どうせ死ぬなら世界の果てで。

イザサク

第1話 まだ死なない、まだ死ねない


「ま、魔物だぁぁぁぁ!」


 太陽が1番高い時間。村の見張り台からそんな報告があり、ゴブリンやリザードマン等の魔物による黒い波が、城壁の外にある小さな村を包むまでそう時間はかからず、私が生まれ、17年育った場所は一瞬で姿を変えた。


 これまで過ごしてきた家は瓦礫の山になり、それまで子供達が遊んでいた公園では魔物が人体を使って遊んでいて、遊具は綺麗な赤に着色されている。先ほどまで響き渡っていた人々の悲鳴も段々と小さくなっていき、目を瞑ればいつも通りの静かな朝のようにさえ思えた。しかし、そんな私の後ろではリザードマンが私の足で遊んでいた。

 

 城壁内に逃げ込むための唯一の門が高台にあり、そこを目掛けて人が殺到し、人混みに押された私は高台から落ちてしまったのだ。落ちた箇所は村や門を見渡せる開けた丘の上だった。幸か不幸か、動けないながらも意識はハッキリとしていて、私を突き落とした連中が無事に城壁へと吸い込まれていくのを眺めていた。その間、城壁内から対魔物部隊の兵が何度か出てきて魔物に向かっていったが状況は変わらず、私を助ける者など誰もいなかった。


 しばらくの間動けずにいると、私の下へと当然魔物がやってくる。やってきたのは大きいリザードマンで、私の足を掴むと、パキッと簡単に骨を折り、紙を裂くように太ももから下を引きちぎったのだ。すでに体の感覚は無く、靴が無ければ私の足とわからなかっただろう。何が楽しいのか、リザードマンは座りながら足を地面にグチャグチャと叩きつけて遊んでいた。肉が剥がれ、骨だけになると、私からもう片方の足を裂いて遊んでいた。


「殺して……」


 と呟いてみるも、意味が伝わるわけもなく、グチャグチャと肉が叩かれ続ける音だけが返ってきた。


 私の足が骨になり、その後両腕も裂かれ、私の周囲を真っ赤に染める頃。大きい銅鑼の音や雄叫びを響かせ、城壁の門から剣を携えた大量の兵が出てきた。恐らく対魔物部隊の本隊だろう。門を完全に閉じ、救助というより城壁内にこれ以上の損害を出さないというのが目的に見える。村の生物は私以外には魔物しか残っておらず、当然といえば当然だが。私の後ろに座っているリザードマンも部隊に気付いたようで、私の腕だった物を振り回し、吠えながら部隊の方へと向かっていった。せめて骨だけでも返して欲しかったなぁ、と思ったがどうにも出来ず、気を緩め、眠る事にした。願わくばこの惨状が夢でありますように。




 

 地鳴りのような足音で目を覚ます。充満した血の匂いが先ほどまでの光景が夢でない事を示していた。村の方を見ると、見た事無い魔物が闊歩していた。それは黒い2メートル程の立方体に体の半分ほどの長さの黒い棘が足のように4本伸びており、それで四足歩行している。そんな生物に見えない物体が10体ほど村にいた。城壁の方には銅鑼や剣が赤い水溜まりの中に落ちていた。魔物の死体も転がっていて、謎の物体以外に動く物は無かった。


「なにあれ……ていうか、なんで私は生きてるんだ……」


 ゆっくり呼吸をして、手をついて立ち上がろうとする。


「ああ……腕……無いんだった。」


 ただその場で転がり、手足が無いことを認識して、空を見る。


「アハハ、アハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハ……何で私は生きてるんだよ!早く死なせてよ!黒いやつ!私も殺せよ!こっち来いって……」


 全身を使って暴れているつもりだが、胴体にしか感覚は無く、体の周りの草だけが散っていた。すると、暴れた拍子にシャツの胸ポケットから、ハンカチが出てきて、そこに包まれていた透明なビー玉のような物が転がり落ちる。


「ああ、ユリがくれた御守り……ユリ……生きてるわけ……無いか……」


 と、妹の事を思い出す。血は繋がっていないが、2つ下の可愛い妹で、そんな彼女から、綺麗だからお守りにしてね!と、7年ほど前に貰ったのがこの物体だった。


「確か夜にお祭り行くからって言って、お昼寝してたもんな……逃げれて無いよなぁ……もうペシャンコかな……アハハ……ユリ、ごめんね、一緒に死ねなくて……」


 そう言って御守りの近くまでゆっくりと這って、2度と落とさないように、無くさないように、飲み込んだ。



 

 また目を閉じ、どれくらい経っただろうか。黒い謎の物体が私を取り囲んでいた。


「なに?やっと私の事も殺す気になった?」


 いい加減死んでない理由が分からない。体に感覚は無く、触覚以外の五感はいつもと変わらないのが不気味だった。だが、それでもこいつらなら私を殺してくれる。そんな気がした。


「キキキ」


 金属が軋むような音が聞こえた。こいつらの声だろうか。すると、


「キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」


 と、黒い物体全てからすごい音量で鳴き出し、鼓膜を襲う。手で耳を覆う事も出来ず、音が直接入り込んでくる。


「ああああああ!うるさいうるさいうるさい!早く殺してってばぁ!」


 と、叫んでみるが意味があるわけない。しかし、


「あれ、音が止まった……?」


 と、静かになったと思った。だが、他の音もしない。どうやら耳自体がやられたらしい。


「まあ、静かでいいか……」


 そう言うと、どんどん近づいてくる謎の物体。辺りが覆われて暗くなる。


「暗い……あれ?何も見えない……」


 次の瞬間目が熱くなる。


「ぐっ、……ガアアァ、イタイ、イタイ、イタイイタイイタイイタイイタイ……」


 謎の物体の足の先が目に刺さっていた。そこからドロリと垂れた血が謎の物体の足先を赤く飾っていた。


「あれ?もう痛くない……もう少しで死ねる……それとももう死んだ?アハハハハハハ」


 何も見えないし何も聞こえない何も感じない。そこから何分経ったのか。お腹の方に何かが刺さる。皮膚が破れ、肉を貫き、内臓が弾けた感触がした。


「ああ、これで終わりね!?死ねるのね!やっタ!ユリ、ゴメンネ、オネエチャンモスグニシヌカラ!モウスコシデオイツクカラネ!アハハハハハハハハハハハ!」


 ……グチャっと何かが潰れる音がして、辺りには静寂が残った。





「いや……べき……わからない……」

「たすけ……はな……しれない……」


 謎の話し声で目が覚め、白い天井が見える。やっぱり夢だったんだ。身を起こし、ぐーっと体を伸ばす。血が巡り、ピリピリと心地よい感覚が全身を巡る。声の方を見ると鉄格子越しに2人の衛兵が話していた。


「ん?鉄格子?」


 不思議に思い、体をよく見ると、両腕両足には鉄の鎖がぶら下がっていて、地面と繋がっていた。


「え!何、これ!」


「あ、あいつ、目覚めたぞ。報告してこい!おい、下手に動くなよ!」


 衛兵のうち1人が走り去っていく。残った1人が怒鳴ってくる。


「動くな……って、何でこんな拘束してるんですか?私何も……普通の民間人……」


「あんな場所で無傷で倒れていた奴が普通を騙るな!貴様の周りには人間の手足が落ちていた!貴様は魔物の襲撃に乗じた人殺しだ!なぜあんな場所で1ヶ月も生き延びれたかは知らないが、間も無く処刑されるだろう!」


「手足……?私の……周り……?私の、手足……?」


 確か私の手足は千切られ、周りに落ちていた。だが、私の手足は健在だ。感覚もあるし、しっかり動く。という事はさっきのは夢?でも……分からない……何があったのか……しかも1ヶ月?


「あの、あれからどれくらいの時間が……」


「あ?1ヶ月前だって言ったろう。やっと魔物がいないのが確認されて、昨日から生存者の捜索が開始されたんだ。」


「……他に生存者って……?」


「見つかっていない。だいたい、生存者なんているわけないだろう。捜索とは名ばかりで、あんなのはただの清掃作業だ。」


「じゃあやっぱり現実だったんだ……うっ、うう……」


 改めて涙が止まらなくなる。泣いていると、さっき走り去った衛兵が戻ってきて、何かを耳打ちしている。


「よしわかった。おい、国王陛下との謁見だ。どうやら戦闘能力を買われたらしいぞ。死なずに済むかもな。」


「え、戦闘能力なんて何も……それに死んだ方が……」


「あ?何言ってんだ?ほら、枷を外すから腕出せ。」





 衛兵に連れられ、牢から移動する。どうやら王城の地下牢にいたようで、何重もの扉を抜け、階段を登り、しばらく歩くと広い謁見の間に出た。そこには偉そうな服に身を包んだ髭を蓄えている偉そうな初老のおじさんがふんぞり返って座っていた。


「お前があの村の唯一の生き残りらしいな。」


「え?唯一……ですか?あの、避難した方々は?」


「避難?余は聞いていないぞ。おい大臣、避難民などいたのか?」


「いえいえ、そんな報告はありませんな。陛下、この方が唯一の生き残りです。」


「そんな、私避難している方を見て……」


「そんな事よりだ、あそこで生き残ったという事は腕が立つのであろう?そこでだ、余の妾にならぬか?護衛兼妾という事だがな。そうすれば命は取らぬ。余はその赤い綺麗な髪が気に入ったのだ。どうだ?」


「妾……ですか……。」


「ああ。まあ、何十名もいるうちの1人だからな。そんなに出番は回ってこないさ。あーっはっはっは。」


 そう言ってジロジロと体を見て笑う王様。いっそぶん殴ってやりたいが、腕は抑えられ捕まっていてどうする事もできない。


「では、お断りします。どうぞ処刑してください。もう何も惜しくないので。」


「な、なら護衛はいいから妾という事でな……」


「いえ、いいです。気持ち悪いので。国王陛下のお早い逝去を楽しみにしてますわ。」


「ぬう、もうよい!殺せ!ここでだ!その口を喋らなくして持ってこい!」


 そう言って出ていく国王。


「そういう事だ。じゃあここで処刑だ。」


「えっと、あんたが大臣だっけ?」


「ああそうだ。国のトップの顔くらい覚えておけ。まあ、もう意味はないがな。」


「ねぇ、ほんとに避難した人はいなかったの?最後なんでしょ。教えてよ。」


「ん?ああ、避難民か。全員殺したよ。城壁を越える前にな。魔物に紛れ込まれても困る。」


「……最低ね。国民を見捨てるなんて。」


「国民の安全のためだよ。元々そのための村なのだから。」


「そのための村?どういう事?」


「ああ、喋りすぎたな。もう死ぬのだからいいだろう。どうだ、斬首の準備は?」


「はっ、完了しております。」


 先ほどの衛兵が剣を持ってきた。村の件だけが心残りだがまあ、サクッと殺してくれるならいいかな……と思った。


「さあ、そこで跪け。そうすれば楽に殺してやろう。」


「……。」


 大人しく跪く。もとより抵抗する気も何もない。


「動くなよ。何回も切るのは面倒だからな。では、いくぞ。」


 一瞬風を切る音がして、首に熱いものが滑り込んでくる。その後見えたのは逆さまになった自分の体だった。ああ、これで死んだなぁ…………。


「うわああああ!何なんだ一体!」


「大臣!お下がりください!やはり人間ではないのか!なんだ貴様は!」


「エ?ワタシ?」


 そう言われ自分の体を見る。切られたはずの首からは黒いモヤのような物が伸びていて頭部と繋がっており、モヤは自分の意思で伸縮できた。


「アア、ナルホド……ソッカ、ユリ、ゴメンネ。」


 ここで初めて気づいた。自分が人間ではなくなった事。そして、死ねなくなった事に。

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