クマの誕生日

 ぽこん、と間の抜けた音を立てて、家族用のグループラインにメッセージが送られてきた。

『クマがうちに来たのって、クリスマスだっけ。それとも誕生日だっけ?』

 くまのぬいぐるみに「クマ」と名付ける感性の持ち主の真澄は、昔からかわいらしいもの、特にぬいぐるみが大好きだった。その上さみしがりだったので、社会人になって初めて一人暮らしを始めるという時は、当然のように「クマ」も連れて実家を出た。

 衝撃だったのは、その一年後、私が真澄の部屋に遊びに行った時、部屋にクマがいなかったことだ。理由を尋ねると、もういい大人だからね、とさみしそうに返された。大人だから、子どもの頃にもらったぬいぐるみを今も抱いて寝てるなんておかしいから、クマはクローゼットにしまってるんだ、と、真澄はそう言って笑った。悲痛な笑顔だった。クローゼットを開けてみると、押し込まれてひしゃげたクマの背中が見えて、それはまるで真澄の心を代弁しているかのようにさみしそうだった。

 ぽこん、という音と共にスマホが震えて我に返る。私が昔を回想しているうちに、誰かが先に返信したらしい。

『誕生日だよ! 真澄が七歳の時!』

 母からのメッセージに、そうだったのか、と私はひとり感心する。誕生日だとはわかっていたが、時期については覚えていなかった。

『ありがとー! 今みんなの誕生日決めてんの! 一匹一匹ちゃんとお祝いしようと思って!』

 真澄は嬉しそうだ。しかし「みんな」というのは、真澄の家にあるぬいぐるみたちのことだろうか。百体以上はいたはずだ。全員祝っていたら二日に一度は誕生日パーティーをすることになる気がするが、それは大丈夫なのだろうか。

『明後日がクマの誕生日だね! 今日はネコの誕生日だからお祝いしてる!』

 案の定だ、と思いながら、私は「いいね!」のスタンプを押した。するとまた通知が来て、今度は真澄と雛さんがぬいぐるみを抱えた写真が送られてきた。

 雛さんは、真澄のパートナーだ。

 クマをクローゼットに押し込んで隠す真澄の生活は、雛さんが現れたことで一変した。雛さんもぬいぐるみが大好きで、真澄の趣味についても「私と同じだね」の一言で受け入れた素敵な人だ。長らく同棲していた二人は、今年結婚することが決まっている。

 送られてきた写真を改めて見る。

 最愛の彼女とぬいぐるみたちに囲まれた弟は、幸せそうに微笑んでいる。

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