第6話

カフェの扉を開くと彼女と過ごしたあの夜を思い出した。

残暑も落ち着いて来た10月頃。唯がテイクアウトも視野に入れた栗をあしらったケーキの試作をオーナーに許可をもらい、カフェを閉じた後に二人きりで作って食べた時の記憶。

栗のクリームや甘露煮を所々に散りばめたショートケーキであり、コーヒーと合わせる事を前提にして作られているのか、甘ったるくない。そして、栗のクリームは洋酒の香りが口の中に仄かに残る様な...そんな優しい味だった...。目の前のケーキを目一杯楽しんでいると唯からクスクスと笑い声が聞こえた。

「なんだよ...」訝しく思ってどうしたのか聞いたら少しぶっきらぼうになってしまった。

 そしたら唯は「ううん...美味しそうに食べてくれるのは嬉しいんだけど...なんで真面目腐って食べてるのに、頬っぺたにクリーム、付けてるのかしら?」そう自らの頬を指差した。

その意味を悟り、自然に頬が熱を帯びるのを感じた...。急いで紙ナプキンで取ろうとしたら、右腕を上から唯が抑えた。顔を近づけ「大丈夫だよ、とってあげる」そう彼女の顔が悪戯が思いついた子供の様な顔になった...。「目、瞑って...」言われドキドキしながら身を瞑る。蓮の花の様な甘い香りがした後、頬に柔らかい感触と微かなザラザラとした感触がした。

 心臓が躍り、思わず目を開ける。「な、何を...」そんな言葉も、彼女の「ふふっ...おかしいの。ほっぺたにクリーム、付いてたよ?」という言葉と幸せそうな微笑みの前には立ち消えてしまった。

それからは二人とも恥ずかしさのあまり会話が続かず、静かにコーヒーとケーキを食べるしかなかった...。その時にチラリと見えた彼女の顔は耳までほんのりと赤く染まっていた。

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