壁ドンってこういうのだっけ

 スケッチブックとわたしたちを交互に見ながら猛然とペンを動かす彼女は鼻息を荒くしながらまくし立てる。


「いえまだです……ここからが本番……!

自分から小雪さんに壁ドンをするという攻め行動に出たはいいもののいざ間近で顔を見るとドギマギしてしまい真っ赤になってしまうのぞみさん……そしてそんなのぞみさんを余裕の表情で愛おしそうに眺めて愉しむ小悪魔小雪さん、そう正に今のふたり、これこそわたしの求めていた構図……!!」


 ダメだ、完全に自分の世界に没入してる。こうなると彼女は描き終わるまで人の話を聞かない。過去の依頼で学んだとはいえ、困ってしまう。


「べ、べつにまっかじゃないわよ」


 頬が熱いけど、わたしはムキになってそう言い返す。


「ふふ~ん、なるほどなあ。じゃあウチはこーいうカオしてたらええんやなっ」


 普通こういう体勢に追い込まれた女性というのは狼狽するものと漫画では相場が決まっているのに、小雪はくつろぎさえ感じさせる表情でにやにやとこちらを見返していて、……本当に腹立たしい。

 

「おっけーです!」


 詰めていた息をはいて、汗ばんだ手の平を壁からはがす。力が入りすぎていたのか少し痺れていた。


「じゃあ、今度はのぞみさん、ちょっと拗ねた感じで、自分のおでこで小雪さんのおでこをぐりぐりしてください!」


 やっと壁ドンから解放されたと思ったら、さらに追加ポーズの要求が飛んできた。 


「ええ……」

「ほら、小雪ちゃん。お客様のオーダーには応えんと、やろ?」


 手を広げて誘う小雪は明らかにわたしの反応で楽しんでいる。


「ああ、もう!」


 わたしは早く終わらせるべく、口をとがらせながら彼女の白い前髪に自分の額をくっつけた。


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