トホホ★失楽園
「じゃーん、今日からここがウチらの部室や」
芝居がかった仕草で扉を開けた先、古いがなかなかの広さの一部屋。テーブルやソファは掃除をしたばかりのように埃一つない。
「最近片っ端からお悩み解決してたら、昨日学生会のツテから去年廃部になった部活の部屋をもらえることになってなあ~これで念願の部室、ゲットや」
得意げに、指に引っ掛けた鍵をくるくる回す小雪。
「はぁ、よかったわね」
わたしはソファに腰を落ち着けて脚の疲れを癒しながら相槌を打った。学生会にツテって……相変わらず底がしれないやつ。
この強引で、人たらしで、謎に広い人脈とバカみたいな行動力でわたしを引っ張っていく、いくら付き合っても底が見えない女。迷惑をかけられっぱなしだが、そのおかげで見たことのない景色を目に出来たのもまた事実。こいつのそんなところが、小憎たらしいのに憎めない。
体にずしりとのしかかる疲れとソファの思いがけない座り心地でぼーっとした頭でそんなことを考えていると、いつの間にか間近に小雪の、同性から見ても怒りさえ覚えるほど整った顔が迫っていた。指先がわたしの顎につつ、と触れてそっと持ち上げる。妖しく舌なめずりして、一言。
「ふふ、これで思う存分、のぞみちゃんを愉しめるなぁ」
「は、はぁ? 部室でそんなことしたら追い出されるって言ったじゃない、の……」
慌てて立ち上がろうとしたが、妙に力が入らない。疲れているからだ。
一週間ぶりに小雪を近くに感じて抵抗する気が起きないとかではない、断じて。全く。
「久々やし、ええやろ、な? ウチものぞみちゃん成分が足りへんかってん」
耳元に口を寄せて囁いてくる。ぞわりとした刺激が背筋を駆け抜ける。
それは……それは、卑怯じゃないの。
近づいてくる彼女の、どこまでも黒い瞳の奥にわたしのとろんとした情けない顔が映っている。ダメ、という言葉が出ない。吸い込まれそうな底知れない瞳はまるで、宇宙……。
そこで扉が開いた。弾かれたように振り向くと、小雪の言う「ツテ」だろう、眼鏡をかけたいかにも堅物そうな男子学生が硬直したように突っ立っている。
彼はソファの上のわたしと、すぐそばでわたしの肩に手をかけるのぞみを交互に見て、一つ咳払いをした。これは、もしかしなくても……。
「その……個人の嗜好に口出しする気はないが、そういうことは学内では」
重々しい声。
ああ、案の定。失楽園は早かった。ここまでやって積み重ねた努力はなんだったのか。至近距離の小雪を睨むと、さして後悔した様子でもなくぺろりと舌を出している。そもそもアンタが部室が欲しいって言うからこんなに頑張ったというのに。コイツめ……。
というわけで、『こゆきとのぞみのお悩み相談室』は部室を持たないサークルに逆戻りしたのだった。
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