地球消滅記念セール

 地球が消滅した。

 私はそれを、たった今、ニュース画面の向こう側に見た。

 実感はなかった。自分自身だって、肉体があった頃と変わらないように思う。地球がなくなっても、私はこうして「生きて」いて、ものを考えることも、身体の感覚を「感じる」こともできている。この技術がある私たちは、恵まれていて幸福だ。だってこれがなかったら、私たちは地球と共に滅びなければならなかった。

 技術の完成によって、人々はこの「新しい地球」に「移住」した。新しい地球は、宇宙船の中にある最高峰のスパコンだった。私たちは肉体を捨て、意識という名のデータになって、全世界で五つに分けられた宇宙船のどこかで生きている。技術や宇宙船に関して、少し前までは大小さまざまな問題や国際的な諍いが起き、中にはかなり深刻なものもあったのだが、今は一旦膠着状態というか、比較的落ち着いていた。

「新しい地球」の「新しい日本」では、実態があった頃よりも福利厚生が充実している。全てがデータになったことでベーシックインカム制度が実現し、何もしなくても最低限の生活が保証された。旧地球から移した口座で財産の保持も可能だし、ここで新たに仕事を探すこともできる。あらゆる物体がなくなって多くの仕事が失われたが、代わりに新たな職業も増えた。例えば私は「ケーキ職人」だ。「おいしく」て見た目も素敵なケーキの「データ」を作って売る。私の作ったケーキデータは大手ショッピングサイトで販売されており、誰でも購入することが可能だ。私は特に有名な職人ではないが、今日から地球消滅記念のセールが始まって市場全体が盛り上がるので、相乗効果で売り上げもアップするだろう。

 視界の端からショッピングアプリを開いてみると、あちこちでセールが始まっていた。日本では「地球消滅記念セール」は不謹慎だという批判を多く受けたため、「新生活応援セール」的なチープな名称になっているが、やっていることは他の国と変わらない。

 私も何か買おうと思って視界をスクロールしていると、「感情表現」の項目を見つけてハッとした。ここでは感情をアバターに表現させるために出力データの別途購入が必要になる。実感がなかったのはこのせいかもしれない。

「静かに泣く」と「微笑む」の表現は95%オフになっていた。私はそれを選択して購入し、地球の消滅に思いを馳せて静かに泣き、新たな世界の誕生を祝って微笑んだ。

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