16 魔獣に臨む

「ええっ……ドンキー君や、馬たちも囮にするんですか?」


 今日は馬車番も置かずに、さらに先の水場まで足を伸ばしたと思ったら、そんな事を言われた。

 カバーナ教室の校外学習は、今日からが本番だ。

 これまでの小動物は、あくまでも練習。これから馴致に挑むのは、魔獣の類だと言う。

 もちろん、ドラゴンやミノタウロスとかの凶悪なものではなく、魔獣の中では小動物に近いものを相手にする予定らしい。ただし、予定はあくまで予定であって、自然の森の中では、何が出てくるのか解らない。


「だから私だけでなく、ジャリエ教室の三年生も護衛として来てもらってるのよ?」

「お嬢とドンキーは、あたいが護るっす」


 ニースが両手に手甲を装備して、気合を入れた。

 格闘術の心得が有るのは知ってるけれど、魔獣相手に通用するのかしら?

 守備のフォーメーションとしては、ジャリエ導師が守備の指揮を執る都合もあって、私に付くらしい。それでも、ニースが直援としていてくれるのは、頼もしい。


「あなたたち……テイムする魔獣は決めてあるの? ここで得たパートナーが、そのまま卒業までの研究テーマになるのよ?」

「はーい! 私はトツゲキスズメ狙いです」

「俺、ツノウサギ」

「……ハシリトカゲかなぁ」


 やる気満々のエマに引きずられるように、ジャンとルネも一応の方針を口にする。お目当てが被らないのは、何よりだ。お目当ての魔獣が出てくる……馴致できるとは限らないが、それぞれのポジションの目安にできる。

 風上に手慣れたカバーナ導師を配して、他は風下に控えながら、それぞれが誰を中心に護るかだけを決めて、あとは魔獣次第。

 私としては、ドンキー君や馬たちも守って欲しいと思うけど、立場的には彼らと大差が無いので、発言権は無いと判断する。


 三階建ての塔の屋根くらいの高さからの滝が落ちる、滝壺を囲む緑地。

 ここが本来の目的地。

 滝に虹をかける飛沫もあって、空気は少し涼しげ……少し罪悪感が薄れるかも。


 カバーナ教室の生徒達は、思い思いのポジションに散る。

 きっと、そこが目当ての魔物の現れそうな地点なのだろう。ゆっくりと気配を絶つ。


「戦意を隠せ。魔力を薄く広げ、敵の感知に集中しろ」


 さすが最上級生。ジャリエ導師の指示を、違えること無く実行してみせた。

 私は彼らも含めて、みんなの動きを興味深く見つめる。念の為、ニースとドンキー君には、軽く付与しておく。大事な友人たちだ。何かあったら困る。

 付与に気づいたドンキー君の左耳がピンと立ち、くるくると回った。


 轟々と滝の音だけが聞こえる中、時ばかりが過ぎてゆく。

 狐や貂は現れても、動物は対象外だ。手出しをせずに見送った。


「なかなか来ないもんっすね?」

「うん……魔獣って、動物より水を必要としないらしいわ」


 話が決まって、一夜漬けした知識を披露する。

 何故かと突っ込まれると困るけど、本にはそう書いてあった。


「静かに……デカいのが来る……」


 導師の言葉に緊張が走る。デカいのは対象外のはず。

 のっそりと現れたのは、ヨロイトカゲだ。黒黒とした甲羅のようなもので全身を覆われたオオトカゲ。ワニくらいのサイズが有る。攻撃されなければ、穏やかな性格だと、博物誌には書いてあった。でも、その目は、魔獣特有の赤い瞳だ。

 誰もテイムには動かず、水を飲んで去る背中を見送った。

 ルースが額の汗を拭う。カルツも肩を落とした。


「張り詰め過ぎると、いざという時に動けんぞ。アレは仕掛けられなければ、反撃してこない性質な上、鈍重過ぎてテイムに向かん」

「は、はい……」


 無闇にテイムするのではなく、自分が持ちたい能力を補うためにテイムする。

 四つ足で背が低く、動きの鈍いヨロイトカゲでは前衛盾にもならない。人間側の勝手な理由で申し訳ないけれど、対象外と判断されたのか。

 そんな一見、無関係に思える知識でさえ、警護の時に役立つことも有る。

 貪欲に知識を求めるのも、決して悪いことではない。

 そう言い聞かせて、自分がここにいる事を正当化しておく。……何の役にも立っていないのは、私だけだもの。


 まず、テイムに挑んだのは、ルネだ。

 メタリックな緑色の鱗に覆われた、腕の長さほどのトカゲが草叢から這い出して来る。

 驚かさないように、そっとルネが視野に入る。


「彼の担当は、カルツだな。彼自身が、どこまで自分の身を守れるのかを確かめておけ」


 護られる方まで測られるのだから、怖い。

 それどころではないルネは、じっと視線を合わせて、その赤い瞳との交流を始めた。

 昨日、カワセミのテイムに成功したとはいえ、動物と魔物では気持ちのあり方が違うと聞いている。


「それは、酸を吐くから気をつけなさい」


 首周りの鱗を襟巻きのように逆立てたトカゲを見て、カバーナ導師の注意が飛んだ。

 舌打ちをしたルネが大きく飛び退くと、トカゲの唾液で地面が灼けた。


「危ねえっ……くそっ、【忘却フォゲット】!」


 飛び退きながら、発動体の杖をトカゲに向ける。

 トカゲは一瞬眩んだように揺れると、首周りの鱗を戻して、水場に這い進んでゆく。


「【忘却】の呪文を使ったら、その個体は諦めなさい」

「……はい」


 未練がましく、煌めく鱗を見つめていたルネに、導師が釘を差した。

 ジャンが、尋ねる。


「魔獣との意思の疎通って、そんなに動物と違うものか?」

「……綱渡りみたいなものだ。細いルートを辿り損ねると、いきなり怒り出す」

「マジか……」

「静かにしてっ」


 木立の枝を見つめていたエマが、仲間のお喋りを止めさせる。

 枝の上には、鳶色の羽毛の小鳥が止まっていた。愛らしく見えて、その瞳は赤い。

 だが、こちらもしばらく後に、飛びかかられた。

 身を躱しながらもエマは、ローブの広い袖で包んで捕まえてしまう。


「エマ、何を物理的に捕まえてるんだよ……」

「たまたまよ、たまたま」


 言い訳しながら、袖の中に【忘却】の呪文を使い、小鳥を空に放した。

 身のこなしは、意外にもエマが一番軽やか。

 ジャンはツノウサギに二度突かれて、早くも傷薬を使っていた。


「助けに行かなくて、良いのでしょうか?」

「自分のテイムしようという魔物くらいは、自分で御せなくてどうする? 我々が動くのは、予想外の数や、予想外の敵が出た時だ。いちいち、新入生のテイム対象くらいで動いていられるか」


 ジャリエ導師は、下級生たちを冷ややかに見つめた。

 魔獣とはいえ、その程度の相手ということか。


 結局初日は、それぞれ数度の機会を得ながら、誰も成功することはなかった。

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