Head quarters

shoot k

雨だった。夜に月明かりもささないような暗い空。古いアパートの軒先で、ドアから漏れる光。そこから二人の声が聞こえる。

「お誕生日おめでとう!」と。「今年で何歳になった?」「21歳!」と。そんな男女の声が聞こえる。

耳をドアに貼り付け、その声を聞く少年。笹峰玲(ささみねれい)4歳。ドアの向こうの男女は紛れもなく玲の両親だ。

その20分前、玲と両親はこんなやりとりをしている。

「今日はちょっと特別な日なんだわ。なんだかわかる?」

「ママの誕生日でしょ」

「お、正解。でも今日はどうしてもさあ、二人だけで祝いたいんだよな。」

「だからさ、ケーキは食わせてやるから、いつも通りしばらく外出ててくれない?」

「うん」

玲の4年間こんなことはしょっちゅうだ。ちょっと用事あるから外出ててくれない?とか、逆にちょっと用事あるから出かけてくるわ

と外出し、日が変わっても帰ってこなかった日もあった。

そんなことの繰り返しで、玲は外で待たされようがへっちゃらの気持ちだった。

だが真冬の雨。気温は0度に達しそうなほどで、こんな時に限って薄着で出された。

だから玲は、最初は余裕だと思ったはずなのに、この寒さに身が持たなそうだった。

経験したことのない手足の震え、体が一切動かなくなるほどのだるさ、気分の悪さ。

耐えきれず「助けて!家に入れて!」と言った。「うるせえな」と返ってきた。



雨だった。夜に月明かりもささないような暗い空。雨音が車内を叩きつけるようにひびく。

車の運転手は仙道正道。助手席には地図を広げてる妻の仙道愛美。後部座席には6歳の征夜(せいや)と、一つ下、5歳の妹、優。

新車で買い換えたこのワゴン車にナビはついているものの、精度の悪さで使い物にならない。

基本的に運転手は目的地に向かうとき、土地勘に頼るか、こうして地図でナビゲートしてもらうのがセオリー。

要は自宅から車で1時間ほどかかる場所が目的なわけだから、地図頼りなわけだ。

次の信号を右、次の交差点はまっすぐ、そこは行き過ぎだというやりとりを繰り返して20分以上。

優はもう寝ている。窓の景色は住宅街。そこを右に曲がり、左に曲がる。

征夜はその景色をただ目に焼き付けていた。

あるとき、

「ん?ちょっといいか」と車を止めた。そこは古いアパート。

正道が車を降り、錆び鉄の階段を上る。

「おい!大丈夫か!」と駆け寄る。横たわる少年。肌の色に血の気が無かった。

それを抱えて猛ダッシュで車に乗り込む。

「ちょっと大丈夫その子!?」

「もう時間ねえからこのまま病院まで行くわ!近くに病院あったよな!」

その慌ただしさに優が目を覚ます。

優も征夜も状況が全く飲み込めてなかったが、早く病院に連れて行くべきという考えは一緒だった。

「待ってろよ、もう少しの辛抱だからな。」


その翌日、清々しい晴れ間の中、正道と玲は車に乗っていた。

「昨日のお前の症状、軽度の低体温症だってよ。命に別状もないし、後遺症もないってさ。」

「ていたいおんしょうってなに?」

「体の温度が低くて具合が悪くなる病気。」

「ふーん。」

「それより、昨日俺が言ったこと、まだ覚えてるよな。」

「うん。」

昨日の夜、病院でなかなか寝付けない玲に、正道から話を切り出した。

「お前の両親から連絡がついたんだけどさ、お前をもう家に入れないって言ってる。」

「だからさ、お前さえよければうちで暮らさないか。」

玲は即答でうなずいた。

病院から帰るそのついでで、車は大きな建物の駐車場で止められた。

玲が看板をよく見ると、笹羽市役所と書かれてある。

正道と一緒にそこに入り、小1時間して出た。

車に乗り込むと、正道が言う。

「よし!今日から仙道家の家族だ。よろしくな!」





笹羽市というのは決して都会とは言えない。車で30分すればまさに都会ともいえる井魔戸(いまと)市に行ける郊外に位置し、

住宅地、畑が並ぶ。その中でも柵に囲まれた豪邸が仙道家で、笹羽市立小学校、そして笹羽市立中学とある。

玲はそこで10年という本当に長い時間、楽しく充実した学校生活を送ってきたんじゃないか。

今振り返ってみても小学校から中学2年生の今に至るまで、楽しかったと、ふと廊下を見ながら思った。

2年4組。そう、今は国語の授業中であり、内容はなんとか門とかなんとか橋とか、そんな内容のを教師が読み、

後でプリントで内容を要約するとのことだったのだが、退屈気味だったから聞き流しながら黄昏てた。

今日は1日が長く感じる。もう11月って時期で、うすら寒いし外は曇り。今の国語だってまだ3限だし、次の数学もダルい。

こうして何とか微妙な時間が過ぎ去り、1日が10日に感じるほどの今日ももう折り返し。午後の掃除だ。

笹羽中の伝統として、毎週木曜日は1,2年の決められた下級生が、3年の教室に、3年生と入り混じって掃除するというものがある。

今日は玲がその当番で、教室は3年2組。つまり、優のいる教室だった。

「あ、玲じゃーん。今日の2組の当番って玲だっけ。」と優。

「そうそう。」

「今日ずっとだるくてさー。授業もつまんねえし。」

そこに3年2組の伊部空戸(いべくうと)。

「よお、玲!昨日のミリオンラフ見た?」

「見た見た!あれだろ、ダイナマイト松岡だろ?」

「そうそう、あれめちゃくちゃ面白かったよな。」

「あ、やべっ網田(もうだ)先生来るぞ。」

網田が来たタイミングで真面目に掃除を始める一同。

しかし教師がいなくなれば途端にまた喋りだす。

「玲、今日授業なんだったよ。」

「今日は3限に国語4限数学でさ、特に数学がだるかったわー。」

ここで「ちょっとそこ喋りすぎ」とほかの生徒から注意が入った。


その直後のタイミングだった。ドアが目いっぱい力強くガンッ!と開けられた。

そこにいたのは背の低い生徒。名札は1年生のもの。1年1組、佐分田栗生(さぶたくりお)。

細目で、フーフーと息を荒げて、こちらを睨んでる。

場が静まり返る。次の刹那、佐分田が優めがけて襲い掛かってきた。

佐分田が手からしょぼい炎を飛ばす。真法(まほう)と呼ばれるものだ。

優は微動だにせず水の真法を出し、それを消した。

佐分田は走った勢いのまま殴りかかってきた。優は少し後ろにステップを踏んでかわした。

そうしたら佐分田は目線を玲に向けた。そう、玲に向かって殴りかかってきた。

だがそれは優が止めた。顔面に膝蹴りという形で。

吹き飛んで倒れる佐分田。そして優が声を張り上げる。

「何してんだお前ぇ!」

そうして倒れた佐分田の腹を蹴りぬいた。ほかの生徒も加勢する。

「おらっ!」

「ほれっ!」

「よいしょー!」

各々踏みつけたり真法を使って一方的に攻撃した。

「いやちょっと待ってちょっと待って!」

たまらず玲がそう言った。それで一方的な攻撃は止まった。

だが玲の頭は混乱している。

(え?なんで?何が起きた?)と。

その混乱さえ遮るように、またドアが勢いよくガンッ!と開いた。

「お前ら何やってんだあ!!」

網田が怒号を張り上げる。

「掃除の時間に喧嘩なんかすんじゃねえよ!」

「とりあえず、あとで職員室に来いよ。」

「みんなも見てないで各自やるべきことをやる!」

そうしてなんとか場が収まった。無理やりな形ではあったが。



保健室に行こうとした佐分田だが、保久(ほく)教師に呼び止められた。

「おい、どこ行く」

「いや、ちょっと保健室に...」

「馬鹿、そこ行く場合じゃないだろ。まず職員室に行けって網田先生から言われてたんじゃないの。」

「でも顔とか腹が痛くて...」

「でも、じゃないよ。いいから行くこと。まず職員室だし順番考えなさい。」

こうしてしぶしぶ職員室に向かった。

ドアを開けて網田のところに向かうと網田の前に立たされてる3年の先輩が4人。

一方的に攻撃した先輩たちが欠かさず怒られてるようだが、佐分田もそこに入る。

すると、

「佐分田、お前遅えぞ!どんだけ待たせるんだ!」

「もう先輩たちの話終わったぞ!お前、とりあえず喧嘩した件先輩たちに謝れよ。」

本当に、本当に謝罪なんてしたくなかった。決して本意ではない謝罪を、自分をタコ殴りにした

先輩たちに向かってする。

「すみませんでした。」

網田が続けて言う。

「お前らも、ちゃんと謝れ。」

先輩たちもそれに合わせて、

「すいません。」

「ごめん」

「ごめんな」

「ごめんなさい」

と合わせていった。

「おい、ちゃんと合わせろってバラバラじゃねえか。」

と笑いながら伊部が言った。

みんな笑った。網田先生も少し微笑んだ。佐分田以外はみんな笑った。

「分かった。じゃあ3年はここで終わり。教室に戻っていいぞ。」

佐分田も戻ろうとした。

「おい、お前なに戻ろうとしてんだ?」

「お前途中から入ってきたんだからまだ戻んな。いいか?3年から聞いたぞ。そもそもお前、自分からあの4人に襲ってきたんだってな。」

「4人...じゃないです。仙道...優...先輩と、仙道玲先輩です。」

「どっちでもいいんだよ。それで、なんで急に襲い掛かってきたんだ?」

「......」

「正直に言ってみろよ、うん?」

本当に言いたくなかった。こんな教師に。でも、言うタイミングは、ここしかないと思った。

「あの4人に...いやもっと多くの.,..この学校の生徒に...いじめられてます...!」

すべての勇気を出してここで言った。たとえどんな教師でも、面と向かっていじめられてると言われれば、絶対に無視はできない。

「大勢の生徒にいじめられてる?その主犯格が仙道優と仙道玲ってことか?」

「いや、玲先輩は違います。ただ、主犯格は優先輩です...。」

「え?意味が分からねえな。じゃあなんでお前は玲も襲ったんだ?」

「.....」

「優にいじめられてることは分かったよ。じゃあなんで玲も襲ったんだ?」

必死に頭をこねくり回して理由を考える。

「あの...よく...分かんなくなって...そして...」

こういうとき、気が動転したとでも言えばいいのだろう。

だが、そこまでの語彙力が中学1年に備わってるわけもない。

「なんだよ、よく分かんないって。そんな理由で玲を襲ったのかよ。」

「それで攻撃された玲もたまったもんじゃねえよ。」

「いや、そういうわけじゃ...」

「じゃあどういうわけなんだよ。」

「.....」

「はあ、じゃあいいや。とにかく優にはいじめられてるんだな。」

「は、はい...!」

「分かった。一応調べておくよ。」

「もう行っていいよ」

「は、はい!」

一気に心が晴れる気分になった。

廊下に出て時計を確認したら、時間はもう4時。丁度下校の時間。

廊下に出ると、部活に向かう先輩たちの話し声が聞こえてくる。

「伊部お前さー、網田に職員室まで呼び出されたんだって?」

「おう、でも大したことなかったぜ。全然怒られてもないし。」

「やっぱそうだよな。外から聞いても全然怒鳴り声とかなかったしよ。」

「でもあの1年が職員室に入ってきた途端ひどかったよな!ははは!」

「そうだよあいつ余計なことしやがって」

あの先輩たちの声がでかいもんだから聞きたくないことまで嫌でも耳に入ってしまう。

でも今日はもういいと思った。一か八かあのタイミングで教師に相談して、解決するように動くんだから。

それはそれとして、ずっと気になるものがあった。職員室にも教室にも張り付けられてるポスターだが、

"いじめ見逃し0運動!!

 いじめをさせない

     見逃さない

     許さない"

こんなことが書かれている。いまのいままでこんな綺麗ごとだらけのポスターを見るたびボロッボロに破りたくなった。

けど今は違う。なんだかんだいって、最後の最後にはいじめをちゃんと防いでくれるんだと、そう思った。

暗くどんよりとした夕方の曇り空とは対照的に、佐分田の心は晴れやかだった。

玄関まで行くと、今度は部活の女子の声が聞こえる。

佐分田は人を避けるようにそそくさと帰っていった。


その部活とは、"真法舞踊部"。手足から炎、水、雷とさまざまなエレメントを出せることを真法というが、

真法舞踊というのはその属性と体の動きで"魅せる"ことで点数を競う。

真法というのは不思議なもので、例えば炎を手から出したところで、その炎はどこにも引火することはない。

たとえガソリンとか草木に向かって真法の炎を放ったとしても、その炎は燃え移ることなく消える。

水も同様で、真法で水を出そうが、その水は飲めるわけじゃないし床や壁が水びだしになることはない。

どこかに接触すると、消える。

じゃあ真法と真法が接触するとどうなるか。例えば真法の炎と真法の水が接触した場合どうなるか。

これは自然の法則に乗っ取って、炎が消える。

じゃあ人に向けて撃つとどうなるか。これは"痛み"になって伝わる。

炎だろうが水だろうが雷だろうが、共通して"痛い"という感覚が相手に伝わる。

この性質があるため、他人に向けて真法を放つことはよくないこととされている。


その真法舞踊部の部長こそ、仙道優である。

「あれ?"豚"は?」と優。

「さあ、とっくに帰ったんじゃない?」

「あいつあたしに盾突いて逃げやがったなー。」

「優、明日部活休みだけどさー。」

「うん」

「なんか予定あるの?」

「明日は兄妹弟(きょうだい)でボウリングとカラオケにね。」

「まじかー。ウチも混ぜてよ。」

「ははは。ダメだって。気まずくなるし。」

「でも玲ちゃんの歌とか聞いてみたいじゃん。」

「あんた玲好きすぎるでしょ。告白でもすんの?」

「そこまでしないけど、でもちっこくてかわいいじゃん。」

「"豚"とは大違いだね。」

「やーだあんなキモいのと比べないでよー。」

そこに、顧問の坂戸瑠依(さかとるい)が来る。開口一番。

「はい全員集合!」

即座に部員も反応する。

「はい!」

「お疲れ様。今日の練習は、いつも通り優部長の指示で動くように。優。」

「はい。今日の練習は普段通り。外周5周したあと炎の練習。全体的に課題だった炎の回し蹴りを中心にやります。」

「それじゃあ今日も頑張っていきましょう。お願いします!」

「お願いします!」


夕方18時半。部活終え、家に帰ると玲がいた。

「おかえり優姉(ゆうねえ)」

「ただいま。あれ?それ昨日のミリオンラフ?録画してたん?」

「もちろん、これまだ見るから絶対消すなよー?」

「分かってるって。」

優が続ける。

「そういえば玲、あんた進路って決まったの?」

「進路?高校の?」

「そうそう」

「いやーまだ決めてないね。とりあえず普通に笹羽高校に行くつもりだけど。」

「あたしの誠珠(せいじゅ)高校に行くつもりは?」

「さすがに誠珠は無理だって!」

「え~今から勉強ガチれば行けるんじゃないの~?」


私立高校受験の受験シーズンは、たいてい10月末にある。それは人が真法を使えるのと同じように、常識的なことである。

笹羽というのは少し特殊で、わざわざ高校受験をせずとも、笹羽高校にエスカレーター式で上がることができる。

それは近隣の笹羽東中、笹羽西中も同じことである。

生徒たちは、はじめから滑り止めがある状態で試験に臨むことができる。それがたとえ誠珠のようなエリート進学校であったとしても。

この制度のおかげで、3年は部活を引退する必要がない。もちろん進学校に行くために部活をやめ、勉強時間を多くとる生徒もいるにはいるが、

大半は卒業まで辞めない。それは真法舞踊部部長とて例外ではない。

ただ笹羽高校にも、無勉強で行けるわけじゃない。年末に学力テストがあり、そこで5教科合計250点以上いくか、もしくは内申点や教師の推薦で

その資格を得ることができる。学力テストといっても一般的な高校受験よりはるかに問題の難易度は低く、真面目に勉強していればまず落ちない。


「誠珠行くんなら今からでも先生に言ったほうがいいと思うよー?進学校対策の特別勉強コースを用意してくれるから。」

「だから誠珠行く気ないって!」

その後も録画を見ながら、くっちゃべりながらで30分経った。

玄関のドアを開け、帰ってきたのは仙道征夜。

「あ、おかえり征兄(せいにい)」

「ああ。」

征夜はすぐに階段に足をかける。

すると優が口を開く。

「征兄、明日楽しみだよね。」

「明日?ああ、そうだな。」

玲も口を開く。

「あ、そうじゃん明日ボウリングとカラオケじゃん!」

兄妹弟(きょうだい)で中心街に遊びに行くことは多かった。

玲はその度に、遊びに行けるときを心待ちにしていた。

翌日、下校時間の14時半を待っていた。長く感じる時間をワクワクしながら待っていた。

帰宅部の玲は、14時半のチャイムになったらすぐに飛び出した。

その足で優と征夜を拾い。中心街である井魔戸市へ向かった。


「J-TOP-MUSIC!今月のヒットソングを一気にご紹介。」

「No1,"愛の唄"」

「♪"父さんの大きな背中にあこがれて 母さんのやさしさに支えられた その愛は本物だから 僕らの家族のうた"♪」

「No2」...

少しうるさいモニターを尻目に、玲が靴を履き替える。

「よし!誰から投げる?」

「お先にどうぞー」と優。

ドンっと放った球は左に反れ、ピンを二つだけ吹っ飛ばした。

「いや、まあ、最初はこんなもんよ!」

「ほんとかー?」

「そういや言い忘れてたけど最下位の人、罰ゲームな!罰ゲームトランプ持ってきてるから。」と征夜。

「マジで、この前もそれ使ったじゃん!」

「まだやってない罰ゲームがめちゃくちゃあるからな。」

そう言って気合を込めて投げた征夜の一投...!ガーターだった。


そうしてボウリングが終わり、カラオケに移った。

「今日の征兄よえーな!罰ゲーム忘れんなよ?」

「うるせえなあ分かってるよ。"恥ずかしい話"だろ?」

「おうよ!帰った後マジで楽しみだわ!」

「いいから早く曲選んでよ」と優。

「お、おう」

選んだ曲は、"愛の唄"

「......」征夜は黙りこくる。


曲は間奏を超え、ラスサビに移る。

「♪父さんの大きな背中にあこがれてー」

征夜の表情は険しくなる。

「♪母さんのやさしさに支えられたー」

征夜の表情はより険しくなる。

「♪その愛は本物だから 僕らの家族の」

征夜は鬼のような形相で睨んでいた。

「う!!?」

キィィィィィィィィィィィィィィ

ハウリングが部屋の中で、長く、

響いた。

「ん?ああ、ああわりいわりい。」と征夜。

「次、俺、だよな。まだ選んでなかったわ。」

優は少し微笑んでた。何も言わず。

だがその後は特になにもなかった。

ただただ歌ってジュース飲んで、ジャンキーなフードを注文し腹ごしらえもしつつ、

また歌った。


テーブルは食いカスと飲みカスで散らかり、パカっと携帯を開くと19時半。

「そろそろ帰りますか。」と優。

「うお、もう7時半じゃん!」と玲。

「もう家に帰りたくねえな...。」

そう言ったのは征夜だった。

「何言ってんの。明日も優姉部活だし早く帰んねえとさ!それにあの"恥ずかしい話"も聞かせてくれよ?」

「そうだな。でも恥ずかしい話はちょっとできねえかもしれねえわ時間的に。」

「じ」

「そう、分かった。」玲の言葉を遮るようにそう言ったのは優だった。

「え?」

「でもとにかく帰るよ。さすがにここにいっぱなしもアレだからね。」

「おう」

「う、うん?」


「ただいま」と玄関のドアを開ける。

優と征夜はそそくさと自分の部屋に行った。

広々とした豪邸に広い庭。それが仙道邸である。

優の部屋には様々な賞状やトロフィーが飾られている。

真法舞踊ジュニアの部県大会優勝、全国真法舞踊コンクールU15BEST32、真法舞踊部県大会個人の部優勝、団体の部BEST32。

征夜の部屋にもある。

全国真法武道大会U15BEST16、真法武道部県大会個人の部優勝。全国大会個人の部優勝。

そしてそれらの賞は父、正道も例外ではない。

全国真法武道大会小学生未満の部優勝、真法武道全国ジュニア大会優勝。全国真法武道大会U15優勝。真法武道成年の部ジャパンカップ優勝。

そして、感謝賞、真法武道連盟副会長、仙道正道 殿。

今の資産は、言わずもがな真法によって得られたものだということだ。

真法は、日本に生まれた人間の7割は使えると言われている。海外に生まれた外国人は使うことができない。

玲はその3割に該当する。一切使えないのである。

そして飾られているものといえば特徴的なのがもう一つ、"刀の柄"である。

日本刀を飾るというのはよくあることだが、刀身が全くない刀の柄だけ飾るというのは珍しいことである。

そしてその背景にはこう書かれている。

"その刀、定めの力を以て真剣と為す"


月曜日になった。いつも通り玲は教室のドアをガラッと開ける。

「おはよう!玲!」

「おはよう!玲ちゃん!」

「おはよう!」

「玲!俺昨日携帯買ってもらったんだぜ!」

「まじで?」

「おう!今見せてやるよ!」

「もしかして今持ってきてんの!?」

「もちろん!」

「ははは!バカだろおまえ!先生に見つかったらやべえって!」

これが"いつも通り"の日常だ。いつもの学校生活。

木曜、金曜のあれはなんだったのか。正常に動き続けていた歯車がどこかで狂った感覚。

だがまあいいやと心の中で流した。

そういえば優姉はいまどうしてるのか。


「優、ちょっといいか。」

授業中に廊下からこう呼びだしたのは網田である。

二人で来たのは空き教室。

「座っていいよ。」

「はい。」

「大したことじゃねえんだけどさ。木曜の件、あっただろ?」

「あーあれですか。」

「そうそう。でさ、あの後佐分田にあんなことした理由聞いたらさ、いじめられてましたってことなんだって。」

「そうですか。」

「で、その主犯格が優だって言うんだよ。それで"一応"確認しておきたいと思ってさ。」

「まあ、私はいじめなんてしてないですよ。って言ったことにしといてください。」

「ああ、わかった。時間とらせて悪かったな。もう戻っていいぞ。」

この網田の確認に、実質的な意味なんてなかった。あくまで形だけの確認。優がいじめをしていないと言った事実、その言質が欲しかっただけだ。


「おい佐分田、サービス問題、この問題の答えは?」

1年2組は数学の授業だった。

「7x+6(3-x)=3×7...え...えっと...エックス....」

「おい、こんなのも分かんないのか?小学生からやり直すか?ははは。」

「はははは。」

「......!」

「じゃあいいや。採賀(さいが)、答えは?」

「x=3です。」

「そう。だからグラフはこうなるよな。そしてそこから...」

これが佐分田の日常だった。夏頃、いや中1に入ったころからもう追いつけなくなっていた。

提出物も相当にたまっていた。そしてその量も返せる見込みもないほどに。

先週木曜のことは今でも思い出す。あんなことやらなきゃよかった。

いやでも今日からは違う!先週の木曜に網田先生にいじめについて打ち明けた。

もう解決できるはずだし、今まで勉強に追いつけなかった理由もみんなわかってくれるはずだ。

「佐分田、また昼休みに先輩たちからのいつもの場所で"呼び出し"だってよ。」

隣の勝原(かつはら)がそう言った。

「え?」

「え?じゃねえよ。いつものことじゃねえか。先輩の呼び出しなんだから必ず行けよ。

お前がバックレたら俺まで怒られるんだから。」

嫌だ、行きたくない。行きたくない行きたくない行きたくない。

でも行くしかない。こんな学校に必ず行かなきゃいけないのと同じように、

足とか体が行くことを拒むけど、無理を押して行くしかない。

でも、もしかしたらいつもと変わるかもしれない。

いつもとは控えめになるかもしれない。もしかしたら網田先生が怖くて、何もしてこないかもしれない。

そんな可能性を信じて、向かった。


「なにしてんのお前」

優に顔を蹴られた。

すごく痛い。なんにも変わっちゃいない。

なんにも、なんにも!

「とりあえず真法30連発の刑ねー」

「いーち」

「にー」

真法が降り注ぐ。8人の先輩に囲まれながら。

「じゅうごー」

「痛っ!」

「あっ、痛っつったー。もう30連発追加ー。」

「あははははははは!」

30連発、炎やら水やら雷やらが降り注ぐ。

でも感覚は共通して"痛い"。

30連発を耐えきったからといって終わることはない。

髪を引っ張られ、水道に行かれた。

「うわきたなっ髪の毛持つんじゃなかった!」

「お前とりあえず顔洗ってよ。」

首根っこ掴まれて顔が上向きのまま、蛇口をひねって水を出される。。

「モゴッ!モゴッッ!」

体が本能的に起き上がろうとするが、腕で止められる。

「おとなしくしてろってお前。」

「モゴッモゴッ!」

「手ー疲れた。誰か代わる?」

「あたしやるー」

「オーケー。」

蛇口を全開で出される。

「モゴッモゴッンンンーー!!」

「ちょっと全開で出さないでよ水飛んでんじゃん。」

そこに1年生が通りかかる。

「お、佐分田今日もやってんじゃんー。頑張れよ!あははははは!」

「ンゴッンゴッ!」

また1年が通りかかる。

「おお佐分田ー先輩たちにモテモテじゃーん!」

「ンゴッンゴッ!」

また誰か通りかかる。

「あ、優先輩お疲れさまです。」

「おーお疲れー」

「何してるんすか?」

「こいつ?水泳の練習してるのよ。こいつからどうしてもって言うから。あ、もう止めていいよー。」

「ははは!こいつ馬鹿なんですかねー。」

「うん、馬鹿だと思う。」

「てかちょっと水びたしじゃーん。"豚"、責任もってちゃんと拭いといてね?拭かないで怒られるのはあんただから。」

「......」

「それじゃ昼休み終わりそうだし戻るか。」

なんで?なんで俺なんもしてないのにここまでするんだよ。

教師も生徒もなんで誰も止めねえんだよ。あのいじめ見逃しゼロ運動とかいうポスターはなんなんだ?

特に優は本当にクズだ。


全部言ってやりたかった。でもそれ言ったら次なにされるか分からない。

頭では思ってることなのに、それが口から言葉になって出てこない。

思ってから口に出す前に、"なにか"がストッパーになって言葉を発せない感覚。

あのクズどもが教室に戻って行ってしまう。

そうなる前に、なんとか声にして出すんだ!

「...なんで...?」

「は?」

「な、な、なんでこんなこと毎日するんですか...?俺なにもしてないのに...。」

「あはは!"な、な、なんで"だって!日本語も喋れないのー?あははははは。」

取り巻きの3年たちは皆笑った。

意外にも優は真顔だった。

「...。」

「みんな、先戻ってていいよー。じゃあね。」

「はーいまたね優ー。」

取り巻き全員が視界から消える。

「...。」

「なんでこんなことするかって?」

首根っこを掴んで持ち上げられる。

「それは!お前が!弱いからだろ!?」

掴んだまま壁に叩きつけられる。

「どんなに理屈こねようが、どんなに策を練ろうが、世の中、結局は暴力!!

強い人間に、弱い人間が従う世界だ!!

...お前みたいな最底辺のカスが何言っても、何も変わりはしないんだよ。わかったかボンクラがあ!!」

ゴッ!!

「ゲフ!!ゲフッゲホッ!!」

最後に膝蹴りを入れられた。今日食べた給食を全部吐き出しそうだった。

そうして優は振り向いて教室に戻っていった。

「フー、フー!フー!!」


5限、2年4組の授業は数学だった。

「えーと次の問題はー玲!」

「え、は、はい。えーっとy-2x+2=0?」

後ろからボソッと聞こえた。

「...y=2x-2。」

「あ、y=2x-2!」

「正解!てかいま誰か答え教えただろー。」

「ははは。」

「あんまりやるなよー?ちゃんと本人が答えてこそ覚えられるんだから。」


そして休憩時間。

「あー疲れたー。玲ー、眠いー。」

「分かる俺も眠いわー。」

「玲ちゃんウチも眠いんだけどー。」

「なんでみんな俺に言うんだよ。」

「そういえば玲、進路決まった?」

「高校?とりあえず普通に笹羽高校かなーって。」

「あーやっぱりそうかー。ちなみにお前の兄貴はいまどこ行ってんだ?」

「征兄?征兄は真波斗(まはと)高校だよ。」

「あーやっぱりそこ行くよなー。」


真波斗(まはと)高校とは、真法武道において超がつくほどの強豪校である。

真法舞踊に比べて、真法武道はまだまだ歴史の浅い競技。

その真法武道において、"最強"と呼ばれる人間こそ、仙道征夜である。

征夜も勉強ができたわけではないが、スポーツ推薦枠で入ることができた。


「Genes,the basic parts of cells which are passed down from...」

真波斗高校1年6組、英語の授業だ。

三ノ上(みのうえ)教師が音読しながら教室中を歩く。

「誰が突っ伏して寝ていいっつった?征夜!」

教科書の角で頭を強く小突く。

キーーーンという耳鳴りが征夜の頭に響いた。

征夜は強い眼で教師を睨む。

「なんだその目!お前いい加減にしろよ!小突かれたくなかったら寝るなや!」

「そうだぞ!お前が寝るから悪いんだろ?」

教師の声に続くように、遠い窓際の席からそう聞こえた。

「は?」と征夜が返す。

「は?ってなんだよ、同じこと三ノ上先生にも言って見ろよ。」

「征夜!!お前ひとりのせいで授業止まってんだぞ!最強か何だか知らんけど真面目にやれや!」

三ノ上はそう言った。


こうして長い長ーい授業は終わった。部活の時間だ。

外周を20周走り、終わったら格闘練習、真法練習、そして少しの時間を使って試合。

それの繰り返し。最近はそういうルーティン。

征夜の試合。相手は先手雷の真法を打ってきた。

征夜は氷真法で鋭利な氷の塊を頭上に作り、避雷針として防御しながら前に突っ込む。

さらに強力な水真法と炎真法を組み合わせ、濃い水蒸気を作る。

白い水蒸気で視界を悪くさせ、十分接近したところで三日月蹴りをみぞおちに刺した。

相手が腹を抱え膝をつく。

「ナイス征夜!さすが最強!」

部長の衛堂(えいどう)からそう声が出る。

「.......。」

征夜はなにも返さず、フンっとその場を離れた。

そうして部活が終わった。


雨だ。もう下校の時間って時に雨が降っていた。

多くの生徒が親の送り迎えを待っていた。もしくはバスを待つ者。

傘で帰る者。駅まで自転車で頑張る者。

征夜も自転車にまたがる。髪も顔もこの時点でずぶぬれだった。

征夜の場合は真波斗高校から家まで20km、すべてチャリだ。それ以外の選択肢はない。

暗いし雨で視界も悪いし、雨も冷たいし風も向かい風で前に進まない。こんな時に限って極度の向かい風。

雨水が制服にしみついて気持ち悪い。

「うあ、あああああああ!!」

叫んだ。力を入れるため、それと、こんなクソみたいな天気を恨むため。

いや、天気を恨む?そうじゃない。もともとの元凶の、クソみたいな親を恨むため。

家まであと15km。信号が点滅する。全力で立ちこぎすれば間に合うか?

だがこんな時に限ってさらに向かい風が強くなった。スピードが遅くなり、

ついに赤になった。3分間は突っ立ったまま雨風にさらされる。

不幸が重なり続ける。そんなときに思い出されるのは、クソみたいな思い出と、

帰った後起こりうるクソみたいなこと。

だがこのまま家に帰れず雨風にずっとさらされるのとどちらがいいか?

いや、どちらかといえばこのまま外でずぶ濡れのままのほうがいいかも。

いや、でも家には優と玲がいる。そう考えれば、家のほうが少しはマシなのかも?

信号は青になった。


「玲、ごはんだよー。」

「はーい。」

「優もー。」

「はーい。」

「なにあんたら同じ部屋いるの?」

「同じ部屋いちゃダメなのか、よっと。」

"K.O"

「あ、おい!!」

「不意打ちでも勝ちゃいいんだよ勝ちゃ」

そういって玲がゲームのコントローラーを置いた。

3年前に流行った人気格闘ゲーム、「闘龍3」。そのゲーム機とソフトは玲の部屋にあった。

「それじゃ飯行ってくっかな。」

「あ、逃げやがったあいつ。」


リビングに父、正道がいた。

「よう、玲!なんだ優とゲームかー?」

「おう父ちゃん!闘龍3な!さっき優姉に勝ってきたぜ。」

「すげえじゃん、でもゲームほどほどにしとけよ?ゲームばっかしてると頭悪くなるって言われてるからな。」

「はいはい。」

「闘龍3か、あれいつ買ったっけ?」

「3年前だぜ、俺が小5のとき。発売日にすげえ並んで買ったじゃん。」

「そうかそんな前かー。そういえばこの前テレビでやってたけど、今度なんとかレーサー?っていうレースのゲームが出るらしいな。」

「あーあれね。」

「どうする?あれも欲しいか?」

「いやあれはいいやー。俺あんまレースゲーム好きじゃないし。」

「ちょっと父ちゃん!さっきゲームはほどほどにって言ったじゃん。あんま甘やかさないでよ。」

母、愛美がそう口をはさむ。

「分かったよ。よし、そんじゃ食うか!」

「うん、いただきます!」

バン!!

玄関のドアが開いた。

「あれ?征夜かな。」と愛美。

玄関に行くと全身ずぶ濡れの征夜。えらく殺気のこもった表情をしていた。

正道も玄関までついていく。

「おい征夜どうしたずぶ濡れじゃんか。まさかここまでチャリで帰ってきたのか?」

「.....。」

「馬鹿だねお前も。俺に連絡すればすぐ迎えに来てやったのに。」

征夜の目つきはさらに厳しくなる。

「まあいいや、飯食おうぜ飯。ちゃんと体拭いてからな。」

そういって二人はリビングに戻った。殺気のこもった目をした征夜だけが玄関に残った。


午後10:30消灯。それは仙道家のルールである。

玲も優も征夜も、もれなく10:30に消灯し、寝る。


午後11:00。仙道邸の庭にある、使われてない巨大な物置。

そこに征夜と正道はいた。

「おい始めるぞ!はよ構えろや!!」

征夜が嫌々構えたその時、膨大な量の真法が降り注ぐ。

その発生源は言うまでもなく、仙道正道から。

征夜も最初はこれを捌ききっていた。だがそれも10秒程度しか持たず。

そこからは真法の処理に耐えきれなくなりただただ猛烈な痛みだけが走った。地獄だった。

「ああああああ!」

思わず声が出る。

「声上げんなやって何回言ったら分かるんだ情けねえなあ!!」

決まってそのあとはダッシュ。全力疾走10キロ。

体力を温存するような走り方は許されない。もちろん途中で歩くことは論外だ。

しかもその間真法を全属性全方位に無作為に放出し続けなければならない。これも地獄だった。

当然そんなこといつまで経ってもできるはずがない。

「真法出せやお前!!」

走るルートはいつも正道の視界の中。歩くところや真法を一瞬でも出さないところを見られれば

ゲンコツが飛んだ。

「おい試合だ!はよ構えろ!」

ダッシュが終われば正道と手合わせ。

正道は征夜の真法も格闘も全部軽くいなした。

そして征夜に本気の魔法をぶつける。

蹴りも入れる。殴る。絞める。だが顔への殴る蹴るはある程度手加減する。

あざや傷が他人の目に見えるからだ。勝負は常に一方的だった。

負ければ庭の井戸に叩き落された。毎回負けてるんだから毎回叩き落される。

そして自力で登らされる。岩のわずかな突起や切れ目に指をかけて。

こんなとき真法なんぞ何の役にも立ちゃしない。

すべてが終わるのは午前3時。そして登校が午前6時。

これが征夜の日常だった。

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