第21話 ウインカーは右に
「おはよう」
目が覚めたら横にいてほしいなぁと思っていた顔がそこにある。
「おは⋯⋯」
「おい、なんだよ!? 後悔してるの?」
「してない、してないけど」
わたしのすきな大きな手が頭をよしよしと撫でた。涙はぽろぽろと止むことなくこぼれ、航太もさすがに今回ばかりは困った顔をした。
「⋯⋯だいすき。捨てないでね」
「バッカだなぁ。だいすきだよ、ゆら」
後頭部を包むように、彼はその馴染んだ手でわたしの頭を自分の胸に押し付けた。うれしくて、うれしくて、これは奇跡なんじゃないかと思った。
「第一! 親戚なんだから、例え別れることになっても顔を合わせないわけにはいかないだろう? それを考えたら別れない方が楽じゃない?」
バッチリ目を合わせてそう言われると、非常に腹が立ってきた。
「なにそれ!? 多少気に入らなくても我慢してやるってこと?」
「ゆら次第かなぁ。さぁー、朝風呂しようっと」
航太は軽い調子で部屋を出て行った。わたしは⋯⋯。うう、身体中に昨日の痕が残ってる気がして、部屋のシャワーで済ませることにする。
ガタンと音がして、「怖い」と思うと航太だった。
「忘れてた。お前、大浴場入れないよな」
うわぁ、航太、脱いでるし。
昨日は暗い中だったけど、今日はお互い隠しようもない明るい光の下だ。うわぁ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
昨日、多少はバレてるだろうけど胸も小さいし、お尻もぺたんこで。男性から見たら合格点は付かないんじゃ⋯⋯。
いやいや、圭一とはわたしの実家のことを知る前にそういう雰囲気になったんだから、自信を持てばいいのに。
「なに考えてんの?」
後ろから耳元で囁かれる。
「べ、別に」
ふぅん、と言って航太の腕が! 脇の下を通ってそのままだと!
「え、やだ」
「なんで? 昨日は良かったのに?」
航太の手がわたしの上半身を撫でる。感じなくていいのに、忌々しいことにいちいちその手の動きに感じる。立っていられなくなる⋯⋯。
「やだよ⋯⋯恥ずかしいもん」
航太はシャワーヘッドを取り上げると、めちゃくちゃな水量でわたしの身体についた泡を洗い流した。
露わになったわたしの身体をそばに置いておいたタオルで包んでひょいと持ち上げる。
「やだ! ねぇ、自分で歩けるし、まだ濡れてるから」
「それは好都合」
わたしはもう航太の手の中だと気が付いた⋯⋯。降参。
◇
帰りの車の中、なんだか行きと違って気まずいなぁと思ってチラッとその横顔を見ると、向こうもこっちを見て微笑む。
ああ、なんかいいようにされてる気がする。わたしは確かにバカだけど、航太の思惑通りにされてるのはわかった。⋯⋯さすがに婚約までは考えてなかったと思うけど。
「ゆら、真面目な話なんだけどさ、言ってなかったから言っておく。――僕と一生を共にしてほしい。今はなにもあげられないけど、自由をあげるよ。大きな空を見て、自分を感じればいいよ。どこにいても自分は自分だって思えるまで。ずっと大切にするって誓う」
ぽかん、としてしまったというのが本当のところだった。
つまりこれは、わたしたちの仲は遊びじゃないことを示している。緊張が高まって、頭が爆発しそうだ。スカートをぎゅっと握りしめるようにして、俯く。
「すごくうれしい。あの、不束者ですがよろしくお願いします」
爆発しそうだ。
そうだ、わたしは航太をずっとすきだったのになんでよそ見ばかりしてたんだろう? いつでもわたしを守ってくれる彼に甘えていたのかな?
航太が沢口先輩を殴った日よりずっと前から、わたしの心の中には航太が住んでいたのに、どうして気が付かなかったんだろう?
わたし、航太がすきなんだ――。
認めてしまうと心がすっかり解放されて、気が緩んだ。次に目が覚めたのはマンションの前だった。
「ゆら、着いたよ。ずいぶんよく寝たな」
「⋯⋯航太?」
ああ、よかった。手でペチペチ触ると、そこには航太の顔がしっかりあった。夢じゃなかった。
「部屋まで送りたいけど路駐も長くはできないし、車も返しに行かないと。悪いな」
「悪くないよ、全然。運転、気を付けてね」
「あとで電話する」
サーッと窓ガラスが上がって、ウインカーを右に出すと航太は行ってしまった。車のライトが見えなくなるまで、わたしは彼を見送った。
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