そんなに好きになったのか……

 沈痛な面持ちの彼らの彼らを癒すように、芳しい珈琲の香りが鼻をくすぐる。


「まあまあみんな、ジョーくんも今度は本当に好きなものを撮るためにがんばってるから、力を貸してあげて?」


 ニコニコと微笑みながら、豆から淹れた珈琲を一人ひとりに振る舞う。マグカップを並べる白魚のような指先と、緩やかにウェーブのかかったブラウンの髪から漂う香水。

 馬道美妃。

 彼女は部員たちの憧れの的であり、大学の広報誌の表紙を飾ったこともある美人であり、かつて出演したサークルの映像作品ではプロ顔負けの演技力で華を添え、彼女目当てに入部する新入生も多い。まさにマドンナである。


「馬道先輩が、そういうなら……」

「まあ、なんやかんやでアンノジョーにしかない独創性といか、そういうのがあるし……」


 彼女のふわりとした柔らかい笑顔に見とれ、彼女手ずから淹れた珈琲で弱音と不満を飲み込み、皆手の平を返して企画に乗り気であるかのように振る舞う。

 玉に瑕、とは良く言ったものだが、憧れのマドンナがこともあろうかアンノジョーに対して「ダメンズ好き」に目覚め、演技から離れ彼の専属マネージャーのように振る舞っている。それは映像研にとって残念であることこの上なかった。アンノジョーのためならと甲斐甲斐しく世話を焼き、疎まれがちな彼と他の部員を取り持つ姿に、皆心の中でハンカチを噛みちぎらんばかりだった。

 眼鏡を輝かせるアンノジョーを嬉しそうに見つめる元マドンナ。その細めらた目をおおうものを見て、彼らは何度めかわからない嘆きを胸のうちで感じていた。


(そのアンノジョーとお揃いの眼鏡……似合わない……)


 そんなに好きになったのか、と。




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