第9話

 閉じていく入口の扉の音を聞きオーナーは独り「帰ったか...。ぼんが最後に見せた顔は上京する時よりも幾分かマシになってたな...。...だがまだぼんの中には唯ちゃんがまだ広く根付いている様だな。ここに入ってきた時もすぐ、仕事終わりに唯ちゃんと座ってた場所を見ていたし...。ずっと過去を見続けちまうってもの、辛いもんだよなぁ...特に幸せな思い出に縛られてる方が辛いってもんだ。なぁ、セツ。」と店のキッチンの方に向いている仏壇に向かってつぶやいた。オーナーの目には亡き妻の穏やかな笑みが浮かんでいた。

 「俺はお前にどれだけの幸せを味わわせてやれたんだろうな...。もっとお前と一緒に生きて、毎日馬鹿みたいな話をして、俺の菓子と一緒にお前の淹れたコーヒー飲んで...。そんで、お前と一緒に色んな所に行きたかったなぁ...。思えば毎日忙しくて、碌に休みだって取らせてやれなかったもんなぁ...。ここの値段あげたのだって、仕入れ価格がどうのって言ったけど、注文諸共お前の負担を減らしてやりたかったんだよ...。死んじまってから言ったんじゃ、届きなしねぇがな...。こんな俺に着いてきてくれて、ありがとうなぁ...。」と独り静かに涙をこぼした。

 暫くして独り、その日に使ったカップやソーサー。フォークやナイフなどカフェの食器類を下げていった。その背中は丸まり、先程までの若々しい雰囲気は霧散しただの老爺になったかのようだった。

 「あぁ...早う暮にでもならんかね...。独りにはこの家は些か寂しくてなぁ...落ち着かねぇなぁ...。」と誰にともなく声を漏らすのだった。

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