ガラクタ屋

 その少女はいつも、ガラクタを拾っていた。

 僕は少年の頃、無闇に入ってはいけない、と大人たちから言われていた森の中で初めて彼女を見た。地元で「ガラクタ屋」と呼ばれる怪異であるはずの彼女は、白いワンピースを身に纏った、七歳くらいの、あどけない表情をした女の子だった。

 「何してるの」と声をかけた僕に向かって、彼女は一言、「あなたのはないよ」と言って柔らかく微笑んだ。怖くはなかった。しかしそれ以上話しかけても返事をしてくれなかったので、僕はその場を立ち去るしかなかった。森を出る前に振り返ると、彼女は地面に屈んで、きらきらと光る何かを拾っていた。そしてそれを、ワンピースのポケットに、大事そうにしまっていた。

 二度目に少女に会ったのは、僕が東京の美大に進学を決め、故郷を立ち去る時だった。大学卒業後も東京に住み続けると決めていたので、最後にと寄ってみたのだった。彼女は僕を見上げると、やはり「あなたのはないよ」と言って笑った。僕は「そうか」と頷いて森を去り、東京へと発っていった。

 三度目に彼女と会った時、僕は四十五歳になっていた。森で見つけて声をかけると、彼女は「あるよ」と頷いてポケットに手を入れた。その言葉の意味を、大人になった僕は理解していた。

 少女は僕の前に手を差し出した。そこに乗っていたのは、光る石だった。

「君が集めていたのは、捨てられた夢だったんだね」

 美大を卒業したあと、僕は三年ほど、フリーターをしながら画家になる道を模索した。しかし芽が出る気配は微塵もなく、今の妻と知り合ってから一年後、二十六歳の時に、夢を諦めて一般企業に就職した。三十歳で結婚して、今は子どもがひとりいる。家のローンと学費の支払いに苦心する日々だ。夢などとうに消え去った。

 差し出されたそれを受け取らずにいると、少女は首をかしげた。

「いらないの?」

「うん。夢はもう諦めたんだ。今日は父が亡くなって実家に帰ってきたから、ついでに寄ってみただけ」

 僕がそう言うと、少女はきょとんとして言った。

「これ、夢じゃないよ」

「え?」 

「幸福だよ。あなたのは、『絵を描く』っていう、幸福」

 少女は微笑みながら、「あげるね」と、問答無用で僕の手のひらにそれを押し付けた。

 その日から、僕は時折、休日に絵を描く。

 売れる絵じゃない。だけどその日から、僕の心にはほんの少し、幸福の量が増えている。


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