14 校外授業
当日、仕様変更した私の車椅子に、師匠は目を剥いた。
重くなるけど、車輪を木輪から、鉄輪に変えてある。表面に滑り止めの波板がぐるりと溶着されているけど、町中ではクッションと皮を巻いて保護している。
それから、大きな揺れに対応できるように、四つの車輪をそれぞれ、一つづつ螺旋のバネを使って支えつつ、椅子本体に取り付けてある。
少しごつい感じになるけど、この方が野山では心地良く座っていられる。
「なるほどな……それぞれの車輪を独立したバネで支えて、でこぼこ道に対応させるのか」
さすがに師匠は、機構に目敏い。
製造登録した方が良いと言われて、ニースの名前で手続きをお願いする。
面倒だから、本人がロバ馬車を取りに行っている間に、話を決めてしまう。彼女も私の従者としてのIDを、魔法学園から発行されているのだ。
本校舎の正門前には、二台の二頭引きの中型馬車が待っていた。
ロバ馬車を可愛いと騒ぐ、朱色のカバーナ教室チームと、鼻を鳴らして蔑む、砂色のジャリエ導師チーム。対応も馬車も別だ。
カバーナ教室組は、私と同じ一年生が三人。護衛組は最上級の三年生が二人。
ことごとく対照的。
馬車が私物なのは私だけで、どちらも御者付きの借り物だそうな。
行き先は、片道一日半ほどの弱い魔法のかかった森。
「じゃあ、一週間ほど、この娘を預からせてもらうわね」
「しっかり勉強して来い」
「はーい」
送り出されて、学園の門を出る。
久しぶりに付与をかけられて、ドンキー君の足取りも軽い。
御者席のニースに声を掛ける。
「大丈夫、暑くない?」
「ちゃんと冷気が流れてくるから、心地良いっすよ。……でも、お嬢の周りは過保護な大人が多いっすね」
ニースが苦笑するのも、無理はない。
ロバ馬車は、突貫工事で色々改良されてる。中でも、教室同様に、温度調整の魔法陣を設置されたのが大きい。私の車椅子周りは涼しく、御者席にもお裾分けが流れるブーケットさん渾身の作だ。
他にも、携帯氷室が設置されてたりと、師匠バカが炸裂してるとも言える。
意地悪されることもなく、ロバ馬車は二台の馬車に挟まれるように、ポコポコと王都を抜けて、街道へと繰り出した。
石畳から土の道に変わり、ちょっと揺れが大きくなる。
馬車の方は板バネだけど、このくらいの揺れにはビクともしない。車椅子に設置したテーブルに置いたカップが、ひっくり返らないのだから凄い。
緑豊かな景色を見るのも、四ヶ月ぶりくらい?
眩しすぎる陽射しが、道端に色とりどりの花を咲かせている。
ひらひら飛ぶ蝶々も、彩りの華やかな夏の種類だ。
のんびりと二時間ほど進んで、川を越えた先の野原で休憩となった。
私も降りようと準備をしていたら、代わりにカバーナ導師が乗り込んできた。
そして、ローブの胸元を開いて、唇を尖らせる。
「やっぱりねぇ……ブーケットがいるから、絶対に調温の魔法陣を仕込んでると思った」
「馬車の方には、無いんですか?」
「学園のじゃなくて、貸馬車屋の借り物だからね。窓を全部開けて、冷風扇で凌いでるわ。あ……携帯氷室まで付けて。過保護だなぁ、ブーケットは」
「そっちは、師匠の指示です」
一瞬キョトンとしてから、爆笑した。
やっぱり、笑えますよね。
忍び笑いをしながら、ニースは馬車を水辺に寄せて、ドンキー君に川の水を飲ませる。
暑い中を、ご苦労さまだ。ニースも水筒の水を飲む。
「もう二時間ほど進んだら昼食だから、その時にみんなを紹介するわ。この時間は、あなたは馬車の中の方が快適でしょう?」
その通りです。笑顔が答えの代わりだ。
馬車に不慣れなのだろう。朱いローブの一年生たちは、野原に出て体操中。
それは、砂色組の三年生も同じだ。
馬車から少し離しているのは、馬を怖がる私への配慮です。
「ジャリエ導師へのご挨拶は、どうしましょう?」
「……私と、友好的関係だと思う?」
「……いえ」
「だから、食事時にすればいいわ。どうせ向こうも、好きで護衛してるわけでもないし」
師匠たちより一世代上っぽい、神経質そうな横顔を遠目に見る。絶対的な偏見だけど、口煩い人だと思った。細かいことを気にしそうなタイプだ。
実家のメイド長を思い出す。性別は違うけど……きっと私も苦手。
冷気に未練を残しつつ、カバーナ導師は生徒たちの所へ戻ってゆく。
男子二名、女子一名。三つ編みの女子が、こっちを気にしてるのは珍しいから?
草叢の陰から、ニースが戻ってきた頃に出発となった。
「カバーナ導師は、意外に先生してるっすよね?」
「そうね、優しい先生な感じ。でも、ジャリエ導師は実家のメイド長な雰囲気だから、気を付けて」
「相性悪そうっすね……」
「遠目だけど、神経質そうだもの」
主従二人だけなら、こんな噂話もできる。
辻馬車や、旅商人も行く主要路だから、ドンキー君の足取りにも不安はない。
少し、道が乾き過ぎてるくらいでしょう。
擦れ違いながらの、御者同士の挨拶も楽しい。
ロバ馬車に、一瞬みんなびっくりするの。荷馬車は曳かせても、普通はロバに馬車は曳かせない。
しばらく行って、主街道から分かれる。
擦れ違う人も減って、影が濃くなる中、ポコポコと蹄の音だけが続いた。
不意に馬車が道を逸れ、小さな森へと入ってゆく。
木立に囲まれた泉の前で停まった。
お昼ご飯のようです。
ニースはロバ馬車を停めると、ドンキー君を開放する。トコトコ泉で水を飲んだり、草を喰んだり。それを眺めながら、私も馬車から降ろしてもらう。……暑い。
テキパキと背凭れを伸ばして、日除けを組んでくれた。そこに調温の魔法陣が追加されているのは、さすがに過保護の声を認めざるを得ない。
みんなの集まっている所まで、車椅子を押して貰う。揺れはほとんど無い。
「みんな、紹介しておくわ。モルディブ導師の教室の一年生、セイシェル。特別参加で
「邪魔にならぬよう見学しておりますので、よろしくお願いします」
三つ編みの女の子はエマ。二人の男子は、ジャンとルネ。砂色組は二人共男子で、カルツと、ルースと言うそうな。
突然舞い降りた鷲に、砂色組が身構えたけれど、カバーナ導師が制した。
「この子は虐めないで。今回連れてきた、私の相棒だから」
狩った山鳩を置いて、鷲は再び舞い上がる。
また狩りに出たのかしら?
「食後に血抜きをすれば、夕食には使えるでしょ」
「意外にワイルドっすね」
ケロッと笑うカバーナ導師を、小声でニースが称した。
テーブルをセットし、カットしたバゲットに、チーズとベーコンとレタスを挟んだサンドイッチが準備される。……あら、みんなバゲットに干し肉とチーズ。
「この娘、過保護すぎるくらい導師に心配されてるから、ロバ馬車に小型の氷室が付いてるのよね」
カバーナ導師にバラされて、ちろっと舌を出しながら、冷えたお水を振る舞う。
真夏の食事には、何よりのものだろう。
あとで、泉の水を補給して冷やせば良い。
食事を終えた頃に、ドンキー君が戻って来て頬を擦り寄せる。可愛い。
男子たちは手慣れたもので、カバーナ導師の鷲が狩ってきた、山鳩やウサギなどの血抜きを始める。美味しく焼ける前は、ちょっと苦手なので目を逸らしてしまう。
「でも、この子……良いロバだねぇ」
突然の声に振り向くと、三つ編みのエマちゃんだ。
目を細めて、撫で回してる。
「ドンキー君と言います。仲良くしてあげて下さい」
「はい。これだけ気が優しくて賢い子なら、ウチのロバのお婿に欲しいくらいだよ」
話を聞くと、農家の娘さんだそうな。
子供の頃からロバに慣れ親しんでいるらしく、朝から、撫でたくて機会を伺っていたのだとか。ロバ好きに悪い娘はいない。
撫でられて、ドンキー君も目を細めてる。
これだけロバに好かれるなら、この娘はきっとテイマー向きなのではなかろうか。
馴致する前に、動物に好かれる人の方が有利な気がします。
「エマ、何サボってるんだよ!」
「ごめん、このロバ君に惹き寄せられちゃった。夜の調理はしっかりやるから」
男子二人も合流してくる。仲が良いんだ。
視線が合ったら固まっちゃったのを見て、自覚はないけど、私も一応貴族令嬢に区分されるのだと気づいてしまう。躾はされたけど、生活水準は使用人並みだったのにね。
こういう時は、餌付けに限る。
調温魔法陣の側に付け替えたポケットから、キャンディを出してプレゼント。
物怖じしないエマちゃんが、真っ先に手を出して、宝石みたいなキャンディを口に含む。
「甘ぁ……」
蕩けるほっぺに、男子も堪らず。
ついでにカバーナ同士の手も伸びた。
「仕掛けの多い車椅子ね。噂通りに」
ついでに三つ摘んで、別に集まっている砂色組に配りに行った。
笑みを浮かべ、手をあげて礼を交わす。
まだ初日。諍いが起こる気配はない。
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