第20話 越える
その晩、わたしたちは当たり前のようにツインの部屋に泊まった。ベッドはふたつ。航太が下に寝ることはない。同じ高さだ。
荷物を下ろして食事をいただき、シャワーを済ませると、枕投げなんかしないで布団の中でへとへとになった。
「あー、もう運転したくない」
航太は仰向けになって顔を覆ってそう言った。
「え? 帰りは電車?」
「特急」
「駅弁だね」
ごろん、と航太はこっちを見て転がり、「嘘だよ嘘」と言った。
「疲れててもこのまま車で帰るからそのつもりで」
「え? もう一泊していく?」
「ゆらの身体もずっと車に乗ってて疲れが溜まってきたでしょう? それともゆらが運転する?」
「免許ないよー」
「あったって、こんな長距離運転させないよ」
そうなんだ、そういうものなのか、と思う。
なにしろ運転はしたことがないからまるで想像がつかない。申し訳ないけど疲れ具合もわからない。
パタン、と転がった航太から手が差し出される。わたしもベッドの中からいつも通り、手を出す。
繋がれる。
充足感がわたしたちを満たしてくれる。
ああ、確かに疲れたかもしれない。
目を瞑れば、あの吸い込まれそうな壮大な星空が目の前に現れて、わたしを連れて行こうとする⋯⋯。
「ゆら、こっちにおいで」
思わず目をパチパチさせてしまう。だって、そういうのは今まで。
「この前、ソファから下りてきたじゃないか。同じことでしょう?」
「え? あの、今回は高さが一緒ですが」
「僕が昨日、今日、どんなに大変だったかわからないの?」
その言葉はずしんと響いた。
だって、わたしのために文字通り奔走してくれたんだもの。
ベッドから足を下ろしたらほんのちょっとの距離。スリッパも履かずに素足で歩いた。
「ここだよ」
招かれたのは腕の中で、わたしは彼の腕枕に沈んだ。
緊張して身体が丸くなる。
初めてじゃないし、逆に誰でもいいってわけでもない。航太だから、緊張するんだ。
「もう伯父さんから言質は取ったし、僕たちは公然の仲なわけだ。わかる?」
頷く。
「意味わかってる?」
⋯⋯頷く。
「じゃあ」
唇と唇が触れ合う。手と手が触れ合う時のように。
いつもと同じく緊張が解けていく。眠くなったらどうしよう? それは通じたのか、軽く、悪戯のように唇を噛まれる。
「痛い」
「あんまり気持ちよさそうだったから、意地悪」
意地悪はその後も散々続いた。
唇は何度も流星のように降り注ぎ、永遠に朝まで口付けだけで終わるんじゃないかと思った。
相変わらずキスはとても上手で、上手になった練習はどうだったのか、感じながらやっぱりそれを考えてしまう。一生そうだったらどうしようと思ったけれど、杞憂だった。
――気持ち良すぎて頭の芯をなにかが突き抜けていく。なにも考えられない。
「ゆら、越えるけど、いい?」
なにを? と思うと、唇は這うようにわたしの身体を滑っていった。耳元、首筋、それより先――鎖骨。
「一線を――」
洗濯物のボタンをはめる時のように、航太はわたしの貝殻のように小さなボタンを器用に外した。ボタンも見ずに。
「ん」
下着の中にするりと手が入ってわかった。これが『越える』ってことなんだ、と。今まで航太が我慢してきたってこと、それを『越える』んだ――。
そのふしくれだった指を持つ大きな手はわたしの小さな胸の丸みをそっと撫で、どんどん期待値が上がっていく。
胸の先にそっと舌先が触れた時、「あ!」と声を上げてしまい、「しっ!」と言われた。
「こういうところは意外と壁が薄いことが多いからね」
こくん、頷く。
うちは防音性が高くて、今まで気にしてなかったことを気にしないといけない。
「じゃあ、やり直し」
そっと、とは言い難く、しっかりと上へ向かって舐められた。ん、と思ったけれど、大きな手のひらで口を塞がれる。
気持ちいいのに、息が苦しくなって、胸が苦しくなる。
薄く目を開けると、そこには真剣な顔が見えた。新鮮さへの感動が心の中に怒涛のように溢れる。ああ、この人、わたしをすきなんだなって。
「恥ずかしいから見るなよ」
口を塞いでいた大きな手は、今度は目を塞いでなにも見えなくなった。
感覚だけが大きくなり、うねる波のようにその指が、舌先が、わたしを翻弄する。浮かぶ、沈む。すべては航太の舵取り次第なのに、彼の吐息も荒くなっていく。
「偉いね、がんばって」
頷く。
「でもそろそろ」
◇
従兄弟はただの従兄弟じゃなくなった。
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