救い上げられた命は

 小さい頃の俺は、親の目が離れたすきに、海水浴場の「立ち入り禁止」の看板を無視して、沖に向けて突き出した岩場に上ってしまった。テレビで見た、高飛び込みの真似をしてみたかったんだと思う。

 けれどいざ登って、太陽にきらめく海面を見下ろすと、その高さにびびって腰が抜け、飛び込むことも、引き返すことも出来なくなってしまった。直貴、と大声がした。顔を青くして俺を探していた母さんの上げた悲鳴に驚いた俺は、足を滑らして岩場の真下、そこだけ恐ろしいほど黒々とした海に落っこちた。岩場の下はそこだけやけに深く、流れも速かった。

 あっけなく溺れた俺は、もうダメだと思った瞬間、たくましい腕に引き上げられ、意識を失った。


 病院で目が覚めた俺を待っていたのは泣いて喜ぶ母さんの抱擁と、父さんの拳骨と、……そして、俺を助けてくれた見知らぬ男性が亡くなった、という事実だった。

 あまりにもショックが大きすぎて、それをどう受け止めていいのか分からなかった。前後の記憶はあいまいだけれど、あの日泣きはらした目で俺を見ていた女の子のことを覚えている。

 俺が助かった代わりに、あの子はお父さんを亡くした。そうして俺は大学生になるまで生きることが出来た。たびたびあの日のことを、溺れてあの人に助けられる夢を見るようになった。

 その意味を、ずっと考え続けていた。そして進路を選ぶ時期になって、俺は命を救う仕事を目指すと決めた。







 

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