第7話

「ねぇ、ね〜ぇ〜!兄さん!!もう、どうしたんですか?ぼーっとしちゃって...ここ、入口ですよ?」そんな幸の声が俺を現実に引き戻した。

そんな声に反応したのか、「入り口前にたむろだけはしないでくれよ?...ってぼんじゃねぇか。久しぶりだな。」という壮年の男性の声が聞こえた。

「おいオーナー...俺だっていい加減、二十過ぎたんだ。ぼんは辞めてくれ、そんな歳じゃないんだ。恥ずかしい。」そう突っぱねる俺に「そう照れんな!」そういうと背中を逞しい手でしばいた。痛いと思ったが、こんなやりとりが酷く懐かしかく感じた。

「まぁ、座れよ。コーヒーの一杯でも奢ってやる」そう言って俺を奥のカウンター席に誘った。俺はオーナーの言葉に違和感を覚え「でも、オーナーは菓子作りの...」と言いかけたところで、「良いから」と静かに制されてしまった。

「よぉ、坊(ぼん)。ま、久しぶりに来たんだ。アイツに顔でも見せてやってくれ。」さちと一緒に通された奥のカウンター席の前にオーナーの奥さんの写真が静かに置かれる。

 オーナーが淹れたブレンドコーヒーが目の前にそっと置かれる。幸がコーヒーを一口飲み「うん、ここのコーヒーやっぱり美味しい!」と顔を綻ばせる。俺もそっとカップに口を付ける...。コーヒーを淹れ慣れないはずのオーナーが出した、あの頃と変わらぬ味のコーヒー、それに写真を寂しそうに見つめ微笑むオーナーの顔を見てある程度の察しがついた。それでも、「奥さんは...」と確かめる他なかった。

 一瞬物思いに耽るような面持ちになり「逝っちまたよ...。二年前の冬だったか...。お前さんたちの話をした次の朝のことだったよ。心なしかスッキリした顔をしていたな。」と優しげにつぶやいた。「そっか...」思わずそう口から溢れた。こんな俺に良くしてくれた人だ。最期を最愛の人と、それも苦しくもなく迎えられたのは最期に立ち会えなかった身としては何となく救われた気がした。

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