国民個人幸福度指数

 国民個人幸福度指数、というものが導入されて久しい。これは国民番号を持つすべての人間に、生まれた時に埋め込まれたチップによって測定されるものである。最大値は100で、20を切ると精神的貧困状態と診断され、行政からの指導とサポートが行われる。内容は家庭訪問やカウンセリング、心身の病のケア、仕事の斡旋など多岐に渡り、中には社会的孤立を免れるためのサークルサポートシステムまである。調査の結果によっては、金銭的な補助や、住む場所までサポートしてもらえる。昔はこの制度がなく、ずさんで表面的な保護制度からこぼれ落ち、犯罪に手を染めてしまう人々がたくさんいたらしいが、そんなのは100年も昔の話だ。

 自慢ではないが、私は今まで幸福度指数の平均値・70を下回ったことがない。特に東京に出てきてからは、常に80以上をキープしている。私は私を大切にするのが得意だ。経済的にはお世辞にもお金持ちとは言えないが、大金をかけなくても、幸福は自ら作り出すことができるものだ。

 私はインドア派で、自分の部屋にいることが大好きだ。一人暮らしを始めてから今年で八年、私は自らの部屋を完璧に整えている。

 窮屈な実家を出て一人暮らしを始めた際、私は私の力で、私だけの世界を作ることを決断した。誰にも侵害されない、私だけの幸福な空間を。

 まず、家具は白で統一した。机や椅子、棚、クッション、ローテーブル、タオル、ベッドカバー。洗濯機や冷蔵庫などの家電は一般的な備え付けのデバイス連携モデルだが、白か黒はデフォルトで選べるので困らなかった。食器も全て白にした。

 それになんと言っても、私の部屋にはぬいぐるみの首たちがある。

 ベッド近くの棚に並べたぬいぐるみの首たちは、ふわふわの笑顔で、仕事で疲れた私を迎えてくれる。

 この趣味は、両親には理解されなかった。買ってもらったクマのぬいぐるみの首を引きちぎって胴体を放り、首だけを抱きしめて慈しむ私を、両親はまるで悍ましいものでも見るような目で凝視し、時には悲鳴をあげた。おかしな話だ。首が可愛いと思うってだけなのに。

 その当時、彼らの幸福度指数は30を切っていたと思う。だから私は両親のためにも、大学進学を機に家を出た。

 家族用アプリで確認した今日の両親の幸福度指数は、75と80。

 私の幸福度指数は90。

 上々だ、と私は頷く。

 私たちは今日も幸福だ。

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