ロマンチックなおうちにふたりっきり


「この一億の薔薇の花束を、かわいいかわいいキミに……」


 わたしの瞳をのぞき込みながら、白髪黒衣の女が芝居がかった声音で囁く。


「花束って言うか、埋め尽くされてるだけでしょうが。さっさと片付けましょ」

「やーん、のぞみちゃんつれへんなあ~ロマンチックなおうちにふたりっきりやのに」


 こゆきは相変わらず軽薄な表情だ。一睨みすると、こゆきが手を広げて示した光景を見やる。

 行く手に広がる、瀟洒な白い邸宅と洋風の庭園。

 そこにあってしかるべき活気は感じられない。

 それはこの、かつては栄華を極めただろう庭園が支配されているからだーー大量の朝顔と薔薇の蔓と花に。

 花束なんて生易しいもんじゃない。ほとんど野生化した二色の花は極彩色のジャングルを作り出している。

 埋もれかけた踏み石がなければ、まぶしい日差しを避けるために目の前の建物にもたどり着けないだろう。

 人の手が入らなくなったために荒れ放題の豪邸の掃除。ふたりきりのサークル、しかも素人の大学生で間に合うとはとても思えないが、こゆきは二つ返事で請け負ってしまった。


「どこがロマンチックよ。不気味なだけよこんなの」

「んー、うちのお姫サマはお気に召さへんかあ」


 むっとする草いきれ。目がチカチカしてくる朝顔の青と薔薇の赤。

 朽ちるばかりのこの庭で、わたしたちかやることは……


「ほんなら、あっこについたら草刈りといこか」

「ええ、さっさと片づけましょう」

「あ、でもせっかくやからホンマに花束にせーへん? 好きな数だけ贈りっこしよーや、確か十一本で……」

「いいかげんにしないとそこらの薔薇を切ってその減らず口に詰め込むわよ?」


 軽口を叩きながら踏み石を辿る。その道標の先には薔薇と朝顔の海に浮かぶ空っぽの豪邸。

 既にわたしの着てきた高校の時のジャージはじっとりと汗が染みていて、目の前を歩く女の真っ黒なパーカー(なのにこいつは涼しげな顔だ)を睨みつける。

 片付けた後こゆきが奢ると豪語したアイスで心を支えながら、わたしは次の踏み石に足を伸ばした。

 


 

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