18 流される私

 インパルススワローをテイムして来た一年生女子は、結構な話題になった。

 あの青い燕は、可愛らしい見た目に反して、なかなかのレベルの魔獣であったらしい。

 教室に帰還した私は、帰るなり、師匠にこめかみをグリグリされた。

 非常事態だったし、エマの火事場の馬鹿力っていう評判だし、私は何の噂にもなってないから、叱られる案件じゃないと思うんだけど……。

 帰省から戻ったメロディと、ハグしようとしたら、「先にお風呂に入りなさい」と厳しい顔で指摘されてしまった。

 意外と清潔なつもりでいたけれど、さすが本物の貴族令嬢。見る目が違う。

 バスタブに漬かって、ニースにピカピカに磨き上げてもらってやっと、メロディお嬢様とハグする資格を獲得できた。


「私のいない所で、あなたは面白そうな事をしてるんだから……」


 と、拗ねるけれど、師匠の指示なので勘弁して欲しい。

 ワイバーンを撫で撫でできるというのは貴重な機会だと思うけど、私はそれより、呑気な平穏を望みたかった。

 キャンプみたいで、楽しかったことは認めるけど。


 久しぶりにのんびりと机に向かっていたら、いつの間にか調温の魔法陣も、あまり使われなくなっていた。

 ずっと魔法陣用のルーン記号の書き取りをしていた私も、実践魔法陣の本を読み始め、基礎的な記号の組み立てを勉強し始めた。

 今更ながら、この為に基礎魔法の本を読まされていたと知る。ルーン記号自体が魔法の起動命令みたいなものだから、その手順を記号で再現するようなものなのだ。応用になると、もっと面倒なことになる予感がする。今は……例えば、火を着ける。火を消す。程度のものが、火を着ける。五分後、火を消す。みたいに間の処理が入ったりすると、絶対に面倒なことになるよね? 師匠と、ブーケットさんの目がそう言ってる。

 早くそこまで行って、頭を抱えろ~と、手招きされてる気分だ。


 う~んと、伸びをする私の眼の前を、白い鳥が飛んで行った。


 手紙の魔道具だ。

 あれは魔法のサムシングだから、壁も人も物も通り抜けてゆく。結界さえ飛び越える仕様だけど、文字しか飛ばせなくて、読み終えて手から離れると、すぐに消えてしまう。

 手元に舞い降りた手紙を読むと、メロディは秋色のドレスを翻して、師匠の元に駆け寄った。今は三年生が卒業に向けて、最終的なまとめに入ってるから、師匠も教室に居ることが多いんだ。

 その手紙を眺めた師匠は、少し考えて、私を手招きした。

 急に呼ばれても困る。ハンドベル状の呼び鈴を鳴らして、居室で仕事中のニースを呼び出す。車椅子を押してもらわなきゃ、移動できないのを知っているのに。

 ニースが来るのを待ったって事は、彼女にも話す必要が有るのでしょうけど。


「セイシェル。明日からまた、二週間ちょっと……旅に出るから準備しておけ」

「私の意向は無視ですか?」

「何か用事が有るのか?」

「……無いですけど」


 どうしても、座ってる私の方が視点が低いから、上目遣いに睨んでやる。

 なのに、師匠への援護が、意外な方向から来た。


「セイシェル……わたくしと一緒の旅行は、お嫌?」

「え? メロディ絡みの話なの?」

「お前なぁ……今の一連の流れを見ていて、どうして、メロディ絡みの話ではないと思えるんだ?」


 師匠は心底不思議そうな顔で、私に呆れている。

 うん、自分で自分が不思議だ。また旅に出るのは、ちょっと面倒くさいと思ったけど。


「モーリシャス導師のアドバイスを戴いて、栽培方法から見直した結果、良さげな作物が見つかったの。実りの時期を迎えたら、種籾を戴くのと同時に、その実りを見たいとお願いしていたのです」


 ほんのり頬を薔薇色に染めて、瞳をキラキラさせて歌うように。

 さすが本物の貴族令嬢。美しい。


「買付と、話をまとめてもらっていた商会の方から、ちょうど良い時期になったからと手紙をもらいました。いろいろ話を伺いに、参りましょう。セイシェル」

「そこで、なぜ私……」

「手伝ってくださるんですよね? 品種改良から、実家の領が実りを迎えるまで」


 こてっと、メロディが小首を傾げる。

 春の入学時に、そんな話をした記憶が……そうそう、将来の生活安定も兼ねて。

 ようやく合点がいった私を、師匠が虐める。


「栽培方法は、しっかり聞いとけよ? 品種改良中には、その栽培方法に見合った栽培用魔導機をお前が開発、作成せにゃならんのだから」

「師匠! まだ基礎魔法陣を学んでる生徒に、課題が重すぎます!」

「安心しろ、今回は俺も同行する。詳しいことを理解しとかねえと、採点もできねえからな」

「……採点って?」

「お前の研究に決まっているだろう? 遊んでる奴を卒業させる趣味はねえぞ?」


 絶対に楽しんでる顔で、私を睨めつける。

 でも、人の研究を勝手に決めないで欲しい。


「だって、私は付与魔法で……」

「それは、内緒にしておく約束だろう? 学長の手前、それなりの成果を残さねえと、成績に合格を出せねえじゃねえか?」

「そうだけど……」

「メロディとの共同研究なら、いろいろ誤魔化しやすいからな。それに、はっきりと目的があって作る方が、魔動機の作り方も覚えるんじゃねえか?」

「ぐぅ……」

「何だそりゃ?」

「ぐうの音も出ないのは癪だから、ぐうの音だけでも出してみました」


 メロディまで、そんなに笑わなくても良いでしょ?

 確かに、私の付与は表面に出せないし、メロディとの共同研究なら、二人まとめての評価で行けるだろうし、魔動機作るのに、一番の問題は「何の魔導機を作るか?」なんだもん。

 今の世の中、たいがいの作業は便利にしようと、魔道具や魔導機が作られてる。

 それ以外で、私が作れそうな魔導機を考える方が大変。

 メロディの品種改良に使う、実験用の魔導機。そんなピンポイントな魔導機こそ、自分で開発しなくちゃならないものだし、作成の必要性が充分有る。

 ……至れり尽くせり?

 でもでも。


「師匠はこの時期に、教室を離れちゃっても良いんですか? 三年生の二人は卒業に向けての最終段階でしょ?」

「俺が口を出すと、研究のちゃぶ台返しをしちまいそうだからな。理路整然とまとめるには、俺がいなくて、ブーケットがいる方が進めやすかろう?」


 ブーケットさんと一緒に、三年生二人も苦笑いしてる。

 無言の同意という状況。

 すでに外堀は、埋められているのではなかろうか?


「お嬢、もう諦めましょう。すでに決定事項のようですし、メロディお嬢様との旅なら、嫌ではないでしょう?」


 メロディもノリノリで、涙の訴えポーズを見せている。

 はいはい……降参です。


「でも、行き先くらいは、教えて欲しいかな?」

「南に三日ほどの、ペナン男爵領が目的地です。バルト商会の隊商と一緒に向かいますし、私も自分の馬車を使います。師匠は……?」

「俺は自分の馬で行く。デカい荷物は、二人の馬車に預かってもらうつもりだが」


 私は当然、ドンキー君のロバ馬車で行く。

 荷物を預かるのは吝かではないですし、どうせ途中でメロディも遊びに来て、お喋りしながら行くことになるだろう。

 この間の旅よりは、気楽な旅路になりそうだ。


「そうまでして、メロディが研究する作物って何?」

「稲……です。畑作とは違う栽培方法で育てる穀物で、おそらく私の実家の領地の気候に最も適した穀物だろうと思います」

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