第8話

 「よかったね」そんな呟きが聞こえ、幸の方を向くと優しげに微笑んだ彼女が「だってさ、この写真を見てから強張ってた顔が緩んだから。今の話は良いことだったんだなって思ってさ...。だから、私も嬉しくなっちゃったの。」と花が綻んだ様な笑みが溢れた。その笑顔を見てるとなんだか照れ臭くて思わず顔を逸らした。そしたら今度は目の前にいたオーナーがニヤニヤした笑みを浮かべていた。「おーおー、熱いねぇ...。空調入れ忘れてたっけな...様子でも見てくっか...」なんて呟きながらゆっくり離れて行った。

 しばらくしてオーナーはチョコレートのケーキを皿に乗せて持ってきており「今度の新作だ。ま、食って感想を教えろ。どうせ長く居るんだろ?隣の嬢ちゃんもチョコ食えないわけじゃないんだろ?だったら、やってけ。」そう良い、二つ皿を持ってきた。当然の様に目の前に置かれるケーキに驚いた幸は「え!頂けませんよ!」と断ろうとしたので「良いんだよ...。オーナーは言い出したら聞かねぇ人だ。」と返す。

 そう、オーナーは気に入った相手にはかなり甘く接する。相手が本当に拒否をしているタイミングだけしかお節介を辞めようとしない人だ。ということまで幸に話すと「そういうこった」と言い調理台の奥に引っ込んでしまった。それ見ていた幸は困った顔をして「貰っ...ちゃったね...」と苦笑いを浮かべていた。

 俺はオーナーが彼女"にもオーナー自ら"ケーキを出していた事を思い出した。オーナーたちは幸が家では冷遇されていた妹である事を察していたのかもしれない。唯に似た顔つき、唯の幼馴染の俺を兄さんと呼ぶ事。理由なんて、挙げればキリが無い。だからこそ、オーナーは彼女の紹介がない状態で俺の隣に席を出し、コーヒーだけでなく、ケーキまで出したのだろうか...。

 「じゃあ、食べよっか」と幸に聞くと、緊張した様子で「う、うん...」と頷いて、二人で静かにケーキとコーヒーを楽しみ始めた。ケーキに口をつけた瞬間、幸は「ここのケーキすっごく美味しい...。何というか、ケーキにありがちな甘さはあるけどそれだけじゃなくて、チョコの苦味も確かに感じられて...。だけどほんのりココアの風味もあって...。あぁ...いくらでも入っちゃいそう...。」と早口で恍惚とした表情になって呟いていた。俺も一口食べて「やっぱりオーナーの作るケーキはそのまま食べても、ケーキと合わせても美味しい...」そう口にしていた。

 それを聞いてさちは「ん!!やっぱりって!もしかして兄さん!ここに何回か来てたんでしょ!!」年甲斐もなく頬を膨らませる幸に微笑み。「おぅ、まぁな。さっき話に出てた一組ひとくみの男女の先輩は間違いなく俺と唯だろうな...」と聞くと「兄さんとお姉ちゃん...ズルい...」と瞳を潤ませながら、上目遣いで寄ってきた。何がズルいか聞いてみると、「毎回、仕事終わりにコーヒー飲んでたんでしょ!」と言ってきたので、「いやいや、そんな事ないよ...してたらお店潰れちゃうし。」と笑いながらもかなり大袈裟な返しをした。

 「でも、なんなら一番恩恵を受けてるのって、さちかも...唯がバイト続ける事にしたきっかけって幸に美味しいお菓子作ってあげるんだっていう理由だったしな...。」と唯との会話で思い出した事を伝えた。「もしかして、高校生になってから急にお菓子作りの頻度が上がって上手くなってたのってそれが関係してたりするの!?」ととても驚いていた。「それに、幸が美味しいコーヒーが飲みたいって言ってた事を俺も聞きつけて幸にコーヒー何かにつけて渡してたんだぞ?」と笑うと真っ赤になりながら「なんで気づかなかったんだろ...恥っずかしい....」とさらに俯かせていた。

 暫くは俺と幸で昔三人で出かけた時のことを話したりしていたが、楽しい時間は過ぎてしまうのも一瞬なのか、気がつくと周りにお客さんの姿はなく二人だけになってしまった。手伝うかオーナーに聞いた所「店員じゃねぇんだ、お客が俺に気を遣ってどうする。ゆっくり片付ければ大丈夫だよ」と笑っていた。

 そして帰り際に「良いかぼん、大人なんてもんはな...年齢でなれるもんじゃない。いや、なって良いもんじゃないって言った方が良いな...。いろんな失敗を繰り返して、それでもとどうにかしようと抗い続ける...。そうやって実を結んだ経験が知らないうちに自分を大人にしていくんだ。だから今は、唯ちゃんのこと引き摺ってたって良いんだ...。いつかはその心の穴を誰かが埋めてくれるからな...。埋めてくれる存在は案外近くに居るかもしれねぇな...そう、例えば幸ちゃんとかな!ま、冗談だ...仲良くやれよ。」会計を済ませたオーナーは冗談めかした様子で言い、店の奥に引っ込んでしまった。

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