1000字ショートシリーズ
羽衣麻琴
ろうそくとチーズケーキ
「ウソ今日誕生日なの?」
高校からの帰り道、私の発言に目を見開いた彼女は、「ちょっと待って調べるから」と言って、歩きながらスマホをいじり始めた。
「調べるって?」
「百均の場所を……あ、スーパーの中にあるじゃん」
知らなかった、などと呟く彼女を横目に、私は歩くスピードを落とし、制服のスカートを整えながらそわそわしていた。
プレゼントをくれるつもりなのだろうか。百均というあたりが実に彼女らしいが、去年同じクラスになったばかりの彼女はいつも金欠で、だから「おめでとう」と言われるだけで良かった私にとって、それは期待の上をいく反応だった。
「よし、今から百均行こ。で、ろうそくとライター買お」
え? と目をしばたたかせた私をスルーして、「あと」と彼女は続ける。
「駅んとこのケーキ」
駅前にケーキ屋があるのは知っていた。パリだかなんだかで賞を取ったパティシエが開いた店、の、三号店だか四号店だ。細長いチーズケーキが有名で、見た目はおしゃれで映えるけど、値段が高すぎて買ったことはなかった。
百均でケーキ用のろうそくとライターを買ったあと、ケーキ屋でひとつ八百円もするカットサイズのチーズケーキを堂々と一個買った彼女は、店を出てから私に「今日ウチ寄ってきなよ」と言った。
「親いないし、パーティーしよ」
彼女の家に着くと、私たちは早速『パーティー』の準備を始めた。
「ねえこれやばくね?」
細すぎるチーズケーキに、百均で買ったろうそくを次々と挿していく。彼女が「歳の数だけ立てなきゃ」などと言い出したので、数は全部で十八本だ。どう考えても無理がある。
「ぐっちゃぐちゃ。絶対怒られる」
「誰に?」
「これ作った人」
「それは正論」
私たちは笑いながら、無理やり立てた十八本のろうそくに火を灯していった。ぐちゃぐちゃになった元チーズケーキの上で、小さな光が十八個、ゆらゆらと揺れている。
「あ、ちょっとキレイかも」
「何が? 無惨なケーキが?」
「ひど。つって写真は撮るんだ?」
「だって記念だし」
スマホのカメラを向けながら、私は今日のことを、生涯覚えていたいと思った。
高校生活最後の誕生日。
ぐちゃぐちゃになったケーキと、十八本のろうそく。
やわらかく揺れる火と、その向こうで笑っている初恋の人。
やがては儚く消えるのだろう、この幸福なひとときを。
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