過去の夢と未来の夢
「また、あの夢か……」
体を起こす。狭い部屋、机の上には開いたままの参考書がいくつか。そのうちの一つ、赤十字救急法講習教本と、それからルーズリーフのメモを手に取る。
夢―未来の目標と、繰り返し夢に見る、溺れる俺の過去。
俺が必ず向き合わなければならない、繰り返し夢に出てくる過去。そのために、メモに書いた怪しげな奴らを頼る必要があった。
「谷山直貴くん20歳、スポーツ健康学部所属2回生、と……部活は水泳部、将来の夢は救命師。夏休み中はプールの監視員とバーガーショップのバイトの掛け持ち……がんばりやさんやなあ」
白い髪と上下真っ黒の服にサングラスというやたら目立つ格好の女子大生が、にやっと笑って助手席から俺を振り返る。
「あ、ああ、そうだけど……」
ずい、と顔を後部座席に突き出してきた、「小雪」と名乗る妖しげな女に軽く身を引きながら口ごもる。正直、うさんくさかった。
「どんなお悩みもズバッと解決☆」とやたらポップなフォントのキャッチコピーを掲げた「こゆきとのぞみのお悩み相談室」――大学内の一種の都市伝説めいた、大小さまざまなトラブルを潰して回る何でも屋――のホームページで匿名の投稿をしたのはつい三日前のことだ。
そこから1回目の返信で「探しとる人、見つけたから大学の正門前に来てな~♪」とだけいざ待ち合わせに出向けば早速ドライブに連れ出された。大学のある高台をぐるりと回るように坂道が続いているので、背中がぐっと後部座席に押し付けられる。
あまりにも都合が良すぎるし、「小雪」の妖しさ満点の見た目と、俺の素性を全部言い当てた言動のせいで信用できない。
「こら、いきなりそんなこと言ったらびっくりさせるでしょ」
ハンドルを握る、こちらは長い黒髪と白がメインのキレカジを着込んだ女子大生が彼女を肘で小突く。彼女は「のぞみ」と名乗っていた。
「ごめんなさい、コイツ人を振り回さないと気が済まないたちなのよ。まぁたぶん、あなたのバッグから飛び出してる付箋のついた参考書としおり代わりのバーガーのクーポン、日焼けのつきかたなんかから言い当てたんでしょうけど」
「ふふ、いつの間にかキミもかなり観察眼が上がったもんやなあ、ワトソンくん?」
「アンタはホームズってガラじゃないでしょ」
そんな気の抜けるやりとりをすると、のぞみは咳払いを一つして、ミラー越しに俺に視線を向けた。
「でも今回の依頼が早かったのはたまたまよ。あなたの探し人も、ちょうどあなたを探していたから」
「え、それって……」
口ごもり、流れていく町並みに目を向ける。俺が自分のけじめと覚悟のために向き合おうと思っていた過去。それはどこまでも俺の勝手でしかなくて、あの日俺を助けて犠牲になった人の家族も、俺を探していた?
「探し人は、むか~しの水難事故で亡くなった水替氏当時41歳の遺族。……もちろん、ワケをムリに話せとは言わへん。ただ、ちいっとラクになりとうなったら。このドライブが終わるまで時間もあるわけやし、耳となんやったら胸も貸すで」
サングラス越しにウィンクをしてみせた小雪の、突き出した胸のふくらみから努力して目をそらしてから、俺は息をついた。いざ対面する前に、胸の内を整理しておきたかったのは事実だった。このうさんくさい白黒女は、人の心に滑り込むのが上手すぎる。
「じゃあ、耳だけ貸りるよ。
……俺は、その水難事故で助けてもらったんだ。まだ小学生になりたてのころ、家族で海水浴に言ったとき……」
オープンカーが風を受け、運転席と助手席の二色の髪がなびく中、二人は俺の言葉を黙って聞いていた。
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