モノクロなあなたの

 夜闇に沈む湖を思わせる、底知れない瞳。その奥に小さくわたしの顔が映り込んでいる。

 小雪がこんな風に至近距離でわたしの目を覗き込んでくるのはそう珍しいことじゃない。わたしで遊びたいときはにやにやと唇の端を吊り上げながらこうやってくる。だからわたしも、その吸い込まれるような黒さに今さらドキドキしたりはしない……


「のぞみちゃん、顔そらしたらアカンで?」

「わ、わかってるわようるさいわね。アンタの顔なんか見飽きてるし余裕よ余裕」


 わざとらしく囁かれ、とっさに横を向きそうになった首を強いて固定する。

 せっかく冷静でいようとしたのに。余計なことを入って心拍数を乱してきた小雪を睨む。鼻先が触れ合わんばかりの距離、瞳の色と対照的な彼女の白い髪。名前の通り、輝く雪のように白い。若白髪や染めているわけでもないのに、根元から先端まで混じりけなしの白。瞳は黒いし紫外線も平気らしいので、アルビノというわけでもないらしく、まるで意味が分からない髪。小雪の謎めいたところの一つだった。

 そして真夏でも真冬でも、真っ黒なパーカーと黒いジーンズを着込んでいる。

 全身の黒と髪の白。モノクロの外見とムダに整ったプロポーションのせいで、キャンパスの人混みの中でもどこにいるのか分かるし、いつも男女問わず色目を使う学生に囲まれている。目立つ格好と人たらしで相手の心に簡単に滑り込む話し方のせいで、言い寄ってくる相手が後を絶たない。よく小雪と一緒にいるわたしも、そういう輩につきまとわれることがって大変迷惑している。


「もみじさん、まだ?」


 『漫画のデッサンのモデルになって欲しい』という依頼を大学の何でも屋「こゆきとのぞみのお悩み相談室」に持ち込んだ漫画研究会の部員に声をかける。そろそろこの体勢……壁に背中を付けた小雪の顔のそばにわたしが手をついて見つめ合う、いわゆる『壁ドン』を続けるのが苦しくなってきた。コイツを見つめ続けるのは目に毒だ。

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