13 夏休みの教室
『
去年は二件で、一件減とはいえ、期待していなかっただけにみんな喜んでいる。
ただ、ドーヴィル商会は蒸留酒の大手販売元で有り、その醸造技術を買われた感が強く、ディディエ先輩だけは、ちょっと不満顔だ。
お小遣い……もとい、研究費は少し減ったけど、まあ仕方がない。
暑い夏に入って、ますます私は出不精になってる。
温度管理の魔法陣に守られた、塔の中が心地良過ぎるの……。ブーケットさんの著作である『魔法陣作成理論』の写本も終え、頂いた『魔法系統大全』を読み耽っている。
これを見ると、本当に付与魔法ってマイナー。
大分類の付与魔法よりも、その下にまとめられた身体強化魔法の方が、扱いが良いくらいだ。こんな事は、他の魔法では有り得ない。
付与魔法を弁護する気もないから、別に良いのだけど……。
教室の中は、けっこう閑散としてる。
暑気避けで長期休暇の取れる時期とあって、残っているのはリスたちの世話のあるリックと、帰る所の無い私くらいだ。
メロディは実家だし、先輩たちは旅行に行ったり、帰省したり。
閑散とし過ぎて、ブーケットさんも教室に降りて来て、新しい魔法陣のデザインをしているくらいだ。
そんな複雑な魔法陣を、どうしてデザインできるんだろう?
処理を指で辿っても、私には良く解らないのに……。
「あと二年も真面目に勉強すれば、描けるようになりますよ。そのつもりで教えてますし、そうでないとお金になりません」
フフンと、豊かな胸を張る。
師匠曰く、魔動機の故障の殆どは、部品の破損か、魔法陣の掠れなのだそうな。
機構の方はニースに見てもらわないと、私には身体的に限界がある。その分しっかりと魔法陣を覚えないとね。
良さげな魔導機を発明できれば良いけど、魔動機の修理屋さんをする未来の方が現実味が有る。そう簡単に、不労収入は得られそうにない。
王都は店舗の賃料が高いみたいだから、どこかの農村でお店を構えよう。
農耕用の魔導機は、待った無しで動かさなきゃならないから、きっと需要が有る。台数も種類も多いし……。
「お嬢。神とインクを買って来ましたので、こちらに置いておきます」
買い物に出ていたニースが、戻ってきた。
額には、まだ汗が滲んでいる。
「ご苦労さま。外は暑そうね……ドンキー君はバテてない?」
「お嬢がいないので、付与が無くて不思議そうっすよ。リンゴは時期ではなかったので、桃と梨を食べさせたら、桃の方が好きみたいっすね」
「甘いものが、好きだから……今度また差し入れてあげましょう」
「ご褒美はたまに、の方が良いっす。癖になりますから」
「そのあたりは、ニースに任せます」
着るものが整うと、出費が極端に減る私だ。
紙とインクと、ささやかな贅沢のベーコンとチーズを常備できるようになったくらい。
今日は人数が少ないから、差し入れのアルヌーのクッキーも缶に入った綺麗なものだ。
リックのリス君たちにも、この贅沢を味あわせてあげよう。
「いつものよりも豪華だ……」
素直すぎるリックの反応に、ブーケットさんは目を細める。
「いつものは男子の食欲仕様で、これこそが本当のアルヌーのクッキーよ」
「勉強になります」
マーマレードのゼリーっぽいのの乗った、クッキーをひと噛り。
メロディが頬袋ならぬ、収納魔法にキープしていそうな味わいです。
別に確保していなくても、席を外している師匠の分も、ちゃんと残りそうですね。
紅茶は、ブーケットさんの侍女のエリスが淹れてくれた。三人の侍女の中では、エリスの淹れる紅茶が一番美味しい。一挙一動に目を凝らす、ニースの目が真剣。
「師匠は、今日は会議でしたっけ?」
「そうよ。『星月祭』でのスポンサーの獲得が数値化されたから、その総評という名目。ウチは数を減らした分、学長に責められてると思うわ」
「成果主義だよなあ……ザンジバル学長は」
「国営の学舎だし、結果が必要なのも確かなのだけれど……それだけ求められると、辛いわよね」
ブーケットさんも、小さく溜息を吐く。
メイビィ導師の話ではないけれど、導師たちにはそれぞれ、目指すべきものが有る。それを曲げてまで、即物的な研究を強いられるのは耐えられないだろう。
ましてや、戦争の手伝いなんてしたくない。
「おっ……いい匂いをさせてるな」
モルディブ導師が戻ってくるなり、鼻をひく付かせた。
ドッカリと椅子に腰を下ろし、一番硬そうなクッキーを選んで、噛み砕いた。
「セイシェルの差し入れですよ」
見て見ぬ振りで、ブーケットさんは侍女の淹れた紅茶を勧める。
師匠は、私とニースに目礼した。
そして、勝手なことを言い出す。
「セイシェル、お前はどうせ暇だろう。明後日から一週間くらい、カバーナの教室が校外授業に出るから、お前もついて行け」
言いたい事は有るけど、カバーナ導師の名が出るなら、裏の意味は理解する。
私に、その間は教室に居るな。という事だろう。
「もちろん暇ですから、旅行は嬉しいですけど……。課外授業の内容くらいは、教えて下さいませんか?」
「カバーナの専門は、テイマーだぜ。一年生メインで、パートナーとなる動物や弱めの魔物をテイムする旅だ。お前さんが見たがってた……事になってる」
師匠の口調が、会議用から徐々に普段の口調に戻っていくのが面白い。
でも、言い訳を別にしても、ちょっと興味はある。
「あっちの馬車は定員一杯だそうだが、お前さんは自前のがあるから大丈夫だろ?」
「意地悪で早駆けされない限りは、通常付与でいけます」
御者のニースと私だけを乗せるのなら、ドンキー君のロバ馬車は、平気で馬車に遅れずに行ける。お遊び程度の付与で、疲れ知らずだもの。
浮かれてる私に、眉を顰めた師匠は、釘を差すのを忘れない。
「くれぐれも、侍女とロバ以外には、付与魔法をかけてくれるなよ。護衛として、砂色のローブの連中が同行すると覚えとけ」
これは私に対する試験だ。
メイビィ導師の作ってくれた、注意すべき導師リストの中にあった。
ちゃんと覚えてます。砂色は、ジャリエ導師。専門は、複数に対する攻撃魔法。
「ピッタリの人選ですね。前学長派の監視もできますし」
「ブーケットも、呑気に構えてる場合じゃねえぞ。セイシェルを外に出す理由は、学長肝いりの管理委員会の監査が入る。……スポンサー数を減らした教室は、来年への方針を含めて対応策を精査するんだとよ」
「えー……っ」
いつもニコニコなブーケットさんの嫌顔も、珍しい。
不機嫌仲間を増やして気を良くしたのか、師匠は私を虐めにかかる。
「セイシェルも、指輪で付与をかけられるようになったのか?」
「ちゃんと練習してますよ、ほら」
急に筋力を付与された、ブーケットさんの侍女のエリスが、危うくティーポットを放り投げそうになる。
ほっぺを膨らませて、抗議の意を示す。いきなり、ごめんなさい。
「……魔法をかける時に、右手を握り込む癖を直しとけ」
さすが師匠。気付かれてしまった。
魔法を使う意気込みが、どうしても出てしまう。
知らん顔でかけられなければ、タクトを指輪に替えた意味がない。
師匠が気づくなら、他の導師にも気付かれてしまう可能性は高い。
「とは言っても、明後日までに直すのは無理だろう。……くれぐれも、侍女とロバ以外には、付与をかけるな。最悪は人間相手に、軽くかけるくらいに留めろよ?」
「はい……そうします」
胡乱げに師匠は見るけど、私もそのつもりだから信じて欲しい。
それよりも、ニース?
「車椅子の揺れ留めを、野外用に替えましょう?」
「後で確認して、明日の夜には替えておくっす」
「一応……出発前に、見せてくれな」
魔法じゃないから、問題ないと思うけど……。
師匠が言うなら、そうしましょうか。
大きな揺れに対応できるように、板バネでなく、螺旋のバネで支えるだけなのですけど。
ニースは、優秀な職工でもあるのです。
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