第6話 50/50
「あの、冗談はやめて映画でも観ない? 悪かったから、ごめん、今のはわたしが悪かったの。許して?」
今まで謝って許してもらえないことは無かった。航太は今日も「仕方ないな」と許すだろうと思っていた。
「ダメだよ。もう限界。自分の部屋に帰ってくれよ、今夜は」
「わ、わかった。でもまた遊びに来るのはいいでしょ?」
いつも通りなわけだし。
高校時代だって、航太の部屋でふたりでよく勉強したわけだし。
その前だって、ずーっと前だって、航太がわたしを自分の部屋に入れない、なんてことなかった。
「ゆら、今まで言わなかったけど、最近はそういうの古いって言われるけど、うちでは本家は絶対なんだ。ゆらを近くで守ってやれと言われたらその通りにする。けど、ゆらと男女の関係、ましてや結婚なんて分不相応だよ。ゆらが少しでもそれをほのめかすなら、僕らはもっと離れなくちゃいけない」
「そんな――。じゃあ航太までわたしが本家の娘だからやさしくしてきたって言うの?」
「そこまでは言わない。いくら本家の娘でも、かわいい同い年の従姉妹だってことは変わらないよ」
「じゃあやっぱり皆が言う通り、『いとこ』って括りがダメなの? それがわたしたちを逆に隔てるの?」
「ゆら、変だよ。僕たち、失恋したばっかりなのにこんな話――」
バチーンと、マンガなら描き文字が飛んだかもしれない。わたしはいそいそと着替えて、散らかしていた荷物をカバンに詰めて、まだ半乾きの髪のまま立ち上がった。
「バカッ!」
◇
帰り道はまたしてもしくしく泣いていた。繁華街を抜けて、わたしのマンションに行く。線路のこっちと向こう、わたしの部屋は閑静な住宅地にあった。
ダボッとしたパンツを履いた男がやけに絡んでくる。
この通りは周りの商業施設が閉店すると途端に治安が悪くなる。だからなるべくこの時間に通らないことにしてるんだけど⋯⋯。
「お姉ちゃん、かわいいね。そこで一緒に飲まない? 奢るからさ」
「嫌です! 離してください!」
「髪が濡れてんの? ははーん、男といたんだ?」
「とにかく離してください!」
酔ってる。話しかけてくる吐息が酒臭い。酔っ払いを撃退するにはどうしたらいいんだろう?
防犯ブザーを鳴らす? 大事にならない?
元々泣いていたわたしの顔はぐずぐずで、もう一瞬でもいいから早く離してほしいと思った。
「ゆら!」
航太はわたしを見るとほっとした顔をして、男を見ると睨みつけた。
男はなにか二言、三言いってどこかに去って行った。
「航太ぁ」
間違えようもなく、わたしは航太の胸に飛び込んだ。こんなにしつこく男に絡まれたのは初めてだった。
なにしろ地元でわたしに絡む男なんていなかったんだから。
「ごめん、ゆら。ひとりで帰さなきゃよかったよ。この時間は危ないんだ。話しかけられても無視するようにしないと」
「でも」
「悪かった! だからこの時間にここを通らないで」
今度は航太の方からわたしの後ろ頭を抱き寄せた。ぎゅーっと、わたしは少し身を固くした。それくらい力強いハグだった。
「⋯⋯許してくれる?」
「またその話? マンションまで送るよ」
はぁ、ため息が出る。
夜の街は猥雑で、あちこちで酔っ払った連中が大きな声を上げていた。真っ黒な夜の闇を不自然に跳ね返すネオンが、空を脅かしていた。
「いとこ同士だよね、今まで通り」
「そうだ、いとこ同士だよ。でもさ、周りにも言えないようなことはしたらいけないんじゃないかな?」
わたしは航太から体を離すとそっとその目を見た。はっきりした二重の目は、まだ緊張の色をしていた。
「⋯⋯間違いなんて、起きないでしょう?」
「今まではね。それに他所の人はそう思わないでしょう?」
完敗だった。
なにしろわたしは最初から不利だった上に助けてもらったし、もうなにかに抵抗するような力は残ってなかった。
繁華街を、手を繋いで駅方面に抜けた。
だんだん街は静けさを取り戻して、夜空は落ち着いて暗闇が夜を浸す。
わたしたちはなにも話さなかった。わたしのサンダルの踵だけがコツコツと音を立てた。まるでひとりでおしゃべりする女の子のように。
「⋯⋯わかった。航太の言う通りにする」
だから、だから無視しないで――。わたしをひとりにしないで。
「簡単なことだよ、もう泊めない、泊まらない。基本はそれ。それ以外のことはなんでも助けるから」
ああ、助けてくれてたのか。
それじゃあ50/50《フィフティー/フィフティー》にはならないね、最初から。
航太の腕の中は汗で湿っていた。
きっと夜の湿度のせいだけじゃない。わたしを守るため、騎士のように走り回り、姫であるわたしを捕まえて――。
身分の違いって、なんだ?
わたしの頭、バグってない?
違う、あの土地がおかしいんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます