第9話

 その次のお茶会までは参加したが、次の次のお茶会からは欠席するようになった。


 肩身が狭くなったからだ。


 クラリッサとばかり話すディーン。


 メイベルが隣にいるにもかかわらず、ずっと真正面を向いている。


 真正面の椅子にクラリッサが座っているからだ。


 身振り手振りを使ってディーンが話すとき、腕がメイベルと触れるときがある。


 そのときになって初めて、メイベルの方を向くのだ。




「ぶつかってしまったね、ごめん」




 最後のお茶会でディーンと交わした会話は、それだけだった。


 それまでも、あまり会話をする二人ではなかったが、森から庭に出てきた小動物の足音で、ディーンが今のはウサギだと言い当てたり、雨の日は図書室の中で、メイベルが詩を朗読したりすることもあった。


 静かながらも交流があったと思っていたが、クラリッサのそれを目にすると、今までのが交流と言えるのかメイベルには自信がなくなる。




 次の次の次のお茶会をメイベルが欠席した日、侍従が王に報告をあげる。




 ◇◆◇




「そうかそうか、ディーンはクラリッサ嬢と会話が弾んでいるのだな」




 ジョージは笑いが止まらないといったふうだ。


 侍従は首をかしげる。


 以前は会話が弾むのは不自然だと言っていたはずだ。


 侍従はメイベルが続けてお茶会を欠席したことも伝える。


 


「青痣令嬢も気がついたのだろう。クラリッサ嬢のほうがディーンにふさわしいと」


「しかし、婚約者であるのはメイベルさまです。クラリッサさまのディーンさまへの距離感は、ご友人にしては近すぎます」




 侍従はクラリッサの目的を知らない。


 あまりにもないがしろにされるメイベルが憐れと思い、こうしてジョージに報告に来たのだ。


 しかしジョージの口から飛び出した言葉に、驚愕する。




「それでいいのだ、ディーンの婚約者はクラリッサ嬢に変わる。そろそろ青痣令嬢には退場してもらわんとな」




 侍従は、盲目であったころのディーンを長く見てきた。


 だからこそ、分かることがある。


 ディーンが心を許しているのはメイベルだ。


 目が見えないときから変わらず、メイベルの存在感に安堵している。


 今は目の前の新しい玩具に夢中になっているが、遊び尽くせば飽きるのが早いのも知っている。


 そうなったときに、隣にメイベルがいないと分かればどうなるのか。


 メイベルのいないお茶会では、何度もメイベルが座っていた左側の腕をさすっている。


 そこにメイベルの気配を感じないからだ。


 ディーンのそんな仕草まで見ていた侍従は、ジョージの決定に顔を青くする。


 しかし、王には逆らえない。


 侍従の報告を聞いて、さっそくメイベルの父親であるリグリー侯爵に婚約解消の通達をしたため始めたジョージに礼をし、侍従は王の執務室を後にした。


 とてもディーンには伝えられない。


 今回の侍従の判断は、凶と出てしまった。




 ◇◆◇




 リグリー侯爵家に、王からの通達が届いた。


 目が見えるようになったディーンは、ホイストン公爵家のクラリッサと婚約を結ぶという内容だった。


 つまり、一方的なメイベルとの婚約解消だ。


 ただ解消されるだけならば納得がいかなかったが、ジョージとホイストン公爵家の執り成しで、メイベルに新たな婚約者を用意してくれるという。


 せっかく繋がった王族との縁がなくなってしまうが、王と公爵家の意向には逆らえない。


 しぶしぶではあったが、リグリー侯爵は承諾の返事をした。


 またしても、メイベルには何の相談もなかった。




 そのとき、メイベルは自室でひっそりと過ごしていた。


 これまでも、ディーンにお茶会へ誘われる以外は、ずっと引きこもっていた。


 本を読んでいることが多かったが、読む本がないときは手慰みで編み物をした。


 本当の母親が亡くなる前、赤ちゃんのために一緒に何か作りましょうと、編み方を教えてくれたのだ。


 手袋、靴下、帽子、マフラー。


 小物は一通り、編むことが出来た。


 使い道のないそれらは、ある程度の量がたまると、メイドが孤児院へ寄付してくれた。


 そのまま使ったり、バザーで売ったり、何らかの貢献にはなっているようだ。


 迷惑ではないようで、メイベルはホッとしている。


 メイベルがもっぱら一人でいるのは、これといった友人がいないからだ。


 それは社交界から距離を置いて、もう長いせいでもある。


 そのきっかけとなった事件があった。


 メイベルが15歳、義妹のシェリーが14歳のときの話だ。




 ――小雨の降る日だった。


 メイベルにとって義母である、リグリー侯爵夫人の墓参りに来ていた。


 先月、急逝してしまった義母。


 それを治癒魔法で助けることが出来なかったメイベルは、まだショックを引きずっていた。


 メイベルを役立たずと激しく罵ったシェリーとの関係も、ギスギスしたままだ。


 リグリー侯爵は仕事で行けなくなったので、メイベルとシェリーの二人だけを乗せた馬車は、人通りの少ない道をゆっくりと走っていた。


 もうすぐ墓場というところで、馬のいななきが聞こえ、馬車ががくんと揺れて止まった。




「なあに? どうしたの?」




 シェリーがのんびりと、御者側の小窓を開ける。


 しかし、そこに御者の姿はなかった。


 何かが起きたのだと察したメイベルは、すぐに扉に鍵をかけた。


 かけた瞬間、何者かが扉を開けようとガンッと取っ手を引いたが、鍵のおかげで振動だけが車内に伝わった。


 間一髪だった。




「なによ? なにが起きてるの?」




 シェリーもようやく異変に気がついたようだ。


 開けた小窓を閉めようとして、そこから覗いていた誰かを見つけ、シェリーが叫び声を上げる。




「きゃああああああ!!」




 顔を黒く汚した男が、車内を観察していた。


 小窓から腕を入れシェリーを捕まえようとしたが、メイベルがシェリーを引っ張って反対席側へ寄せる。




「へへっ。小娘だけか、ちょうどいい。ちょっと俺たちに攫われてくれよ」




 男は小窓からなんとか扉の鍵を外せないか試していたが、どうにも届かないと分かると腕を引っ込めた。


 その隙にメイベルは小窓を閉める。


 諦めてくれればいいと思ったが、相手は複数人のようだ。


 それに対してこちらは力もない少女が二人、身を寄せ合うだけ。


 小雨が降る中、人通りの少ない道を走ったことが災いした。


 とっくに御者はやられてしまったのだろう。


 男たちの話声が聞こえる。


 扉を開けるために何かを準備しているようだ。


 


「助けて!! 誰か助けて!!」




 シェリーが叫び声を上げる。




「うるせえ! 静かにしてろ!」




 男たちの乱暴な言葉遣いに、シェリーが震えあがる。


 このままではいけないが、どうしていいかも分からない。


 メイベルも、カタカタと怖気づく自分の体を、抱きしめるしかなかった。




「よおし、ぶつけろ! これで扉が壊れるはずだ! お嬢ちゃんたち、怪我したくなければ扉から離れているんだな!」




 笑い声と共に、ドゴッと扉に何かがぶつかる音がした。


 同時に馬車も大きく揺れる。


 


「いやああああ!」




 シェリーが恐慌をきたしたように泣き喚く。




「もう一度だ! 早くしろ!」




 ドゴッドゴッ!


 何か大きなものを抱えて、扉に突進している。


 扉の蝶番が軋み、鍵の掛け金も扉から浮いた。


 このままでは今にも開いてしまう。


 メキィッ!


 掛け金が曲がり、木製の扉が車内にめり込む。


 わずかに開いた扉の隙間に、大きな男の手がかかる。


 そこからは、あっという間に扉が剥がされた。




「手間取らせやがって、ほら、さっさと降りるんだよ!」




 メイベルは二の腕を引っ張られ、車外へと放り出された。


 道端へどさりと腰を打ち付けたメイベルに、しとしと小雨が降り注ぐ。


 男は泣き喚くシェリーも容赦なく馬車から引きずりおろした。




「いやよ! いやよ! 放して! 誰かああ!」




 涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、叫びまくるシェリー。


 苛立った男が、大きく手を振りかぶった。


 シェリーが叩かれる。


 そう思った瞬間、メイベルは飛び出していた。




「止めて! シェリーには手を出さないで!」

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