誰もが一度は苦し紛れに詠ったであろう 「夏休み ああ夏休み 夏休み」

 まさか、まさかの事態になってしまった。

 夢か?いや、夢に違いない。

 神か?神の仕業か!?

 だとしたら……


 神様ありがとぉぉぉぉぉ!!!




 一週間前の事である


「ダリアぁー、あんた夏休み暇なんでしょ?」

「なぁに、お母さん。いきなり、娘に対して失礼な」


「ちょっと近所の子の宿題、見てあげてくれない?今度の日曜日だけど」

「えー、めんどくさい。杏子あんずにでも頼みなよ、あいつの方がカテキョ向いてるって」


「その杏子ちゃんが、あんたを指名したって聞いたわよ」

 くそっ私に押し付けたな、杏子のヤツ~!

「私嫌だからね、そんな暇あったらバイト探した方がマシ」


「もぅ~、氷室さんにお返事しちゃってるのよ、海斗君にも了解得てるって言ってたから。今度焼肉連れてってあげるから、ね?」

「え…今なんて!?」


「だからね、夏休み中には焼肉ごちそうするから!」

 いや、そっちじゃない!!!

 今、海斗って言った!?

 なら、やる!

 やりたい!!

 やらせて下さいお母様!!!


 それから杏子!

 おお~心の友よ、ありがとう!!!




 当日。


「ねえ、なんでウチでやんの?」

「海斗君、自分の家だと友達が遊びに来たら嫌だからって」


「なら、もっと早く言ってよ!あーもー、掃除しなきゃ!!!」

 夏休みに入ってから全く片付けてない、散らかりっぱなしの汚部屋を綺麗にしないと!


 ゴミ落ちてない、パンツも落ちてない、クーラー効いてる、変なニオイしない、シャワー浴びて着替えもした…多分、ヨシ!


「……こんちわ」

「こ、こんちわ。久しぶりだね」


「いや、この前祭りで会ったじゃん」

 お、覚えててくれたーーー!嬉しーーー!

「ピスタチオやってた」

 ……そこは覚えないでぇーーー!


「海斗、今小5だっけ?」

「うん、5年生」


「取り敢えず、何からやっつけていこうか。」

「俳句。5つも作らなきゃいけなくて」


「俳句かぁー、季語はやっぱ夏限定とか?」

「え。きごって何?」

 おいおい。




「ググったから画面見てみ。この中にある単語を必ず入れて、五七五で作るの」

「…うん」


 ああ、何度見ても格好いい。

 通った鼻筋に生意気そうな口元、そして長い睫毛が印象的な涼しげな瞳。

 まだまだ幼さが残ってるし、手足も小学生特有のペタペタした質感だし、身長も私より低いし。 

 それでも、格好いい!


 初めて会った小1の頃もそれなりに可愛かったけど、あっという間に成長してイケメンになってしまった。


「ぜんぜん作れない、ダリさん考えてよ」

「ダメ、海斗の宿題でしょ。私が考えたら高校生に手伝って貰ったの、バレるよ」


 何故か海斗は、私の事をダリさんと呼ぶ。

 ダリアって名前が当時小1の海斗には言いづらかったみたいで、その頃は「ダリちゃん」って呼ばれていた。


「夏休み……ああ夏休み……夏休み……で、五七五出来た!」

「こらw真面目にやれww」


「ええ~、別にいいじゃん」

「ダメ、ちゃんとしたの作るの!」


「ちょっと休憩しようよ~。そこにあるマンガ読んでいい?俺の好きなヤツあるんだ」

「5分だけな!」


「短ッ!せめて30分!」

「じゃあ、間をとって10分!」


 えーもうちょっと、とか言いながら海斗はさっさと私の本棚から漫画を取って読み始めた。

 それよりも、さっき海斗が言った言葉が頭の中でリフレインしている。


 俺の好きなヤツ 俺の好きなヤツ 俺の好きなヤツ 俺の好きなヤツ 俺の好きなヤツ ……


 駄目だ、完全に変なモードに入ってしまった!

 なんとか、気持ちを切り替えないと!


「お疲れ様、そろそろ休憩したら…って、もうしてるのね。これ、どうぞ~」

 丁度いいタイミングで、お母さんがジュースとお菓子を持ってきてくれた。

 母よ、ありがとう!なんなら、気持ちが収まるまでしばらく居てくれてもいいゾ!


「あら、俳句作ってるの?ダリアも小学生の時宿題に出てたわよね。『夏休み ああ夏休み 夏休み』なんてふざけた1句が廊下に貼り出されてたっけ」


 こんの、クソババァ!

 さっさと出てけ!!

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