといって怒られることも叩かれることもどうにもならない山場にぶち当たることもない、ごく平和な1日だ。

世間の言う"普通の学生"、"一般人"はこんな生活を毎日送っているんだろうか。もしかしたら玲も...。

部活を終えて、珍しく追い風の中自転車をこぎ、玄関のドアを開ける。

「おかえり、征兄」と玲。

「おう。」

またあのクソ"練習"の時間がやってきた。倉庫に行き、まずは馬鹿みたいな量の真法をずっと受ける。

だが今日は調子いいのか、15秒はもった。

「おい征夜調子いいじゃねえか。最高記録更新だ。この調子で行こうぜ。」

褒められた?

「今日はダッシュはいいや。試合やろうぜ。」

言われるがまま試合をした。疲れてる状態じゃなかったからありったけの全力を出せたが、それでも真法、

技、格闘においてすべて敵わなかった。すこし持ちこたえたが、結局ボロボロに負けた。だが、

「おい征夜成長したな。俺との試合ちょっとばかしだが耐えれてんじゃねえか。」

また褒められた?

「今日は井戸もいいや。お前も毎回毎回突き落とされるの嫌だろ?」


初めてか?いや久しぶりかもしれない。ここまで褒められたのは。

いや、だから、俺が悪いのか?5歳のころからこんなカスみたいな練習をさせられ、

その過酷さは俺が年齢的に成長するごとにどんどんエスカレートしていったが、俺が試合で負けるから悪かったのか?

はじめの頃から、5歳の時から試合で勝ちさえすれば、こんな事されずに、褒められて練習できてたのか?

親父も母親も、ここまでクソじゃなかったってことか?

今までこのクソ"練習"とクソみてえな学校に行かされるたびに、逃げたいと思った。そして中2のあの日以来、逃げられなくてもいいから、

俺を苦しめたやつを全員ぶっ殺してえと考えるようになった。だが違うのか?俺の見てる世界が間違ってたってことなのか?


そんなことを考えながらベッドについたのはちょうど日が変わった午前0時00分だった。


起きたのは朝5:30。窓を叩きつける雨。そして雷。昨日とは打って変わって天気からして最悪だった。

これだけで学校に行きたくなくなる。だが行くしかない。

傘を差しながら自転車を無理やりこぐ。風は向かい風。しかも普段よりも強い向かい風。

歩いたほうが速いんじゃないかというくらい進まない。

だからもう自転車は押して走ることにした。本末転倒な話だが、スピード的にはまだマシだった。

真波斗高校は携帯禁止だ。しかも征夜は腕時計さえ持ってないために時間が全く分からない。

だがなんとなくわかる。このままのスピードだと確実に遅刻すると。

雨が冷たい。風も不愉快で、呼吸を阻害する。だが一切の休憩も許さず、走り続けるしかない。

こんなときも、触れたら消える真法なんざ何の役にも立たない。

どうか遅刻しませんようにと、それか遅刻しても許されますようにと、走りながら神に祈る。

今まで散々地獄を見てきて、散々不幸な目にあってきたんだから、こんな時くらい神が微笑まないと釣り合わない。

もはや傘が意味を成していない。制服も髪もびしょ濡れになりながら、学校について時計を見ると8時45分。

始業時間が8時00分だから大遅刻だ。1限も始まってる。

せめて遅刻しても許されますようにと、神にひたすら祈る。

祈りながら教室のドアをガラッと開けた。クラスメイトの視線が一か所に集まる。

無論教師も。三ノ上だ。

「.....。」

「おい征夜、まずは言うことがあるんじゃねえのか?」

「すいません。」

「ああ?」

「遅刻してすいません。」

「お前さ。」

「50分近くも遅刻してどういう了見だあ!!」

そう言って三ノ上はプリントを投げつける。

「すいませんじゃすまねえだろ!?しかもなんだお前びしょ濡れでよお!!それで教室入ってくんなや!!」

三ノ上は10分ほど怒鳴り続けた。征夜が席につけたのは1限が終わったあとの10分休憩だった。

クラスメイトの視線は征夜に向けられて、ひそひそ何か言ってる。直接見なくてもなんとなくわかる。

神に祈ろうが、どれだけ不幸を重ねて地獄を見てこようがなにも変わりはしなかった。

不幸にあったところで、その分幸運が待っているとか、そんな綺麗ごとは現実になりゃしなかった。

いやむしろ....。

「おい征夜。」

春原だ。

「ん?」

「んじゃねえよ。二度目はねえって言ったよな?」

「二度目ってなんだよ。」

突然征夜の襟をつかみ上げる。

「次見たら承知せんからなって言ったよな俺!!」

「お前見たよな!三ノ上に怒られてるとき!」

そうだ、確かに見ていた。

「ああ、悪かったな。」

「悪かったじゃねえだろうがお前!」

春原が分かりやすくこぶしを振り上げる

反射的に征夜は右フックを打った。春原の顔面に。

たまらず春原は手を放す。

「てめえ手ぇ出しやがったな!」と春原。

「何言ってんだ先殴りかかってきたのはそっちだろうが!」

教室がざわつく。気が付けば征夜と春原の周りには一定のスペースがあった。

たとえ喧嘩しても周りが巻き込まれないくらいの。

「なんで不幸が立て続けに起きるんだあ!!」と征夜が心から叫んだ。


春原が突っ込む。そして振りかぶってパンチを打つ。

征夜はそれを頭を屈ませてかわし、抜群のタイミングで膝蹴りを腹に撃つ。

それをもろに直撃させ、ひるんだ春原の後ろに回り込み、首を絞めた。大概これでタップして終わる。

案の定春原はタップした。征夜が離す。だが春原が征夜の足を掴む。

征夜が後ろに倒れる。だが征夜はそのまま足で春原の首を絞める。

これも春原はタップする。征夜が足を話すと、今度は無理やり殴りかかってきた。

それを征夜はかわし、距離をとる。

「馬鹿かお前殺す気か!?」と春原。

「お前こそタップしてんのになに攻撃してんだアホが!」

「そうかよじゃあこれ使うわ。」そういって春原が出したのは真法。

基礎中の基礎である炎魔法だ。春原がそれを一直線に飛ばすが征夜に当たるわけない。

「あ、そうそれ使うのか。じゃあこっちもやるわ。」

そう言って征夜が炎、水、雷、氷をめちゃくちゃに飛ばした。

ド素人相手だから威力もかなり手加減してるし、考えなしに適当に飛ばしてる。

だが春原がこれを受けれるわけもなく。

「うぐうううううっ!!」

痛みだけが春原を襲う。

どっかの誰かがやったみたいに、本人が耐えれなくなるまでこれを延々と続ける。

「ぐうっ!てめえ!」

そう春原が言うと、それに呼応するように強風が一瞬吹いた。

強風は征夜の真法に逆らうように吹き、征夜の髪と、後ろのポスターを強くなびかせた。

「うお!」と周りの生徒も少し驚く。

「え?」

少し驚いたのは征夜だった。無論この程度で真法が止むわけないが。

「あいつの後ろ窓開いてたっけ。あとで閉めるか。」と周りの生徒が話す。

痛みの雨が横殴りに降るように春原に襲い掛かる中、1分が経過した。

しかしその時間を破ったのは教師だ。2限の担当教師。

「ちょっとあんたらなにやってんの!」

征夜は真法を中断した。

「あとで担任の先生に報告しますから、とりあえず2限やります。全員起立!」

意外にも普通に始まった2限のなかで、征夜はずっと気になってることがあった。


春原の後ろ、いやそれ以外のところも、この大雨のなか、窓は開いていなかった。


授業が終わると、春原が征夜に話しかけてきた。

「よお、さっきは悪かったな。」

「ああ、俺も悪かったよ。たしかにジロジロ見過ぎてた。」

あれだけ喧嘩した後だから、謎に爽快感のようなものがあった。

その爽快感が、二人のわだかまりを解いてくれた。

「なあ、さっきの風はなんだったんだ?あれお前が出してたよな。」

「さあ。」

「もしお前から出してたらタネを教えてもらいたいくらいだよ。」

「はっ、あんま調子乗んなよ?」

「は、そうかい。」

結局征夜の質問にはいともいいえとも答えなかった。


昼休みが始まったその直後、すぐに担任の佐藤が来てこう話す。

「征夜、春原ちょっと廊下まで来てください。」

そうして3人は廊下に出る。

「聞きましたよ。2限が始まる前に二人で派手に喧嘩してたって。なんでそんなことしたの?」

「先生、それはいいっすよ。もう征夜とは仲直りしたから。なあ征夜。」

「ああ。」

「あのね、そういう問題じゃないの。なんでそんな喧嘩になったかって聞いてるの。」

「なんで...まあそうっすね、征夜がこっちをジロジロ見てきたんで、それで俺がカッとなって襟掴んだからっすね。でももういいっすよ。」

「征夜、そうなの?」

「はい、まあ俺がジロジロ見たのは事実ですし、春原が襟掴んだのも事実ですけど、もう大丈夫な話なんで。」

「征夜は征夜でなんでジロジロ見てたの?そもそもね...」

「佐藤先生、お電話です。」

「はーい、今行きまーす。」

なんともちょうどいいタイミングで佐藤は説教を中断した。

「征夜、いまだ、教室に行ってカバンとって来い。」と春原。

「え?なんで?」

「外で昼食いに行くぞ。多分今日は学校に戻ってこれねえだろうから今のうちにカバン持ってこい。」

唐突かつ、感覚が違い過ぎて征夜には理解できなかった。

「え、え、あ、なに?どういうこと?冗談だろ?」

「冗談じゃねえよ!ほら!佐藤が戻ってくる前に行くぞ。」

征夜は戸惑いながら、カバンを持って春原についていった。気が付けば学校を飛び出し、中心街である井魔戸市に向かって自転車をこいでいた。

「おいまさか昼食いに行くために井魔戸市まで行くのか!?」

「そうだよ。俺ら毎回そうしてんだから。」

たしかに車で30分という距離の井魔戸市に自転車で行くとなると、片道だけで昼休みがつぶれる。

昼行ったっきり帰ってこないのは説明がつく。

だが非常にまずいことをした。常連の春原はともかく、無断で学校抜け出すなんて本来ありえない行為。明日なんて言われるか分かったもんじゃない。

「井魔戸市まで行って何食うんだ?」

「え?」

「井魔戸市まで行って何食うんだ?」

「ファミレス。」

「おい毎回井魔戸市のファミレスまで行ってるってことかじゃあ。」

「いや毎回じゃねえ。金がねえときは駐車場とかスーパーで弁当食う時もある。」

「なんでわざわざ井魔戸まで行くんだ?笹羽にもファミレスもスーパーもあるよな。」

「こっちにも事情ってもんがあるからよ。まあ井魔戸のほうが"集まりやすい"ってのもあるな。」

「集まりやすい?なにが?いつもお前と一緒にいるあの3人がってことか?」

「いやちょっと違う。まあ、この話は今度しようや。」

井魔戸までまだ遠い。

「なあ、なんで今日は俺を誘ったんだ?」

「佐藤の説教めちゃくちゃ長くなりそうだからな。昼休みが丸々潰れちまうかもしれねえし。」

「それならお前だけ抜けるってこともできたはずだぜ。なんならいつものあの3人も連れてよ。」

「確かにそうかもしれねえな。なんでだろ。細かい理由とかねえけどよ、俺なぜかお前と飯食いたくなった。」

「あとお前、学校に行きたくねえだろ。」

「....。」

征夜の心を読み取ったかのような一言に、思わず黙りこくる。

「少しでも学校にいない時間ができるってのは、お前にとっても悪い話じゃねえと思ってよ。」

「まあそうかもしれねえな。」

「ところで征夜ってさ、好きな歌手とかいるか?」

「好きな...歌手?」

「俺さ、KASTOVって奴の曲が好きなんだよ。HIPHOPな。お前は?」


そんな話をしながら井魔戸市まで自転車をこぎ、ファミレスに入っていった。

「俺決まったわ。征夜どうするよ。」

「いや俺は後ででいいや。そもそも持ってきた弁当まだ食ってねえし。」

「じゃあここで食えよ。」

「え?は?」

「別にここで食ってもいいだろ。」

あまりの常識の無さ、いや常識の違いに困惑する征夜。ファミレスに来て母親の作った弁当食うやつがいるか?

「いや俺もなんか頼むわ。パンでいいや。」

待ちながら話をする。

「征夜さーそういやお前母親の弁当なんだよな。ちょっと見してみ?」

「え?うん。ああ。」

「おお結構豪華じゃん。いいなあ俺親の弁当とかあんま食ったことないんだよね。」

「だからいっつもファミレスとかコンビニで食ってるってことか。」

「そう。あとは"集まり"の関係でどうしてもそこで食うってこともある。」

「さっきから言ってるけど"集まり"ってなんだ?」

「それは今度話すっつったろ。」

そのあとも飯を食いながら会話した。ここまで話して思ったのは、春原は意外と話が通じるし、意外とマトモだなということ。

今までヤンキーだと目の敵にしてたが、征夜がこれまで接してきた人間、征夜の言う"カスのような人間"よりか、よっぽど話が通じた。

こうして飯を食った後も店に居座って話続け、店を出て時計を見ると午後3時55分。

「もうこんな時間か。」

「おう、征夜。意外と楽しかったぜ。またいつでも行ってやるからな。なんなら明日でも。」

「ああ。考えとく。」

そうして征夜は自転車にまたがり、笹羽に戻る。

確かに今更学校に戻っても意味がない。このまま家に直帰する。


家に帰った征夜を待っていたのは、正道の暴力だった。

「なにやってんだやお前え!!!」

玄関のドアを開けてそうそう玄関で待っていた正道に本気で殴られ、蹴られ、ありったけの真法をその場でぶつけられた。

玲や優がまだ帰ってきてないのをいいことに。

中2のあのときのように、倉庫まで髪を引っ張られ運ばれ、征夜の100倍もの真法をぶつけられた。殴られ続けた。

そして井戸に放り投げられ、蓋をされた。

暗い井戸の中、壁の突起に指をかけて登る。涙を流しながら。


あのファミレスに行ったことは正直楽しかったが、

だが、その楽しみも今までの人生の中の1%未満の楽しみでしかない。

残りは不幸と地獄で満ちているんだ。

そう、たとえどれだけ不幸を重ねようが、どれだけ地獄を見ようが、その境遇を神は見てくれているとか、不幸の数だけ後に幸運が待っているとか、

そんなもんは一切ない。むしろ不幸が一度起きれば、連鎖するように不幸が重なる。立て続けに起きる。

だから、一回の"楽しい出来事"で嬉しくなるようじゃダメなんだ。その幸運の次に不幸は起きる。

幸運は連鎖しねえし、不幸のあとに幸運は訪れない。だが逆は平気で、ある。

そうだ、いま思い出した。俺にとって一番大事なことを忘れてた。

もう不幸な目にあいたくないだの、幸運を増やしたいだの、そういう思いはもう捨てていいと、前から思っていたんだ。

その代わりに、殺す。あの中2の出来事のときから、心に誓っていたんだ!今まで俺を地獄の目に合わせてきたカスを全員殺すって!

「グスッゲホッ、殺してやる...、殺してやる、殺してやる!殺してやる!!殺してやるぅあああああああ!!!」

涙ぐんだ声で怨嗟を叫んだ。その声は真っ暗な井戸の中に響き渡り、外に出ることは一切なかった。










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