12 夜の宴
『
この日の為の準備で溜まったストレスを発散すべく、役目を終えた展示内容を記した看板や報告の用紙、出店の屋台などを集めて、火を着けて燃やしてしまうんだそうな。
その周りで学生たちは、歌ったり、踊ったり……大騒ぎするのだとか。
この日ばかりは、導師たちも目を瞑ってくれる。
ドヤドヤと繰り出す先輩たちについて行こうとしたら、メロディに止められた。
「貴族の子女の参加する催しでは、有りません」
魔法学園では、それ以前の家柄などは無かったものになるはずなのに……。
いろいろ、隔たりが有るものです。
「グラムス、一樽もらうぞ?」
師匠がグラムス先輩に声を掛ける。
先輩は、少し考えて答えた。
「A一二一三が、良い感じになってるはずです」
「ん、助かる。メロディとセイシェルは、こっちに参加しろや」
「……学生にお酒を勧めないで下さいませ」
「どうせ、ロボスの奴が炭酸水を持ち込むに決まってらぁ。メンバー的にブーケットも肩身が狭かろう」
「それは、助かります」
安堵した目で見られてしまうと、断りづらい。
モルディブ導師に続いて、教室へと魔法陣で上がった。
「よっと……この樽だな」
積まれた樽から、指定の焼印を押されたものを担ぎ上げた師匠は、教室中央の円テーブルの上に固定した。調水栓を外して、蛇口に付け替える。
グラスに注がれるのは、琥珀色の蒸留酒だ。
「なるほど、とうもろこしベースの酒は、二年の熟成でもイケるんだな」
「いけませんよ、ツマミ無しで呑んでは」
あらかじめ準備していたようで、ブーケットさんが収納魔法から、サラミとチーズとか、ナッツとかのオードブルを並べる。この人も収納魔法持ちだったのか。……私も覚えたい。
「ここはグラムス君がいるから、お酒には不自由しないわね」
ふらっと、カバーナ導師が現れる。
持参したグラスに酒を注ぐと、一口呑んで頬を緩めた。
「それに気の利く助手がいるから、オツマミも万全だし」
チーズを摘みながら、自分も収納魔法からサラダや、パエリアなどを取り出す。
お腹に溜まるものは嬉しいかも。
「お前さんが持ち込みなんて、珍しいじゃないか?」
「お嬢様方に、酒のツマミを勧めるわけにも行かないじゃない」
「少し遅れたかな? だが、まだ夜は始まったばかりだ!」
張りの有る、良く通る声で筋肉バカ……じゃなかった、ロボス導師が参入してくる。
ドサドサと鶏の丸焼きだの、塩茹でのブロッコリーだのを取り出し、待望の炭酸水の樽も出てきた。
……ひょっとして、私以外は収納魔法持ち?
「一応は、みんな導師級だからな。セイシェルにも、その内に教えてやるから。使えるようになるかどうかは、お前次第だが」
「貴重品保管用に覚えたいです」
「まあ、その内にな。……頑張れ」
まだ、それを教えるだけの知識が無いという意味かな。精進します。
ニースたち侍女組は、いつの間にか席を外している。夕食は彼女たちで摂るのだろう。
でも、何で取り分け担当が、ロボス導師……。
木皿の上に山盛りのパエリアに、サラダ、更には鶏もも肉がどんと乗せられて、メロディ共々、困惑させられた。……量が令嬢サイズでは無いです。
美味しいからどんどん入っちゃいそうで、乙女としては悩む。
「……やはり、ここか」
控えめだが、毅然とした声に、導師たちがピタリと動きを止めた。
ドアの前には、空色のローブを纏った小柄なシルエットがある。
「ゲ……委員長」
「……いつの話。まだ学生気分なの?」
背筋の伸びた、カバーナ導師というのも珍しい。
静寂の中、メイビィ導師は、勝手に席を一つ作って持参のグラスに、やはり持参のワインを注いだ。
そして、皆を一瞥する。
「……今年は、呑んだくれる前にするべき事が有るはず」
そう言いながら、私の前に手書きの紙を滑らせた。
開いてみると、ローブの色を着色された、導師名のリストが記されていた。
「……学園長派の導師のリスト。魔法の前に、君が覚えるべきこと」
かなり数が多い。
顔も名前も一致しない私には、ローブの色での見分け方が正解だろう。
細やかな配慮に恐れ入った。
一緒に覗き込んだ、メロディが唸った。
「これだけ、セイシェルには敵がいるということですの?」
「……敵とまでは言わない。だが、情報を与えるには留意すべき相手」
「さすが『委員長』。用意周到だな」
「……真っ先にモルディブ君がすべき事。これも含めて」
肩を竦める導師にも見えるよう、水晶の指輪を私の前に進めた。
この指輪、魔力を感じる。
「タクトを使ってる方が、初心者っぽいと思うんだが……」
「……付与魔法は、悟られづらい。用心に越したことはない」
「そっか……タクトの動きで解っちゃうか」
「……説明通りなら、通常範囲の付与に動作はいらないレベルでは?」
静かな断定に、皆が頷く。
ただ、私にも質問したいことが有るのですけど。
「あの……メイビィ導師。通常範囲の付与って、どのくらいなのですか?」
私の質問に、メイビィ導師の眉が跳ね上がる。
「……モルディブ君、あなたはまったく」
「しょうがねえだろう。『星月祭』の準備も有って、セイシェル一人にかかりきりになれなかった上に、飛んでもないレベルだと解ったのは、師匠の件でだぜ?」
「……情状酌量の余地は有る」
モーリシャス導師相手でも、こんなに脅える師匠ではないのに。
ロボス導師が発言しないのは、きっと流れ弾を避けるためだ。さっきから、筋肉がヒクヒクと震えている。
苦手というのは、きっとこういう事を言うのでしょう。
根は優しい人なのだけど、バリバリの優等生タイプだもの。
「通常の……と言うか、高レベルと言われる付与魔道士でも、入試の時のお前さんの悪戯レベルだ」
「ええっ! だって、それくらいなら……」
「言ったろう? 付与魔道士は、金にならない上に、他人のアシストにしかならねえ。そんなものを極めようとする奇特な魔道士は、滅多にいねえよ」
「そうね……特殊な環境と、魔法の才能が重なった結果かも」
師匠とカバーナ導師に、珍獣扱いされてる気がする。
苦笑しながら、メイビィ導師が言葉を引き取った。
「……平和な時代なら、助手に欲しい。でも、今は危険」
「ああ。魔法の概念が変わっちまうな。魔道士が炎や稲妻を操る存在から、兵士のブースト装置にされちまう。魔法学園でも、付与魔法以外の指導は難しくなるだろうよ」
「そうなってしまうのでしょうか? わたくしには理解が……」
「戦争っていうのはな、メロディ。一本の強力な火線を放つより、兵を強化して、使い捨てる方が、確実な戦力になるんだよ」
「使い捨てるって……酷い」
「戦争に犠牲はつきものと、軍を指揮する連中は当たり前のように言う。犠牲の無い戦争は有り得ないし、武器も兵も使い捨てなのが戦争だ」
ロボス導師も、沈痛な顔で呟いた。
ワイングラスを一気に煽って、メイビィ導師が私を見つめる。
「……取るに足らない魔法と、半ば忘れられていた付与魔法の導師級の存在。面白い娘」
「でも……私は危険なのですよね?」
唇を噛んで俯く。
そんな私を、師匠は笑い飛ばした。
「勘違いするな。お前は危険じゃあねえよ。……俺の師匠を見たろう? 長年の念願を、お前の魔法が叶えた。本来は多くの魔道士に手を貸して、魔法の研究そのものを、一歩も二歩も前に進める存在なんだよ、お前は。……危険なのは、王国の、この時代の方だ」
「そうよ。だからみんな、あなたを守ろうとしているの」
「……だが、困ったことに、魔道士も一枚板じゃない」
「立身出世を望むのは、魔道士でも例外ではない。それも否定しないのだがなあ」
導師たちの言葉は、心強い。
いろいろ気をつけなくてはいけない事を痛感しつつも、少し微笑める。
「知識が足りないのは、事実なのだもの。魔法を使うよりも、魔動機の勉強に専念しちゃおう。物作りは侍女さんが得意そうだし」
「でも、時々はわたくしの方を手伝っていただかなければ困りますので、その際はお願いします」
ブーケットさんとメロディが、からかい混じりに。
面倒なことは導師たちに任せて、私は学生に専念していれば良い。
これだけ、素敵な人たちに守られているのは、何よりの贅沢だろう。
炭酸水が、シュワッと舌の上で踊った。
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