第12話

幸と母の麻里が居間に入ると、テーブルの方から温められたハンバーグの匂いが立ち込めていた。4枚並んでいる皿からは、千切りキャベツを添えられ、デミグラスソースがふんだんにかけられたハンバーグが顔を覗かせていた。


幸は手を洗ってから、空いている席に座り『家族』と一緒に「いただきます」と目の前の食事に手を合わせる。テーブルからは、懐かしい香りが鼻を抜けていく。最初はハンバーグを一口...。肉の焼けた香ばしい匂いと、濃厚なデミグラスソースが口いっぱいに広がってゆく...。一口食べると塩や胡椒に頼りすぎず肉本来の味もソースの風味と一緒に感じられた。懐かしさに自然と涙が溢れた...。


隣で美味しそうに、幸せを噛み締めるような顔をしていた兄さんが気がついて驚いた顔をして、「どうした、幸?」と心配そうに顔を覗き込んでくる。「ううん...なんでもないよ...。なんだか、懐かしくって...久しぶりに食べたから...」と溢れる涙を拭いながらそう返すのが精一杯だった...。すると母の麻里が「そうね、幸ちゃんハンバーグは久しぶりだったものね。」と懐かしむような微笑みを浮かべた。その様子から、唯が死んだ後にウチに引き取られた事が関係しているんだと察しがついた。その時、ちょうどこの街から離れて東京の学校で学んでいる最中の事だったのだろうか...。



姉が鬼籍に入るとすぐ、両親の仕打ちが今までよりも苛烈になった...。するとすぐに、周囲の人間にも知れ渡り二人は警察に連れて行かれた...。残された私に麻里さんたちが迷うことなく手を差し伸べてくれた...。高垣家に引き取られて一番最初の食事がハンバーグだった...。当時の私が幼かったこともあって、出されたハンバーグは大きく感じられたが、気がついたらすぐに食べ終わってしまっていた。一口食べたら、止まらなかったのだ....。美味しいだけではない...なんというか、温かいご飯が嬉しかった。食べる時の雰囲気も笑顔が溢れる光景がとても幸せだった。一言で表すなら...「優しかった」。でも、その優しさが自分に向けられていると、ここにいて良いのだろうかと不安にもなった。今までこんなに温かく優しい雰囲気での食事なんて摂ったことなんてなかったから...。そんな私の逡巡を読み取ったのか、父のあきらが「これからはここが、高垣の家が幸ちゃんの家だ。だから、好きなだけ居なさい。幸ちゃん、もう我慢しなくて良いんだ。お腹いっぱい食べなさい。」と優しく撫でてくれた...。満腹感と撫でてくれる手の温もりを感じながら眠りに堕ちていた。



ぐっすりと眠った幸を晃が抱えた。

「寝ちゃった...か。...よっと...それにしても、軽いな...。こんなに幼いってのに、周りに気を遣わなきゃいけない環境にいたって考えると、辛いものがあるな...。」そう呟くと「そうねぇ...。少なくとも此処ではもっと子供らしくしてて良い...って思ってもらえるように頑張りましょ、ね?アナタ。」と幸を優しく見つめる二人の姿があった。

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